桜の王子様Ⅱ 8
俺はダメだって言ってるのに、
桑野くんは聞いてくれなかった。
「もう、ダメだってば、ね、桑野くん」
「うるせぇ」
「あ、あ・・・っ」
確固たる意思があるのか、
桑野くんは抵抗する俺の手を避ける。
「ねえ、桑野くん!あ、もう・・・っ、あ、ああ・・・」
ダメだって言ったのに、俺が見ている前で、
桑野くんは・・・
「ん?・・・出ろ」
「・・・え?」
「紅から電話」
桑野くんは俺に携帯電話を手渡す。
ディスプレイには紅ちゃんの名前が表示されていた。
こんな状態で電話に出させるなんて。
「も、もしもし」
『えっ・・・どなた、ですか?』
「ああ、ごめんね。桜庭だけど」
『さ、桜庭さん!?』
電話の向こうの紅ちゃんが動揺する。
それはそうだよね。
お兄ちゃんに電話をして俺が出たんだから。
でも、紅ちゃんの用件を聞くよりも先に、
俺は紅ちゃんに言いたいことがあった。
「・・・あのね、紅ちゃん」
『は、はい』
「君のお兄さん、今・・・・・・俺のカツにケチャップつけたんだけど!」
『・・・・・・は、はぁ』
桑野くんが買ってくれたお弁当の中に、カツが入っていた。
それに桑野くんは躊躇わずにケチャップをつけたんだ。
俺はソース派だから嫌だって何度も言ったのに、
すごく抵抗したのに。
「やっぱりカツにはソースだよね!」
『え・・・・・・あ、あの』
「お前はバカなのか。兄妹なんだから、紅もケチャップつけるに決まってるだろ」
「え、そ、そうなの!?」
『・・・小さい頃から、うちではケチャップなので』
「そっか、残念」
俺は、二人とは味覚が合わないみたいだ。
少し落ち込んでいると、桑野くんに携帯電話を取られてしまった。
「俺だ。・・・・・・ああ、喧嘩にはなったけど、なんとか無事だ。
で、こいつ一人暮らしだし怪我が酷いから、今日こいつんち泊まる。
・・・・・・おそらく1週間くらい帰れねぇわ。親父たちにも言っといてくれ」
桑野くんが紅ちゃんに事情を説明している間に、
俺は必死にケチャップを避けてカツを食べていた。
「・・・ん、わかってる。学校行くから、なんかあったら学校で聞く・・・じゃ」
・・・え、
学校?
「なんだ?」
「桑野くん、学校来てくれるの?」
桑野くんは呆れ顔で言う。
「行きたくねぇけど、今日みたいなことがあったら困るからな」
・・・よかった。
学校に行かなくなった理由はわからないけど、
桑野くんが学校に来てくれるなら、どうだっていい。
「ありがとう、桑野くん!」
お礼を言うと、桑野くんは俺から目を逸らして、
お弁当を食べ始めた。
「あれ、桑野くんひょっとして、きゅうり嫌い?」
「別に」
「じゃあ食べたほうがいいよ。美味しいよ」
「そんなに言うならお前が食え」
桑野くん、認めてくれないけど、きっときゅうりが嫌いなんだと思う。
じゃあ、俺が食べてあげよう。
数切れあるきゅうりを、俺の方に移動させる。
すると桑野くんが、
なにもついていないカツを、俺の方へ移した。