桜の王子様Ⅱ 2
今日もいつものようにバイトが終わり、
今日もいつものように桑野くんが来てくれる。
「じゃ、行くぞ」
「うん」
二人で並んで帰り道を歩く。
いつもの光景だ。
桑野くんは紅ちゃんのお兄さんで、
俺の大事な人でもある。
勘違いで俺を殴ってしまったことを後悔しているのか、
その日からずっと俺を助けてくれていた。
あ・・・
そういえば桑野くんも、
本当の俺を知っている人だった。
美華さん以外に、もう一人いたんだ。
あ、そうだ。
「桑野くん、お願いがあるんだけど・・・いいかな?」
「あ?」
「学校に、来てほしいんだけど」
俺がお願いすると、
桑野くんは機嫌悪そうに俺を睨んだ。
「行ってるだろ」
「週に2、3回でしょ?毎日来てほしいんだ」
「なんで?」
「それは・・・」
どうにかして桑野くんを説得しなきゃ。
そう思って出たのが、この言葉だった。
「・・・嬉しいから」
「・・・・・・は?」
桑野くんの気の抜けた声。
そして徐々に、桑野くんの顔が赤くなっていった。
もう、全部言ってしまおう。
「嬉しいと思うんだ!・・・・・・紅ちゃん」
「べ、紅?」
「うん。俺さ、今日見ちゃったんだけど・・・いじめられてる感じだったんだよね」
「紅がか?」
「うん。男子3人に囲まれてて。だから、桑野くんがいたら安心だと思うんだ」
桑野くんが考え込む。
紅ちゃんのことは守りたいと思ってるはずだけど、
学校に行けない理由でもあるのかな。
もし桑野くんが、それでも行かないっていうなら、
怖いけど俺が紅ちゃんを守るしかない。
・・・怖いけど。
「・・・ひとつ気になるんだけど」
俺の家の直前で、桑野くんが口を開く。
「紅が3人の男と話してたってだけで、なんでいじめになるんだ?」
桑野くんの正しすぎる質問。
「そいつらが紅を脅してたのか?違うよな」
「う、うん」
「じゃあお前の気のせいだろ」
・・・まずい。
このままじゃ、桑野くんは学校へ来てくれない。
どうしよう。
話したほうが・・・いいんだろうか。
「でも、何かが起こってからじゃ遅いからさ」
「起こらねぇよ」
「起こるかもしれない!だって俺は現に・・・」
「あ?」
「現に・・・・・・いじめられてたから」
言いたくなかった。
思い出したくなかった。
でも、
紅ちゃんに同じ思いをさせられない。
「桑野くんはわからないかもしれないけど、男子は粗野で乱暴なんだから。
集まると怖いんだよ。すごく」
「・・・・・・」
「平気で殴ったり蹴ったりするんだから」
最近は落ち着いている。
でも、昔は酷かった。
俺が女の子に好かれているのを妬む男子たちに、
何度も暴力を振るわれた。
笑いながら俺を殴って、蹴って、
持ち物を傷つけて、ボロボロにして。
そう。
男子なんて、人を傷つけても平気な生き物なんだ。
「・・・なるほどな。だからお前は俺にビビってたのか」
「え?」
「なんでもない」
桑野くんが立ち止まる。
話に夢中で気がつかなかったけど、目の前は俺の家だった。
「とりあえず、紅に話を聞く」
それだけ言うと、桑野くんは今来た道を戻ってしまった。
紅ちゃんが勇気を出して話してくれますように。
桑野くんが学校へ来てくれるようになりますように。
俺は頭の中で、
強く願っていた。