表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ヒーロー  作者: 羽崎
希露姫編
4/18

4、異世界交流 下地作り

時間軸は少し遡ります。

 今までと異なる生活をするって言うのは、何かと苦労が多いものだ。

  それは異世界ここでも変わらない。

  そして、慣れてしまえば楽だと言うことも。


  そんなことをしみじみと実感しながら、今ではお馴染みとなった収穫作業を続ける。

  地球で暮らしていた頃に比べ、日に焼け、浅黒くなった肌。掌も皮が厚くなり、力 仕事や荒事で豆が何度も潰れ硬くなっていき、節くれが目立つようになった無骨な手。体つきも全身に無駄なく筋肉に覆われ、身長も176cmから187cmまで伸び、以前とは比べものにならないほどがっしりとしたものになった。成長期なんてもうとっくに終わったから、もう伸びないと思っていたのに。やはり、極限状態に追い込まれると、人間、と言うか生物と言うものは進化とまではいかないまでも、それに準ずる変化を起こすものらしい。

  まぁ、色々あったもんなぁ。

  希露姫による講習ひまつぶしと言う名の呵責とか。


  前回、俺は寿命? による十八回目の死を迎え、十九回目の生を得た。


  今回の転生では、クシ村で生活の基盤を築いている。来月でこの村に来て、三年になるだろう。

  俺は死んで異世界ここに転生する度、肉体は地球で生きていた頃の状態までリセットされるものかと思っていたが、違ったらしい。死ぬまでに手にした経験や知識、技術は勿論のこと、鍛えた肉体も継続された状態で転生するようなのだ。最初の頃はすぐに死んでばかりで、肉体に殆ど変化がない状態であったため気づかなかった。しかし、一回の転生じんせいで生きられる年数が増えるに従って、傷を負いながらではあるが体が自然と鍛えられ、顔つきも含め徐々に変化していった。急激に変わったのなら自分でも気づけただろうが、緩やかな変化であったため全然気づかなかった。希露姫に以前の俺の映像を見せられて、初めて気づいた程だ。髭を剃ったりするのに毎日鏡を見ていたが、傷跡にばかり眼がいって、顔つきの変化にまでは意識が向かなかった。自身の変化には気づき難いと言うが、あれは本当だった。

  しかも、肉体の変化は天界での分もカウントされるらしく、天界で希露姫の特訓おあそびを受けた分もしっかりと繁栄された。おかげで上記の通りだ。肉体に受けた損傷に関しては、大抵は体に支障のない傷跡として残る。

  ただし、生活に支障を及ぼすような部位の損傷や傷は綺麗さっぱり消え去る。自らつけた傷も同様だ。何でも、幾ら自殺して逃れようとしても無駄だ、と言う見せしめの一つらしい。エグいな、おい。

  こんな感じで肉体が変化していると気づいた時は心底驚いたが、希露姫から「一々元のひょろっこい状態に戻しておったら、いつまでたっても祟りから解放されぬじゃろうが。わしらだって、いつまでも人間おまえらで遊んでいるほど暇ではないのじゃ」と言う有難くも腹立たしいお言葉を頂いたので、一応納得はした。


  そんなこんなで、何度も死んでは転生し、ようやくエラベルト王国で使用される言語と常識を覚え、どこの村でもある程度生活できるようになった。ベルズエラ領の方言だってばっちり覚えた。と言っても、声帯が無いため会話は出来ないが。幸い、十六回目の生で文字を習得出来たので、持ち運べる大きさの黒板などを用いた筆談で会話をしている。希露姫に散々中世レベルの文化水準だから、と何かにつけて脅されてきたが、このベルズエラ領、識字率が非常に高い。当然、文化水準も。恐らく、王都は更に高い水準を誇っているのだろう。ファンタジーにありがちな、平民は教育水準が低いといったようなことがないのだ。俺のように他所から流れてきた者を除けば、字を書けない人間が殆どいない。

  村の中央に公民館と学校を併せたような施設があり、子供達はそこで教育を受ける。最も、実際にこの学校に来るのは農閑期だけで、それ以外は配布された教材を使い、自宅学習している。「銀版」と言うiPadのような物も配布されており、質問などもそれを通していつでも行える。現代日本の通信教育と殆ど差はないだろ。


  また、医療や福祉制度だって充実している。魔法が存在する分、現代日本以上に発展を遂げている分野や物もある程だ。例えば、「繋ぎ糸」などがそうだろう。一見麻糸にしか見えないのだが、この糸を使って傷口を縫えば、ちぎれた腕であろうと元どおりにくっつくのだ。日常生活に支障がないほど、完璧に。くっついたあとは、縫った後さえ残らない。もう現代医術を軽く超えている。町の作り一つとっても、魔物と言う災害対策を視野に入れて作られているので、頑丈さ復旧作業のマニュアルなど、地球ではあり得ない技術と経験などによって、遥かに高度なものがあったりするのだ。


  まぁ、そんな素晴らしい技術などの恩恵は平民までしか受けられない。流石に奴隷階級にまでは普及していなかった。非常に残念だ。しかし、成り上がれないわけではない。王侯貴族になるのは流石に無理だが、実力と機会さえあれば、大抵の職につくことは出来る。元奴隷ということで賃金や待遇などの面で苦労を強いられるかもしれないが。まぁ、そこは周囲と要相談、と言うところだろう。地球だって男女平等と謳いながら、それをなかなか実現出来ないのだ。まして、奴隷というものが普通に存在する世界で平等を謳うのは、更に難しいことなのだろう。

  とりあえず大事なことは、奴隷であろうとも、合法的に奴隷以上の身分になることが出来ると言うことだ。大太刀を達人級に扱い、敵対者(人間とかは無理だから、魔物を狩る予定。現時点では常に魔物に狩られているが)を百体討伐する必要もあるので、いつかはのし上がってやる。そのためにも、基礎体力をつけないとな。


  十七回以前の生活では、一回の転生で十年と生きられなかった。言葉が分からない上、体力もなかったためだ。言葉が分からないことで遭遇した危険の数も決して少なくはなかったが、それ以上に、体が持たず、衰弱した末に死に瀕することの方が圧倒的に多かった。

  別に村での生活が常に過酷なわけではなかった。ただ、本当に俺自身の体力がなかったのだ。脱サラしたサラリーマンが、今までやったことのない農業などを始めて体を壊すようなものだと思ってもらえると分かりやすいだろうか? ただ、俺の場合、体を治す期間が殆ど与えられなかった。何たって奴隷身分だしな。希露姫ほどではないが、扱いがぞんざいだ。いや、中には明確な侮蔑と悪意があった分、余計にタチが悪かった。そりゃあ、死んじゃうよ。今でも許せない扱いをした農民達には、転生する度、こっそりと報復おれいを行っている。希露姫も面白そうと言う理由で知恵を貸してくれているので、なかなかいい出来になっていることだろう。生かさず、殺さず。これが報復の鉄則だ。


「クオン、そっちはもう終わったか?」


  感慨にふけながら作業をしていると、複数のオルグ(畑の作物を食らう害獣。兎程の大きさのある、緑色の縞のあるハツカネズミのような動物。肉は硬くてあまり美味しくない)を背負った籠に入れたキザキさんに声をかけられた。毎日罠を仕掛けているのに、一向に罠にかかるオルグの数は減らない。一体どれだけいるのだろうか。


  クオンと言うのは、ここでの俺の名だ。本名は名乗っていない。どういうわけか、伝えることが出来ないのだ。文字にしても、誰も読めなかった。何でも、祟りを受けている者の名や出身地などは、冥府での永眠登録が受付される者と区別するため、神以外には知覚出来ない仕様になっているとのこと。稀に知覚出来る者もいるらしいが、もし認識してしまったら、その者も連座で祟られると言うから恐ろしい。本当に神様の理不尽は留まることを知らない。おかげで俺は名無しだ。うっかり誰かが認識してしまい、一緒に祟られるなんてことになったら、俺の良心が死んじゃう。小心者の俺のことだ、きっと毎日のように悪夢にうなされるに違いない。終わりが見えない人生で、そんな重荷を背負うなんて御免だ。


  そんなわけで名前のない俺のために、魔物に襲われ、死にかけていた俺を拾ってくれたキザキさんの末っ子の双子、ミチカ君とバルゼンちゃんが考えてくれた名がクオンなのだ。音の響きがいいから割と気に入っている。由来は確か、俺の大太刀の素振りの音、だそうだ。国が変われば擬音も変わるものなのだな、と改めて実感したっけ。日本だったらヒュン、とかブン、だもんな。

  そうそう。大太刀で思い出した。普通奴隷の持ち物は主人に預けられるのが普通だ。ましてや殺傷能力のある武器となったら尚更だ。だけど、俺の持っている大太刀は呪いを帯びているため、決して俺の下から離れないようになっているらしい。そのため、誰であっても俺から大太刀を奪おうなどということをしなかった。不自然なほどに。希露姫曰く、「見えているけど見えていない状態」なのだそうだ。よく分からないが、どう足掻いても俺は大太刀こいつから離れないということらしい。もっとも、例え俺に不利な条件を課すものであっても、俺にとっては理不尽な人生を唯一共に歩める存在であり、身を守る手段の一つでもあるのだ。手放す気などサラサラない。


  キザキさんの問いに、右手を軽く三回回し、終わったことを告げる。簡単なハンドサインも覚えたので、この程度の会話なら黒板を用いなくてもいいから楽だ。


「そうかい。それじゃあ、それを小屋に運んだらミチカとバルゼンを呼んでくれ。みんなが揃ったらお昼にしよう」


  キザキさんの言葉に頷き、俺は収穫した野菜を小屋に運ぶ。

  キザキさんこと、ブシュケのキザキ。今回の転生でも相変わらず奴隷をやっている俺の主人だ。断っておくが、決して好きで奴隷をやっているわけではない。悲しいかな、未だに弱いのだ。魔物一匹出ただけでも、命の危機に瀕している。この辺に出没する程度の魔物なら、現地の人間であれば、大人一人いれば十分対処出来るレベルなのに。この辺の魔物を一人でも対処出来るようになるまでは、奴隷から成り上がるのは難しいだろう。村人にランクアップするには、まだ強さが足りない。町人ならそこまでの強さは求められないようので、いけるかもしれないが、職人や商会ギルドへ紹介してくれるコネがないので、やはり難しい。ここは地道に奴隷ではあるが、信頼の置ける者と言う評価を貰えるよう頑張るのが無難だ。以前コネなしで参入出来る冒険者ギルドへ登録したが、速攻で死んだのだ。ギルドに所属する冒険者の手によって。あれは悲しい事故だったが、良い経験をさせてもらった。冒険者をやるにはまだまだ弱い、と言うことが身に染みて分かった。何事も、順序を経て進行しないと手痛いしっぺ返しを食らう。大太刀の扱い、と言うか武器の扱いも、今はまだ碌な情報を仕入れられないが、少しでも集めていかないと。幸い、森の周辺にある農村には漂流者の出入りが多いので、以外と他の大陸の武器や武技といった情報が集まる。これを活用 しない手はない。

 

  おっといけない。話を戻そう。


  エラベルト王国では平民は苗字を名乗ることを許されない。代わりに、屋号を苗字代わりにしている。キザキさんの場合は、ブシュケという風に。役場や正式な場以外では使用されることは殆どない。あるとすれば、名前が被った場合くらいだろう。それでも、わざわざ屋号を使って呼ぶ者なんてあまりいないが。


  キザキさんは俺より十歳以上年上で、形式的には俺の所有者であり、主人に当たる。ただ、主人と言っても本当に形だけで、実際は家に置いてもらいお世話になっている、と言った方が正しいだろう。とても穏やかな性格をしており、偏見などをあまり人に向けない善良な人だ。双子によって村付近まで運ばれた俺を治療してくれた、命の恩人でもある。今回はちょっと運が悪く、森の中堅レベルの魔物にいきなり見つかり襲撃されたのだ。初撃で瀕死に近い怪我を負わせられた時は心底ヤバイと思った。森を必死で逃げ回る最中、偶然見つけた双子に魔物が意識をそちらに向けたおかげで、不意打ちで息の根を止めることが出来たのだ。もし成功しなかったら、双子諸共魔物に仲良く食われていたな。

  あの時、あの場にいてくれた双子に感謝だ。しかも、 呪いの大太刀の効果で倒した魔物へ与えたダメージが降りかかり、意識を失った俺を村まで運んでくれたし。あの時、双子が運んでくれなかったら死んでいただろうな。そして、希露姫の講習ひまつぶしでさらにひどい目に遭わされるところであったことだろう。

  キザキさんたちは俺が双子の命の恩人だと思っているようだが、むしろ、こっちが救われた側なのだ。はっきり言って、あの時魔物が意識を逸らした相手のことなんて何一つ考えてなかったから。村で意識を取り戻した際に、初めて知った。だから、俺に懐いてくれる双子を見ると、少し罪悪感がする。流石に本当のことは言えないので、多少後ろめたいが、その分誠心誠意働かせてもらっている。双子にも目一杯構う。いや、これは特に苦になってないな。とても楽しいから。とりあえず、これで五分だと思いたい。


  さて、キザキさんは俺よりやや身長が低く、細身ではあるものの、罠を使った猟が得意で、よくクナゲ樹林帯(山間にある広葉樹林。平地にある、いつも俺が落とされる森の端に入り口がある)の方へ出かけている。

  奥さんのエリヒラさんは小柄で丸々としており、田舎のおっかさんと言う風貌をしている。肝も座っており、懐も深い、良い人だ。旦那のキザキさんが畑作が苦手なので、代わりに十八になった長男のレパ君とその妹の娘のミゼンカちゃんと一緒に耕している。

  ミチカ君とバルゼンちゃんは男女の双子で、まだ六歳だ。好奇心旺盛で、悪戯盛りだ。あの一家の中で一番悪戯を仕掛けられるが、その分懐いてくれている。懐かれると無下にできないし、何より愛しい。だからエンドレスで相手をしてしまう。姪っ子や甥っ子がいたらこんな感じなのだろうな。


  そんな取り留めのないことを考えながら、今日も今日とてかくれんぼに熱中しているであろう二人を探す。

  お、いたいた。あの木の根で出来たうろの中だ。小さい体を、うろを形成する大小様々な根っこで上手く隠している。だけど甘い。二人のぱっちりとした金と銀のオッドアイと、燃えるような真っ赤な髪がここからでも十分見える。それに、君達が好んで隠れそうな場所などお見通しなのだ。そんな狭くて暗くて君達の好奇心を刺激する場所に、君達が隠れないわけがない。

  俺は息を殺し、じっと周囲に溶け込もうとしている二人の側に、後ろから抜き足差し足で忍び寄る。ゆっくりと、音を立てないように。気づかれると、チョロチョロとどこかへ走っていき、それを捕まえに行かなければならない。ちびっ子二人を捕まえるのは、なかなか骨が折れるから。

  二人の視界に入らないよう、細心の注意を払って、近づく。もうあと少しだ。

  よし、ここまで近づけばもう逃げない。

  二人のかくれんぼルールで、隠れている最中に一定距離まで近づいて見つけられたら逃げない、と言うものがあるのだ。その距離さえ満たせば大人しく捕まってくれるので、とても助かる。満たさなかった場合はひたすらに逃げられるが。ちびっ子の体力、恐るべし。

  俺は未だ気づいていない二人の頭頂部を、後ろから指先でそっとつつく。

  二人はハッとした表情をして振り返り、後ろに潜んでいた俺を見るやいなや、嬉しそうな笑みを浮かべた。


「クオン! また一番に見つけちゃったね!」


  そう言ってミチカ君が根の隙間をヒョイヒョイと潜り抜けて、うろから飛び出し、俺にダイブしてくる。


「クオン! 今日こそは私達の勝ちだと思ったのに! 次は負けないわよ」


  そう言ってバルゼンちゃんも、無邪気な笑みを湛えて俺にダイブしてくる。鍛えたおかげで、六歳児二人の渾身の一撃を兼ねたハグを難なく受け止めることが出来た。腕の中で今回隠れたうろの魅力について嬉々として語る二人の言葉に耳を傾けながら、肩に担ぎ上げ、家路に向かう。とても平和で、心が温まると同時に幾ばくかの寂寥感が胸をよぎる。

  俺はもう人としての人生を歩むことは最早叶わず、家族にも会えない。せめて二人は家族の温もりを最後まで感じ、人としての人生を謳歌して欲しいものだ。それを思うと遣る瀬無い自身の身の上を思い、少し寂しい気持ちになるが、偽りざる本音だ。死後の安寧が得られないというのは、なかなかに辛いから。


  さて、毎回速攻で見つけられる双子なのだが、意外とキザキさん達は見つけるのに苦労しているらしい。なんでも、以前村の人総出で一日探しても見つけられなかったこともあるそうだ。その時は家のマキ置場の木に隠れていたとのこと。灯台下暗し、と言うことだろう。キザキさん達から言えば、双子はかくれんぼのプロらしい。その言葉を聞いた時は、思わず大爆笑してしまった。声帯がないから笑い声はでないけど、とても清々しかった。笑えるって、やっぱり大事だ。

  そんなことを思いながら、今日のお昼はなんだろうと予想する。オルグのシチューはもうそろそろ飽きたから勘弁して欲しいな。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ