9 天界メンテと偽人生(キャラ設定)
サブタイトル「メンテとキャラ設定」が紛らわしかったので変えました。
「おぉ、早速来おったか」
いつもの如く、天界カフェの緑溢れる長閑な雰囲気の中で、甘味を食している希露姫。今回はずんだ餅だ。切りにくそうなのに、綺麗に切り分け、手や口元を汚すことなく優雅に口に運んでいる。
「あれ? 俺、いつの間に死んだんですか?」
おかしいな。
今回の転生では出鼻をいきなり挫かれたものの、死ぬようなヘマは冒していないと思うのだが。
あのくすんだ金髪が閃光弾(アーラン蜘蛛の繊毛入り。光と臭いも酷いが、繊毛が微毒を持っているため、皮膚などにつくと痒くなる)を炸裂させた後、何処かへ運び込まれたことは覚えている。目隠しをされたまま運ばれたから、何処に運ばれたのかまでは分からなかったけど。でも、運び込まれた後、そんな死ぬようなことがあったっけ?
これってあれかな? くすんだ金髪の仲間内で目撃者は一人残らず始末する、的な展開があって、運び込まれた先で記憶に残らない程の速さで瞬殺されたのだろうか? それだったらまだ納得出来る。口封じで殺されかけたり、死んだりしたことは多々あるし。
「安心せい。お前はまだ死んでおらぬ。高熱でうなされ、生死の境を彷徨っておるだけじゃ」
俺の疑問に希露姫は答えるが、益々疑問が深まる。
そもそも、熱を出していると言うことも腑に落ちない。記憶を思い返すが、体が怠くなったとか、そんな症状はなかった筈だ。
それに、ここは死なないと来れない場所の筈だ。なのに、何故生死の境を彷徨う程度でここにいるのだろうか? 長い祟られ人生で、生死の境を彷徨うなど、何千回とあったのに、今回を除いて来たことがない。
「あの、死んでないのに何で俺ここにいるんですか?」
アッツアツの番茶を啜りながら疑問を口にする。香りも良く、後味も良い。
「うむ。キルチアの管理神が新たなシステムを導入するらしくてのぅ。その間はお前のような異物は送り主の元へ返品されるのじゃ。送り主が返品範囲外にいたり、忘れ去ったりと、返品出来ない様な者達はこれを機に向こうで一括で処分してくれたらしい。うじゃうじゃいて邪魔じゃったらしいぞ。
勿論、システムの導入が終えればまたすぐに戻される。そんな時間のかかるものではないし、それまでにお前に偽の記憶もいれておかねばのぅ」
さらりととんでもないことを言ってくれる。あと、一括で処理された名前も知らないお仲間さん達に冥福を。
「何で偽の記憶なんて入れるんですか!? 要りませんよ!」
絶対碌なもんじゃないだろうし、何より入れられた後に襲ってくるであろう反動が怖い。魔素に適応するために受けた人体改造の苦痛に満ちた記憶はまだ残っているのだ。
「騒ぐでない。偽の記憶を入れると言っても、お前に直接影響を与えるものではない。キャラ作りの一環で、お前はこんな人生を送った、と言うことを他人に見せられる様に仕込んでおくだけじゃ」
そう言いながらいそいそと見覚えのあるノートを取り出す。
「ほれ、キャラ作りの続きじゃ」
ページをパラパラとめくりながら、お目当のページを開き俺にグイグイと押しつけてくる。希露姫の意外と達筆な字で『第七十六回転生設定』と書かれており、アミダやら何やら色々と駆使しながら決めた俺のキャラ設定が箇条書きで書かれている、見覚えしかない物。と言うか、このキャラ設定を決めてからまだ一週間と経ってないんだよな。最低でも三十年くらい経たないともう一度見ることはないと思っていたのに。
「いやいや、ちょっと待って下さい。キャラ作りを更に煮詰めるのは良いとして、なんで他人が俺の人生を見るんですか? と言うか、見るってどういうことですか?
偽の記憶なんてわざわざ仕込まなくとも、今まで通り、キャラ設定をそれっぽく話せばいいのでは?」
必要な処置なら仕方ないが、無いのなら是が非でも拒否したい。
「それがそうもいかなくなったのじゃよ。向こうでは新たな魔法が開発され、対象の記憶を読み取るものが確立されたらしいのじゃ。と言っても今回お前が転生した時点で大分普及しとったがのぅ。平民ならともかく、お前みたいな奴隷なら身元確認のために必ず読み取られるじゃろうて」
プライバシーもクソもないな。誰だ、そんな魔法開発したのは。
心の中で盛大に突っ込みつつ、希露姫の説明を聞く。
「本来なら、向こうの人間が勝手に開発した魔法程度でわざわざこちらがそれに合わせる道理はない。じゃが、これは向こうの管理神の意向でもあるんじゃよ。
キルチアは祟られた者を始め、加護持ちなど実に多くの転生者、異界の異物が送られてきておる。一国をなせるほどにな。じゃが、異物同士で交流し合って、キルチアに余計な影響を与えるわけにはいかぬから、異物同士の交流は出来ないように細工もされておる。お前も何回か他の異物と共に過ごした時期があったが、全く気づかなかったじゃろ?」
初耳だ。と言うかキルチアにどんだけ転生者送ってるんだよ、神様。暇なのか?
いや、暇だったな。娯楽だって言ってたもんな。
「そうですね。全然気づかなかったです」
素直な感想を述べれば、「儂も管理神からのメッセージがなければ気付かんかったくらいじゃ」と苦笑しながら答えた。
「まぁ、そんな風に神でさえ直ぐには判別出来ぬような精緻な調整をする奴が管理神なのじゃ。
一応我らも管理者には報告をしておるが、それだけではキルチア自体にかかる負荷が抑えられん様での。負担がかかったからと言ってキルチアが崩壊することはまずないが、メンテが面倒らしい。
そこでじゃ、異物達に偽りとは言え、キルチア世界に属している者としての記憶を入れておくことで、その負担を減らそうと言うことらしい。無いよりは有る方が負担が少ないから、キルチアに送り込む場合は必ず入れるように、とのことじゃ。
無論、これを拒む者や実現出来ない異物は随時処分されておる。
お前も拒むなら例外ではない」
平素と変わらない調子で、俺の死活問題を突きつけてくる。こんなの、答えは決まっている。拒めるわけがない。
どう足掻いても入れなければならない様だ。せめて、反動が少ないことを祈っておこう。
折角、祟り解放の目処が立ってきたのだ。裏技・抜道を駆使しているため、討伐対象の数は増えたりと色々あったが、後五十体くらい倒せば数は達成出来る域にまで来た。「薄翅」も達人クラスに近いレベルで使いこなせているはずだ。こんな状況で消滅はしたくない。ちゃんと永眠したいのだ。
「わかりました。偽の記憶、入れましょう」
渋々ではあるが、了承する。
出来ればまともな偽記憶(キャラ設定)になるよう祈って。




