2、出だしから順調(さいあく)
はい、皆さん今日は。
祟り執行され中の道寺場峰です。
天界? らしき所で理不尽さに溢れた説明を受けた後、希露姫によって下界へ落とされたわけなんですけど、落とされた先も予測不能な理不尽に満ちていたんですよね〜。そもそも、魔法や魔物と言ったファンタジーにお馴染みなもので溢れる世界に落とされるなんてね、一体誰が予測出来ると言うんですか。無理です。地球のどっかに落とされると思っていましたからね、俺は。
え? なんでさっきからこんな改まった話し方をしているのかって?
あはは、そりゃあもう、決まっているじゃないですか。現実逃避ですよ、現実逃避。
七回も死に続けると色々とこみ上げてくるものがあるんですよ。しかもどれもファンタジー成分が多分に含まれていますし。なんなんですか、死因が魔素って。
物語だったら、二桁にもいってない上にこんなキリの悪い死に数なんてカウントされないんでしょうけど。正直俺も何百回も死ぬのは御免だ、って思っていた時期が一瞬ありましたからね。でもね、異世界に落とされた最初の死を除いて、三回死んだ時点でもう十分過ぎると思えるほどなんですよね。己の考えの甘さが身に沁みて分かりました。もうその時点でお腹いっぱいなんです。だから本当に勘弁して下さい。って言ってもどーせ無駄なんでしょうけどね! なんせ祟られているからな! ど畜生が!
「ほれ、とっとと食って早よ行かんかい」
今回も特に俺の非難の視線を意に介することもなく、無常にも希露姫が手をかざしてくる。例のファンタジーな異世界へ落とすために。俺は仕方なしに最早お馴染みとなった、いつの間にやら出現するカフェメニュー(今回はハムカツサンドイッチ)とブラックコーヒーを胃に流し込んでおく。祟りに満ち、生前・死後共に安らげない俺にとって、ここでの食事だけが僅かな楽しみであり救いなのだ。ランダムではあるものの、美味しいものにありつけ、突然襲われるなどのアクシデントに見舞われないから。あっちでは日々の食事どころじゃないからな。まぁ、それよりも質の悪い希露姫の理不尽に襲われたりするが。
俺は両手を挙げて、いつでもどうぞの意を示した。
何回か希露姫とやり取りをするうちに知ったのだが、希露姫は食事とある程度の会話なら終わるまで待ってくれる。今回は会話を待つ気はないらしく、すぐに落とそうとしているが。理由があるのかないのかは未だに不明だが、有り難く享受させてもらっている。
「うむ、それじゃあ落ちてこい」
そう言って希露姫はかざした手を僅かに振り下ろすような仕草をする。次に意識が覚醒する時には、異世界だ。
次こそは少しでもいいから祟りの解放条件に着手したいな。
そんな取り留めのないことを思いながら、今までの死因を思い起こした。
一回目 魔素による毒死。即死。これが一番苦しみもなく楽だった。
二回目 魔素による毒死。耐性をつけられたため、魔素の毒にのたうちまわった後死亡。
三回目 魔素による毒死。魔素の耐久性をあげたが、二回目よりも長く苦しんだ後死亡。
四回目 魔素による毒と、魔物に生きたまま食われショック死。魔素への耐性をあげるが、三回目よりも長く苦しむ羽目に。苦しむ時間が長かったせいで、近くにいた魔物に目をつけられ、生きながら食われて死亡。
五回目 魔素による毒死。魔素への耐性をあげ従来より苦しみは和らいだが、徐々に毒に蝕まれ、身体中の粘膜から出血し、一日と持たず死亡。
六回目 魔物に食われたことによるショック死。更に魔素への耐性をあげたおかげか、苦しみはあまり感じなかった。耐性を修得したかと思ったが、魔物に食われたため不明。
七回目 死因不明。恐らく魔物。念のために六回目よりも耐性を上げて下界へ。ようやく十分な耐性を得たらしく、苦しむこともなく一日を経過。しかし、翌日の朝日を拝んだ後死亡。
うん。どれもひでぇ。
微睡む意識の中で、それまでの苦労を思いおこした。
* * *
最初に異世界に落とされた時、森にいたかと思えばすぐに希露姫の所に戻っていた。
「お前、いくらなんでも死ぬのが早すぎるじゃろう?」
抹茶パフェを食べながら、呆れたように希露姫は告げてきた。いつの間にか出現したクッキーと紅茶を頬張りながら、希露姫の言葉を反芻するが、思い当たる節がない。下界のどこかへ落とされた瞬間、すぐに暗転してここへ来た記憶があるくらいだ。そんな俺の様子を見てとったのか、パフェを食べる手を緩めることなく希露姫は説明し出した。
「大方、大気中に含まれる魔素が原因じゃろうな。それにしても、地球の人間がここまで魔素に弱いとは予想外じゃったわ」
もの凄く聞き慣れない単語が聞こえた。何、魔素って。俺の死因の最有力説として断定されてるけど、ファンタジー系世界の物語でしか登場しない単語だったような気がする。少なくとも、日本で魔素で死んだ奴を俺は知らない。
「まぁ、それはおいおい調整していけばいいだけの話よ。さて、もう一度・・・」
「魔素って何ですか!? 地球にはそんな元素? なかったと記憶しているんですけど!」
分からないまま話を進められているので、駄目元で質問と言う形で制止と説明を試みた。
「ん? あぁ、地球にはもう魔素なんてなかったのじゃったな。
魔力の素と書いて魔素じゃ。魔法や魔物を顕現させるものだと思えば良い。あちらでは常に溢れており、生物・無機物共に無害なものじゃ。
まぁ、魔素のない世界から来たお前にとっては、即死性の高い、致死の毒程度のものらしいがの」
えげつないものが大気に溢れていたらしい。と言うか、落とされた先は地球ですらなかったのか。まぁ、よくよく考えれば、地球でこんなデカイ刃物振り回して人にしろ獣にしろ百体も倒せとか無謀だよな。絶対警察のお世話になるわな、うん。
って、そんなことはどうでもいい。
「あの、そんな猛毒で溢れていたら祟りの解放条件なんてとても満たせそうにはないのですが?」
伺うようにおずおずと尋ねる。俺は悲しいことに、解放条件を満たさない限り解放されない。しかし、そんな即死する世界では大太刀を使いこなす以前の問題だ。それこそ、永遠に祟られたままだ。
「儂もお前を即死ばかりさせる気はないから安心するが良い。即死じゃ碌に苦しめられんからのぅ」
さらっと恐ろしいことを言ってくれる。頼もし過ぎて涙が止まらない。
「まぁ、何回か調節しながら落とせば良いじゃろう。しかし、あまりいじりすぎると祟りの対象から外れてしまうし厄介じゃの」
マジか!? 今までで一番いいことを聞いた気がする。祟りから解放されるかもしれないと聞いて、思わず浮き足立つ。しかし、その興奮は直ぐに消え失せた。
「それじゃあ、ちといじってみるかの」
そう言って希露姫が何か呪文のようなものを唱えた瞬間。
「ーーーーーーーーーーーー!!!?」
突如、体を細切れにされていくような痛みに晒された。耐えきれず悲鳴をあげようとするが、呼吸もままならず悲鳴すらあげられない。激痛にのたうちまわり、酸素を求めて口を開け、喉を掻き毟るが痛みが和らぐことも呼吸をすることも叶わなかった。永遠にも思える拷問のような時間の中、何度も意識が途切れそうになるが、意識を手放すことは許されず、ひたすらに苦痛を味合わされた。
「うむ、こんなものかの? よし、落ちてこい」
希露姫の声と共に唐突に苦痛は終わりを告げたが、とても立てる気はしなかった。精神、体力共に限界以上に削ぎ落とされたのだ。脂汗で湿った体は嫌に冷たく、指一本動かすことさえ出来そうにない。少しいじっただけでこんな苦痛を味合わされるのだ。祟りの対象外となるまでいじられるなんて、冗談じゃない。先ほど感じていた淡い希望は一転して、恐怖の対象となった。
希露姫は荒い呼吸しか出来ずに横たわったままの俺を軽く一瞥しただけで、直ぐに下界へと落とした。あれだけ苦しんだのだ。下界ではまだマシになるだろうと、甘いことを考えていた。
しかし、神様は基本理不尽なのだ。そんな甘い展開を許すはずがない。
なんせ、二回目以降の死因も魔殆どが素による毒死だからな。
体をいじられた分、即死性が薄れ、じわじわと苦しみながら死ぬという嫌な形でレベルアップしたのだ。中には毒で苦しんでいるうちに魔物が来て、生きたまま食われると言うこともあった。あれは体をいじられている時に劣らず、苦痛と恐怖に満ちたものだった。
死に戻った後は、また希露姫によって体をいじられる地獄の苦しみを味合い、下界へと落とされる。カフェメニューをゆっくり食べたり、会話を投げかけたりと時間稼ぎをしてみたが、逆に速攻で落とされたため、今まで通りにした。心なんかとっくの昔に根元からへし折られているのだ。これ以上余計な苦痛は御免だ。
死に戻り、体をいじられる激痛にのたうちながら、次こそは、と願う。しかし、調整がうまくいかない。この調整がうまくいかなければ、解放条件に着手するのなんて夢のまた夢だ。下界へ落とされる度、魔素が体を蝕む痛みに血反吐を吐きながら耐え、魔素に馴染もうと足掻いてきた。希露姫に体をいじられ、地獄の苦痛を味合わされないために。
そして七回目にして、ようやく希望が見えた。やっと、十分な耐性を手に入れられたのだ。魔物に食われたために、殆ど成果はあげられなかったが。それでも、これで体をいじられる苦痛からは解放されるのだ。祟り解放への道のりを、僅かではあるが踏み出せた気がする。
* * *
気がつくと、いつもの森だった。
呪いの大太刀も、いつものよう背にかけてある。
苦しくないのはいいな。
周囲にいるかもしれない魔物に気づかれないよう、心の中で呟きながら森からの脱出を試みる。今までは苦しんで終わりだったからな。祟りから解放されるため、強くならなければならない。なんたって解放条件の一つに大太刀を達人級に使いこなせとあるのだ。大太刀のせいで通常の訓練はおろか、普段の生活も危ぶまれる状態で独学でどうこう出来る問題ではない。一刻も早く、こんな自然と危険で溢れている森を抜け、安全な人里へ向かわなければ。
しかし、肝心なことを忘れていた。神様は理不尽であると言うことを。そんな神様が指定した世界も、同様に理不尽だと言うことに。
それを思い出したのは三日かけて命からがら森から抜け出し、人里に入った瞬間、爆死する直前であった。