キノコ狩り
新作です。
ゲーム転移ものです。
よろしくお願いいたします。
アレックス・クラフは騎士だ。セルロイド王国騎士団の若き一員である。騎士団に属する者の日々の任務はそれほど難しいものではない。王国の治安の維持と王宮の警護だ。城の北にある森に出向き、一般市民もよく入るダンジョンのモンスターを程よく一掃するのが主な仕事だ。そうすることでダンジョンのレベルを一定に保ち、王国の民も安心して森でベリー摘みやダンジョンでのレベルアップに励めるのだ。この地道な任務をこなして初めて一人前の騎士となることができる。アレックスは誇りをもって騎士としての地道な任務に励んでいた。
「あの……。」
不意に横から声を掛けられ、はっと我に返る。見れば年若い娘が剣と籠をもってそこにいた。相手に敵意がないことを確認し、反射的に手をかけていた剣の柄から手を放す。二人は、北の森にある中級レベルのダンジョンの入り口に立っている。おそらくこの娘もダンジョンの探索にいくつもりなのだろう。籠を持っているところを見ると、ベリーかキノコの採取が探索の目的に違いない。しかし、アレックスの目はまたも娘の剣に吸い寄せられた。この王国の民ならば、少女が護身用に剣を持っていてもおかしくない。しかし、護身用にしてはいささか立派すぎる剣だった。ほっそりとした銀色の刀身はレイピアに似ている。
「騎士様、ですよね?」
「あ、ああ。」
剣に気をとられて、返事がおろそかになってしまった。それだけ見事な剣だった。アレックスの大剣とはまた違った美しさだった。もしかすると、この娘は将来、騎士になりたいのかもしれない。アレックスは昨年の騎士志望者トーナメントでの激戦を思い出し遠い目になった。騎士などの武闘派の職は、個人の経験値がものをいう。つまり、長年かけて積み上げた膨大な経験値をもつ老人などが有利になる。老人とは思えぬ素早さに加え、卓越した技術に何度も苦戦を強いられたのは、苦い思い出だ。アレックスは今年、二十五歳となる。たった二十五年しか生きていない人間が、六十数年かけて積み上げてきた経験値をもつ者達と戦うのだから、当然血のにじむような努力をしてきた。幼いころは、学校が終わるなり延々とダンジョンにこもり、修行に明け暮れものだった。ちらりと娘の細腕を見やり、内心うなってしまう。騎士となるにはあまりに華奢すぎる体型だった。
「今から、ダンジョンに行かれますか?」
「ああ。」
「もしよければ、ご一緒してもいいですか?」
一般国民が武闘派の職に就いている者と一緒にダンジョンに行くのはごくごく普通のことだ。そのほうが、円滑かつ安全にダンジョンの探索を行えるからだ。このような申し出を受けたのは、初めてではなかった。
「もちろんかまわない。」
国民の安全を守るのも騎士の役目だ。娘に自分から離れないように言い、アレックスは娘を守り導けるように娘の少し前を歩いた。このダンジョンは中級者向けのダンジョンだ。しかし、時折ゴーレムのような手ごわいモンスターが迷い込んでくるので油断はできない。娘は見たところまだ成人したばかりのようだし、剣が立派なものだとはいえ、それほど経験値がなさそうに見える。足手まといなどにはならないだろうが、同行を頼まれたからにはきちんと守り通さねばならない。油断なく周囲に気を配りながら進むと、娘が小さく声を上げた。素早く後ろを振り返ると、娘がしゃがみこんでいるところだった。具合でも悪くなったのかと思わず手を差し伸べかけたが、娘の顔には喜色が広がっている。どうやら、倒木に少し珍しい種類のキノコを見つけたようだ。大喜びでキノコを採取している姿はなんだか可愛らしく、見た目の年齢相応のものだった。ああいう華奢な娘に剣はどこかちぐはぐに見えて、似合わない。不意に、藪が不自然に揺れた。視線を娘から前に戻すと、ポッコという鳥型モンスターが現れたところだった。ポッコは子供でも簡単に倒せるような初級モンスターだ。あまりこういうモンスターを倒しすぎるとダンジョンのレベルが易しすぎるものになってしまう。アレックスは、そのポッコの後ろに薄茶色の雛鳥たちがいることにも気づいていた。母ポッコは翼を広げて、鳴き声を上げている。おそらく、母が子を守るために、侵入者を威嚇しているのだろう。アレックスは剣を抜くと、それを軽く振って追い払うことにした。しかし、アレックスの鋭い耳は、背後からの唸り声をとらえた。血の気が引く思いで振り返ると、娘から少し離れたところに、上級狼型モンスター、ヴォルフラムが二体もいた。二体ともよりにもよって娘に目を付けたようで、姿勢を低くしとびかかる体勢に入っている。
「え……?」
キノコ採取に夢中だった娘も、さすがにヴォルフラム達の存在に気付いたようで目を丸くしている。こういう上級モンスターは一般国民立ち入り禁止区域、禁断の森周辺にしか現れない。普段目にすることもないから驚くのも無理はなかった。しかし、混乱している状態では、モンスターから逃れるための適切な行動を取れないのが問題だ。アレックスが駆けだすよりも早く、ヴォルフラム達が地面を蹴った。
「姿勢を低くし……!?」
間に合わないとわかったアレックスは、持っている剣をヴォルフラムに向かって投げようとした。しかし、ありえないものを見て、その言葉と足は途中で止まってしまった。それはまさに閃光だった。薄暗い森の中、銀光が二度走った。数秒後には重たい音と共に、ヴォルフラム達の体は地面に横たわっていた。
「あー、びっくりしたー。」
全然驚いていないような間の抜けた声とともに、娘が立ち上がった。その手にいつの間にか握られている剣の刀身から赤い雫が垂れているのを見て、アレックスはようやく娘がヴォルフラム達を倒したのだと認めた。
「キノコは……よし、無事だね。」
己の心配よりキノコの心配をする娘に、言葉が出ない。ヴォルフラム達の死体を見れば、それぞれを一撃で仕留めたのがわかる。細い刃で的確に喉笛を掻き切られていた。
「あ、騎士様?めちゃポッコに足つつかれていますけど。」
足元を見れば先ほど追い払ったはずのポッコが、猛烈な勢いでアレックスのブーツをつついていた。衝撃冷めやらぬ体で、剣を緩慢に振るうと、勢い余ってポッコに剣の切っ先を当ててしまった。甲高い鳴き声を上げてッポッコが逃げていく。その姿を見送りながら、アレックスは唇をかみしめた。今の自分には、この娘のようなこまやかな剣技は不可能だ。
「よし、キノコも程よく採れた。騎士様!次に進みましょう!」
なかば、娘に引きずられるような形で、ダンジョンを進み続ける。その間遭遇したモンスターは、アレックスが手を貸す必要もなく、娘が軽やかな動きでさくさくと倒していく。しかし、その剣技は軽やかでいてどこまでも的確。騎士としての尊厳は、もはや影も形もなかった。
「んー、オルベリーは、見つけられなかったなー。ジャム作りたかったのに……。」
なにやらぶつぶつ言いながら、最後のモンスターの血糊を、びゅっ、と剣を振るうことで払う姿は妙に様になっている。気づけば、ダンジョンの出口についていた。娘がくるりとアレックスに向き直る。
「同行してさせていただいてありがとうございました騎士様。おかげでキノコ採取がはかどりました。」
いや、こちらは何もしていないし、はかどったのはダンジョン探索ではなくてキノコ採取なのか、と言いたいことが多すぎてアレックスは無言になってしまった。
「じゃあ、私はこれで。帰り道、モンスターに気を付けてくださいねー。」
アレックスが言うべき台詞まで娘に言われ、もはやなんと声をかけていいのかわからない。ぺこりとお辞儀をすると、娘は籠の中身を確認しつつ歩き去っていく。声をかける気力もなく、せめて相手がどのような人物なのか確認しようと、娘のステータスボタンをタップする。アレックスはそこに提示された情報に今度こそ言葉を失った。
『名前:エマ・パティーニョ 性別:女 年齢:18 職業:平民 レベル:920』