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【エーファイ】⑦

 「ねぇー、お母さん。私のiPad知らない?」と真季が聞く。糸満の築古だけど広めの賃貸アパートに響く声。月子がパートから帰ってきて聞いた家の中での第一声がこれだった。「iPadなんて、ネットオタクのあなた以外誰も使わないでしょ?自分でどこかに置いたの忘れたんじゃない?」と月子は返す。そして「まーきー、あなたこの時間に家にいるってことは学校早退したの?」と月子は続けて聞いた。

 「早退した・・・。友達と話している間に気持ち悪くなってしまって、貧血を起こして座り込んだまま立てなくなってしまった。保健の上原先生が車で送ってくれた訳さー。2時間ぐらい家で寝たらだいぶ良くなった。でも、起きたらいつもある場所にiPadがないって気づいた訳さ」

 「お母さんは知らないわよー、どこにあるか。自分で探しなさい。まさか、あの龍太が使う訳はあるまいし。家電とかネットとかに全く興味のないあの原始人の弟がね」

 母親が言い放った言葉、真季もそう思った。龍太にインターネットはわからない。だからスマートフォンやパソコンに興味がない。でも、何度見てもいつも置いてある場所にiPadはなかった。真季の敏感な感性はとても嫌な喪失感を味わう。いつもあるべきものが何かの意図を持って、そこにないように思えた。そして、その意図は何らかの災いを自分の身にもたらすような暗示をもっている気がしてならない。気持ちよく晴れた夏空が、不安定な大気に突然覆われて、真っ黒な雲がいつの間にか自分の頭上に流れてきては、大雨を降らせ、雷が鳴り、突然すぎて傘もなく、その雨雲の下でひたすら濡れてしまうような・・・なす術もない状況。数分前にそこに青空があったことすら忘れてしまうような・・・あまりに劇的に運命が転換する予感。あるべき場所にあるべきものが失われている空っぽの違和感を真季はずっと見つめてしまう。左手の甲にうっすらと鳥肌が立つ。iPadがなくなった事実を数分かけて考えこんだ後に窓の外を見ると、空には雲一つなく雨の匂いはなかった。


 龍太は使い慣れてないiPadの操作に冷や汗をかいていた。とにかくグーグルって言われるところにさえたどり着けば、そこに文字を打って、知りたいことがだいたいわかるという噂は知っていた。が、しかしそれがわからない・・・。糸満の地元連中にiPadなんてハイテクなものを使っているところを見られると何を言われるかわからないので、からかわれるのを避けるためにわざわざ那覇市小禄のマクドナルドまでバスで来たのに。ポテトとコーラを頼んで、食べながら画面を触るとどんどん油っこくなる液晶ディスプレイ。最新の薄型液晶画面の美しさも龍太にかかればテカテカして見づらいだけ。グーグルを見つけられずにイライラしていた龍太の前に人影がかかる。

 「なんで龍太、小禄にいる??」

 その声に龍太は顔をあげると、糸満の幼稚園で一緒に過ごし、小学校にあがる時に小禄に引っ越して行った幼稚園の同級生、双子女子のさーやとみーくが目の前に立っていた。さーやが声をかけてきたみたいで、それに続き「超うけるんだけど」とみーくが笑う。中学生になってもこの双子は糸満にちょくちょく遊びに来ては幼稚園時代の友達と交流を続けていたので龍太も何度か地元で見かけていた。

 「おお、さやみく。元気?相変わらず双子のくせして顔は同じでも、身長も違うし、おっぱいの大きさも違うし、真っ黒に日焼けしている方と美白が命の方にわかれてるさーね。似てるけどそれぞれ違いがあるところがいいねー。バイ 違いがわかる男 龍太」と龍太が言うと、二人同時に大笑いしながら「龍太、超うけるんだけどー」と返す。

 「何してるさー、小禄で?」

 「いやーiPadでグーグルしたいんだけどやり方がわからなくて・・・。糸満だと誰かに見られると恥ずかしいから、わざわざ小禄まで来てバレないようにネットできるようになろうと頑張ってる途中な訳さー」と龍太が照れながら話すとこれまた双子のつぼに入ったのか「超うけるんだけどー」と笑い声が返って来る。

 「龍太って色黒くて、筋肉あって、泳ぎは県トップクラスで、爽やかなイケメンなのにiPadすら使えないんだね」とみーくが言うと「超うけるんだけど」とさーやが続いた。この双子はどちらかが何かを語った後、その片割れが「超うけるんだけど」と続けて言う遺伝子を持っているのは幼稚園の頃に薄々気づいていた。それが今も変わっていないことに龍太は懐かしさを感じる。

 「超うけるけど、困ってるなら教えてあげるよ、私達が。龍太もようやく海猿から進化をしようとしているのね」と双子は龍太の座っている両脇に腰を下ろし、なぜかそれぞれ龍太の二の腕に自分達の腕を絡ませて、絡んでない方の手で龍太が両手で持つiPadの画面を触りながら操作方法を教えてくれる。目の前には辿りついたグーグルの画面があるが、龍太の頭には右腕、左腕にからみつく双子のぬくもりと育ち盛りのおっぱいの感触しか入ってこなかった。

 「龍太、わかった?簡単でしょ?このボタン押してネットを立ち上げて、上のバーにぐーぐるって打てば、龍太の探し物は見つかる筈さー」

 みーくの説明に聞き入っているとさーやが龍太の右腕におっぱいをより押しつけてくる気がする。「で、何をグーグルで調べたいの?龍太は」と、さーやが聞くと今度はみーくが龍太の左腕におっぱいをめいいっぱい押しつけてくる気がする。龍太ののぼせ上がった脳みそは思わず呟く、「おっぱいの神秘について」と。

 「超うけるんだけどー、龍太」と笑いながら、双子は下ネタ大好きのお年頃なだけに「おっぱいの神秘」とグーグルの検索画面に打ち込んだ。すると出産と育児にからむ女性のおっぱいの神秘についてのホームページが多く出てきて、龍太が期待したエロい要素はそこにはほとんどなかった。むしろ、双子のさやみくは、それらのサイトを見ながら妊娠して出産するとおっぱいが大きくなるという記述に興奮して龍太からiPadを取り上げ、二人でキャーキャー言いながら盛り上がりはじめた。龍太は、何か夢から覚めたような気分でストローに口をつけコーラーを飲み干す。そして一段落するとその盛り上がりも少しずつ熱を失いiPadは龍太の手元に戻ってくる。

 「龍太、これでグーグルの仕方わかったでしょ?じゃ、おっぱいの神秘についていっぱい勉強してね。男の子は女の子のことをもっともっと勉強して優しくしないとモテないさー。男子は女子のことわかってるとか言うけど、ぜんぜーんわかってないんだから。本当にもー。今度私達が女心をどれくらい龍太が理解してるかテストしてあげるねー。じゃ、私達これから小禄のジャスコでプリクラしにいくからー。バイバーイ」とみーくが言うと、「超うけるんだけど」とさーやが続き、二人はマクドナルドを後にした。


 おっぱいの余韻が残るマクドナルドでようやく龍太は、世の中を検索して調べる手がかりを得た。双子の教えてくれたとおりに液晶画面を触ると確かに、グーグルのホームページに辿り着き、検索したい単語を打つとネット空間で世界と繋がる。(これが病弱なまーきーが心の拠り所としてきた世界か)と龍太はちょっと納得する。さて、自分も世界を知るために検索活動に入らなければならない。まずは蛇と打ってみて検索にかけてみる。蛇という存在に対する図鑑的定義が何万件と出てくる。龍太はその2つ3つをクリックしてみて、その文章量の多さに汗をかく。兎も同様だった。心の中であきさみよーと呟く龍太。この広い地球で人間達が積み重ねてきた知識の地層を感じずにはいられない。世の中にはこれ程までに情報が溢れているとは知らなかった。この中から何かを探し当てるのは、考古学者と言われているおじさんやおばさん達が広い地球の土を全て掘り返して何かを発掘したいと思っているのとたいして変わらないんじゃないかと思う。汗をかきながら、心を落ち着けるために帰りのバス代にとっておいた小銭でコーラーのおかわりを買う。給食の時間が終わってから学校を一人抜け出し、小禄にてiPadの使い方がわからないまま呆然としているうちにいつの間にか陽はだいぶ落ちてきた。マクドナルドの窓ガラス越しに見る太陽の光が柔らかくなっている。iPadに表示されている時間は17時を過ぎていた。あの双子が現れてくれなかったどーなってたんだろうと頭を掻きながら、龍太は蛇と兎についてとにかく検索し、発掘作業を続けた。約2時間程駆り立てられるようにしてググり続けて、夜の手前ではっと気づいた。どちらの動物も調べて行く上で「出雲」という単語がよく出てくることを。そこでiPadの電池がぷつりと切れた。真っ暗になった液晶画面が黒い鏡のようになって自分の顔を映す。龍太は数秒間自分の表情と見つめ合った。ネット検索に没頭しすぎて液晶画面に反射するマクドナルドにいる自分を見てバーチャルな空間から現実に戻ってきたんだと初めて体験する。そして混沌とした情報の塊が脳内に所狭しと無数に散らばっている。龍太はそれらの情報を記憶しては自分を納得させるように一つ一つ考えを整理する作業に入る。


 マクドナルドから出て、西の水平線の向こう側に太陽が落ちる10分前の空を龍太は見つめた。透けかけの褐色を含んだ紫色の空に影を帯びた大きな雲が見えた。そして月がその雲からだいぶ離れた場所で輝きはじめようとしていた。雲が出る場所?雲が生まれる場所?出雲って何だ?と龍太は考え込む。太陽と月を神様として昔から大切にしてきたおとぎ話は何度も聞いたことがある。父親の太が子供におとぎ話や絵本を読んで聞かせるのが好きで小さい頃の真季も龍太も寝る前や休日にはいつも物語を聞いていた。でも、雲についてそれと同じような昔話を聞いた記憶は龍太にはなかった。バス代がないので、那覇市小禄から糸満まで歩いて帰る途中、太陽と月と雲の関係について龍太は考えた。海を泳ぎながらいつも仰向けになって見続けてきた白い雲についてまじめに考えたことはなかった。太陽は世界を照らし続け、月は真っ暗な夜に光を差しながら潮の満ち引きを操る。その二つの力は偉大で圧倒的だけれど、でも、よく考えると、雲がなければこの世界は終わるということを初めて龍太は考えてみた。雲は雨を振らす。そして気圧を作り、その高低の気圧差で風を起こす。台風を発生させ、目に見える形で自然の脅威と恵みを遠い昔から人間に教え続けてきた雲の存在。この世界に水をもたらしてくれる存在は雲以外にはない。雲とは何だろう?風とは何だろう?雨とは何だろう?水とは何だろう?と龍太は糸満ロータリーを通り過ぎる時に空を見て思った。そして、なぜ蛇と兎を調べると雲が出る場所「出雲」という単語にたどり着くのだろう。沖縄から出たことのない龍太は思う、雲が生まれる場所とは一体どんな所なんだろうと。


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