12 目覚めと選択肢
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読んでくださった皆様、ありがとうございます。
目が醒めると、見知らぬ天井と、見知らぬ人物がいた。
いや、違った。見知らぬ人物かと思った人物は、あの馬車に居合わせた乗客の一人で、忌々しい閃光弾を放った張本人だ。
ボサボサだったくすんだ金髪は一応ではあるものの、ちゃんと整えられ、本を読んでいるせいか、表情も軽薄さはなく、至極真面目そうな面構えをしていたからすぐには分からなかった。別人かと思ったが、よくよく見れば彫りの深い顔立ちや、灰色の瞳にややたれ目がかった目元などと言った特徴が一致しているので、あの時のくすんだ金髪だと判別出来た。
くすんだ金髪は、目覚め、身じろぎをした俺に気付いたらしく、さっきまでの真面目そうな表情から一変して、馬車で見せたような軽薄そうな笑みを浮かべる。
「よう、傷の兄ちゃん。よく眠れたかい?」
俺の返事を聞く前に、額に手を当て、熱を測られる。商人と自称していたが、商人ではこんなタコやマメでゴツゴツした手にはならない。農民や職人でもこれに近い手にはなるが、それにしてはこいつの雰囲気とそぐわない。なにかしら、荒事でもこなすような職にでもついているのだろう。冒険者だろうか?
とりあえず、こっちはまだ死にかけた時の名残か、まだダルさと熱っぽさが残っており、なすがままだ。これじゃあ、逃げることも難しいな。「薄翅」はベッドの側に立てかけてあるが、俺が仕込んでおいた暗器の類は一切見当たらない。しかも、いつの間にか着替えさせられており、視界に入った腕には清潔そうな包帯が巻かれているのが見えた。
こいつが処置を施したのだろうか? 冒険者でもそう言う世話焼きな者もいないことはないが、あくまで同じ冒険者に限った場合が殆どだ。
「熱はまだ下がりきってないな。まぁ、この三日間あんだけ熱を出していたんだ。そう簡単には下がらなくても、おかしくはないか」
俺の疑問を余所に、そう一人納得するように呟くくすんだ金髪 。どうやら俺は、メンテの間、こいつらに看病されていたらしい。しかも三日間も。普通身知らずの人間、まして奴隷だと分かっている人物にそこまでしない。こいつら、ジル達に危害を加えたことと言い、目的が全く分からん。
そんなことをボーッとする頭で考えていると、控えめなノックの音が聞こえ、「入っても良いですか?」とこれまた控えめな声がかけられた。まぁ、俺ではなくくすんだ金髪に、だが。
「おう、入んな。丁度傷の兄ちゃんも目を覚ましたとこだ」
「本当ですか?」
くすんだ金髪がそう言って入室させれば、これまた馬車に乗り合わせていた、白と黒のストライプ柄の髪をした小柄な青年が嬉しそうにこちらへ歩み寄って来た。
「お加減はどうですか? って、あぁ、すみません…」
質問した後に、急に言葉の勢いが失せていった。恐らく、馬車でのジル達とのやりとりで、俺が口をきけないことを思い出したのだろう。申し訳なさげに目を伏せられた。俺はもう、これで何十回と転生してきたから、もう気にする域ではないのだが、設定などもあってそうそう伝えられないのがもどかしい。
とりあえず、大丈夫、の意味を込めて一つ頷く。何もしないよりかはマシだろう。
案の定、小柄な青年はホッとしたような嬉しげな表情を見せる。それを見て、くすんだ金髪も微笑ましいものを見るかのような表情で俺と小柄な青年の僅かなやりとりを見ていた。
「ところで、ジーダ。ウーリーの奴はどうした? 一緒に来るんじゃなかったのか?」
軽薄そうな表情に戻って問いかける。小柄な青年の名はジーダと言うらしい。偽名の可能性もあるが。ジーダと呼ばれた青年は、部屋の隅に置かれたチェストの所へ移動し、買い物袋の中身を片付けながら答えた。
「途中まで一緒だったんですけど、ウウェルドさんが来たとの知らせがあったので、別れました。あ、買い物が僕がちゃんと済ましてありますから大丈夫ですよ。
すぐにウーリーさんはウウェルドさんの所へ向かったので、もうすぐ到着するとは思いますけど」
その言葉を言い終わらない内に、ドアをノックする音が聞こえた。
「入るわよ」
「お、噂をすれば。早いな」
「開いてますからどうぞ」
女性の声に、二人がそれぞれ言葉を返す。それを聞き届けてから、やはり、あの時の馬車に乗り合わせていた赤髪の女が「ただいま」の一言と共に入って来た。それと、褐色の肌をしたもう一人の女も。この女はあの時馬車にはいなかった筈だ。
「ウウェルド。久しぶりだな。こうして直に顔を合わすのはいつ振りになる?」
くすんだ金髪が入ってきた褐色の肌の女を見て告げた。珍しい、と言わんばかりの表情で。ウウェルドと呼ばれた褐色の肌の女も、そのことを肯定するかのように頷きながら言葉を続ける。
「移動までの時間が空いていたものでな。ここで時間を潰す手段もそうそうないから、時間まで邪魔するよ。
直接顔を合わすのは、前々回の仕事以来だな。見た感じ、変わらずに元気そうで安心したよ」
「お陰様でな。仕事の方も上々だ」
そう言って笑うくすんだ金髪の言葉に、ウウェルドもニヤリとした表情で笑う。どちらも一癖ありそうだ。
「で、彼が件の青年か?」
そう言って、ウウェルドは俺を見据える。この女、部屋に入った時から俺のことを観察していたな。ただでさえくすんだ金髪達の目的も分からないと言うのに。
「あぁ。さっき目覚めたばっかだ。あんたも居ることだし、丁度良い。
おい、ジーダ、ウーリー。こっち来い。ささっとやっちまうぞ」
その言葉に、片付けをしていた二人がこちらに戻ってくる。一体何をする気だ? ジーダの表情から、あまり良いことではないのは明白だ。
そんな俺の視線に気付いたのか、くすんだ金髪が意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「なに、心配するな。ちょいと兄ちゃんの身元を調べるだけだ」
その言葉を告げられた時には、ウーリーによって上半身を起こされ、そのまま体を拘束されていた。手早いことだ。しかも、傷にあまり触らないよう配慮されている。ジル達とは大違いだ。それでも、この状況はあまり芳しくはないが。俺は不審と若干の敵対の感情を混ぜた表情を周囲の者に向ける。
「大人しくしなさい。すぐに終わるから」
ウーリーが拘束する力を微妙に強めながら、ボソリと呟く。ここで抵抗しようものなら、確実に拘束された腕はしばらく使えなくされそうだ。仕方ない。ここは大人しくしていよう。
そんな俺の態度を見て、ウウェルドは懸命だな、と告げてから椅子に腰掛けた。
「ジーダ」
短く、しかしはっきりとした口調でウウェルドは命じる様に名を呼んだ。ジーダもそれに応え、魔術を展開し始める。恐らく、これが希露姫が言っていた対象の記憶を読み取る魔法なのだろう。さて、希露姫謹製の偽記憶。うまくこいつらに読み取れれば良いのだが。
俺がそんな心配をしているとはツユほどにも思っていないジーダが、魔法を完全に展開した。周囲には唱えた呪文が形を成し、俺の周囲に模様を作りながら漂う。
「『開け』」
普通の言葉とはどこか違う響きを持ったこの言葉が紡がれた刹那、不意に脱力していく感覚が全身に広がる。それから、俺の周囲を漂っていた文字が光り出し、俺の偽記憶を映し出した。おぉ、こうして実際に見るとスゲェな。俺の偽記憶がもの凄い勢いで読み取られ、俺を含む周囲の者達に映像となって送られていく。アレだな。攻●機動隊みたいに、電脳で直接データを見ているような感じだ。無駄に未来感溢れる魔法だな。
それにしても、希露姫のところでも一度見たが、あの時は矛盾がないかのチェックをするだけだったから、流れを見ても、内容そのものに関心を払っていなかった。でも、こうやって改めて見せられると、余裕があるせいか内容や登場人物に目が行く。
この内容だと、俺の設定は、壊れることが役目であるみたいだ。戦闘ばかりの日常であるが、傭兵とも兵隊とも明らかに違う。命令されて戦うことには違いはないが、意義が違うな。傭兵も兵隊も、一定基準にまで達した者を求め、そのために死傷者も出すが、使い潰すことを良しとしない。だけど、剣奴は使い潰すことなんてザラだ。むしろ、そのためにあるのだろう。同期っぽいポンジョンにいる仲間が次々に死んでいく。訓練なんて殆どなく、あるのは実戦のみ。その実戦も、試し切りの材料、とでも言えば良いのか。剣奴が強ければ強いほど、剣奴を壊したものの価値になる、みたいな感じ。
そんな中で、俺自体が生きていることに意味はない。まさに道具。消耗品。意識改革以前の、懐古主義の奴ら等に辛酸の限りを味あわされた懐かしい悪夢が蘇るわ。この内容の一部って、希露姫に話したことがあったかもしれない。
とりあえず、一応俺の記憶だし、何人かは覚えておいた方がいいか。自分から話すことはないだろうが、この後尋問でもされて、ボロを出すわけにもいかないし、何人かは頭に入れておこう。
『いや、わざわざそんなことをせんでもちゃんとお前の記憶として機能するから安心せい』
け、希露姫⁉ なんで声が聞こえるんだ⁉ 確か、交信出来るのは夢を通してじゃ⁉
いきなりの希露姫の登場(音声だけだが)にテンパる俺に、希露姫は動じることなく話しを続ける。
『これしきのことで一々驚くでない。これはテスト通信じゃ。それに、儂の偽記憶が機能しとるかの確認もかねておるからの。管理者からも「そういうことなら」と通信の許可をもらっておる。
しばらくの間は通信具合のテストもかねて、出来得る限り交信することにした。今日の夜も出来れば通信をするつもりじゃ。まぁ、お前の意識のある時に限るし、不具合もあるから出来るかは分からんがの。
あと、言っておくがこの会話はお前の周囲の人間には聞こえん。お前の声も、周囲の人間には聞こえん。念話みたいな状態だと思え』
なるほど。それならまだ安心だ。今の会話が聞こえてるんじゃないかと思って、無駄に挙動不審な動きをするところだった。
『記憶として機能するってどういうことですか? 思い返す度に反動があるものでしたら、かなり命の危機に瀕するのですが』
誰にも聞かれないのなら、思う存分に疑問などを聞いておこう。神様の御業はダイレクトに命に関わるから。
『いや、そう言う類いのものではない。言ったじゃろ? これは仕込むものじゃと。前回の魔素に対する耐性を持たせるために行なったのは改造じゃったが、今回はただの仕込みに過ぎぬ。まぁ、お前ら人間からすればその差異は理解出来んのじゃろうが。
それに、その改造も今回のメンテで調整されておるし、もしかしたら声を出しても爆死しない可能性もあるらしいぞ。まぁ、その切り落とした声帯や魔素の取り入れを調整して治せる奴がいれば、の話じゃがな。
とりあえず、偽記憶はお前の今世の記憶として機能する。じゃから一々考えたり覚えたりせずとも、記憶として自然に頭に浮かぶ仕様じゃ。
さて、偽記憶の確認も出来たことじゃし、切るぞ』
まだ聞きたいことはあったが、仕方ない。とりあえず、命の危機に瀕するものではないことが分かっただけ良しとしよう。偽記憶もちゃんと内容を見れたことだし。今晩もうまくいけば交信するとも言っていたし。
それよりも、この状況をどうにかしないと。
こいつらの目的も依然分からないままだし。俺、これからどうなるんだろう。こいつらの様子からは未だに判断つかないしな。ジーダは感情は表に出すけど、目的に関することは一切臭わせないし。意外とやり手なのか?
そんな場違いの感想を抱いていると、読み取りは終わったらしく、脱力していた感覚が消えた。代わりに、もの凄い疲労がどっと押し寄せてきた。うお、こっちの方が地味に辛い。
「なるほど。これなら問題ないな。エゼリゲルド、後はお前の好きにしろ」
そう言って、ウウェルドはくすんだ金髪の方に視線を送る。
「了解。つーわけで、ウーリー。後は任せた」
「この魔法、どうも俺には合わねーわ。頭がクラクラする」と言ってこめかみの辺りを抑えるエゼリゲルド。それを見てジーダが謝りつつタオルを冷やして手渡す。他の者は特に副作用などの反動を受けた様子が見られない。どうやら、反動を受ける者と、そうでない者がいる様だ。きっとエゼリゲルドは3D映画とかで酔うタイプなのだろう。
「あなたには選択肢があるわ。一つ、自分が何故殺されるのかも分からないまま、ここで死ぬ道。苦しむ間もなく、終わらせてあげる。抵抗は一切させない」
首筋に当てられた短剣以上に、温度を感じさせない声音で言葉を紡ぐウーリー。彼女は本気だ。そして、この場にいる全員も。あの甘いジーダでさえ、そうだ。彼女の言葉通り、俺は一切の抵抗を許されることなく始末されるのだろう。
「もう一つは、私達と共にきて、生きる道。あなたが知らないこと、知りたいことを教えてあげる。もちろん、代償はつくわ。何を対価とするかは、こちら次第。
選択肢は二つに一つ。
死にたいのなら、ここで何もかもを終わらせてしまいたいのなら、両目を閉じて。祈る時間くらいならあげるわ。
生きたいのなら、血反吐を吐いて、泥水を啜ることになっても足掻くと言うのなら、そのまま両目を開けて。
どうしたい?」
おかしいな。選択肢は実質一つしかないように思えるのだが。
首筋に当てられた短剣の冷たさを感じながら、そんなことを呑気に思う。まぁ、元々こいつらに関わった時点で、選択肢なんてなかったのだろう。
「……」
俺は両目を開き、部屋にいる者達の一人一人の目を見た。勿論、後ろに控えるウーリーも例外ではない。
答え? そんなもの、この状況に陥る遥か以前から決まっている。
祟りから解放されたい。
それが望みだ。そのためには、何が何でも生きて、少しでも解放条件に着手しなければならない。生きる以外の選択肢など願い下げだ。
血反吐を吐く?
泥水を啜る?
そんなもの、とうに昔に何度も経験しましたとも。バッチこいです。出来ればそんな目に遭いたくはないけど。でも、許容範囲です。
「そう。それがあなたの答えなのね」
その言葉と共に、ウーリーは拘束を解き、短剣を仕舞った。それを見届けてから、エゼリゲルドが心底楽し気に笑い、ジーダはホッとしたような笑みを浮かべ、ウウェルドは静かに微笑む。
「歓迎するよ、五十六号、いや、名無し君」




