100 やばい! このままだと、食らう!
(さっきの魔法発動で発生させた、雷のセフィルを使い切ったか?)
惣左衛門が心の中で呟いた通り、クロウリーは雷のセフィルを使い切ってしまったのだ。
ランタンシールドを見ながら、先程……クロウリーが魔法攻撃を行った一連の流れを、惣左衛門は思い出す。
(あのランタンシールドが、ジョーカーの肝だな。ノズル部分は開閉していた様に見えたし、随分と凝った作りになっている……部品の数も多そうだ)
滓の様に盾の中に残っていた、雷のセフィルを使い切ったので、雷の魔法は自動的に解除される。
クロウリーは新たなる呪文の、超高速詠唱に入る。
(あの程度の攻撃を、十数発放っただけで、攻撃の手が止まり隙が出来る。それに、動きは鈍いし、身体強化能力魔法を使っても、俺より数段遅い)
惣左衛門は安全地帯にいる、一刀斎に目をやる。
(魔穢気の技が通じない以上、俺には倒し様が無いのだから、ここは隙をついて、一刀斎連れて逃げるしかないか? 身体強化能力魔法を使っても、あの程度の動きなら、追跡を振り切れるだろうし)
既に左腕は酷いダメージを負っている、脚をやられてしまえば、まともに逃げる事すら出来なくなる。
倒し様が無い以上、戦い続けても勝ちはないと考え、惣左衛門は逃げる事を選ぼうとする。
直後、呪文の詠唱が止み、クロウリーは盾を左手で叩く。
クロウリーはセフィルの塊を、魔法陣に投入する為の動きを見せたのだ。
(次の魔法が来る!)
惣左衛門は身構えたまま、ジョーカーのノズルの向きを注視。
クロウリーが何の攻撃を放つかは分からないが、自分を狙うノズルの動きから、先を読んで左側へのダッシュを開始。
直後、ジョーカーのノズルが、眩いばかりの金色の光を放つ。
ノズルのシャッターが開き、放出される直前のセフィルの光が、漏れ出したのだ。
攻撃が放たれる寸前、光が漏れた段階で、惣左衛門は気付く。
今回も雷の魔法であり、その威力は前回を上回るだろう事に。
(やばい! このままだと、食らう!)
光の強さの違いから、今回の雷撃の出力が、前回を上回るのを、惣左衛門は瞬時に察する。
クロウリーが今度も雷の魔法を使うだろうと、惣左衛門は予測していた。
過去に繰り返された戦いにより、炎や風などの魔法では、惣左衛門に攻撃を当てるのが困難なのは、既に明確になっている。
操作して追尾させる事が出来ても、クロウリーの動体視力と操作能力では、気の力により、人間の限界を超えた速さで移動する惣左衛門には、攻撃を当て難いのである。
その速さ故に、回避が先読み頼りになる雷撃の方が、当たる確率は高いので、クロウリーが惣左衛門と、遠距離戦で相対する場合、最も頼りにするのは、雷の魔法……つまりは雷撃となっていた。
故に、惣左衛門は今回も、クロウリーは雷の魔法を使うだろうと、予測していたのだ。
その予測は当たっていたのだが、雷撃の出力の方は、惣左衛門の予測を、かなり上回っていた。
光の強さから見切った通り、前回の雷撃よりも、射程距離は百五十メートルと、壁まで届く程まで伸び、広がる角度の方も、七十五度程度まで広がっていた。
雷撃が放たれる直前、地を蹴り跳躍していた惣左衛門は、神剣の壁に一瞬で辿り着くと、そのま壁を駆け上がる。
気の力で異常に身体を身軽にしつつ、掌による気の放出により浮力まで得た上で、壁を地上の様に移動する、「壁歩き」などと呼ばれる忍法を、鬼伝流がアレンジして取り込んだ、森羅万走という技である。
天地の間に存在する全てを走る技なので、森羅万象という言葉をもじり、この名が付いた。
森羅万走を使えば、壁や水上、樹木の上など、普通の人間には走れぬ様な場所を、走る事が出来る(左腕が使えないので、本来の森羅万走程には、程遠いのだが)。
一気に四十メートルの高さまで、惣左衛門は壁を駆け上がり、立体的な回避運動を行い、クロウリーの雷撃を回避しようとした。
前回の雷撃が、横に広く扇状に広がる雷撃であり、高さは十数メートル程度だったのを、惣左衛門は覚えていた。
今回の雷撃の威力や攻撃範囲が、前回を上回っていたとしても、クロウリーは横に広がる雷撃を放つだろうと、惣左衛門は予測。
上に逃げれば当たる確率が低いだろうと考え、惣左衛門は森羅万走を使い、急いで上に逃げたのだ。
惣左衛門が壁を駆け上がった直後、寸前まで惣左衛門がいた辺りに、クロウリーの放った強烈な雷撃が届く。
辺り一面を雷のセフィルが埋め尽くす程、幅広く放たれた雷撃であり、水平に逃げていたら、惣左衛門は雷撃を食らっていただろう。
だが、惣左衛門の予測通り、雷撃は横に広がるタイプであり、前回よりも高さがあったとはいえ、二十数メートル程の高さまでしか届かなかった。
四十メートル程の高さまで辿り着いていた惣左衛門に、クロウリーの雷撃は当たらなかった。
クロウリーは即座に、ジョーカーのノズルを斜め右上に向け、神剣の壁の上を駆ける惣左衛門に向けて、雷撃を放つ。
金色の稲妻は、神剣の壁の上に降り注ぐが、攻撃を先読みしていた惣左衛門は、既に壁を蹴って、地面の方に跳び下りている。
地面に下りた惣左衛門の方にノズルの方向を変え、クロウリーは雷撃を放つが、直撃させる事は出来ない。
かなり出力が上がった雷撃でも、雷鳴轟く四宝の神殿の中を、森羅万走による立体的な動きまでも織り込んだ、広範囲を疾風の様に逃げ回る惣左衛門を、まともには捉えられない。
だが、攻撃範囲と射程が大きく広がった雷撃から、惣左衛門も完全に逃げ切れている訳では無かった。
雷撃のセフィルは、惣左衛門の身体の数箇所を掠めたり、僅かな飛沫が当たったりして、身体を痛め付けていたのだ。
右脇腹と左肩を雷のセフィルが掠め、右胸と腹部には、火花の如きセフィルの飛沫が当たってしまった。
掠めたとはいっても、左腕を雷のセフィルが掠めた時よりは、間合いが開いていたので、左腕程のダメージは負ってはいない。
それでも、右胸と腹部に酷い火傷を負い、全身が痺れる程の衝撃を受け、焼かれる様な激痛に、惣左衛門は責め苛まれた。