1-8 知らされた真実
日が暮れる前、空が茜色に染まる頃リュネートが帰ってきた。
買い出しに行く時リュネートは、日本の国民的なマスコットのネズミが嫌いなあの猫型ロボットが持っているポケットと同じような機能のある鞄を持っていく。一見ただのトートバッグだが見た目の何倍もの収納力がある魔術具だ。
それでもそのバッグだけでは間に合わず、帰って来た時には両手に荷物を抱えていた。私は家の前でウロウロしながらリュネートの帰りを待っていたので、その影が見えると急いで駆け寄り彼女の荷物を半分持つ。
家に着くとリュネートはお土産だと言って一冊の絵本を出した。私が今まで読んでいた創世神話の絵本より少し分厚い。私は喜んでそれを受け取った。ぱらぱらと中を見てみたがまだスラスラと文を読み書きできない私でも頑張れば読むことができそうな易しめの絵本だった。この本は自力で頑張って読んでみようとそう思った。
「今日は一日留守番ありがとうございました。何か変わったことはありませんでしたか?」
私はそう聞かれたので迷うことなくアーサーという少年がやってきた事をありのままに伝えた。
「アーサー殿下がいらしたのですか…?!」
私の話を聞くといつも冷静沈着なリュネートが少し取り乱した様子で驚いていた。
「うん。リュネートには言うなって言われたの。留守だと知ってて来たみたいなことも言っていたけど…リュネートとアーサー様は知り合いなの?」
「…いいえ、直接お会いしたことはないはずです。私は何度かお見かけ申し上げていますけれど。」
その話をした後、リュネートは今日は疲れているからと言って晩御飯も食べずに自室に引っ込んでしまった。その表情は少し暗かった。私は仕方なく一人でお昼と同じメニューを食べる。私も昼間色々あって疲れていたので早く休むことにした。
アーサーの訪問は私の中では同じような毎日の中のちょっとした非日常に過ぎなかった。このときはまだ、それが大きな転換点であったということは気づいていなかった。
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翌朝朝食に起きてきたリュネートの表情はやはり深刻そうだった。何か彼女の中で重大な問題が起こっているのだろか、と心配になった。
「リュネート?どうしたの?食欲がない?」
「そういうわけではないのです。…リン食事が終わったら私の部屋に来てくれませんか?話があります。」
リュネートがあまりにも思いつめた様子だったため私は少し緊張して彼女の部屋に向かった。リュネートの部屋は変わらず雑然としていた。いつもは朝一番に開ける窓が開いておらず薄暗い。大きな机の前の椅子に彼女は座っていた。私は部屋に入るとリュネートが話し始めるのを黙って待った。
「リン、貴方は聡明な子供ですが、まだ六歳にもなっていません。そんな貴方にこんな話をするのは躊躇われますが…」
そう歯切れ悪くリュネートは話し始めた。
「私はこの国の王妃様に仕える魔術師なのです。王妃様のご命令で私は魔力の高い存在を探していました。五年と少し前、私は自分の召喚出来うる最高の存在を魔法によって召喚しました。それが貴方です。魔力の高い人間の子供はごく稀に生まれますが、高すぎる魔力は魂を蝕み死産になることが多いのです。貴方も例に漏れず、魂のない器だけの子供でした。しかしまだ辛うじて生きていました。私は貴方を七つになるまで魔法によって生かしておくようにと言われていました。」
そこに交通事故にあった私の、渡辺凛の魂が入り込んだというわけか。
「貴方は前触れもなくある日突然目覚めました。王妃様にもその事はご報告しています。私は最初のご命令通り貴方を七つになるまで面倒を見るつもりでした。それより先のことは考えていませんでした。」
リュネートはこの世界で自分の唯一の存在だ。慕っていた存在に事務的に接していたことを告げられ、私は胸が痛んだ。私がリュネートに対して抱いていた親愛は一方通行かと聞かされるととてもがっかりした。
「リン、目覚めた貴方はとても不思議な存在でした。生まれたばかりであるはずなのに自分で自分の名を名乗り、その目には知性が宿っていました。貴方と暮らすようになって私は初めて家族とはこういうものなのかもしれないと思いました。」
「リュネート…!」
落とされてから持ち上げられた私は舞い上がった。
「そして、七つになるまでに貴方を王妃様の手の届かないところにやろう、と考えるようになりました。
最近王妃様は大きな魔術を行うための準備を始めています。私は魔力の強いリンを召喚した件と王妃様が準備している魔術の件が無関係だとは思えないのです。貴方の魔力を何かに使うつもりなのでしょう。」
リュネートは買い出しの時に王宮に定期報告に行くらしい。そこで王妃の不穏な魔術を目にしたようだ。
そしてそれに加えて気になる噂を耳にした。王妃様が自分の息子である王子を王位に就かせるため、次期王太子となる第三王子をよく思っていないという話だった。
「この第三王子というのがアーサー殿下です。王妃様が第三王子のことについて何か思惑があることは私も感じていました。アーサー殿下がこのようなタイミングで私の庵を訪れたことは、少なからず第三王子を擁する派閥にも何か情報が伝わっているのではないかと思うのです。」
「つまりリュネートの話は、私にとって王妃様の存在は危険だということ?」
「王妃様だけではありません。第三王子の派閥からも貴方は排除される対象になるかもしれません。王妃が準備している魔術が第三王子を陥れる何かだったとすれば、それに関係している貴方は第三王子派から見れば消すべき存在なのです。」
アーサーの能天気な様子からはそんな深刻な事態は想像できなかったが、リュネートに対しては何か思うところがありそうな様子だったことを思い出した。
「本当は貴方が七歳になる前まで待つつもりでした。しかし、アーサー殿下がなんらかの情報を得ている可能性がある以上、そう悠長に構えている時間はないのです。私たちは王族からすれば掃いて捨てるような軽い存在です。後手に回ればあっという間に命を失います。」
リュネートがこんなにも長く私に語ったことは初めてだった。話が一区切りすると彼女は疲れたようなため息をついた。
そして私に、この住み慣れた家を離れよう、と言った。