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異世界ヒーロー  作者: 羽崎
希露姫編
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7 メルルバへの道中

「全く。漂流者の、しかも奴隷と乗り合わせてしまうだなんて。あぁ、本当に嫌になるわ。

  奴隷なんて碌に教養もない、けだものじみた輩なのに、主人もつけず、その上鎖にも繋がないで乗せるなんて…。これだから平民が利用するものは…」


  心底嫌そうな顔して、西洋人形のように整った顔立ちをした、薄水色の髪と瞳をした少女は俺を見下す。

  少女の護衛達によって骨は折られていないものの、散々打ちのめされた挙句、首輪と手枷が合わさった鎖に繋がれた俺を。


  ついてない。て言うか、油断した。まさか初っ端からこんな目に遭うとは。いや、でも、普通いきなり魔法ぶっ放されるとは思いもしないじゃん? いくらキルチアがファンタジー世界とは言え、街でそんなことしたら、聖騎士団や自警団とか速攻でくるようなことだし。いや、それは平民同士だからか。奴隷とか元奴隷相手なら、然程騒がれなかったしな。参ったな。何百年と歩んだ強制奴隷生活で警戒心とかは結構身につけたと思ったのに。とりあえず、次からは気をつけよう。


「仰る通りにございます、ジルお嬢様。お嬢様のような高貴でお美しいお方を、このようなものでしかお連れ出来ない我が身の不甲斐なさをどうかお許しくださいませ」


  護衛の一人であり、いきなり火魔法(拳大の火の球を浴びせられた。直撃したらかなり酷い火傷を負うことは必須)なんて物騒な魔法を放った魔法使いでもある妙齢の白い肌をした女が恭しく頭を垂れながら謝罪する。それに倣って、五人の屈強そうな護衛達も膝をつき、統一された所作で頭を下げる。女の緩くウェーブがかった金の髪は腰まで届くほど長く、金色の睫毛に縁取られたエメラルドグリーンの双眸が申し訳なさげに伏せられる様は、文句なしに美しい。何もされず、街中で出会ったならば、間違いなく品のある美人だと評したことだろう。

  だが、この女、漂流者や奴隷と言ったものに非常に厳しい。それこそ、出会い頭に何の躊躇いもなく魔法をぶっ放すほど。繰り返すが、普通そんなことしない。街中でそんな魔法使いを見かけたら、即 聖騎士団けいさつに通報される。地球で言えば、いきなり拳銃を打ち込んだに等しい行為だからな。言っておくけど、希露姫以外の、どこかにいるであろうまともな神に誓って、俺は無礼な行為など何一つ犯していない。至って普通に馬車に乗り込もうとしただけだ。それなのにこの仕打ち。絶対懐古主義者だろ、こいつら。


「いいえ、ルニア達はよく尽くしてくれているわ。

  私の方こそ、あなた達には不自由な思いをさせてしまっているわ。主として、功に何一つ報いることが出来ていないのに、不平を言うなんて…。主として、いいえ、貴族として恥ずべきことをしてしまったわ。本当にごめんなさい」


  げんなりとしながら少女達一行の様子を探る俺を余所に、ジルと呼ばれた少女はしおらしくなって護衛達に謝罪の言葉をかけた。その言葉を聞き、護衛達は何か言おうとするが、ジルはそれを首を振って制止し、更に言葉を続けた。


「私はまだ未熟な上、無力だわ。お父様が薄汚い陰謀に嵌められ、お命の危機に瀕していると言うのに、お側にいることさえ叶わない。

  お母様もそう。忌々しい改革主義者と、その思想に走った貴族の何たるかを理解出来ない強欲で浅はかな身内によって、その身を囚われていると言うのに、何一つ改善することが出来ない。それどころか、我が身を守ることさえままならないわ。

  あなた達がこうして己の地位を投げ打ってくれたことで、辛うじて奴らの魔の手から逃れられることが出来ました。本当に、あなた達の忠義には感謝してもしきれないわ。ありがとう、側にいてくれて。そして、もう少しだけ辛抱して。身分も弁えず私達に逆らう紛い物やそれに賛同する者、漂流者や奴隷風情も全部一掃してみせるわ。そうすれば、いかに愚昧な革新主義者共も理解出来ることでしょう。そもそも、奴隷や漂流者如きに、どうして国の行く末を携わらせることが出来ると言うのでしょう? 奴隷なんて所詮は無教養で粗暴な輩でしかないし、漂流者なんてもっと質が悪い! 祖国に戻ることも出来ない卑しい者共を、わざわざ王国が哀れに思って慈悲を恵んでいるに過ぎない連中なのに、それを忘れ去ったおこがましい者達だわ。


  そんな者達を、どうしていにしえからこの王国と共に歩んできた我々が受け入れることが出来ると言うのでしょう。いいえ、出来る筈なんてないわ。それは間違っているのだから!」


  ジルの言葉に、護衛達は強く頷く。ジルは更に続ける。


「神聖なる王宮にもそのような汚らわしい者共が出入りするようになった今、お父様のような清廉たる貴族は次々にその地位を追われ、時にその尊い命を散らされているのです。それを思うと、胸が張り裂けそうになりますわ。 奴らは私達を懐古主義だとと呼びますが、それは私達の本質を何一つ理解していない故の物言いですわ。私達は決して過去を有難がっているわけではないわ。過去から現在にまで至った、先人達が残してくれた正道を歩もうとしているのです! そんなことさえ理解出来ず、尚且つ自身のことを何一つ顧みず、己こそが正しいと思っている視野の狭い連中は、目先の利益にすぐ飛びつくのですわ。


  お父様は、そのような浅慮で汚らわしい輩に嵌められ、奴らの主義を実現せんがために、そのお命を付け狙われているのです。しかし、奴らの主義などそもそも実現するはずもないのです。何せ奴らが宗主と掲げているのは、エルジオン。王宮において最も卑しい、紛い物の血筋の男なのですから。


  卑しい者がいくら理想を掲げた所で、どうしてそれを私達正統なる貴族や、王国が受け入れましょうか?

  そんなことも理解出来ない愚か者を束ねるのは、それに輪をかけた愚か者。血筋も卑しければ、思想も卑しい。全く。つくづくエルジオンと言う男は救えないわ。そのくせ、政治を我が物にする手腕だけは良いときた。陛下もあんな男が側にいては、お心が休まらないことでしょう。


  ですが、必ずやあの愚昧極まりない奴らを一掃してみせるわ。それこそ、我がミジオルティータ家がこの国に捧げる最大の忠義! そして秩序! 私は決して諦めないわ。

  必ずお父様もお母様も救い出して、あるべき秩序の下であなた達にも報いてみせるから」


  強い決意を秘めたかのような口調で、ジルは断言した。その言葉に護衛達は頭を上げ、ジルを眩しそうに見上げながら感涙せんばかりの勢いで頷く。


「あぁ、お嬢様! なんと高貴なお考えでございましょう! なんと慈愛に満ちているのでございましょうか! そのお優しいお心だけでも、私達には十分でございますわ!」


  そう言って、ルニアと呼ばれた女は嬉しげにジルの手を取り、ジルもその手をそっと握り返した。



  なんなんだ、この三文芝居は?

  え? ガチ? ガチなの?

  人をボロ雑巾にして、鎖で繋いだかと思えば、今度は演説みたいなのが始まっているし。本当になんなの、こいつら? とりあえず、懐古主義者なのは確定したけど。大当たりだったとも。


  頭の中で疑問符がミュージカルを踊りかねない勢いで溢れるが、それよりも他の乗客の様子を伺うのが先決だと思い直し、そっと視線を巡らす。身動ぎするだけで痛みが走るが、気にしない。よくあることだ。


  馬車は既に走り出しており、ジル達一行を除いて、中には黒と白のストライプ柄の髪をした小柄な青年と、鮮やかな赤色の髪をした気の強そうな若い女に、くすんだ金髪の、どこか軽薄そうな印象を受ける背の高い瘦せ型の男がいるだけだ。格好はいずれも旅用のもので、ジル達一行に比べれば安物であることが分かる。まぁ、それでも俺よりは上等な物を着ているのだけど。


  小柄な青年は、奴隷か漂流者の血を引いているのか、俺が問答無用でボコられ始めた時、真っ先に止めに入ろうとした。しかし、多勢に無勢。しかもジルの護衛達は個々人の練度がかなり高い上、連携も上手く、魔法使いもいる。そんな中に一人加わった所で、分が悪いのは火を見るよりも明らかだ。赤毛の女が青年を押し留めたため、青年が止めに入ることはなかったが、今もジル達一行の目を盗んでは、しきりに心配そうにこちらを見遣っている。恐らく、赤髪の女の制止がなければ、このままこちらに駆け寄りかけない。その表情は申し訳なさで一杯だ。あまりに辛そうな表情をするので、逆にこちらが青年を心配してしまう。不本意ではあるが、俺は何百年単位で奴隷をやっており、尚且つ希露姫の講習ひまつぶしでも散々な目に遭わされてきたせいで、自身の扱いに対する許容範囲がかなり広い。はっきり言ってこの程度、何てことない。むしろ、マシな部類だと思っている。確かに痛いが、それだけだ。もう後数時間もすれば、動けるようになる。慣れってすごい。農村や町、天界カフェで更に酷い目に遭わされたことがあるからなぁ。

  赤髪の女は、ストライプ柄の髪をした青年の仲間なのだろう。そうでなければ、青年と似た境遇なのだろうか。少なくとも、ジル達一行とはあまり相容れない様子だった。青年とは異なり、トラブルを避けるだけの合理性は持ち合わせているようで、自分からこちらに味方をする気はないようだ。しかし、ジル達一行に対して何かしら思うことはあるらしく、澄ました表情の中に、どこか鋭利な刃物を思わせる険しさが見え隠れしている。髪よりも尚色濃い赤色をした瞳がギラリと剣呑な光を帯びた気がするのは、決して気のせいではないだろう。

  対してくすんだ金色の髪をした瘦せ型の男は、始終ニヤついていて、よく分からない。俺にもジル達一行にも、残り二人の同乗者にもあまり興味がないようだ。恐らく、彼はここにいる誰の敵にもならないが、味方にもならないだろう。

  まぁ、初対面な上、碌に言葉も交わしていない相手をスパイ映画の登場人物並みにそうそう的確に判断出来るほど洞察力に長けているわけではないので、外れている可能性も高いが。観察も護衛を相手にしていたから、殆ど出来ていないし。ま、伊達に長生きはしていないから、当たらずも遠からず、と言った所だろうか。



  彼らはこちらで繰り広げられている寸劇自体にさしたる興味もないようで、特に何の行動も起こす気はないようだ。会話自体も、ジル達以外していない。まぁ、明らかに平民とは相入れなさそうな連中がいる中で、会話なんて難しいよな。何にイチャモンつけられるか分かったものじゃないし。


  そんな中で、赤毛の女は不愉快そうにジル達一行を今一度 一瞥した後、床に這いつくばらされている俺にひたりと視線を合わせた。目を逸らすことを許さない、爛々とした光を宿す瞳が印象的だ。


「…!」


  俺はその視線に臆することなく睨み返す。端から見れば、赤髪の女に負けず劣らず、瞳をギラつかせていることだろう。人の見極めには自信はないが、演技と言うか、こういうフリは得意になった。希露姫直伝なのだ。そうそう見破れる者などいない。


  え? 何でわざわざそんなことをするかって?

  そりゃあ、俺の設定上必要な演出なんですよ。

  転生を繰り返し、体も顔つきもゴツくなり、武芸の腕もちょっとづつ上がったから、設定もそれに合わせて変更を加えているのだ。もう二度と取調室に呼ばれないために。

  詳しいことは後で述べるとして、とりあえず、希露姫と共に考えた今回の転生の設定では、俺は気に食わない奴に関してはかなり反抗的な性格と言うことになっている。「殴るんだったら幾らでも殴れ。ただし、死んでも屈さない」的な感じでいこう、ってことになり、それに準じた言動を取っている。

  ジル達一行に捕縛される際激しく抵抗したのも、赤髪の女に睨み返しているのもそのためだ。損も多いが、俺の設定的にはどうしても欠かすことの出来ない行為だったから。こんな所でボロを出す様では、聖騎士団の目は誤魔化せない。本当恐いよ、あそこ。


  赤髪の女はそんな俺のフリをどう解釈したのかは知らないが、瞳の光を一瞬だけ和らげ、また視線を青年へと戻した。

  さて、今回の転生はどうなることやら。とりあえず、祟り解放に着手出来るならこの際奴隷でも構わないけれど、ジル達一行は問題が多そうだから出来れば避けたい。メルルバに着かないと奴隷登録は出来ないはずだから、それまでにジル達から上手く離れたいものだ。

 


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