3 異文化交流 初めの初め
見にくかったので行間をあけました。
長くなりましたが、最後まで読んで頂けると幸いです(^_^;)
「よぉ、『口無し』。今日の依頼はもう決めたか?」
ロッダに尋ねられ、俺はギルドで受注した依頼書を見せた。
ロッダは今回の異世界生活では、そこそこ付き合いのある冒険者の一人だ。出会ってからもう五年は軽く経っているだろうか? 腕の良いベテランであることに加え、おやっさん気質のある男であるため、初心者の大半はロッダに面倒を見てもらった記憶があることだろう。勿論、俺も例外ではない。俺は『口無し』の通り名の通り、この世界では言葉を発していない。一言もだ。これは冗談でも誇張でもない。何故なら俺には声帯がないのだから。否、ないわけではない。この世界に落とされる度、自分で切り落として取り除いているのだ。
やりたくなんてなかったよ。本当に。痛い、苦しい、怖い、の三拍子が揃っているのだから。自分で喉を裂いて声帯を切り取るのだ。我ながら正気の沙汰ではない。
初めの頃は散々だった。なんせ自分で声帯を切り落とすのだ。やったこともなければ、やられたこともない。むしろ、そんな悲惨な目にあってたまるか、が信条の平和で安全な世界で生きてきたのだ。自分でそんなことをすることなんて考えたこともなかった。おかげで切り方が分からなくて、切りすぎてしまい窒息死したり、失血死したりと血と涙と呼吸困難に溢れた思い出が何百回分もある。
それでも、やらなければならなかった。
理由は簡単。
爆死しないためだ。
本当にここが魔法と理不尽に満ちたファンタジー世界であると言うことが分かる。
それを説明する前に、軽くこの世界について紹介しておこうと思う。
この世界にはユーラシア大陸ぐらいの大きさをした六つの大陸と、総面積は大陸以上になるんじゃないかと思えるくらいの大量の諸島で構成されている。海は浅瀬だろうが沖合だろうがエメラルドグリーンで、地球のように青い箇所はない。その海を隔てた大陸同士の距離が、地球でいう所の日本からブラジル間の距離の軽く三倍はあるらしいが、その間を縫うように諸島が点在しているため、意外と大陸間の交流は頻繁にある。
ただし例外もある。
それが俺が毎度落とされているグジョウ大陸だ。
他の大陸に比べ、大陸間にある諸島の数が少なく、距離もまばらであるため、交易にあまり向いていないのだ。交易がないこともないが、それでも他の大陸に比べると随分と劣る。
しかし、その分大陸内での交流が盛んで、人の出入りが常時かなりあり、制限もさほど設けられていない。そのおかげで、俺のような住所どころか出身地も不明な奴でも金と職さえあればそこそこ暮らしていける。この世界では奴隷なども交易の品として普通にやり取りされており、海難事故で他の大陸に流れつくことも珍しくないことも理由の一つだろう。なにせグジョウ大陸周辺は海流の流れが入り組み、時たまではあるが、クラーケンやシーペンサーなどの巨大な魔物も出るため、頻繁に貨物船の残骸(奴隷含む)が打ち上げられるのだから。
ちなみにこの世界、大気だけでなく海水にもあの忌々しい魔素が含まれており、その魔素と海水温、海流によって普通の魚介類から、先ほども述べたクラーケンといった巨大なものが生息する。実に多種多様である。
魚のいる所には稀に巨大種が浅瀬でも現れるので、仕事でない限り、俺は魚のいる海には絶対に入らないようにしている。現地の人からすれば、海水浴場で鮫が現れる程度の頻度と認識なので、誰も気にはしないが。
最初の頃は気づかなかったが、俺が落とされる森のすぐ向こうにも海岸があり、たまに行くと良いものが漂流していたりする。沖合に巨大種の縄張りがあるため、浅瀬に魚や海藻、貝や海鳥といったものも殆どおらず、静かに過ごせるお気に入りの穴場スポットだ。
現地の住人も存在は知っているが、誰も利用しに来ない。少なくとも、俺がここに気づいた一三回目以降から四十一回目の現在に至るまで人を見たことがない。まぁ、現地の住人からすれば利用する価値もないのだろう。
道も悪く、魔物も出る森側の海岸。魚介類も殆どおらず、しかも漂流物の大半は巨大海洋性生物の餌食になり、破損が激しく使い物にならない。対して、森を大きく迂回した西側の方にある海岸線の方が道も整っており、漂流物も魚介類も豊富。しかも巨大海洋性生物の縄張りから外れるため、漂流物に痛みはあまり見られない。港町の近くでもあるため、漂流物の売り場にも困らないときた。
どちらに行くと尋ねられたら、十人中十人が西側の海岸線と答えることだろう。それほど、森側と西側の海岸線では差が出るほど海流と巨大怪魚の縄張りが入り組んでいるのだ。
ちなみに、俺が属するのはエラベルト王国にある、ベルズエラ領だ。可もなく、不可もなく、と言った無難さが売りだ。また、海難事故による奴隷を始めとした漂流者もそこそこ来る。おかげで無一文でも、危険を顧み見なければ職を得られる程度には受け入れられているのだ。
ベルズエラ領は殆どの海岸線を森に覆われているが、唯一拓けている西側の海岸線であるメルルバ港が中堅規模の大きさと設備を有しており、港周辺りは商業都市として割と栄えている。港のない森側の土地も有効に活用されており、海風をしのぎ、耕作地及び居住区として栄えている。
住人がいる場所には必ず魔物避けの柵が設けられているが、安全のため、ギルドも定期的に魔物などを駆除している。そのため、内陸部や王都には劣るが、そこそこ暮らしやすい。それに、王都への直通便も一日に二本ほど出ているので、地球で言う所の地方都市として栄えている。
俺は森に近いコンメの街を拠点にしている。あまり田舎だとギルドからの仕事の斡旋も少ないので、不便なのだ。やっぱり生活するにはある程度の収入が要るし。それに、ギルド支部があるおかげで冒険者もそれなりに多く、俺みたいな弱い上に祟られている奴が戦い方を研究するには丁度良いレベルなのだ。内陸部の都市や街だとレベルが高過ぎて、仕事に殆どありつけない上、魔物や盗賊に惨殺されたのはいい悪夢だ。
さて、これで軽く説明は出来たかな?
で、俺が声帯をわざわざ切り落とす理由なんだが、それは忘れもしない八回目の死から始まる。そう、初めて人里に入った瞬間に、爆死した出来事だ。
* * *
「恐らく、お主の声が原因じゃろうな」
天界カフェにて、メロンをふんだんに盛り込んだショートケーキを頬張りながら、希露姫はそう分析した。俺はまた地獄の人体改造がまた始まるかもしれない現状に落ち込みながら、その原因を知り、少しでも神様クオリティの魔改造を減らすために希露姫の説明に集中した。
「正確に言えば、魔素耐性によって体に取り込まれることなく変質した魔素を多分に含む呼気が、声帯を介して発声と言う振動をしたこと。
その振動によって、魔物避けに用いられる放出型結界に変質した魔素が反応したこと。
これらが原因じゃろうな」
そう言って希露姫は紅茶で喉を潤す。
俺はいつもであればすぐに手を伸ばす、いつの間にか出現するカフェメニューに目もくれず、希露姫の説明から対策はないかと知恵を絞る。ここでいい案がなければ、また人体改造コースまっしぐらだ。なんとしてでも、打開策を考えねば。
「声を出さなければ、問題ないってことなんですか?」
どんな些細なことでも、確認出来ることはしておこうと、問いかける。
「いや、見ておったが、恐らく無意味じゃろうな。
見ていた感じじゃと、声帯そのものに問題があると見た。また体をいじっても構わんが、そんなことをせずとも、声帯を取り除いた方が手間もかからず楽じゃ。
お前もそう思うだろう?」
まさかの問いかけ。
「嫌ですよ!? 絶対麻酔とかなしでやる気ですよね?! 」
慌てて否定する。希露姫の様子だと、素手で声帯を摘出、と言うか引きちぎられそうだ。確かに人体魔改造より痛みは小さいかもしれないけど、でも、十分痛い。そして怖い。希露姫様。声帯を引きちぎるとか、人間にとっては致命傷なので勘弁してください。死んでも蘇らせられるからって、ぞんざいに扱わないでください。そんな祈りを込めた視線で希露姫を見やるも、やはり、全く意に介していない。それどころか、紅茶のお代わりを注ぐよう要求された。
「ほぅ? じゃが、声帯を取り除かず、どうやって人里に入る気じゃ? 人里、と言うか人の出入りがある場所には必ず設けられておるのじゃぞ?
お前は人里に入る気がないのか? 儂はどちらでも構わんがの」
お代わりを美味しそうに飲みながら、希露姫は尋ねてくる。とりあえず、希露姫の説明はあらかた終わったので、俺も落ち着いて考えることにしよう。既に出現しているにも関わらず、湯気を立てるオムライスと、レモン風味の冷や水を飲みながら考える。腹が減っていては、碌なことを考えないからな。
「声帯に問題があるんだったら、あちらの薬とかでどうにかなりませんか? もしくは魔法とかでも」
俺は異常のあるらしい声帯を正常に近い状態にできないか、と言う意味で問いかけたつもりだったが、うまく伝えられなかったらしい。
「うむ。確かに薬で喉を潰すのも一つの手じゃが、あまりお勧めは出来んのう。魔法があるとは言え、良くも悪くも、中世ヨーロッパ並みの文化水準なのじゃ。下手に薬に頼るとその後の人生に差し障る勢いで危険じゃ。
それに、その手の薬は大抵質に問わず得てして高いし、手に入れるにはコネが要る。魔法は更に敷居が高い。
まぁ、わざと魔物なり盗賊なりに喉を裂かせる方法もあるが、生存率はお前の実力からして低いじゃろう。
そもそも、壊すにしろ治療にしろ、あちらにとって異物であるお前をあちらに合わせて矯正するなぞ、神以外には手に余ることじゃろうて」
詰んだ。くそ。代案が出ない。
人里に入らないなんてことはしたくない。と言うか出来ない。戦い方どころか、サバイバル生活の仕方も碌に知らないのだ。野たれ死ぬ。あの森での三日間は、奇跡に奇跡を重ねた偶然でしかないのだ。人のいないところでの生活だけでも大変なのに、祟りの解放条件もあるのだ。
扱ったこともない武器を達人級に扱うなど、我流でどうこう出来るものじゃない。向こうに大太刀はないかもしれない。しかし、大剣ならあるだろう。この際細い剣でも何でも構わない。取り敢えず、得物を扱える人間の下で、基礎を学ばなければ、祟り解放への道程は厳しいものとなる。
「声帯を切り落とします」
本当に残念だが、これ以外に方法はない。あの人体魔改造をまた繰り返すくらいなら、まだ痛みの少ない方法を取らざるを得ない。俺の意気消沈した答えに、希露姫は妥当なところだ、と言わんばかりに鷹揚に頷いた。
「さて、今後の方針も決まったことじゃし、早速講習を始めるとするかの」
俺が食べ終えるのを見計らって、希露姫はポンと手を打ち、告げる。
「鈍臭いお前のことじゃ。声帯の切り落とし方どころか、傷の処置の仕方も知らんじゃろう? 下らんことで一々死なれたらつまらぬ。ここである程度練習しておけば安心じゃろう」
有り難すぎる言葉に涙が溢れそうだ。どうか聞き間違いであって欲しい。
しかし、現実はやはり無情だった。
講習と言う名の呵責の甲斐あって、俺は死なず、かつその後の生活も問題なく過ごせる技術と経験、処置方を身につけたのであった。
まぁ、それでも十七回目の死を経てようやく向こうでまともに生活出来るようになり、三十回目以降の死を経てからようやく冒険者として生活出来るようになった。俺の弱さが推し量れると言うものだ。
* * *
で、声帯を切り落とし、爆死の可能性をなくした俺は森方面にある村で世話になった後、街に向かうと言うことを繰り返している。
毎回同じ村だと不審がられるので、転々と村を変え、街を変え、ついでに人相も傷で無理やり変えてやりくりしている。
声を出せない上に現地の言葉も習慣も知らない。何たって希露姫が言葉とか教えるのはつまらんから現地で覚えてこい、って丸投げしてくれたからな。希露姫曰く、祟り執行期間中は、刑罰者で(・)遊んで暇を潰すのが基本だと。だから、興味のないことなど一切しない、と。本当に清々しいほど理不尽だ。
物語の異世界転生ものでお馴染みの、チートとか言語理解とか何一つなかったもんな。羨ましいな、こんにゃろう。何が悲しくてマイナス補正なんだ。
現地では俺はよくいる漂流した奴隷として扱われ(他の大陸の言葉も習慣も知らなかったからな)、村で働きながら言葉や習慣を覚えていった。
まぁ扱いは人によって様々。あちらでは、奴隷なんてあくまで個人の所有物だからな。村で過酷な労働を強いられた上、食事も休みも殆ど与えられずに衰弱の果てに死んだ時もあれば、賃金などは一切ないものの、衣食住を与えられ、割りかし長生き出来たこともあった。中には養子のような形で受け入れてくれた人もいたな。生活を通して、人の愛しさと醜さを、さまざまと体感した人生だった。
おかげで現地でも全く違和感のない、正にネイティヴな言葉遣いと習慣を身につけた。ついでに基礎体力も。昔話やお伽話にも事欠かない。
村人として生きるだけでも、かなり波乱に満ちていたからなぁ。