表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ヒーロー  作者: 羽崎
希露姫編
9/18

8、 タイミング

 ジル達一行にタコ殴りにされてから数時間は経過した。馬車の中からでは見えないが、外はもう宵闇に包まれている時分だろう。先ほど軽い休憩を挟んでから交通の要衝へと入ったらしく、道が整備されている様で馬車の揺れが大分収まった。おかげで揺れに対する不平を我慢し切れずに漏らすジル(とジルを賛美してやまない貧乳な魔法使い)の小言と八つ当たりを受けずに済む。乗合馬車にそんな乗り心地とか求めて仕方ないだろうに。全く、これだからお嬢様は。他の乗客(騎士含む)を見習え。誰も不平を漏らしてないぞ。


  ジル達にボコられて身動きが出来なくなった後も、思いっきり鞭で打たれたせいで、全身、特に背中がかなり熱を持って痛むが、時間が経った今の状態なら、動けない程ではない。初めの頃はこれだけ打たれれば一晩は焼け爛れるような痛みに苛まされ、一睡も出来なかったと言うのに。よくもまぁここまで慣れたものだ。我ながら頼もしいような、悲しいような。



  それにしても、あいつら本当えげつないな。こっちが一人、しかも魔法は使えないし、武具の装備なんて碌にしていないのに対し、向こうは魔法使い一人に、練度の高い五人の護衛の騎士、しかもどちらも防具は旅用の軽装とは言えフルで装備しており、武器もちゃんとした業物で使い慣れたであろう物を装備しているのだ。勝てる要素がまず見えない。はっきり言って、俺程度の者を無傷で捕縛するくらい、護衛の騎士だけでも余裕で出来ただろうに。むしろ何で魔法をぶっ放した。明らかにオーバーキルになるだろうが。なんせこっちは碌な装備がない上に、祟りクオリティによる弱体化まで背負ってるんだからな。



  武器は一応切れ味抜群の「薄翅(呪いの大太刀)」があるけれど、「薄翅」を使うと一撃で仕留めない限り相手に与えた総ダメージの一部がこちらに降りかかるから、出来れば一撃で仕留めきれない様な場面では使いたくない。今回もそうだ。明らかに一撃では終わらせてもらえない感がヒシヒシとする。「薄翅」以外の暗器や武器などを仕込んでいるんだったら、祟りの抜道でダメージを背負うことなく何度でも思いっきり攻撃も出来るのだが…。今回は出だし挫かれたからなぁ。反撃する暇もなかった。街に着いて、ある程度のまとまった金が入るまでは装備を十分に揃えられないと分かっていたのに。対策が甘かったのも今回の反省点だな。


  ちなみに、希露姫の講習で武器や防具作りも一通りは身につけたから、材料や加工する器具があれば一から作ることも可能だ。流石に職人には劣るが。数ある希露姫の講習の中で、割と実用性のあるものだった。今回も森での狩猟生活で色々と作ったし。まぁ、碌な器具がない中で作った物だから、あくまで即席程度の物でしかないけど。ジル達の護衛が所持している様な業物には到底太刀打ち出来ない。なんせこっちが所持してるのって言えば、お手製の骨製のナイフ、錐(果物ナイフ程度の切れ味。凡庸性はそこそこある)、木製のナイフもどき(またの名をミニ木刀。硬い殻を叩いて割る程度の強度)、投擲用に作った石や骨を削り出して作ったナイフ(握りやすく投げやすい)、革鎧もどき(丈夫な魔物の皮で作ったベストと言うかチョッキ。同じ素材で手甲に足甲っぽい物も作って身につけていた。ボコられた時にどれも見る影もないほどに壊れたけど。やっぱりちゃんとしたものじゃないとあっという間に壊れるよな)だもんな。この状態で正面切って戦うのは無謀でしかないが、裏をかいて逃走する程度には役立つだろう。



  さて、体も少しは動かせる様になったことだし、そろそろ逃走の準備を始めますか。


  横になった状態で、ゆっくりと身じろぎをして、ボロボロになった服の下に直接着込んでいたもう一つの革鎧もどき、もとい革製の腹巻に仕込んでおいたものを確認する。


  端から見れば、うつ伏せで少し身を縮こませているようにしか見えないことだろう。

  空腹を誤魔化している姿だと思われているかもしれない。あいつら食いモンこっちには何一つくれなかったし。返せよ、俺の携帯食。わざわざ多めに買ったのに。お前らどうせ食いもしないだろうが。おかげでこっちは昼飯抜きで地味に辛いんだぞ。そろそろ夕飯時だが、この分じゃ期待出来そうもない。良くて残飯だろう。まぁ、これから逃げるからどうとでもなるけど。



  腹巻にしか見えない革鎧は、最低限の面積で、かつ薄く、人肌によく似た感触の革を使って作った甲斐があって、ぱっと見では地肌と見分けがつかない出来に仕上がっている。地黒だったのも幸いしたな。ジル達一行が俺を侮ってくれたのも幸運だった。ちゃんとした身体チェックをされたら、流石に隠しきれずに腹巻に暗器仕込んでいるのがバレただろうが、あいつらボコるだけで碌に確認しなかったもんな。

  まぁ、身体チェックでもバレないことを重視したため、丈夫さはイマイチだったが。覆ってない部位よりかは心持ち傷は比較的浅い程度だろう。鞭で打たれただけでボロボロになっているが、まだ原型は保っている。仕込んだ暗器と腹回りも微妙に守ってくれたようだ。


 

  バレないよう、そっとお目当の物−骨性のナイフと錐−を取り出して、手枷を影にして隠し持って枷の金具をいじる。一番細い錐だから、この手の枷の金具程度なら外せる筈。

 


「ジルお嬢様、フリューン殿。この馬車はレンゲ(メルルバまでの主要街道に整備された宿場街の一つ。観光地・歓楽街としても栄えている)にまでは行かず、その手前のワシャタール(メルルバまでの中継地点の一つ。簡素な素泊まり施設しかない)で止まるとのことです。もう三十分もすれば到着する様なので、どうぞお支度のほどを。

  それと、この馬車はそのままワシャタールで一夜を過ごし、翌朝の出発もワシャタールだそうです。旅券があるので、レンゲでの乗り換えも可能だそうですが、如何致しますか?」



  お、もうすぐワシャタールに着くのか。こりゃあ急いで枷を外さないと。てか、あの金髪貧乳魔法使い、フリューンって言うのか。確か花かなんかの名前だったよな。いや、鳥だったけ? まぁ、どうでもいいか。それよりもこの金具をとっとと外さないと。枷付きだと本当やり難いよな。外せるけど。


「ありがとう、ビータ。そうしたら、このままワシャタールで降りて、一夜を過ごしましょうか」


  そう言って降りる支度を始めようとしたジルに、フリューンが異を唱えた。この数時間、ずっとお嬢様至上主義しか唱えなかった女が珍しい。


「ジルお嬢様。恐れながら申し上げます。私の個人的な意見では、ワシャタールよりもレンゲで一夜を過ごした方がよろしい様に思えます。

 私達がいくら旅用の軽装であるとは言え、ワシャタールに滞在する様な者達の中ではかなり目立つことでしょう。それに、あそこに滞在する者の中には盗賊紛いの者も多数いると聞きます。私達の所持品や可憐なお嬢様を狙って、無法者共が無用な騒ぎを起こす可能性もございます。いくらビータ達の腕が立つとは言え、その様なことで一々疲弊させていては肝心な時に支障を来しかねません。

  その点レンゲならばワシャタールなどよりも客層も良いですし、私達が目立つこともないでしょう。観光地でもあるため、ワシャタールからレンゲ行きの便もございます。聖騎士団も常在しており、治安もワシャタールよりもずっと良うございます。だからと言って油断は出来ませんが、少なくともワシャタールで一夜を過ごすよりは無用な疲労を負わずに済むかと思われます」


  お、珍しく常識的な意見を発した。

  確かに、こいつらの装備とかめっちゃ良いもんな。まぁ、こいつらからすればあくまで軽装程度の品なんだろうけど。それでも、俺(被差別層)は勿論のこと、平民から見ても、それなりの値のする物には違いない。いくら屈強な護衛がいるとは言え、それを気にしない馬鹿はいる。それに、ジルやフリューンは美人だからな。護衛にいくらか渡して一夜の夢を欲しがる連中もいることだろう。うん。一悶着の一つや二つ、確実に起きそうだな。前の転生でもあそこは聖騎士団がいないのをいいことに、結構好き勝手やってる所だったし。


  そんなことを思ってるうちに、枷の金具を外せた。

  良し。これでもういつでも逃げられる。

  あとはタイミングだな。出来るだけ戦闘は避けたいし。



「そう言うことならレンゲにした方が良さそうね。ビータ達もそれで良いかしら?」


「はい。私達もジルお嬢様の安全を考えれば、フリューン殿の意見に賛成です。それに、ワシャタールではコレの処分も出来ませんから」


  そう言って、ビータと呼ばれた藤色の髪をした壮年の護衛が侮蔑を込めた視線でこちらを見やる。


「コレでも売れば少しは路銀の足しになることでしょう。生意気で無教養ではありますが、まだ若い。買い手もそれなりにいることでしょう」


「へぇ、旦那方。そいつを売る気なんですかい?」


  今まで沈黙を守っていた乗車客の一人、くすんだ金髪の男が唐突に口を開いた。


「そのつもりだが?」


  男の口出しに、不愉快そうな表情を隠しもせずにビータが答える。


「いえね、奴隷を売ると言っても査定料がかかるんですよ?

 どんな安もんであったとしても、奴隷売りの査定に加え、聖騎士団様の査定が入りますしねぇ。でなけりゃモグリとして捕まっちまいますのさ。

 それにレンゲは観光地だし、大都市に続く要衝の街なんで、見目が悪いものや、下手なものは扱えませんよ。店の評判もそうだが、街自体の評判も下がっちまうんで。やっぱりある程度選別しとかないと、一見さんのお客さんなんて特に入ってくれないんですよ。多分そいつの場合だと、売りの値段より査定料の方が高くつきますぜ? いくら若くても、そんなナリじゃあ、ねぇ?」


  ビータの視線など意にも介さないとばかりに、くすんだ金髪の男は続ける。その顔は始終軽薄そうな笑みを湛えている。


「ほぅ? 随分と詳しいな。商人か?」


「えぇ。店は構えておりやせんが、レンゲの店には何件が出入りしてますよ。

  で、どうですかい、旦那方。

  そいつを処分する気ならこちらに譲っちゃくれやせんかね? なに、お礼は少ないですがありますよ? 現金がよろしいのなら現金を包みますがね」


  そう言って、くすんだ金髪の男は懐から使い古された算盤を出してくる。


「お前、少しは分を弁えたらどうなの? さっきから聞きもしないことをべらべらと」


  フリューンが少し苛立った様に男に突っかかる。若い護衛もそれに同調する様な視線を送るが、壮年の護衛達に宥められている。やはり平民だと扱いが違うな。特に金が絡む場合は。早く金を貯めて奴隷から脱却しないとな。


「まぁまぁ、そうカッカなさらずに。旦那方にとって決して悪い話じゃありませんぜ?

  なんせ普通に売った所で赤字にしかならんのですから」


「そう言って買い叩くつもりなのかしら?」


  かなり突っかかってるなぁ。乗合馬車しか利用できない商人なんてお呼びじゃない、と言う雰囲気がすんごい伝わってくる。まぁ、向こうもそれを理解して商談持ちかけているんだろうけど。

  一方的に騒いでいるフリューン達を宥めすかしながら、着々とくすんだ金髪の男はビータ達と交渉を進めてゆく。その間も馬車は進み、段々と外の雑踏と人の声が増えて行くのが分かる。ちょいちょい怒号も聞こえるな。すぐに収まってるけど、どうせまたすぐ上がる。お、今度は速攻で静かになった。にしても、なんか騒がしいな。前もこんなに騒がしかったっけ?


  あ。もう値段交渉に入った。早いなぁ。でも、俺これからすぐ脱走するから、意味ないんだよね。ごめんよ、くすんだ金髪。


「じゃあ、これくらいで如何ですかい? おまけにこの研ぎ石もつけますよ」


「うむ…。ならば構わんな。譲ってやろう」


「毎度あり。またご贔屓に」


  商談は滞りなく纏まった様だ。鷹揚に頷いたビータにくすんだ金髪が約束した物品を渡し、ビータ達が中身を確認する。こちらも特に問題なかった様だ。


  馬車も停留所に到着した様だ。御者が降りるよう声をかけてくる。辺りは晩飯時とあってか、喧騒に包まれており、かなり騒がしい。


「あぁ、そうだ。旦那方、ちょいとお待ちを。もう一つおまけでお渡しするものがありやした」


  まさに降りようとしているジル達を、くすんだ金髪が呼び止める。


「なんだ? つまらんものなら要らんぞ」


「いえいえ、きっと気に入ってくださいますって」


  そう言ってくすんだ金髪は懐から掌で簡単に覆えてしまえるような小さな丸い玉を取り出した。麻か紙で包まれており、中身は見えない。


「結構貴重な物ですが、お貴族に折角会えたんですから、お近付きの印に是非。

  中身を今お見せしますんで、よ〜く見てくだせぇな。キラキラして綺麗ですよ」


  そう言ってジル達一行全員が見える様、眼前へ差し出しながら包みを解いていく。ジル達は自然とその小さな何かに視線をやる。何だろう。この背中がざわつく感じは。嫌な予感がする。


  くすんだ金髪が包みを全て解いた時に気付いた。否、気付いてしまった。


  この臭い、閃光つきの催涙弾じゃねぇか! アーラン蜘蛛の繊毛を使った、かなりエゲツない奴だ! 逃げないと! 巻き込まれるのは御免だ!


  慌てて馬車から逃げようとするが、いきなり後ろから組み敷かれて動けない。しかも、顔全体になんか被せられた。


「大丈夫」


  何が!?


  謎の声の主にツッコミを入れたと同時に、馬車の中に物凄い騒音と臭いが充満した。顔に覆われた何かのおかげで臭いと光は大分軽減されているけど、それでもひどい。あと、防ぎ切れなかったアーラン蜘蛛の繊毛が喉にこびりついて喉がイガイガする。咳き込むけど、水か何かでうがいでもしない限り取れない。初めて食らった時はしんどかったな。


  恐るべし、アーラン蜘蛛。

  あと、逃げるタイミング完全に失った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ