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108 これで、終(しま)いだ!

(――手三里てさんりの魔穢気が消えた!)


 手三里とは、前腕の肘近くにある経穴。

 黒く澱んだ風に見えていた、手三里辺りの魔穢気が、色落ちするかの様に消え失せるのを視認し、惣左衛門は魔穢気が消滅したのに気付けたのだ。


(これで、しまいだ!)


 惣左衛門は即座に、クロウリーの右前腕を掴む右手を、一瞬で肘の方にスライドさせると、人差し指で手三里を突く。

 右手の甲に残された魔穢気を、惣左衛門は人差し指を通し、クロウリーの経絡に流し込む。


 ほぼ同時に、クロウリーのスパイク攻撃が右脇腹を直撃、惣左衛門は激痛に呻き声を上げる。

 スパイクが深々と、惣左衛門の身体に二つの穴を穿ち、鮮血を噴出させる。


 クロウリーの方は、魔穢気が全身を駆け巡る激痛に、悲鳴を上げるが、それだけでは済まない。

 経絡を駆け巡る魔穢気は、クロウリーの魔力の殆どを封じてしまうだけでなく、身体の動きを封じ、意識までも消失させてしまう。


 気の使い手であり、操穴や点穴に類する攻撃への耐性が高いカリプソの場合、魔穢気を経絡に少量流されても、少しの間は身体を動かせた上、気絶も免れていた。

 これは、惣左衛門の予想を超える程、カリプソの気を操る技術が高かった事による、例外的なケースである。


 気を操れない人間の場合、魔穢気を経絡に少量でも流されてしまえば、すぐに身体は動かなくなり、気絶にも追い込まれる。

 クロウリーは気を操る能力を持たないので、惣左衛門の魔穢気操穴を食らった結果、気絶状態に追い込まれてしまったのだ。


 魔法使いが意識を失えば、魔法は基本的に解除されるので、創造魔法で作り出した物は、消滅する。

 クロウリーが意識を失った為、発動中だった創造魔法は解除され、身に纏っていたジョーカーが、崩壊し始める。


 鋼のセフィルで出来た甲冑が、水に溶ける角砂糖の様に、崩れ去ったかと思うと、更に細かく分解し、金色に光り輝く無数のセフィルの粒子群へと姿を変える。

 セフィルの粒子群は、辺りの空気に溶け込む感じで消滅し、ジョーカーは数秒で消え去ってしまう。


 意識を完全に失っているクロウリーは、その場に膝から崩れ落ちた後、スローモーション映像を思わせる、ゆっくりとした動きで、天井を仰ぐ様に倒れる。

 白目を剥いているクロウリーは、そのまま動かなくなる。


 大魔法使い……アレイスター・M・クロウリーは、ここに倒された。

 魔法少女ではなく、武術家としての鬼宮惣左衛門に、倒されたのである。


 身体には殆ど、傷らしい傷を負ってはいないのだが、惣左衛門の返り血を浴びたせいか、クロウリーは右前腕だけでなく、身体の各所が血に染まっている。

 右前腕ではない部分に付着した血は、ジョーカーの関節部分などの隙間から流れ込み、付着したのだ。


 そんなクロウリーの姿を見下ろしつつ、勝ち誇るというよりは、寂しげな感じの口調で、惣左衛門は呟く。


「――誇りと矜持、信条を捨てた時点で、お前は自分に負けていた。自分に負ける様な奴は、勝者になれはしねぇよ……クロウリー」


 聞こえる筈の無い言葉をかけてから、惣左衛門は宿敵の傍らに腰を下ろす。


(確か、左のチェックポケットに入れていたな)


 過去にクロウリーが、ジャケットの左側のチェックポケットから、ケマの書を取り出していた光景を、惣左衛門は思い出す(チェックポケットとは、ジャケットの内側にあるポケット)。

 クロウリーのジャケットの前身ごろを開き、惣左衛門は右手でチェックポケットの中を探り、古びた黒い辞書の様な古書、ケマの書を奪い取る。


 既に魔法を失ってはいるが、一度でも魔力を開放された事がある惣左衛門は、魔法教典であるケマの書に触れても、洗脳されはしない。

 右手に持ったケマの書に、惣左衛門は苦々しげに言い放つ。


「――誰が作ったんだか知らねぇが、こいつのせいで、散々な目に遭ったぜ」


 惣左衛門は最後のカを振り絞り、ケマの書を宙に放り投げると、右手の手刀でケマの書を、真っ二つに両断する。

 膨大な数の人間を洗脳し、数千人もの魔法使いを作りだし、日本に甚大な被害を与えた魔法教典は、惣左衛門の手によって破壊され、岩で覆われた四宝の神殿の床に落下し、その残骸を晒した。


 魔法経典であるケマの書を破壊すれば、ケマの書により洗脳された、全ての人々の洗脳が解け、魔力が封じられる。

 惣左衛門はケマの書を破壊し、銀の星教団を完全に壊滅させる事に、成功したのだ。


「――何とか仕事を、やり遂げられたな……」


 惣左衛門は達成感に満たされつつ、感慨深げに呟く。

 銀の星教団の殲滅を、自分がやり遂げなくてはならない仕事だと、惣左衛門は考えていた。


 呟いた後、惣左衛門は一刀斎の方に目を遣る。

 戦いが終わったのを視認した一刀斎が、自分の方に向かって、全力で走って来る姿が、惣左衛門の目に映る。


 一刀斎の無事な姿を見て、緊張の糸が切れたのか、惣左衛門の全身からカが抜けていく。

 身体を支える力を失った惣左衛門の上体が、眠りに落ちるかの様に、仰向けに倒れる。


「親父!」


 一刀斎の悲痛な叫び声を、惣左衛門は耳にする。惣左衛門には、一刀斎の声は聞こえていたのだが、姿は見えていなかった。

 既に惣左衛門の視界は、闇に包まれていたのだ……目は、開いていたのだが。


(人が死ぬ時には、目の前が真っ暗になるって言うよな……。死ぬのか、俺……)


 仰向けに寝転んだまま、薄れ行く意識の中、惣左衛門は心の中で呟く。

 自分が致命傷を受けていてる事を、惣左衛門は察していた。


 そもそも、相打ちになるだろう事は分かった上で、ジョーカーを纏うクロウリー相手に、惣左衛門は逃げるという選択肢を捨て、最後の攻撃を仕掛けたのだ。

 死ぬ覚悟は、既に出来ていた。


(――ま、あいつらの未来も守れただろうし、悪くはねぇ終わり方って奴かもな……)


 惣左衛門は「あいつら」と表現した者達……佐織や伊織、一刀斎などの家族を中心とする、大切な人々の事を思い浮かべながら、意識を失い、全く動かなくなった。

 惣左衛門は満身創痍の状態であり、激痛に苛まれていた筈なのだが、満足そうな笑みを浮かべていた。


 息子の命と、大切に思う人々の未来を守り通し、自分が為すべきだと決めた事を、最後までやり遂げた男の、爽やかで安らかな笑みであった。



    ×    ×    ×




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