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異世界ヒーロー  作者: 羽崎
希露姫編
5/18

4・5 異世界交流 下地作り

キザキ視点です。閑話のようなものです。

主人公の語りはありません。

異世界(ベルズエラ領)での、主人公の設定を説明する話です。

 


  ミチカとバルゼンがクオンを拾ってから、もうそろそろ三年になるだろうか。

  クオンは、森側の海から流れ着いた青年の奴隷だ。この三年彼の人となりを見ていたが、決して悪いものではなかった。むしろ良いくらいだ。これなら、職人ギルドや商会ギルドに紹介しても差し支えはないだろう。弟子入りするには大分年を取っているが、手先が器用だし、計算もある程度は出来る上体力もある。下働きくらいは十分こなせるはずだ。

  いくら末っ子達の命の恩人でも、よく分からない人物を紹介するわけにもいかないからな。


  恩人を奴隷として登録するのは正直気が引けたが、流れの奴隷であるクオンを解放しても、紹介者もいないから大抵のギルドは門前払いで碌な働き口もない。あるにはあるが、扱いに関しては家畜に等しいものが殆どであろう。

  ギルドに所属しない人間なんて、まともな店なら雇わないからなぁ。それでも、漂流者が多いため、無一文、紹介者無しでもある程度は働き口はある。どれも碌な仕事ではないが。良くて冒険者ギルドだろう。だが、クオンはそこまで強くはない。加入しても、早々に死ぬのが目に見えている。それだったら、奴隷としてうちに置いた後、私が紹介人になって解放した方がまだマシではあるだろう。数年もおけば、彼の紹介人となれるからな。


  エラベルト王国民なら、奴隷階級でない限り組合ギルドー勿論規模の小さいものだがーに加入している。この村民は「ベルズエラ領 メルルバ港地区 1区農村部組合ギルド」、略して「1区 組合ギルド」に全員加入済みだ。ギルド加入者からの紹介があるのとないのとでは、その後の扱いは大きく変わる。元奴隷と言う不利な条件を覆すことは出来ないが、必要以上に虐げられることはないだろう。


  普通の奴隷であれば、ここまで世話は焼かない。

  だが、彼には末っ子二人の命を救って貰った恩がある。それに、彼はとても誠実で、実直な良い青年だ。今まで彼が恩着せがましい言動をとったこともないし、よく働いてくれる。

  末っ子達の面倒も嫌がらずによく見てくれて本当に助かっているのだ。ここだけの話、あの子達の扱いにはいつも手を焼いていた。すぐにどこにでも行き、隠れてしまうのだ。あの子達が隠れると、見つけるのに一苦労どころの手間では済まない。クオンは強くはないが、そういう勘の良さがある。でなければ、毎回ああも早く見つけられるわけがない。

  畑作に関しては苦手だから、私からは何とも言えないが、妻や子供達の評価も悪くはないらしい。魔物の対処に関しては、発見は早いものの、手際が悪く、よく怪我を負うことも多いのが玉に瑕だ。しかし、今の所二次被害まで発展させたことはないので良しとしよう。魔物も上手く対処出来たら文句なしなのだが、流石にそこまで求めるのは酷と言うものだろう。そういうのは冒険者や傭兵、僧兵や騎士の領分なのだから。


  さて、奴隷自体は別段珍しくない。この村にはないが、街に行けば店や市場で普通に売っているし、村にも何人か持っている人はいる。私の父も往年に持っていたな。それに、このベルズエラ領は、エラベルト王国内でも一、二を争う漂流先なのだ。奴隷が一人流れ着いたところで何の不思議もない。三日連続で人が流れ着いたと言う話もよくある。


  丁度奴隷を買うかどうかで悩んでいた時に、二人が森の入り口付近までうっかり入り込んでしまい、魔物に襲われそうになっていたところを、彼によって事なきを得たのだ。

  二人は怪我を負ったクオンを村の入り口付近まで運び、大急ぎで私を呼びに来た。呼びに来た時、クオンと魔物の返り血でドロドロになった二人を見て、私は二人が大怪我を負ったのかと思い、碌に二人を見ず、慌てて医者を呼びに行ったな。私が医者を呼んでいる間に、只事ではない様子を聞きつけた妻が、二人に応急処置を施そうとした際に詳細を聞いて、長男のレパに私への伝言を託し、長女のミゼンカ、それからご近所さんに協力を頼んで、意識の無い彼を自宅まで運び、応急処置を施していた。その日は門番が休みだったから、色々と苦労したと後から聞いた。


  この村に来た当初はボロボロだった。森側の海に流れつくものは大抵人・物問わず大破するのだが、生きてここまで来れた分、彼はまだ運が良かったのだろう。それでも、森の魔物に襲われた際に出来た、目を覆いたくなるような生傷がいくつかあった。腕が皮一枚で繋がっている状態だったなぁ。医者を呼んで本当に良かった。いくら「繋ぎ糸」があっても、あのような大怪我を負っている場合は、医者に縫合してもらった方が断然治り方が違う。素人がやってもある程度は治るだろうが、その後の生活に支障をきたす可能性が高い。

  その場で足りない物も幾つかあったが、妻が呼んでくれたご近所さんの協力もあって無事に治療を終えることが出来た。あんなに慌ただしかったのは、妻の出産以来だろう。


  治療を手伝う傍ら、彼の体にかなりの数の古傷があるのを見た。喉には処置が施されていたとは言え、声帯を取り除いた際に出来る比較的新しい傷跡がり、私よりも大きく逞しい体には、大小様々な傷跡が至るところにあった。いずれも全うな生活をしていれば、まず出来ないような傷ばかりだ。あまりいい扱いを受けていなかったことが伺える。


  後日意識を取り戻した彼に、私は彼の生い立ちやここに来た経緯などを尋ね、以下のことが分かった。

  彼は元々は普通の町人であったらしいが、お忍びで町を回っていたさる高貴な身分の令嬢の私物を壊してしまい、奴隷落ちしたそうだ。何でも壊したものが由緒ある品であったため、見せしめと嫌がらせを兼ねてその令嬢家が所有する剣奴隷団に入れられ、戦闘の日々を送り、何とか生き残ったということだ。ただし、直接の戦闘の腕があって生き延びたのではなく、ひたすらに逃げ続けて生き残ってきたと本人は話している。戦闘なしで生き残れる剣奴がいるのか、と疑問に思った。それに、ミチカたちを救う際、偶然とは言え、中級の魔物を倒している。しかも一撃で。後で村の男手を集めて確認をしたのだから、間違いない。


  だが、「逃亡」の部に配属されていたと聞いて納得した。「逃亡」は定められた一定期間内、ひたすら剣奴が魔物から逃げ、その時間を賭けるものだ。それならば戦闘があまり出来なくとも、逃げ足と体力、それと隠密性か? それらがあれば生き残れる。

  確かに、戦闘のみで生き残った者であるならば、もっと雰囲気はするどくなるはずだ。彼にはそれがないから、事実だろう。

  名前に関しては、奴隷に落とされた時に剥奪され、家族とも以降会っておらず、生きているのかさえ分からない状態だと彼は言った。


  予想していたとは言え、ひどい扱いを受けてきたのだな。それにしても、彼は運が悪かったとしか言いようがない。きっとその令嬢と言うのは大貴族や大司教、下手したら王族だったのだろう。弱小貴族や地方領主程度では、不敬を働いたと言うだけで名前の剥奪までは出来ない。

  私も街に行くときは気をつけないとな。街に行くことが多い息子や他の男衆達も、密かに頷き合っていた。


  また、漂流したことに関しては本人もよく分かっておらず、船に乗せられた理由も目的地も一切知らされずに、何人かの剣奴や奴隷たちと共に貨物船に乗せられたそうだ。その際他にも貨物や奴隷が積み込まれていたらしい。随分長い期間航海をしていたらしく、一緒に乗せられた奴隷の殆どは船旅に耐えられず帰らぬ人となったそうだ。

  その後、船が何らかの理由で難破し、気が着いたら浜辺に打ち上げられていた状態だったらしい。他の奴隷仲間や水夫を探したが、打ち上げられていたのは彼一人だけだったとのこと。仕方ないので、生きるため人里を目指してひたすら彷徨っていたところをミチカ達に発見され、現在に至ると彼は締めくくった。


  グジョウ語の読み書きは奴隷仲間から教わったため、一通り出来るようだ。おかげで、外国人であろう彼とも円滑に意思疎通出来た。

  彼から話を聞く限り、おかしな点はないし、嘘の類もついていないだろう。

  貴族の不興を買って、平民が奴隷落ちすることはよくあることだ。私は医者と共に呼んだ派遣聖騎士(地球で言うところの警察機関)に目配せをして、彼に殺人や放火などの重犯罪者につけられる犯罪痕がないかを確かめてもらった。もしここで犯罪痕があるようならそのまま派遣聖騎士に引き渡すつもりだ。まぁ、彼の様子からすれば、無いだろうとは思うけれど。

  重度の犯罪痕持ちがわざわざ人里に訪れるとは思えないが、念のため調べておく必要がある。確認を怠って、もし何かことが起きた場合、とても責任を負いかねない。それに、私は彼は犯罪を犯すような人間ではないと思うが、何も知らない者からの同意は得難いだろう。彼が濡れ衣を着せられないためにも、ここはちゃんと確認をする必要がある。

  それに、何も問題がなければ、そのままうちにいてもらおうかと思っている。

  子供達の恩人に何もしないのは、親として恥ずかしい。あまり裕福ではないから、大したことはできないのが少々切ないが。


  そんなことを思っているうちに、確認作業は終了した。予想通り、彼には犯罪痕はなかった。私は派遣聖騎士にお礼を包み、それから妻がお茶を用意し、先に仕事を終えた医者と共にゆっくりしてもらう。彼等は何時も通り適当に帰るだろうから、対応は妻と娘に任せても安心だ。


「私の問いに答えてくれてありがとう。話を聞いた限り、君は行く宛も働く宛もないようだけど、これからどうするつもりだい?」


  私の問いかけに対し、彼は無事な方の腕で流れるように文字を記してゆく。


『助けて頂いたお礼をしたいのですが、奴隷の身の上であるため自身の日々の生活も難しいところです。ですが、必ずお礼は致します。

  剣奴だったとは言え、お伝えした通り、武技の腕前もからっきしです。しかし、畑作や子供の面倒、家畜の世話でしたら少しは経験があります。願わくばどこかの農家で畑作を手伝い、そこで衣食住を得られれば幸いです』


  そう記された黒板と真剣にこちらを見据える彼を見て、私は顔を綻ばせる。

  うむ。思ったより良い人だ。その程度の要望なら、うちでも十分叶えられる。この人なら問題はないだろう。年頃の娘もいるが、息子もいるし特に心配はない。勿論万が一の時のことを考えて、彼には悪いが、納屋小屋で生活してもらう予定だ。


「いやいや、あの程度何でもないよ。君は子供達の恩人なのだから。恩返しを是非させて欲しい。

  とは言っても、恥ずかしい話、私もさほど裕福ではなくて碌なことはできないのが心苦しいのだがね。それで、ものは相談なのだが、君さえ良ければうちで生活しないかい?

  うちは農家だけど、私が狩猟をし、妻や子供達が畑作をやっているんだ。給料を払えるほど裕福ではないけれど、君が一緒に働いてくれるのなら、十分みんな食べていけるくらいの余裕はあるんだ。

  どうだろうか?」


  私の言葉に彼は静かに頷き、それからまだ治療が終わりきっていない体で、深々と頭を下げた。文字がなくとも分かる。彼は承諾してくれたのだ。それから、彼が完治するまでの間、役場などで手続きをしながら納屋小屋の掃除をしたりと、彼が生活出来るよう準備を整えた。傷が治りきっていないのに素振りをしていて、それを見たミチカたちが「クオン」と名付けたのは、今では懐かしい思い出だ。


  彼は黒い髪に、黒い両瞳、褐色の肌をした典型的な二色系(この世界における人種区分。髪、瞳(左右でそれぞれ一色づつ数える)、肌の色数によって四色から一色に区分される)の人間だ。

  薄〜いほぼ水色と言って差し支えのない紺碧色の髪と灰白色の両眼に、白肌の三色系である私から見れば、その揺らぐことのない色彩は多少羨ましい。まぁ、言っても先のないことだ。

  このエラベルト王国において、二色系は三色系に並び、よく見かける。妻や長男、長女も私同様三色系だ。その次に一色系、四色系という順だ。ただし、末っ子の二人は真紅の髪に、金と銀の瞳に乳白色の肌を持つ四色系なので、言うほど珍しくなくなった。まぁでも、外国やグジョウ大陸の他所の王国に行けば、逆に四色系が普通と言う所もあるくらいだ。一々珍しがるのもアレだな。


  そうして、クオンとの生活が始まった。

  彼はご近所さんも大切に扱ってくれるので、殆どトラブルを起こさなかった。あるとしても、大抵は些細なことで、すぐに収まった。見た目はゴツいが、荒事を好むわけではないので、そのギャップでよく喧嘩をふっかけられることもしばしばあったが、持ち前の逃げ足で逃げ切っている。惚れ惚れするくらいに速い。


  故郷のことや、自身の家族については一切話すつもりはないらしく、どんなに尋ねても常に無言だ。それ以外は、筆談やハンドサインを通してよく話してくれる。意外とお喋りな性格なのだ。あと、ミチカたちには要らない骨と木片、陶器の欠片などで、様々なものもよく作ってくれる。恐らく、彼の故郷に由来する何かなのだろう。そのデザインは、いつも独特の統一性と雰囲気があった。

  ミチカたちも、クオンと筆談をするべく、文字を頑張って覚えている。まぁ、まだまだ間違いは多いが、頑張るのは良いことだ。ただ、文字の練習に励むのは喜ばしいのだが、家の至るところに文字を書くのはやめて欲しい。汚れを落とすのが大変だ。クオンと共に、一日家を磨いた日もあったな。

  共に生活をするほど、彼の誠実性が分かる。それに、武技の腕前がからっきしなのも。本当に、ミチカ達を助けられたのは偶然だったのだな。そんなに弱いのなら、見知らずの他人など捨て置いても不思議はないと言うのに。それをクオンに告げると、苦笑するばかりで何の返事も書かれなかったな。


  クオンは、ミチカ達が名前にするくらい毎日素振りを欠かさない。今日もクオンと言う音が響く。素振りをする際に、何かを見据える瞳は、普段の彼からは想像もつかないほど厳しい光を宿している。

  ミチカ達に向ける、寂寥感のある表情も、彼にはあまりそぐわないものだ。


  彼が何を思って、そんな表情を浮かべるのかは分からない。

  奴隷に落とされた日々の苦労を、クオンは笑い話として語ってくれるが、笑い話では済ますことの出来ない出来事も多々あったことだろう。

  平穏に暮らすことを望みながら、素振りを、ひいては強くなることを貪欲に求める姿は、どこか歪だ。強くなることを望むのは珍しいことではないが、クオンが求める強さは、一般的に求められるものとは何かが違うような気がする。確証もないからなんとも言えないが。

  語られることのない、彼の心中を察することは非常に難しい。かと言って、理由もなく踏み込むには、少々問題がある。

  だから私はせめて祈ることしか出来ない。

  どうか今後の彼の人生が、彼の望む穏やかであることを。


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