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【グゥキマーイのティルル】① 

 太は鳥取砂丘の上から日本海を見つめる。目の前には大きな海が広がり、荒めの波が海岸に打ち寄せる。砂丘のてっぺんで太は風を感じる。北西からの冬の始まりを感じさせる新風が砂を飛ばしていく。季節風が吹き始めたことに太は気づく。砂粒が目に入り、瞬きを繰り返して涙と一緒に流そうとするけれど痛みは眼球にはりつく。どれだけ日本海を見渡せど真季と龍太が乗ったサバニは見当たらない。砂丘の真上で二人の子供の名前を叫びたい衝動に駆られるけれど、ただじっと黙って砂を飛ばす風を太は見つめる。

 この観光名所にも真季と龍太がいないことを確認し力なく駐車場へと戻るために足を進ませる。砂が足にからみつき、靴の中に入り込む。今の自分の気持ちと砂丘を歩く姿が共鳴しては何か縁起の悪い夢の中にでもいるかのよう。砂漠でもがく・・そんな太の横をらくだが歩く。らくだと目があう。なんだか笑われている気がする。お前は何もわかっていない・・・と。太はらくだを無視して足を前に進める。靴に入りきらない砂が溢れていく。胃が締めつけられ、胸が苦しい・・・。そういえば昨日何一つ食物を口にしていない体はからっぽ・・・。頭の中は出雲に来てからずっと混乱しっぱなしで精神的にも追い込まれてる。太は、何もかも投げ出したくなるけれど、投げ出す訳にはいかない。自分の命よりも大切な真季と龍太の命。諦めるわけにはいかない。

 息を乱し、足をとられながら、なんとか砂丘から駐車場に戻ってくる太。靴を脱いで砂を落とす。そして息を一つ大きく吐くと、お腹がぐるぅぅぅぅぅぅとビックリするくらいの大きな音を鳴らす。何かしっかりと腹持ちのいいものを食べないとこれ以上持たないと思い、とっさに吉野家のタコライスを頭に思い浮かべる。太は疲れた時にスパイシーなタコライスを食べて無理矢理元気を出す日常生活のルーティーンを持っている。今こそタコライスだ!と思い、太はいまいち使い方のわかっていないスマホで鳥取県内の吉野屋を探す。鳥取市内には一つあるらしく、ナビにその場所をセットする。

 車を運転し、辿り着いた店内に入って「タコライス 一つ」と頼むが店員さんは唖然としている。あれ?何この無反応??っと思って太は慌てて目の前に置いてあるメニューを開くと、ない・・・・タコライスがない・・・・。もしかしてタコライスがある吉野家って沖縄だけ???と気づく。太は、恥ずかしさのあまり店員に目をあわすことができず、「牛丼大盛り一つに味噌汁つけてください」と言い直す。そしてあっという間に目の前に出てきた牛丼に紅ショウガをこれでもかとのせて「全く何もかもがうまくいかない・・・」とぶつぶつぼやきながら味噌汁と一緒に胃の中にかき込んだ。


 しっかりと腹ごしらえをした太は車に乗って白兎神社に向かう。昨晩と同じように道の駅の駐車場に車を停めて、参道の石段の前に立つ。夜の闇に覆われるとひるむほどの迫力ある神社の鳥居も朝の光の中だと優しく感じられる。昨夜は気づかなかったけれど、鳥居のすぐ隣にピンク色の郵便ポストがあり、兎の配達員のイラストが描かれている。恋人達の聖地で縁結びというキャッチフレーズとともにここからラブレターを送ったら恋が叶う的なことなのだろうか?と太は思う。夜の神社と朝の神社のギャップに少し戸惑いながらも石段を登っていくと両脇に石で作られた兎の小さい彫刻が幾つも並ぶ。それを太は微笑ましく見るのだけれど、なぜか兎の石像からは笑われている気がする。なんだろう、この感覚は。お前は何もわかっていない・・・と、またここでも言われている気がする。何をわからなきゃいけないのかすらわからない。

 太は軽い頭痛を感じながら足を進ませ石段を登る。石段の途中に、砂で作られた像がある。説明書きを見ると「大国主と八上姫」と書かれていて、日本最古のラブストーリーである因幡の白兎の伝説にちなんで鳥取砂丘のある鳥取県の神社らしく砂で像が作られている。膝まずく大国主を受け入れようとする八上姫を兎が見守っている。太はなるほどと思いながら、この神社は恋を成就させる神社として人々が訪れてくるところなのだと改めて認識する。沖縄には神社が7つか8つぐらいしかないし、それぞれそんなにストーリー性がないのでこんな形で観光地にして人を誘致するのは難しいなと職業柄、観光客にどうやって糸満市に来てもらってお金を落としてもらうか考える市の職員的な発想をついつい持ってしまう。

 一つ鼻息をついた後、残りの石段を登る。登り切るとそこには境内へ続く道沿いに池がある。足を進ませてその池の説明書きを読むと「因幡の白ウサギ」の神話では大国主に助けられた皮の剥げた兎はこの池で体を洗い、ガマの穂を身に纏うと元の姿に戻ることができたと書いてある。

 (大国主?大国主、大国主ってさっきから当たり前のように名前が出て来るけれど、よく考えたら同じ名前を出雲大社でも見た気がする・・・。誰なんだろう、一体その人は?)

 そう思いながら説明書きを読んで行くと、この池は大雨が降ろうと晴天が続こうと水位が変わらない不減不増の池「御身洗池」と呼ばれているとも書かれている。そんなことがあるものなのだろうかと太は首をひねる。軽い頭痛は続く。そして、白兎神社本殿前まで来て、気持ち多めのお賽銭を入れて祈りを捧げる。とにかく真季と龍太が無事でありますように・・・。すると目を閉じた暗い世界からもお前は何もわかっていない・・・と言われているように感じる。またか・・・・。何なんだ、今朝からずっと。鳥取砂丘のラクダに馬鹿にされて、神社の石段沿いの兎の彫刻にも笑われ、お賽銭を奮発して入れたつもりの本殿でもお前は何もわかっていないと呆れられている・・・。何をわからなければいけないのか知りたい。何なんだ、一体・・・もーーと怒りに似た感情を太は我慢しながら、目を開けることなく、手を合わせたまま次の言葉が来るまで粘り強く祈り続ける。ヒントをくれるまではここを蹴飛ばされても動かないと腹が据わる。幸い人の行き来がほとんどない静かな神社。太も意地になる。これでも久高島で神に仕えた女達から生まれた男。何もわかっていない男のままでは終われない。目を閉じた世界、少しずつ外の世界と切り離されていく感覚を感じる。近くで鳴いていた鳥の声が遠くなる。ただ目を閉じ、ずっと本殿の前で祈り続けること30分近くになるだろうか・・・。白兎神社の神様も太の粘り強さに呆れたのか一言だけ、ため息まじりでアドバイスをくれる。

 「わかりたければ魂で感じなさい」

 太はその声を聞いた後、ゆっくりとまぶたを開いた。魂で感じる・・・。どういうことだろう。魂・・・。魂って何だ?当たり前のように使っている言葉だけど、でもよく考えてみると魂とは一体何なのか全然わかってない。でも祈り倒した後に目を開いたらそこにある世界は今まで見ていた景色と違うように感じた。なぜ人は祈る時に目を閉じるのだろう。それは再び目を開いた時に世界が変わっていることを願っているのだろうか。魂で感じろ・・・。魂で感じるとはどういうことだろう。でも、なんとなく思い出せる。そう、久高島で育った自分がいつの間にか忘れてしまっていた感覚。島のおじいやおばあはいつも目には見えない何かを見ていて、自然の声を聞いていた。それをそばにいて感じていたのに、今の自分はどうだろう。久高島を出て、沖縄本島で就職して何十年経っただろう。無意識のうちに年を重ね、今では故郷が遠くに感じるまでになってしまった。仕方ないことかもしれないけれど、でもその仕方ないことのうねりにどんどん流されていき、気づけば今自分がどこにいるのかわからない・・・。島から遠い遠い海に流され、溺れかけている気がする。いや、溺れていることにも気づいていない。海の真ん中でもがくことを生きると勘違いしているのかもしれない。

 太は軽い頭痛を抱えたまま白兎神社本殿に一礼して、その場を後にする。そして車に乗り込む前にもう一度白兎神社の方角に向かって一礼する。父の寅也、祖父の海熊のことを思い出す。あの二人は魂で感じるということがどんなことかわかっていた。近くにいたからよくわかる。でも、自分にはわからない。時代のせいなのか・・・自分のせいなのだろうか・・・そんなことを思っていたら今までの人生の中で一番大きなため息が口から漏れた。それでも立ち止まることはできない。レンタカーのアクセルを踏む。もう深く考えるのはやめよう。ナビの電源も切る。出雲に来てから一瞬たりともナビなしでは車を運転できなかった。あらゆるところを探しているつもりで、いつも視線はナビの画面を見ていて、本当にまわりの景色を見ていただろうか?ナビに言われた通りに走って、車のボディには細い山道で無数の傷を作ってしまった。ナビに頼りすぎている自分がいることに今更ながらに気づく。現代文明が当たり前のように自分を導いてくれるという信仰に頼りすぎているんじゃないだろうか?当たり前の知識や膨大な情報に惑わされるのもやめる。何かを感じる方角を目指そう。その何かを感じる努力をしよう。情報や知識に流されていては、その何かを見失う。自分が探している何かを魂で感じない限り、どこにも辿りつけずに海で溺れて死ぬ。でも死ぬ訳にはいかない、命を賭けてでも守りたい家族がいる。またみんなで一緒に暮らせるためなら、今まで築き上げてきた全てを失ってもいい。常識も理性も知識も教養も何もかも。自分を形作る全てを捨ててもう一度ゼロから全てを魂で感じてやる。


 久高島は晴天が続いていた。穏やかで静かな日々。月子は、富おばあの看病をしながら、鶴子おばあの畑仕事を手伝う。太と結婚してから真季が生まれるまでの間に両親が続けて他界した。更に昔を思い出せば祖父母も月子が20歳になる前に残念ながら空に昇っていった。両親が他界した後にしばらく呆然としたけれど、真季がお腹にいることがわかった。きっと両親がニライカナイから授けてくれた子供だと思い嬉しかった。真季が生まれると忙しくて、少しずつ両親の死のことが頭の中で薄らいでいった。目の前にいる新しい命を育てるのに精一杯。たまに両親を思い出した時、「それでいい、真季を一生懸命育てて、旧盆や清明祭の時だけ思い出してくれればいいさー」と言ってくれている気がした。真季が生まれて2年後、龍太が生まれた。太と一緒に真季と龍太を必死に育てて、今を生きることだけで精一杯だった。

 久高島に戻ってきて、島の生活の中に久々に身を置くと、静かな時間の中で両親のことや祖父母のこと、島で一緒に育った友達のこと、小・中学校の先生のことや、色々なことを自然に思い出す。鶴子おばあに連れられて毎日のお祈りに出る。御嶽をまわり、家族の幸せ、島の幸せを大自然の神様やご先祖様に目を閉じてお祈りしていると、不思議と閉じた瞼のすぐ目の前に両親が座っている気がする。昔家族で食卓を囲んでいた空気に近いものがそこにはあって懐かしく感じる。(お父さん、お母さん、真季と龍太をよろしくお願いします)と毎日祈ると、その度に二人は微笑んで、わかっているさーと言ってくれているような気がする。

 島の時間、島の空気、島の温度。大きな温もりに包まれていると、神様は私にそれを思い出させるために真季と龍太にあんな無茶なことをさせて、自分を島に連れ戻したのかもしれないと月子は思う。思い過ごしだと思いたいけれど、なんだかそう思わせてくれない島の空。すべて見透かされていて、すべてを導いていく。人間の運命なんて空に浮かぶ雲と何ら変わりないのかもしれない。そんなことを思いながら、汗をぬぐって見上げた空。しばらくにらめっこした後、また畑仕事に取りかかる。


 太は、とにかく魂が感じる方向に行ってみようと思う。白兎神社から島根県へ戻る国道9号線から見える海岸は丹念に見た。でもサバニはない。魂が感じるなんて言ったって、ただの当てずっぽうかもしれない。でも、海岸を一通り見てみないと納得がいかない。鳥取県の海岸線を島根県に向けて探し続けている間に時間は過ぎていく。海岸が駄目なら、山に入ろうと太はハンドルを切る。細い道をひやひやしながら運転を続ける。ナビを使っていないから行き止まりにも突き当たる。その度、恐る恐るバックしながら車を切り返しては来た道を戻る。そんなことを繰り返しているうちに日は暮れて、夕焼けの赤い太陽の光が眩しく車に差し込んでくる。細目で運転しながら、行き止まりに辿り着いた。でも駐車スペースがある。なんだろうと太は車を降りる。大きな看板がある。そこには黄泉比良坂よもつひらさかと書かれている。映画のロケにも使われたことがあると書かれた看板は新しい。そのピカピカの看板ではなく少し年期がはいった案内板があって覗いて見てみると、なんでも日本で最も古い書物「古事記」にはここがあの世とこの世の境と書かれているとのこと。これで三度目のあの世とこの世の境・・・。太は呆然とする。三日連続であの世の手前に来るということはまさか、真季と龍太は本当に死んでしまって、あの世から連れ戻すためにここに来なければならなかったということだろうか・・・。信じたくない。でも、こんなにもあの世とこの世の境にばかり来てしまうのは何かしらの意味があるのかもしれない。とにかく行ってみようと太は、夜になる前に急いでそのよもつひらさかと呼ばれる坂に向けて走る。小さな小山の中の細い道を走る。無我夢中で走ると5分ほどしてあっという間に山を出て道路に出た。

 「あれ?」

 拍子抜けするほどあっさりしている。あの世とこの世の境というにはあまりにも迫力がなさすぎる。一体何なんだ?と思いながら太は来た道を歩いて戻る。何か見過ごしたものはないかをじっくり観察しながら。すると山道の中程に小石が積まれた場所がある。ここがあの世とこの世の境だろうか?この小石が積まれた奥の道なき山肌がそうなのだろうか。でも、なんとなくここでも「お前は何もわかっていない」と言われている気がする。だけど、魂で感じようとする努力は少しだけ認められたのか、笑われている感じはしない。太は、小石の置いてある小山の方角に一礼して元来た道を帰る。そして車に乗り込み直してアクセルを踏むとすーっと微かに残っていた夕焼けは夜の闇に飲み込まれる。ふと太は振り向いて後部座席を見る。誰もいない。そうだよな・・・誰もいる訳ないよなと思い、月明かりの中、山道を走る。しばらく運転して街に出て松江のビジネスホテルに一泊するためチェックインする。思えば朝ご飯に牛丼と味噌汁を食べてからその後お昼は食べる余裕がなかった。空腹を抱えながら松江駅そばの高架橋のとなりにある串カツ屋さんで刺身と串カツを食べながら、(俺は一体何をわかっていないのだろう・・・)と自問自答を繰り返す。なんだかどっと疲れた。顔をあげると可愛い店員さんがこっちを見ている。ちょうど生ビールを飲み干したところ。島根美人がどういうものかわからないけれど、きっと島根美人に違いない店員さんがおかわりどうしますか?と後3秒後には聞いてくる顔をしている。その可愛い店員さんにそんなことを言わせてはいけない。男だったら自発的におかわりをしようと太は思う。疲れているのか訳のわからない思考回路が脳内に構築されている。とにかく、せっかく内地に来たんだ、日本酒を飲まないとと思う。しかも地酒。メニューをちらっと見て一番高いやつを奮発して頼んでやると心に決める。これが俺の魂のオーダーだと思う。その一番高い日本酒の名前を読みあげる。

 「お姉さん、やまたのおろち 一つ」

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