110 自分が天国に行けるタイプの人間だとでも、思ってるのかよ?
涼しげな空気の中で、惣左衛門は意識を取り戻す。
重い瞼を上げると、薄暗くて殺風景な、岩に覆われた天井が、惣左衛門の目に映る。
「――天国にしちゃ、随分と暗くて殺風景だな」
そんな惣左衛門の呟きに、言葉が返って来る。
「自分が天国に行けるタイプの人間だとでも、思ってるのかよ?」
澄んだトーンの少女風の声による問いかけを、仰向けに寝転んだまま、惣左衛門は耳にする。
声が聞こえて来た右上の方向に、惣左衛門は目をやる。
声の主は、惣左衛門の右側で、片膝を立てて座っていた。
惣左衛門を見下ろしながら、声の主は問いかけたのだ。
声の主の顔を目にした惣左衛門は、一瞬……何が起ったのか、理解出来なかった。
何故なら、惣左衛門が目にした声の主は、自分自身と同じ顔をしていたからである……魔法少女だった時の自分と。
「これは、ドッベルゲンガーとかいう奴か? 芥川龍之介が見たとかいう……」
ドッベルゲンガーとは、自分自身の幻影を見る現象である。
惣左衛門が目にした人物は、ドッベルゲンガーだと勘違いする程、魔法少女だった時の惣左衛門自身に、そっくりだったのだ。
目立つ外見上の相違点は、髪型だけ。
惣左衛門の髪型は、髪を頭の後ろで結うポニーテールだったのだが、目の前にいる人物の髪型は、髪を頭の両サイドで結う、ツーテールだった。
「ドッベルゲンガー? 何言ってんだよ、親父」
自分の事を親父と呼んだので、惣左衛門は目の前にいる、魔法少女であった時の自分にそっくりな人物の正体に気付いた。
「――一刀斎か?」
魔法少女となった一刀斎は、瞳に涙をためながら、嬉しそうに頷く。
一刀斎の首に、セフィロトの首輪が装着されているのに気付き、自分と一刀斎の身に何が起ったのかを、惣左衛門は察する。
惣左衛門は上体を起し、自分の身体を見る。
着衣は破損し血塗れのままであったが、満身創痍だった身体の傷は、全て治療され、元通りの綺麗な身体になっていた。
外見からは確認しようが無いが、体内も全て修復されていて、動かなかった左腕と右脚も、何の違和感も無く、普通に動く様になっている。
惣左衛門の肉体は、傷を負う前の状態に、完全に戻っているのである。
「お前が魔法少女になって、俺の命を救ってくれたんだな……癒しの魔法を使って」
少し恥ずかしそうに、一刀斎は頷く。
「ありがとう……一刀斎」
感慨深げに礼の言葉を口にしながら、一刀斎を見詰める惣左衛門は、一刀斎の顔色に表れている、明らかな疲労の色に気付き、労わりの声をかける。
「あれだけの傷を治したんだ、疲れただろう?」
惣左衛門の問いに、一刀斎は頷く。
「親父が伊織を治した時も、疲れ果てた感じになってたの見てるから、キツイのは分かってたけど、ここまでキツイもんだとは思ってなかった」
瀕死の重傷を負った伊織を、惣左衛門が癒しの魔法で治した後の事を思い出しつつ、一刀斎は付け加える。
「もう少し休んでからでないと、まともに動けないくらいだよ」
「癒しの魔法は、魔力も体力も、異常に消耗するから、瀕死の人間を治すとなれば、そうなるのも無理は無い」
あちこちで倒れている、銀の星教団の魔法使いであった者達に目をやり、皆が意識を失い倒れているのを、惣左衛門は視認する。
「銀の星教団の魔法使いだった連中を連れて、ここから外に出るのは、お前が回復してからだな」
惣左衛門の言葉に頷きつつ、一刀斎は少し離れた辺りで、仰向けになって倒れたままの、カリプソ……藤那に目をやる。
藤那を見詰める、一刀斎の表情は複雑だ。
そんな一刀斎を目にして、惣左衛門は何かを察するが、察した事は心の中に、しまっておこうと心に決める。
魔法使いだった者達から話題を逸らすべく、惣左衛門は別の話を切り出す。
「それにしても、お前の姿……俺が魔法少女だった時と、そっくりだな。佐織が言っていた通りだ」
惣左衛門の言葉を聞いて、一刀斎は藤那から惣左衛門に目線を移し、言葉を返す。
「当たり前だろ、俺は元から……親父似なんだから」
一刀斎の言葉を聞いて、惣左衛門は満足気に領いた。
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