桜の王子様Ⅱ 5
「おい、やめろ」
低い声が聞こえて、
俺への攻撃が止まった。
「それくらいにしておけ」
「で、でも、こいつ・・・」
「後ろのやつ、桑野紅の兄だ」
「えっ」
男子二人が急いで俺から離れる。
その瞬間、俺はその場に座り込んだ。
見上げると、桑野くんとリーダー格の男子が睨みあっている。
「お前ら、どっちも勘違いしてるぞ」
「勘違い?」
「こいつが紅に付きまとったのは、お前らが紅をいじめるんじゃないかと疑ってのことだ」
「・・・なるほど。それで、近づくな、か」
「那智」
桑野くんが俺を見下ろす。
「こいつら、つーかこいつ、紅のことが好きらしい」
「・・・え?」
この男子が紅ちゃんのことを好き?
いじめようとしたんじゃなくて?
「紅に話を聞いた。告白されて、友達としてならいい、と返事をしたらしい」
・・・そうだったんだ。
全部、俺の勘違いだったんだ。
「なるほど。俺もお前も、桑野紅を守ろうとして戦っていたわけか。悪かったな」
男子が俺に手を差し伸べる。
「っ!」
でも、俺はその手を取ることはできなかった。
・・・怖かったから。
「悪いな。こいつ、こういうの慣れてねぇから。あとこいつに関する噂、嘘だから」
「そうなのか?」
「ああ、ヤりまくるどころか、バイト先の人妻一筋だからな」
「く、桑野くん!」
慌てて叫ぶと、男子たちがどっと笑った。
俺もつられたように笑ってみせる。
でも、芽生えた恐怖心は
消えることはなかった。
それから保健室で手当てをしてもらって、
バイトへ向かうことにした。
隣には桑野くんがいてくれている。
一緒にバイト先へ向かってくれている。
でも、言えなかった。
本当はすごくすごく身体が痛むってことを。
一歩歩くたびに、蹲りそうになるってことを。
だって、俺の勘違いで桑野くんもあの3人も振り回して、
追わなくてもいい怪我まで負わせた。
これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。
だから、平気な振りをしていなくちゃ。
・・・笑っていなくちゃ。
「桑野くん、どうしてあの場にいたの?」
「紅に聞いた」
「そう、今日は学校に来たんだね」
「休みすぎんのも危ねぇから」
俺の質問に、淡々とした答えを返す桑野くん。
・・・もしかしたら、こんな俺に愛想尽きたのかもしれないな。
「・・・・・・っ」
どうしよう。
道端なのに、泣きそうだ。
痛くて苦しくて、泣いちゃいそうだ。
「あ、那智くん、お帰りー」
顔を上げると、花を抱えた美華さんが笑っている。
そっか、もう着いたんだ。
この身体で働かなきゃいけないんだ。
「・・・ババァ、ちょっと頼みあんだけど」
「なによ、ガキ」
「こいつさ」
桑野くんが、
突然俺のシャツを捲り上げる。
み・・・
美華さんに、ハダカ・・・見られた!
俺は恥ずかしくて顔が真っ赤になった。
でも美華さんが注目したのはそこじゃなかった。
「どうしたの?その怪我。まさかあんたが」
「俺じゃねぇよ。つーわけでこいつ、働ける状況じゃねぇんだわ」
あ・・・
「そうよね。わかった。今日はお休みしてちょうだい」
美華さんが優しく言ってくれる。
・・・なんだ。
いくら笑っていても、桑野くんにはバレバレだったんだ。
俺が、我慢していること。
「・・・すみません、美華さん」
俺はぺこりと頭を下げて、
桑野くんと一緒に歩き始めた。