表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/50

【洗い髪たれ遊び】⑬

 「大型で非常に強い台風19号は沖縄の南の海上を北上しています。明後日にかけて沖縄、奄美に近づき、その後九州南の海上を北に進むと予想されています」

 ニュースキャスターが最新の台風情報を読みあげ、台風の通り道である南大東島の映像がテレビに流れる。海全体に白い風波が立ち、うねりが防波堤に当たって大きくしぶきをあげる。月子はその映像を見て、いてもたってもいられずに朝から久高島にある御嶽という御嶽を回って祈ろうとした。その月子の姿を見て、島中のおばあ達が一緒になって祈ってくれる。普段カミンチュ以外は入る事の出来ない御嶽にもおばあ達は月子を導く。そこは久高島で最も大切に守られてきた御嶽、クボー御嶽。御嶽とは、昔ご先祖様達が住んでいた場所。その住んでいた場所にご先祖様の霊や神様が木を伝って空から降りて来る。そこで今を生きる人間は目に見えない力と魂で語り合い、霊と人が助け合う。ぽっかりと開いた空き地を木々が取り囲み、神様やご先祖様の霊が降りて来るとされている木の前に石の香炉が置いてある。ただ、それだけ。内地の神社は古代シャーマニズムを継承し神様やご先祖様がいた場所に建てられているけれど、鳥居、手水舎、社務所、拝殿、本殿、摂社、末社、しめ縄があったりと時代の流れの中で形式が整えられてきた。沖縄の祈りは古代から何も変わらずに自然と真っ正面に向き合う剥き出しの祈り。人間が自然に対し、神に対して自分の前に置いたのは小さな石だけ。その石を置くという行為だけが全知全能の神々に向き合うために人間が行なえるささやかな自己主張。月子はベテランのカミンチュ達に導かれ、その石の前に座る。

 「現役カミンチュだった頃の富おばあがここにいてくれたら百人力なんだけれど・・・。でも、私たちも出来る限りの力を振り絞って祈るさー」

 そう言って、島のおばあ達は月子の背中を撫でてくれる。月子はその優しさに包まれながら石の前で手を合わせ、太陽、月、星、海、大地、山、風など大自然全ての神様達に無我夢中で心の中で祈りを捧げる。そして、古代から続く自分のご先祖様達全員の霊に「どうか真季と龍太をお守りください」と遺伝子の記憶を辿りながら助けを求める。遠い遠いニライカナイの空からクバの木を伝って、どうか地上に降りてきてこの石の前に現れてください・・・と神様、ご先祖様を呼び寄せる。祈れば祈る程に風が強くなりあたりの木々が激しく揺れる。海の波音が大きくなる。台風が近づいてきている。


 そんな祈りを知る事もなく真季と龍太はのんびりサバニに乗っている。対馬海流に乗ってから、帆を降ろしてエークで海を漕がなくてもサバニが勝手に前に進んでくれる。「楽チン、楽チン」と二人はサバニの上で夜ご飯に鮫肉を噛みながら歌うようにしてルンルン気分。黒潮に流されなかった事実に興奮してか、二人は夜中中眠れずに過ごした。月が照らす海を見続けて、そして夜空の星を見続けた。真季は思った、理科の授業で習った北極星は動かないというのは本当だった。北極星の周りを時間とともに無数の星がまわっている。海と空を交互に見つめていたら、いつの間にか時間が経ち東の空から太陽が昇ってきた。夜を終わらせる太陽の力。真季と龍太はその熱くて真っ赤な太陽から心の底にじわじわと響く力強さを感じる。真季は小学生の頃の社会の時間、日本の国旗が白地に真っ赤な丸を描いただけの単純な模様で他の国の旗に比べて幼稚だなと思ったことがあった。でも、そのシンプルこの上ない白地に赤い太陽がこの世の何よりも力強いことを自然を通して実感する。日出づる島国の水平線の光景。暖かい。

 夜ご飯は食べたのに、朝になってもうお腹が空いた。二人はいっぱいある鮫肉を食べられるだけ手に取って朝食に噛みちぎって胃の中に流し込む。そして水を飲みながら空腹が満たされて眠気が襲ってくる。真季も龍太も気絶するようにしてサバニの中に横になり眠りに落ちた。それでもサバニは進んで行く。スピードは日本海流には及ばないけれど、着実にサバニは対馬海流ハイウェイを自動操縦で進み続ける。


 眠りの中で真季は夢を見た。両親が心配している夢を。太の顔が思い浮かび、月子の涙が見えた気がした。対馬海流に乗ったことで真季の心に一段落ついた。ここに来るまで自分のことと一緒にいる弟のことで精一杯だった。その間に両親がどんな想いでいるか、意識的に考えないようにしていた。きっと龍太も同じ。両親はやりきれない気持ちで心配している。そう思うと申し訳ない気持ちとともに、真季は寂しくて湿った気分になった。そして眠っている真季の額に水滴が当たって弾けた。真季は夢から目を覚ます。空は灰色で、あたりは湿気が充満してジメジメし始めていた。空から雨粒がぱらぱらと降ってくる。龍太はまだ気持ち良さそうに寝ていた。もう少し寝かせてあげたいと真季は龍太の顔にクバ笠をかぶせて、ゴミ袋を軽く体に巻き付け掛け布団にして体が濡れないようにした。真季はその後、6枚のゴミ袋に穴をあけ手と足が通るようにして上半身、下半身ともに3枚重ねにして雨合羽にして着込む。そしてクバ笠をかぶって雨よけをした。雨は少しずつ降り注ぐ量を増やしていく。さすがの龍太も海面に弾ける無数の雨音で目が覚めた。寝ぼけた目を擦りながら南の方角を見る。3分程、雨に濡れながらストレッチをし、あくびを連発しながら南の空を見つめ続けて突然動きをとめた。右の眉があがり、鼻の穴を開けるだけ開いてぴくぴくさせる。表情が真剣になる。

 「台風の匂いがする・・・」

 その言葉に真季は「えっ」と反応する。龍太は目を凝らして、遠い遠い南の空の果てを見つめ続ける。

 「間違いないさ。南の空を隙間なく分厚い雲が覆っていて、こっちに向かってきている」

 龍太は小さい頃から海で遊び続けてきて、不思議な特技がある。台風が来る前に風に乗ってくる海の匂いの違いを感じ、雲の動き、気圧の変化、微かな波の動きがいつもと違うのを感知して台風の到来を予想できる。真季は台風の予想を外したことのない龍太がそういうなら間違いはないと思い「どうするの?」と緊張した面持ちで龍太に問う。龍太は地図帳を荷物から引っ張りだして見入る。雨が地図の上に降り、水滴が弾ける。対馬海流の流れは頭に入っている。このハイウェイを走り続けるのが台風との追いかけっこでは一番早い筈。そしてなんとか台風に追いつかれる前に一番近い陸地まで辿り着かなくては・・・。一番近い陸地を見ると五島列島になる。龍太は地図を指し示して真季に説明する。

 「とにかくこのままサバニを漕ぎ続けて五島列島まで行こう。地図で見る限りそれが一番近い陸地。そこでサバニをあげて、台風が通り過ぎるのを待とう」

 真季は頷く。そして焦る気持ちでエークを持つ。一本を黒潮に持っていかれたけれどまだ予備はある。ただ、自然の怖さを知って改めて海にエークを入れるのに躊躇する。黒潮に比べれば緩やかとはいえ、今サバニの下を流れているのは世界でも有名なあの対馬海流なのだ。龍太は真季の青ざめた表情を見て、まず先にエークを海面に突き差した。さすがに水圧が凄い・・・ただ今まで感じたことのないレベルの激しい筋肉痛になるかもしれないけれど、なんとかなるかもという薄い希望を抱く。

 「まーきーは、漕がんでいいさー。俺ならなんとかいけそうやっしー」と龍太は、真季に伝える。真季は弟ばかりに負担をかけるのは嫌だと自分もエークを海に突き刺した。筋肉の筋が切れて弾け飛んでしまいそうな水圧を感じるけれど、あの黒潮本流を経験した後ではなんとか耐えられそうな気がしてくる。

 「私も大丈夫っっ」と真季は龍太に強がりながら伝える。龍太は本当に大丈夫かいな?という表情をしながら、真季の歯を食いしばった根性剥き出しのマジな顔を信じる。雨に濡れ続けたままの龍太は急いで真季と同じようにゴミ袋に穴をあけて即席の雨合羽を作ってクバ笠をかぶる。ビニールにあたる雨の音が次第に大きくなる。灰色の雲が空を覆い、辺りは暗くなっていく。強まっていく雨の中、真季と龍太は声をかけあいながらサバニを漕ぎ始める。龍太は真季のエークのリズムに合わせられるように少しゆっくりめにかけ声をとる。さすがハイウェイ。一掻きする度に飛ぶようにサバニは進む。とにかく台風に追いつかれたら終わり・・・。急がねば・・・。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ