101 ――虚勢を張るなよ、魔法の二重発動は、キツイんだろう?
(読みが甘かった! 最初の雷撃の威力は、本気じゃなかったんだ!)
身体の各所にダメージを負い、惣左衛門は苦痛に顔を歪め、焦りの表情を浮かべている。
(さっきのは試し撃ちで、威力を抑えていた……いや、調子を確かめながら、徐々に出力を上げているのか? だとしたら、雷撃の威力は……まだ上がるって事になるぞ!)
前回のが試し撃ちで、今回のが本気であれば、これ以上は威力が上がらない。
だが、調子を確かめながら、徐々に出力を上げているのだとしたら、この先も雷撃の威力は、上がり続ける事になる。
クロウリーは続け様に雷撃を放つが、その途中でランタンシールドから、剣の部分が外れて落ちる。
(壊れた? いや、剣のパーツが外れただけか)
雷の魔法を発動する際、クロウリーはジョーカーを、攻撃対象にはしていない筈だと、惣左衛門は考える。
魔法の制御が完全なら、クロウリーが雷撃を放った影響で、ジョーカーがどうにかなる筈は無いのだが、どういう訳だか剣のパーツが、ランタンシールドから外れてしまった。
その理由を、惣左衛門は推測する。
(どうやら、クロウリーは雷撃魔法を、完全には制御出来ていないみたいだな。雷のセフィルの攻撃対象の絞込みが、甘くなっていやがるんだ)
惣左衛門の推測は、大よそ正しい。
魔法の常識から外れた、魔法の二重発動は、大魔法使いであるクロウリーにも、過度の負荷をかけてしまうので、魔法の制御が完全ではなくなってしまいがちなのだ。
クロウリー自身も、その問題は把握していた。
ジョーカー発動時は、魔法の制御が完全ではなく、攻撃に使用する魔法の、攻撃対象の絞込みが甘くなり、僅かではあるがジョーカーに対し、攻撃力を発揮してしまう事に、クロウリーも気付いていたのである。
だが、攻撃力を発揮するセフィルは、あくまで「僅か」でしかなく、ジョーカー自体を破壊する程では無い。
それ故、複雑な構造のランタンシールドを構成するパーツが、一つか二つ外れてしまう程度のトラブルしか、これまで起した事は無かった。
外れるのは、大抵は剣のパーツであり、ジョーカーの防御能力低下を引起こす様なトラブルは、起こってはいなかった。
それ故、雷の魔法の制御が完全ではない事も、剣のパーツが外れる程度のトラブルが起こるのも、クロウリーにとっては想定の範囲の出来事でしかなかった。
既に不要だとばかりに、クロウリーは剣のパーツを拾いもせず、惣左衛門に向けて雷撃を放つ。
眩いばかりに輝く稲妻のシャワーが、惣左衛門がいた辺りに向かって、一瞬で広がる。
だが、既に惣左衛門は、雷撃の広がった範囲から、僅かに外れた辺りにいた。
(――やばいな、こりゃ……。これ以上、雷撃の威力を上げられたら、さすがに逃げ切る事すら難しい)
先読みにより、何とか雷撃の攻撃範囲から逃れられた惣左衛門が、焦りの表情を浮かべながら、心の中で呟いた直後、クロウリーの攻撃が止む。
クロウリーは惣左衛門から狙いを外し、ノズルを地面に向けると、残り滓の様な、短い稲妻を放つ。
盾の中にあった雷のセフィルが、また尽きてしまったのだ。
惣左衛門には届かないのが分かり切っていたので、狙う手間を省き、僅かに残された雷のセフィルを放出し尽くし、雷の魔法を解除したのである。
クロウリーは今回、すぐに呪文の超高速詠唱には入らない。
雷撃を回避し続けた後、百メートル程離れた間合いで立ち止まり、身構えている惣左衛門に、クロウリーは声をかける。
「随分と顔色が優れない様だが、そろそろ限界かね? こちらは、限界どころか……まだ試運転同然の、試し撃ちの段階だというのに!」
クロウリーの口調は、余裕のある勝ち誇った感じである。
「何せ、実戦の緊張感の中で、どの程度の威力で攻撃出来るかも分からない、未完成な魔法であるが故、探り探り……威力を上げていくしかない代物なのでな!」
開発中に実験として魔法を使用するのと、実際に敵を目の前にした実戦において、魔法を使用するのでは、魔法の成功率に大きな差がある。
クロウリーの場合、魔法の使用に失敗する事など、通常なら有り得ない。
だが、魔法の多重発動を目指し、これまで有り得なかった二重発動を行う、ジョーカーを出現させた状態での、別の魔法の発動と使用となれば、話は別となる。
クロウリーですら、安定的には魔法を使用出来ず、探り探り攻撃魔法の出力を上げ、扱えるかどうかを確かめながら、戦っているのが実情なのだ。
「――虚勢を張るなよ、魔法の二重発動は、キツイんだろう?」
惣左衛門は呼吸と気の流れを整えながら、クロウリーに言い返す。
「お前も疲れていて、限界に近い事くらいは、声で分かる! 今……身体を休めているのもな!」
クロウリーの表情は甲冑に隠されているので、惣左衛門には視認出来ない。
だが、声の調子と息遣いから、クロウリーの明らかな疲労と消耗を、惣左衛門は感じ取れていた。
惣左衛門が感じ取った通り、クロウリーは疲労し消耗していた。
魔法を二重発動した状態で、実戦を行う事による負荷は、クロウリーにとってすら、異常に重かったのだ。
二度目の雷の魔法を使い切った後、即座に三度目の魔法の発動に入らず、惣左衛門に話しかけたのは、クロウリーが身体を休めたかったからだった。
その事を、あっさりと惣左衛門には、見抜かれてしまったので、クロウリーは甲冑のヘルムに隠された顔を、気まずそうに顰める。
「剣が外れたのだって、魔法の二重発動による負荷が重過ぎて、魔法の制御が甘くなっているからなんだろ?」
剣のパーツが外れたままの、ランタンシールドに目をやりながら、惣左衛門は言い放つ。
「外れた剣を直す余裕すら、今のお前にはないじゃないか!」
「剣など既に不要だから、直さないだけの話だ!」
このクロウリーの言葉は、虚勢ではなく本音である。
身体強化能力魔法を使った上での、剣による攻撃が、隙を突けた最初の一撃を除き、惣左衛門に掠りもしなかったので、クロウリーは剣による惣左衛門に対する攻撃を、既に諦めていたのだ。
ただし、身体が疲れ切っているのは事実なので、惣左衛門の一連の発言は、クロウリーにとっては、気まずさを覚えさせるものだった。
「――次の雷撃の威力は、更に上がるが、まだ倒れてくれるなよ! 貴様との戦いは、ジョーカーの良い実戦テストとなるのだから!」
気まずさを誤魔化すかの様に、強い口調でクロウリーは続ける。
「貴様との戦いを通じ、ジョーカーは更に完成へと近付き、いずれは魔法少女であった時の貴様すら、越える強さとなるだろう!」
クロウリーの言葉を聞いて、惣左衛門は愕然とする。
自分が肝心な事を見落としていた事に、今更になって気付いたのだ。