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【花指し遊び】②

 沖縄上空から台風が抜けた翌朝、太は慌てて那覇空港のチケットカウンターに駆け込んだ。

 「出雲まで。とにかく出雲まで行ける一番早い飛行機を」

 糸満から乗ってきたタクシーを降りて猛ダッシュでカウンターまで走ってきた太は息を切らし、髪型を崩しながらグランドホステスのお姉さんにそう訴える。しかし、黄色いかりゆしウエアに身を包んだお姉さんは申し訳なさそうに「本日は西日本上空に台風がかかっているため、山陰方面全便欠航です」と太に告げた。飛行機が駄目なら新幹線で行きたいところだが、沖縄はまわりが全て海に囲まれているため電車・車で他県へという選択肢がない。台風の影響で飛行機が駄目なら、間違いなく海は更に荒れているので船も駄目。船で行ったら一体出雲までどれだけ時間がかかるのか検討もつかない太。ため息を一つついて、目の前にある現実と向き合うしかないと諦める。とりあえず今日の飛行機は諦めて「台風が抜けた後はどの便が一番早いさー?」とグランドホステスのお姉さんに改めて聞く。

 「米子、出雲、石見などの島根県近郊の飛行場はすべて那覇からですと一度羽田空港まで飛んで頂いて、乗り換えて頂くのが一番早い便になります」

 それを聞いて太はカウンター前でがくりと崩れ落ちる。どこに行くにもまずは東京に出ないと行けないのかと・・・。それが現実。想像していた以上に出雲への道のりは遠い。

 「明日の一番早い便のチケット、買えるね?」

 「はい、明日羽田経由米子鬼太郎空港行きの一番早い便を予約致しますね」

 「鬼太郎空港??あのゲゲゲの?」

 「はい、あのゲゲゲの。作家の水木しげるさんの故郷がその辺りだそうで」

 「なるほど」

 太はその会話を通して、鈍い頭痛を感じる。ゲゲゲの鬼太郎の有名なテーマソングが頭の中で流れ始める。ゲ・ゲ・ゲゲゲのゲ〜〜〜〜〜♪と小さい頃観たアニメの妖怪達が脳みその中に現れては大合唱を始める。背筋が冷たくなる。太はまだ見ぬ世界に思いを馳せて悪寒がする・・・出雲という場所はもしかしたら妖怪や化け物が溢れ返っている場所なんじゃないかと。でなきゃ、自分の子供達がなぜサバニに乗ってわざわざ久高島から島根県まで旅に出る・・・。もしかして真季も龍太も妖怪に連れ去られたんじゃないか?それは大袈裟にしても何か現代人が忘れ去ってしまった不思議な力が出雲という地域に溜まっていて、その力が人々を呼び寄せるのだろうか?そんなことを真剣に考えながら、今日のフライトを諦めて那覇空港内をとぼとぼ歩きながら糸満への帰路につく太。カバンに入れてあったフリスクを3粒程口の中に放り入れてバス停でバスを待つ。視線を上げれば沖縄の空は台風一過で心にしみるような青さ。でもその空のしみるような透明さが子供がいなくなってから疲弊し続けて傷だらけの今の太の心にはしみすぎてむしろ痛い。膿んでいる傷口にフリスクをのせているかのよう。刺激を伴ってすーすーする。今の気持ち的には時折小雨が降る曇りぐらいが落ち着く。太は深くため息を一つつく。真っ青な空・・・。不安を抱えている自分がその空に浮かぶ場違いな雨雲みたいに思える。青い空に浮かぶ眩しい太陽。太は強い紫外線に目を細めながら子供達の無事を太陽に向かって静かに祈った。


 ミルク屋のジョーは牛乳配達用の軽自動車に真季と龍太、そして二人の荷物を乗せてアクセルを踏んだ。車内は牛乳の柔らかい匂いに包まれている。真季も龍太も久しぶりに嗅ぐミルクの香りに気持ちが少しほっとする。

 「真季ちゃん、龍君、お爺さんにぱぱっと朝の仕事だけ片付けさせておくれ」

 ジョーはそう言いながら牛乳配達を手際よく一回りした。各家庭の前で車を停めると真季と龍太は何か手伝えることがないかと一緒に車を降りる。ジョーは二人に向かって微笑みながら、慣れた手つきで牛乳瓶や牛乳パック、ヨーグルトなどを配っていく。真季も龍太も出る幕がない。出雲市のお得意さんの家々を約50件程配達を終え、空っぽになった軽自動車のトランクルーム。荷物を降ろした車の走りが少し軽快になる。真季と龍太は今自分達がどこにいるのか皆目検討がつかないけれど、帰る道を運転しながらジョーは二人に語りかける。

 「今通っているこの道は神迎の道と言うんだけれど、何でかわかるかな?」

 真季と龍太はそう言われて今走っているそれ程大きくない道を見回す。神迎の道???何かヒントがないかと道の隅々を観察するけれど全くわからない。その二人の仕草を見てジョーは笑う。

 「さっき二人がサバニであがっていたあの稲佐の浜に一年に一度旧暦十月十日に日本中の八百万の神様が海からやって来て、この道を通って杵築大社に集まる。そして八百万の神々様の頂点にいらっしゃる大国主様の元でこの世の全てのご縁を結んでいく。とても大切な道だよ。お爺さんはこの歳になってつくづぐ思うけれど、世の中は神々様が繋いでくださるご縁で成り立っている気がするんだ。まだ二人は若いからご縁の大切さはわからないかもしれないけれど、年に一度、日本中の神々様が色々なご縁をつなぐために出雲にやって来るというのは本当に面白いし、興味深いし、ありがたいこと。もしかしたら真季ちゃんも龍君も稲佐の浜にいたってことは神様のお使いかもね?」

 ハンドルを握りながらジョーは出雲のおとぎ話のおまけにありえない妄想を口にする。真季はそのジョーの言葉に「まさか、ご冗談を」と笑って返す。神迎の道を過ぎるとしばらく誰も口を聞かない静かな時間が流れた。車の外の風景を見つめると今日もいつものように太陽が空にあがり、朝が始まり、人々が目を覚ましていく音が聞こえてくる。糸満と同じようにここ出雲でも人は当たり前のようにそれぞれの生活を営んでいる。夜が終わり、朝が来て、それぞれがぞろぞろと動き出す。その事実をなんとなく新鮮に感じる真季。人間というのはどこの土地でも基本的な活動は同じなんだなあと改めて思う。赤信号で車が止まる。ハンドルから手を降ろして小さく息を一つついたジョーが二人に向かって話かける。

 「私の家で一度お風呂に入って、体を清めたら、またこの出雲市に戻って来て、その兎を飲み込んだ蛇が見つかるように杵築大社にお祈りに行こう。それから八雲山へと案内してあげるから」

 真季は思わず「杵築大社?」とジョーが何度か口にする言葉を聞き返す。

 ジョーはしまった・・・という表情をして、「ああ、県外の人達には出雲大社と言うのがいいのかな。昔は出雲大社のことを杵築大社と言ったのさ。出雲大社と呼ぶようになったのは明治時代からよ」と説明してくれた。

 「ふーん、そうなんですか」と真季は鼻息まじりにジョーの話に相槌を打つ。出雲大社は知っている。でも別名があったのは知らない。何やら名前一つとっても歴史が長そう、難しそう。龍太はただ無言で出雲の景色をずっと興味深そうに眺めている。青信号になり、車は走り出す。朝の通勤ラッシュの少し前なのだろう。道は空いていた。玉造温泉のある場所まで信号以外に停められることはなく、気づけば温泉街の裏手にある小さな平屋建ての民家の前に辿り着いた。

 「ここだよ。まあ、遠慮せずに入りなさい。ばあさんは今頃、この辺りの旅館の布団の片付けと朝食準備の仲居さんのパートに行っている頃だろ。ま、顔をあわせなくてもいい。焼きもちやきのばあさんだから。こんなおデブなお爺さんが若い女性と一緒にいるだけで焼きもちを妬くからの」

 ジョーは優しく語りかけながら家に上がるのを遠慮する真季と龍太の背中を押した。家にあげてもらって真季と龍太は恐縮する。畳のいい匂いがする。そして木造家具の木の香りも。家の中全体に柔らかくて、ほっと安心できる空間が広がっている。

 「ささ、温泉が湧いているお風呂に入りなさい」とジョーは孫達が遊びに来た時用に置いてある着替えとタオルを用意してくれた。龍太は「なまけ者になりなさい」と書かれた目玉のオヤジが茶碗のお風呂に入ったシャツと下着と靴下、プーマーのジャージ上下を借りた。真季は「生まれた時から妖怪だった」とプリントされた鬼太郎のシャツと下着と靴下、ジーパンとウィンドブレーカーを受け取る。そして、ジョーは「牛乳配達を終えたら、私は一日中暇なお爺さん。婆さんが仲居さんのパートに出ている間、専業主夫でいつも家事をやっているから。二人の濡れた洋服や荷物とかも洗濯しておいてあげるから全部置いていきなさい」と言ってくれる。

 「そんな初めてお会いしたジョーさんにそこまでしてもらっては・・・」と真季は遠慮するけれど、ジョーは断固として譲らない。

 「これも大国主様のご縁だから、遠慮せずに甘えなさいな。私は嬉しいんだよ、元漁師として。こんなに若い二人がサバニに乗って大きな海を乗り越えてきた。そして稲佐の浜であなた達に出会えたことが。何か力になりたいし、力になってあげなさいと大国主様に言われている気がするから。これもご縁だよ。縁に逆らってはいけない。暇な老人のボケ防止だと思って、真希ちゃんと龍君の手助けをすることで生き甲斐を感じさせてもらおうということさ」

 ジョーはほほほほほと笑う。しゃべるとお腹の脂肪が揺れている。ジョーの福々しい笑顔に心が緩む二人。その申し出に甘えさせて頂こうと「ありがとうございます」と真季と龍太は深々と頭を下げた。そしてありがたく玉造温泉の源泉から引っ張って来ているお風呂を頂いた。久高島を出てから一度もお風呂に入ってない。湯船に入る前に洗面器でお湯を体にかけるとビックリするほど体の汚れが浮き上がっては流れていく。真季も龍太も頭、顔、体の隅々までキレイに洗った。そして湯船に入って体の芯が温まるまでじっくり温泉に浸かった。体がキレイになると心も清められた気がする。体の芯が温まると気持ちが前向きになれる。風呂上がり、体から湯気を出した真季も龍太も借りた服に着替えて、洗面台の鏡の前で同じ疑問を抱く。

 「なぜゲゲゲの鬼太郎?」

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