1-6 留守番と秘密の特訓
結論から言うと土壁はあまり上手くならなかった。前世の私は東京生まれの東京育ち。しかもインドア派。コンクリートジャングルで生きてきた私は土との相性がどうも良くないようだ。氷結の魔法の方はブロック氷以外もできるようになってきたのだが。
私は土壁を諦めて『コンクリート壁』なる自作魔法をこっそり練習中だ。土壁の失敗作で出来てしまった灰色の壁である。
無愛想ながらも実は過保護なリュネートに自作の魔法なんてものを見せてしまったら危険だからといって練習禁止令が出てしまうかもしれないので、上手になってから披露するつもりでいる。
今日は数ヶ月に一度、リュネートが食料や日用品の買い出しに町に出かける日だ。私がこの世界で目覚めてから買い出しに出かけるのを見送ったのは五度目になる。店の並ぶ城下町までは歩いて三時間、途中から馬に乗って一時間かかるらしい。十分に動き回れる体力が付いてきた私は一度自分も買い出しについて行きたいと申し出たが、徒歩三時間という行程を聞いて断念した。帰り道リュネートにおんぶされてお荷物になる未来が見えたからだ。
買い出しに出かける日のリュネートの朝は早い。手早く朝食を食べ支度を済ましたリュネートに小さなバスケットを渡した。中には干し肉と野菜のサンドウィッチとレージェの生搾りジュースを入れてある。レージェのジュースは氷結魔法を応用して道中で温くならないように冷やしておいた。
「お昼に食べてね。」
「わざわざありがとうございます。暗くなるまでには戻ります。くれぐれも私のいない時にコンロを勝手に使わないようにしてくださいね。それと、誰も来ないとは思いますが、もし誰か訪ねてきても居留守を使うように。」
「わかった。リュネートも気をつけてね。早く帰ってきてね。」
私はリュネートを見送った後、二度寝をしようか少し迷ったが思い直して早朝の散歩に出かけることにした。朝の清々しい森の空気を吸って私は爽やかな気分になった。
散歩から戻ると自作魔法の練習をすることにした。リュネートのいない間にやっておかなければいけない。小さなコンクリート壁は習得済なので今日は大きな、ドアの大きさくらいの壁を作りたいと考えていた。
私は早速、作りたい大きさを思い浮かべ魔力を集めた。
『コンクリート壁』
そう唱えると灰色の頑丈そうなコンクリートの壁が私の目の前に現れた。
「おおおおお!」
成功だ。コンクリートは土より丈夫だろうしこれはなかなかいい感じの魔法なんじゃないだろうか。どれくらいの期間この形を保てるのだろう。
土壁は防御、氷結は攻撃に適しているというリュネートの説明を思い出して、私は氷結をコンクリート壁にぶつけてみる練習をしてみようと思いついた。
『氷結』
手のひらサイズくらいの大きさの鋭い氷をいくつか作りそれを勢いよく壁にぶつけてみた。壁にぶつかった氷は勢いよくあちらこちらに跳ね返った。
「わわっ」
鋭い氷がこちらにも飛んできたので私は慌てて避ける。危ないところだった。
―ガサッ…
氷の一部が飛んでいった草むらの方から何かが動くような音がした。
もしかして動物でもいて当たってしまったのだろうか。私は慌てて音がした方に向かった。
この辺りには大きな危険な動物はいないらしいが、野鳥や兎を少し大きくしたラビという名前の生き物がいるのだ。散歩のときにたまに見かけたことがある。とても愛らしいが臆病で足が速いので遠目でしか見たことがない。可愛らしいラビだが好物は芋虫という情報をリュネートから聞きとてもがっかりした覚えがある。
「おーい…ラビ?ラビちゃーん?」
私は音のした草むらを探してみたが何も見当たらなかった。
ちょっとホッとして、私は練習をそこで切り上げようと踵を返した。
先ほどの攻撃はなかなか様になっていたと思うのだが、私は戦いに向かないなと思った。
ふと視線を感じた気がして、私は辺りを見回した。
誰もいない。
私は少し怖くなって走って家に戻った。
家に入ると玄関のドアの鍵をしっかり閉めた。
気を取り直して、お昼にはまだ早いので私はキッチンで文字の勉強をすることにした。リュネートにもらった絵本の文を書写する。最近は文字もなかなかうまくなってきた気がする。
字の練習をしていると、やはりまた見られているような気がした。
キッチンには窓が一つある。窓にはガラスなどはなく昼は開けっ放しで、夜になると木戸を閉めるのだ。私は窓から外を覗き様子をうかがった。
やはり異変は見つけられない。
それでも私は気味が悪いのでキッチンの窓の木戸を閉めることにした。そして自分の寝室の木戸も念の為に閉めに行く。窓を閉めてしまうと、家の中は昼間なのに薄暗かった。台風の時、雨戸を閉めたときこんな感じだったなとふと前世を思い出した。
ガタンッ!
リュネート部屋から物音が聞こえて私は大きく肩を震わせた。
―やっぱり!絶対何かいる!
私は箒を武器に持ちリュネートの部屋に様子をうかがいに行った。恐る恐るドアを開ける。辺りを見回しながら部屋に足を踏み入れたとき、ひやりとした感触が首に当たった。
「動くな」
私は息を飲んで固まった。