桜の王子様Ⅱ 1
「先輩が、好きです」
屋上で可愛らしい女の子が言う。
俺に向かって。
頬を赤く染めて。
ときおり自信なさそうに俯いて、
だけど俺の反応を確認している。
ああ、すごく可愛いな。
できることなら受け入れたいな。
だけど・・・
「ありがとう。でも・・・ごめんなさい」
俺の一言が、彼女の表情を曇らせる。
「今は勉強とバイトに夢中で、誰かとお付き合いなんて考えられないんだ」
「・・・そうですか」
「本当にごめんね。すごく嬉しかったよ」
彼女の表情がさらに曇る。
でも、仕方がない。
彼女をつくる気がない、というのは事実なんだから。
「・・・ひとつ、いいですか?」
「ん、なにかな?」
「桑野紅とは、どういう関係ですか?」
紅ちゃんの名前を出されて、おもわずきょとんとしてしまった。
どうして紅ちゃんが出てくるんだろう。
「後輩だけど、それが何か?」
「よくあの子と一緒にいるのを見かけるので、もしかしたら二人は・・・」
「ああ、そういうことか。違うよ、全然」
確かに俺は、紅ちゃんに会うことが多くなった。
教室に行くたびに、女の子たちに注目されているのはわかっている。
でも、彼女が疑うような関係じゃない。
「紅ちゃんというより、お兄さんと仲良くさせてもらってるんだ」
「お兄さん・・・あの、不良の?」
「不良っていうわけじゃないけど・・・彼がなかなか学校に来ないから、紅ちゃんに話を聞いたりしていて」
「そうだったんですね」
女の子はすんなり納得してくれたようだ。
笑顔で別れた俺は、ふと景色を見る。
・・・女の子の告白を断るのは、やっぱり胸が痛いな。
経験は何度もある。
断って泣かれたこともある。
怒られたこともある。
そのたびに胸が痛くなって、
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
でも、誰かとお付き合いをしたとしても、
俺は本当の自分を出せないと思うんだ。
笑顔の俺しか知らない人と一緒にいて、
いつも笑顔を振りまいて、好かれて。
そうしているうちに、
自分が壊れてしまう気がするから。
それに俺は、ある人に心を奪われているんだ。
その人と一緒に働けるだけでいい。
笑顔が見られるだけでいい。
たとえ一生、俺のものにならないとしても。
本当の俺を知っているのは、
美華さんだけ。
「あ・・・」
校内に戻ると、丁度紅ちゃんがいた。
下校するところだろうか。
・・・あれ?
紅ちゃんの周りに3人の男子生徒が集まる。
ちょっと柄の悪い3人が。
友達、って雰囲気じゃなさそうだ。
「紅ちゃん!」
呼びかけると、4人が俺の方を向いた。
少し怖かったけど、勇気を出して駆け寄る。
男子生徒をちらっと見て、白々しく紅ちゃんに話しかけた。
「あれ、お友達?・・・一緒に帰ろうかな、と思ってきたんだけど」
「わ、私と・・・ですか?」
「うん。でも、お友達と約束があるなら俺はまた今度にするよ」
「い、いえ!大丈夫です」
男子生徒は俺を睨みながらその場を去る。
よかった、
どうやら、紅ちゃんを守れたみたいだ。