【洗い髪たれ遊び】⑧
夜明けの砂浜に絶え間なく波が寄せては返していく。太陽の光を浴びながら、空腹が満たされた真季の気持ちは昨日よりは少し軽い。今日もまた海に出る。そんな中、龍太は出航準備を一度ストップして地図帳をじっと見つめる。奄美大島は目の前。でも奄美大島に行っても仕方がないと龍太は思った。辿り着きたいのは宝島。でも今日一日で辿り着こうと思うと遠すぎる気がした。ちょうどその手前に横当島と上ノ根島という島があるのに気づく。龍太は地図帳から顔を上げて、目を凝らして水平線の向こうを見る。透き通るように晴れた朝の空。薄らと島影のようなものが見える気もするけれど勘違いかもしれない。その島は幽霊のように透き通って微かに視覚の奥に映ってくる。
「うーーん」と龍太は手を組みうなりながら考え続ける。何か嫌な予感がする。真季は砂浜の上であぐらをかきながら地図帳と睨めっこする龍太の頭をぽんと叩く。
「考えすぎても仕方ないでしょ。そうやって悩んでいる間に時間が経って陽が暮れるさ」
確かにそうだと龍太は姉の言葉に背中を押されてサバニを海に出した。恐る恐るエークを漕ぐ。何か直感的に違和感を感じる。気のせいであって欲しいと龍太は股間を握ってチンポジを直す。真季もすでに立派な漕ぎ手で二人リズムを合わせて前に進んでいく。
「まーきー、あの遠くに薄ら見える島、わかる?」
龍太が聞くと真季は首を横に振る。真季は視力があまり良くない。龍太の原始人並みの視力の良さだけがこの航海の頼り。龍太は瞳に薄ら映る島の正体を想像する。なんだかちょっと今まで来た島と違う。背筋にぴりっと来る感覚がある。龍太はその違和感の理由を掴むためにずっと目を凝らしながら消えかけそうな透き通る島影を見つめ続ける。サバニは順調に進む。まるで吸い寄せられるかのように・・・。なんだか股間がむずむずする。サバニの下を見てみると大きな魚影が時折通る。真季がじっとその群れを見る。
「まぐろ?かつお?わからないけど、このあたりは凄く大きな魚が通る海流かもしれない」と真季は少しビビりながら呟く。小魚ならまだしも大きな魚がサバニに当たってきたら転覆しないだろうか。浮き輪の空気圧を今一度確認する。龍太はその声を聞き流す。何かおかしい・・・。島に近づくに連れて頭がぼーっとしてくる。股間に血がたまり、おちんちんが固くなる。真季にバレないように足をくみながらエークを海にいれる。どうしても動きがぎこちなくなる。
「龍太、ちゃんと漕いでる?」と真季に問われる。
「漕いでるさー、ちょっと疲れてうまくいかないだけ」ともじもじしながら言い返す。疲れならなんとか根性でカバーできるけれど、生理現象はどうしたら落ち着くのか。
「それにしても今日はなんだか楽チンだねー。どんどん前に進む。風もそんなにある訳でもないのに、潮にうまくサバニが乗っている感じがする」
真季は無邪気に喜ぶ。龍太は変な感じしかしない。まるでサバニが目に見えない何かに誘い込まれているかのように・・・。腋の下の生えかけの脇毛が冷たい汗にしっとり濡れる。
お昼過ぎ頃には横当島がはっきりと見えるところまで来た。そして網膜にはっきりと映った光景に龍太は絶句する。今までの島と違って、島のまわりがほとんど断崖絶壁。その急な岩場の上に山が乗っかっている。横当島の左側には小さなしっぽのような島が陸続きでくっついている。絵本に出て来るクジラみたいな形。ちょうど雲が横当島の上にかかっていて潮を噴いているようにすら見えた。横当島から少し離れた右手方向に小さな島がある。きっとあれは上ノ根島。横当島がクジラに見えてしまったからには、上ノ根島はクジラの赤ちゃんに見える。しかし(そんなことに感心している場合じゃない・・・)と龍太は思う。目の前の島に上陸できずに、これから宝島まで行くのなら夜になる。夜の航海はまだちょっと無理だと思う。ならば何としてでもこの島にあがらないといけないのに、どこから上陸すればいいんだろう・・・。真季も砂浜が全くない島に度肝を抜かれる。
「どうするさー、龍太」と問いかける真季の言葉に「とりあえず一周回ろう。そんなに大きな島じゃないから上陸できる場所を探そう」と龍太は答える。冷静にならないと・・・と龍太は自分に言い聞かせる。一時的に体にまとわりついていた違和感は消え去る。今目の前にある現実に対する驚きが勝る。地図帳ではわからなかったこの断崖絶壁。しまったと龍太は島をまわりながら思う。このまま夜が来たらどうする・・・。色々考えながら脳内の思考がオーバーヒートを始めた時に何か幻聴のようなものが聞こえてきた。龍太は何の音だ?と、その音の出所を探した。島の岩場から聞こえてくる。なんだろう・・・と龍太は耳を澄ませた。すると同じ音がサバニの中からも聞こえてくる。真季はサバニに積んだ篭から距離を取る。連れて来た海蛇イラブーが急に篭の中で鳴き出した。しばらくすると岩場から聞こえてきていた音の正体が判明する。岸壁の隙間からイラブーが次々と這い出てきては鳴いている。それに呼応するかのようにサバニに乗せたイラブーが共鳴しあうかのように鳴き合っている。幻聴かと思った音の正体は海蛇の鳴き声・・・。
龍太の目に横当島の岩場が久高島の徳仁港の岩場と重なって見えてくる。久高島でイラブーが生息しているのは徳仁港脇の同じような岩場。海蛇の鳴き声を聞き続けていると出雲と久高島を行き来するイラブーはこの横当島を中継地点にして海を泳いでいるんじゃないだろうかと思えてくる。もしかしてここは蛇の道。違和感ばかりのこの航路を取って失敗したと思った後に、この道で間違いなかったんだと思い直す機会をくれる島。自信を失った男が精気を取り戻す。そして、見つける。ほんの少しだけあった崖になっていない海の浅瀬からつながる平らな石の浜。砂浜と違って柔らかさなど全くないごつごつした硬い場所だけれど、なんとかサバニをあげられそう。潮が満ちてサバニが流されないように石の浜の奥にサバニを持っていきたい。龍太は漁師道具の中に混じっていたロープをサバニの舟頭に結びつけ、海に飛び込んでロープを肩にかけて平泳ぎでサバニを引きながら島まで泳ぐ。まず龍太自身が岩場に上陸するとロープをゆっくりとたぐり寄せる。そして真季を上陸させて、二人でサバニの頭を持ち上げて、ゆっくりと石の上に置いた台車の上に乗せる。なんとか成功。そしてサバニに傷がつかないように気をつけて運びながら、波が届かない岩場の奥の平な場所に優しくサバニを降ろすことができた。無事上陸。ほっとして二人とも腰が抜け落ちる。真季も龍太も海と風の音を聞きながらしばらく呆然と座り込む。
呼吸を整えて落ち着いたところで真季と龍太は島の探索を開始する。何か食料を探さないと・・・。でも、探すにもまずは岩場を登らないといけない。龍太は真季のお尻を押し上げて島に上陸させる。龍太は原始人の青年となんら変わるところがないほどの運動神経の持ち主なので猿のように岩場をひょいひょいっとよじのぼる。上陸するのにこれだけ難しい島。だから無人島。でも、過去に人が住もうと挑戦したのか、家畜として連れ込まれたであろう繁殖した野ヤギがそこここにいる。岩場を越えると小さな山になっていて、雑草が生い茂る比較的緩やかに傾斜する地面の上を歩くことになる。野ヤギ達は二人を警戒しながら距離をとって近寄ってはこない。何か食べる物はないかと思い、あたりをうろうろして探していたところ不思議な光景に出会う。一つ塚盛りがある。ヤギ以外にもう一つ人がいた証拠を見つける。そして近づいてみると異常な光景に出会う。その塚盛りのまわりにおちんちんの形に掘られた木がいっぱい転がっている。
「何これ?いやだ」と真季は弟の手前大袈裟に驚いてみせる。龍太は無言であたりに転がる木で掘られた男根を見つめる。一つ手に取る。これか・・・今朝から感じていた股間のもぞもぞ感は・・・。家族と一緒の時の下ネタはきつい。真季は恥ずかしまぎれに言う。
「これって蛇の彫刻じゃない?きっとそうよ。これが蛇じゃなくて、もし男の人のあれだったこの島ちょっと謎すぎるさー、辺り一面こんな彫刻をばらまいて。ほら、イラブーがいっぱい穫れますようにって。さっき岩場にいっぱいいたじゃない」
龍太は、あまりに奇想天外な島に上陸してしまったことに驚く真季に同情して、「蛇さー、これきっと」と適当に答えて返しておいた。
「そうよ、蛇、蛇」と真季は額に汗をかきながら同意する。これで姉弟の間のぎこちなさは消える。真季はそれでいいかもしれない。でも、龍太の股間には再びむずむず感が戻ってきた。二人で食料を探したけれど残念ながら見つからない。鶏を絞めることはできたけれど、野ヤギを捕まえるとなるとまた大変。レベルが10段階ぐらい高い。沖縄のおじい達はヤギ大好きだけど・・・真季も龍太もヤギを食べたことがない。ヤギを見ても全然食欲がわかない。おじい達は金玉まで食べるそうだけど・・・。岩場に打ち寄せる波は荒く魚を潜って捕まえられるような感じもしない。諦めて食べられそうな草を少し積んで、海水で洗って、火をおこしては軽くあぶって食べる。潮が満ちて来たけれどサバニを置いた場所までは水は来ない。それに安心して、二人はサバニの中で眠りに落ちる。
龍太はとても深い眠りに落ちた。夢すら見ないほどの、海底の深いところに沈み込んだかのような眠り。でも誰かが自分の顔を覗き込んでいる感覚が脳内に走る。真季じゃない。人間???お化け???わからない・・・。でも何かが自分をじっと見つめている。眠りの深さが増す程におちんちんが固くなる。あの塚盛りにあった木の彫刻のように。龍太は激しく混乱する。でも辺りには静かな姉の寝息しか聞こえない。自分を覗き込んでいた何かは髪をほどき、服を脱いだように龍太は感じた。そして仰向けに眠る龍太の上に乗って、龍太の固くなった男根をその体内に取り込もうとする。
「ちょっと待って、やめて!!!」と龍太は叫びたい気持ちだけれど体が金縛りにあったかのように声が出ない。龍太の意識は抵抗するけれど、最後にはそこにいる誰かと体を交えて射精をしてしまう。龍太の思考は粉々に砕け散る。この世に完璧な放心状態というものがあるのなら、まさに今の龍太がそれ。龍太は女性というものはか弱くて、守ってあげなければ壊れてしまうように教えられてきた。でも、もしこれがいわゆる男女の関係というのであれば、女は獣のように男の体内に秘めた力を一滴残らず食い尽くす怪獣のように思えた。これ以上の完成度は望めない程の抜け殻になった感覚。
茫然自失状態の龍太は眠りが浅くなると下半身が冷たいことに気づく。しまった、夢精をしてしまった・・・。泣きたい・・・。何度かやったことがあるけれど、いつも家族が寝ている間にパンツを洗面台で洗って洗濯機に放り込む。その一連の行為をしている時の自分程情けないものはないと思う。まさか、こんな無人島でそんなことになるとは。幸い、まだ真季は寝ているよう。真季の寝息が聞こえる。龍太は一度は金縛りにあって動かなかった体になんとか力を入れて目を開ける。すると目の前に海蛇の顔が・・・。龍太の首まわりに絡み付いて自分のことを見ている。耳を澄ましてみると、かさかさかさかさ物音があちこちからする。その音の正体を見極めるために海蛇と見つめあってしまった視線を恐る恐る外して、サバニの中の様子を見渡す。なんとサバ二の舟内中、イラブーでいっぱいになっている。蛇だらけ。200匹ぐらいはいるだろうか・・・。龍太は声をあげようとしたけれど、とっさに思いとどまる。イラブーが怖い真季を起こしてしまうと大変なことになる。久高島から連れて来たイラブーと交尾をしようと横当島の海蛇が集まってきたのだろうか。確かに何匹かの雄と雌が交尾をしている。なんてこったい・・・と龍太は困り果てる。そして股間は冷たい。イラブーはハブよりも強い毒を持つ。噛まれたら終わりだけれど、そもそも海蛇は穏和な性格でこちらから攻撃をしかけないかぎり噛んでこないことが多い。龍太はイラブーを刺激しないように起き上がりサバニから脱出して、岩場を降りて海の側まで行く。そしてパンツを脱いで、フルチンになる。夢精したパンツを海水で洗う。いつものように情けなくなる、まさか無人島で洗うことになるとは。不思議なことにサバニに充満していたイラブーは薄い月明かりの中で龍太の後をついてきては海に戻っていく。何匹か龍太が洗うパンツに群がろうとするので、人間の卵を食べたいのかと龍太は思った。そう考えるとこの世界は命を食べるか食べられるかなのだと思ったりするけど、そんなことどうでもいいやと思ったりもする。これで真季を起こすのに苦労がなくなる。それだけでありがたい。サバニに戻ってもう一度寝ようとしたけれど、またあの誰かが来そうな気がしてやめた。龍太が持って来た篭の中を覗くと久高島から連れて来たイラブーはその中に戻ってぐっすり寝ている。龍太は大きく深いため息を一つつく。一体何なんだ、この島は・・・と。
帆はおろしたままだけれど、洗ったパンツを帆柱にかけた時に空を見上げて気づいた。雨雲が流れ始めている。その時ちょうど真季が目を覚ます。龍太がびちょびちょのトランクスを干している姿を見て呆れる。
「なんねー、パンツ干して」と真季が言うとさすがに龍太は夢精とは言えずに「久々にお漏らししてしまった」と頭を掻いて照れる。
「今、海水で洗ったさ。だから干してる訳さ」と海水パンツに履き替えている龍太が言うと我が弟ながらなんでこうも馬鹿なんだろうと真季は思う。
「干すのはいいけど、パンツぞうきん絞りして脱水しないとすぐにかわかんさ」と忠告する。おおお、なるほどと龍太は思う。考え事しながらパンツを洗っていたから絞るところを忘れていた。慌ててパンツを帆から降ろして絞り上げる。ただでさえ雨が降りそうなのだ。早く乾いてもらわないと困る。真季のお腹が大きく鳴る。真季はその音を押さえ込むように胃のあたりに手を当てる。昨日は草しか食べていない。龍太も同様に空腹マックス。何とかしないと思う。
「宝島に行く途中に魚つかまえるさー。このあたりの海は大きな魚がいっぱい泳いでるみたいだから、一匹穫れたらお腹いっぱいなるのは間違いないさ」
龍太の言葉に真季はうなずく。次の目的地、宝島。そこから対馬海流を目指すのなら、もう立ち寄れる島はない。24時間ずっと海の上。木製のサバニの上で火をおこして料理をする訳にもいかない。真季はこれから先の未来を真剣に悩み、心の底から怖くなる。これからどうなるのだろう・・・。真季だけでなく龍太も怖い。航海の安全を神様に祈るしかない。二人は心の中で手を合わせる。いつまでもこの無人島にいても仕方ない。不安を抱えながらも二人は慌ただしく航海に出る準備をしてサバニを海に降ろしては乗り込んだ。サバニを漕ぎ始めると潮が早いのに龍太は気づく。そして、一つ一つのうねりが大きい。これは大変だと龍太は空を見上げる。南から小さな雨雲がちぎれちぎれに北に向かって流れて行く。どうか大きな雨雲の予兆ではないように・・・と龍太は祈る。
「龍太、海荒れてるさ」と浮き輪の空気圧を思わず確認する真季。その言葉に鼻から息を漏らして龍太は頷く。
「でも行かなきゃ・・・」と龍太が小さく呟くと真季は唾を飲み込んで覚悟を決める。大きなうねりが一度サバニの横腹に当たって二人はバランスを崩す。ここまで来て自分が進むべき運命に怖じ気づいても仕方ないと真季は諦める。引くに引けないのなら前に進むしか選択肢はない。風と海に身を委ねる。海という大自然の恐怖と向き合い、不安のあまり泣き叫びたいのを堪えながら二人はエークを海にいれてサバニを前に進ませる。帆柱には龍太の生乾きのパンツがひらひらと風に舞う。
 




