桜の王子様Ⅱ 6
10分ちょっとで家に着いてしまった。
「桑野くん」
「あ?」
「今日は・・・ありがとう」
静かに笑って頭を下げる。
「じゃ、また明日」
そう言ってドアの鍵を開けようとした、そのときだった。
「おい」
桑野くんが持っていたカバンを俺に手渡す。
「持って中入ってろ。あと、弁当何がいい?」
「え・・・?」
「晩飯」
ばん・・・めし?
もしかして、買ってきてくれるの?
「い、いいよ!そんな・・・」
「じゃあお前、その身体で晩飯作れんの?風呂入れんの?」
「う・・・」
それは、この痛さじゃ難しいけど。
って・・・お風呂?
顔を上げると、桑野くんが目を逸らした。
心なしか、顔が赤い。
「・・・今日、泊まっから」
それだけ言うと、桑野くんは歩いていってしまう。
「・・・・・・」
桑野くんが、うちに泊まる。
その事実が俺の胸を搔き立てる。
・・・桑野くんと、一緒にいられるんだ。
そう思うと、
少しだけ痛みが緩和されたような気がした。
でも家の中に入った瞬間、
とてつもない胸の痛みに襲われる。
「う・・・っ」
ようやく、誰も知らない自分の居場所に帰ってきて、
安心したのと同時に、
涙が、溢れた。
「・・・あ、ぁ・・・っ」
怖かった。
痛かった。
苦しかった。
あの何よりも重い拳が、
馬鹿にするような笑い声が、
忘れようとしている昔の記憶を呼び戻したんだ。
誰かに助けてもらいたくても、助けてもらえなかった。
あの頃の記憶を。
「はあ、はぁ・・・っ、は、ぁ」
呼吸が苦しい。
玄関で蹲っていたら、帰ってきた桑野くんに怪しまれるのに。
桑野くんの前では、笑顔でいなきゃいけないのに。
・・・動けない。
「っ!」
ガチャ、とドアの開く音がして、
桑野くんの驚いた声が聞こえた。
こんなに早く帰ってくるなんて。
どうしよう。
何か話さなきゃ怪しまれる。
「・・・は、早かったね」
搾り出した声は、明らかに涙声だった。
気づかれちゃったかな。
「コンビニ、空いてたから」
微妙にだけど、桑野くんの息が切れている。
もしかしたら急いで行ってくれたのかもしれない。
「そうなんだ。はは、桑野くんってば、せっかちさんだね」
必死に、無理をして笑う。
でも、そうすると胸の痛みが増す。
苦しくて、苦しくて、
音をたてて壊れちゃいそうだ。