幕間 3
幕間はこれにて終了です。
次からまた本編に入ります。
「で、本当にあの引きこもりの手を借りないと駄目なのか?」
よほどロクセン達に関わるのが嫌らしい。
ウウェルドが再度確認してくる。
「はい。人体の魔力の流れをどうこうするなんて真似、僕には出来ませんから。
一応本職でもある程度は齧っている分野なので、物だったら多少はいじれますし、最悪壊れたとしても、補修は出来ます。でも、人間相手ではそうはいきません。構造が違い過ぎて手に負えません。
あの呪いを帯びた長剣だってそうです。
はっきり言って、呪術系の解除は何一つ分かりません。
僕に分かることと言えば、精々でおかしい、と言うことが感覚で分かる程度です。
やはり、どちらも専門の方に診てもらう方が安全ですし、失敗も少ないでしょう。特に呪いは失敗のリスクが不明なだけに、僕だけでは扱えません」
「そうか。
なら、次の依頼が終わり次第奴らの所へ行け。ついでに、あの引きこもりに喝を入れてこい」
部下が私達にもクッキーを配る中、ウウェルドは指示を下す。
おかげで次の次の依頼まで受けることになったが。
仕事があるのは有難いが、こうも連続して入れられるのもなかなか大変だ。贅沢な悩みではあるのだろうけど。
三年前に弟であるベルーベルファクターなんて長ったらしいから、本人でさえ省略していたっけーが死に、私とエゼリゲルドは冒険者を辞めた。懐古主義に感化されたクソ貴族によってベルが殺されたから、その礼をしっかりと返したために、辞めざるを得なかったのだ。
懐古主義の煽りを受け、碌な依頼がなくなっていった他の冒険者仲間ー私達と同じ漂流奴隷系の帰化民達ーを巻き込むわけにはいかなかったから。
見知らずの者であろうとも、助け合ってきた仲間だ。彼等を私情で巻き込むのは気が引けた。彼等もそんな私達の心情を汲んでくれたのか、何も言わずに送り出してくれた。
僅かではあるが、餞別の品もくれた。それのおかげで、少しは食い繋げた。今でも彼等には感謝している。
冒険者を辞めたことは勿論のこと、クソ貴族にしっかりと礼を返したことに一切の後悔はしていない。
あるとすれば、エゼリゲルドを巻き込んだことくらいだろう。
しかし、それを本人に言えば、いつもの軽薄そうな笑みを浮かべながら、「こーゆー生き方も悪くはねぇさ」とうそぶいた。
相変わらず人を食ったような態度を取る男だ。だけど、そのおかげで救われたのも確かだった。
以降は何でも屋を始め、日々をしのいだ。苦しい生活ではあったが、エゼリゲルドの言う通り、悪くはなかったと思う。本当なら私達と似たような出自を持つ者が多い、沿岸部の農村部にでも行けば良かったのだろうが、それをすると逃げた様で癪だった。
街に残ったのは、殆ど意地に近い。
エゼリゲルドには迷惑をかけているとは思うが、こればかりは譲れなかった。
何でも屋として食い繋ぐ中、漂流者であるために路頭に迷いかけていたジーダを拾い、鍛冶屋もどきを兼業しながら何でも屋を続けた。おかげで生活は少しだけ楽になった。ウウェルドとも、その頃に知り合った。有能な軍人で、仕事の報酬もきちんと出してくれるが今の会話で分かるように人遣いが荒い。何でも屋とは言いつつ、半ばウウェルド専用と化している気がする。
ウウェルドのおかげで、冒険者をしていた頃より忙しい。
「あの引きこもりに喝を入れるなんて至難の技だぜ、ウウェルド?」
「いつものことだろう?」
今回の報酬分と、次回と次々回分の支度金でパンパンに膨れている三つの小袋をエゼリゲルドに握らせ、有無を言わせない笑みを浮かべた。
「はぁ。しゃーねーな。分かったよ。次回はともかく、あの引きこもりをどうにかした時には報酬弾んでくれよ?」
「あぁ。その時は金貨とまでは言わないが、今回同様小銀貨で払ってやる。あいつを引っ張り出せたら、小銀貨ではなく、大銀貨で支払っても構わん」
「それでも割に合わないような気がするんだがな?」
「小銀貨は嫌いか? 奇特な男だ。ならば報酬は同じ数の大銅貨で手を打っても構わんぞ?」
意地の悪い笑みを浮かべ、冗談めかして言っているが、ウウェルドのことだ。本気で減額しかねない。
エゼリゲルドもそれを感じ取ったのだろう。観念したように両手を挙げ、小銀貨で手を打った。
鉄貨、小銅貨、大銅貨、小銀貨、大銀貨、金貨、白銀貨、王金貨。
一般的な平民が手に出来るのは、鉄貨から大銅貨まで。小銀貨も手にすることは出来るが、その数は半数かそれ以下だろう。一ヶ月生活するのに、大銅貨が五枚もあれば事足りるから、滅多なことでもない限り、小銀貨を使うような場面はまずない。一生に一度、あるかどうかだろう。
それ以上の硬貨は豪商や貴族、上級の冒険者でないとまずお目にかかれない。
王金貨に至っては、貴族でもそうそうお目にかかれない代物だそうだ。
そう言う点で見れば、今回の報酬である小銀貨三枚はかなりの額だ。
経費で幾分か目減りはするが、それでも大銅貨十枚は確実に各自の手元に残る。いくらある程度情報を掴まれていた間抜けとは言え、中級の騎士が複数、更には初級とは言え魔法使いが護衛に付いている貴族の捕縛依頼だ。今回は予定通りいけたとは言え、危険も決して少なくはなかった。
これくらいはあってしかるべきか。
まぁ、私は名無しの彼を所有登録をする上、三日分の薬代もあるから大銅貨六枚くらいになるだろうか。
それでも、仕事の報酬としては悪くない。
「それじゃあ、私はこの辺でお暇させてもらうよ。私は早くて明日、遅くとも四日後まではいつも通り軍の宿舎にいる。何かあればグレゴールを通して伝えてくれ。それ以降はいつも通りに。暇があればまた手紙でも出すよ」
「手紙もいいが、休みをくれた方が有難いんだがな?」
「はは。勤労は美徳だぞ? まぁ、どの道しばらくはこちらからの依頼はないだろうよ。まぁ、あの引きこもりをどうにかした後くらいなら、また依頼を入れるかもな」
「有難いお言葉だ。精々あの引きこもりの所で優雅に過ごすことにするよ」
そんな言葉の応酬をエゼリゲルドと交わし、ウウェルドは部下を連れて颯爽とこの家を後にした。相も変わらず、無駄な長居をしない女だ。
「さて、それじゃあ先に今回の分の報酬渡しておくぜ? 後はいつも通り、次回への依頼のための下準備だ。
あ、ウーリー。ジーダに買い物の荷物全部渡してねーだろ。残りをとっとと渡してくれ。作業がすすまねぇ」
手早く各自に差額を差し引いた報酬を渡しながら、エゼリゲルドが催促する。
あら? 私、全部ジーダに渡したと思ったのだけど? 思い違いだったかしら?
確認のために、ポケットに手を入れて買い出しのメモを見る。
「あ」
ウウェルドと合流した後、そのまま残りの分を買い足すのを忘れていた。
「ウーリー。おい。まさかとは思うけど…」
「悪いわね、エゼリゲルド。買い忘れたわ」
エゼリゲルドが言い終える前に、正直に話す。変に誤魔化しても仕方ない。
「またかこのポンコツ! せっかく今日くらいは余裕があると思ったのに、クソが!
あるもんで間に合わすしかねーじゃねーか!」
エゼリゲルドが血相を変えて作業場に向かった。それにジーダも続く。
悪かったわよ。本気で反省はしているわ。
あっという間に視界から消えた背中にそう詫びる。
とりあえず、夕飯くらいは作っておきましょう。栄養バランスの良い、リルケのスープも沢山作っておきましょう。
そうすれば、少しくらいは詫びになるわよね?




