1-5 魔術の勉強
その日は昼食の後にリュネートが私の魔術の練習成果を見たいというので、二人で家の外に出た。
「では、私が作る大きさと同じ水球を作ってください。」
そう言うとリュネートは最初は手のひらくらい、次にサッカーボールくらいの大きさの水球を作った。私は正確にその大きさを真似して水球を作る。水球の大きさはだんだん大きくなり1mほどの大きさになった。私は自分より大きな水球を頭上に作る。
「魔力量のコントロールは得意なようですね。とても正確です。」
リュネートに褒められたので私は少し得意になって、最近練習し始めた魔術をちょっと見せてみようという気になった。
「リュネート、見ていて。こんなこともできるようになったのよ。」
私は作り出した水球を氷に変えた。温度を下げて凝固させるイメージだ。
冷蔵庫で作るようなブロック型の氷がいくつもコロコロと出来上がった。
「リン…それは『氷結』という別の魔法です。」
リュネートが『氷結』と言うと大きな鋭い氷が現れた。
「氷結は水球より高度な魔法です。攻撃性も高く戦いなどにも非常に有効です。」
私はリュネートの真似をして大きな氷を作ろうと魔力を集めた。同じように『氷結』と唱えたがたくさんの小さな氷がコロコロと転げ落ちてきた。
「…あれ???」
もう一度、今度はリュネートの半分の大きさの氷を作ろうとしたがやはり、ブロック型のジュースに入れるような氷がたくさん出現した。
「どうやらイメージがうまく出来ていないようですね。氷を作り出すことは出来ているのですから大きさや形は練習を重ねれば操れるようになるでしょう。」
どうやらブロック氷が私には馴染みがありすぎるのが問題なようだ。22年現代日本で平和に生きた記憶は伊達じゃない。
「水の初歩の魔法の水球はできているようなので、次は土属性の簡単な魔法を教えましょう。」
「おお!おねがいします!」
「魔法には水火土風そして光闇の6つの属性があります。その中でも水と土は比較的に扱いやすいと捉えられています。今から教えるのは土の初歩魔法、土壁です。手本を見せますのでよく見ておいてください。」
『土壁 』
リュネートがそう唱えると、目の前に大人の身長より高いぐらいの茶色い土で出来た壁ができた。私は初めて見る新しい魔法に思わず手をぱちぱちと叩いた。
「土壁は主に防御に用いられます。」
「たてものを作るのには使わないんですか?」
「土壁は…というか魔法で作ったものは長年月その耐久性を維持ができないので建物のようなものに応用するには不向きです。」
魔法は自然界を構成している力を魔力をエネルギーとして再構成しているものらしい。自然を構成する力、とはおそらく私の知っている元素に近いような感じだ。再構成したものは魔力の発動中は魔力の量によって強固な物質が構成されるが、一度術者の手を離れてしまうと、魔術を使わずに作った物より時間が経つにつれもろくなってしまうらしい。術者の力量によってその耐久年数は変わるようだが。
「では、リン、やってみてください」
私は土壁を思い描きながら『土壁』と唱えた。すると、想像していたよりも随分小さい膝の高さまでくらいの灰色の壁が地面から生えてきた。なんか違う。
「しっぱい…?」
「氷結よりは簡単な魔法のはずですが…」
私は自分が作り出した灰色の壁をまじまじと観察した。この材質はよく知っている。土ではない。コンクリートだ。確かに壁といえば土よりコンクリートの方が馴染みがある。
「リンは詠唱短縮で魔法が使えるようだったので教えていませんでしたが、正確な魔法呪文詠唱をやってみましょうか。」
「じゅもんえいしょう?」
「魔法を使うための文言です。一般的には魔法を使うときは呪文詠唱をきちんとやる人の方が多いですね。詠唱短縮をすると消費魔力が少し増えるため、魔力量が多くない者は行いません。呪文詠唱をしたほうが魔法も成功しやすいでしょう。」
「そうなんだ。」
「では、土壁の呪文を言いますからよく聞いて覚えて復唱してください。いいですか。『大地の守りの力を我に。土壁』です」
リュネートがお手本として呪文を詠唱すると先ほどと同じように土壁が現れた。
私は体内の魔力を意識して、間違えないように慎重に呪文を詠唱した。
『大地の守りの力を我に。土壁』
「…………」
「…………うーん。リンは土属性が苦手なのでしょうか…」
できたのは想像してたものより小さい膝の高さまでの土壁だった。しかも、魔力を流すのをやめたとたん形が崩れてしまった。
「今日はここまでにしましょう。しばらく土壁を練習してみてください。」
「……はい。」
しょんぼりしている私にリュネートははちみつたっぷりのフレンチトーストのような物を振舞ってくれた。はちみつはきっと高価なのだろう。リュネートが大事に少しずつ使っていることを私は知っている。
「リュネートはなんで私に魔法をおしえてくれるの?」
私は少し疑問に思っていた事を聞いてみた。
「魔法を使えると生活に困ることがあまりないからです。」
「どういうこと?」
「魔術具は皆扱うことができますが、魔術具を使わずに、それも有効なレベルの魔法を扱う事が出来る人間はごく少数なのです。そのため魔法を使えると国の要職につける事もありますし、そういったものが面倒でも貴族の家庭教師や用心棒、治癒師などが出来るのでお金に困らないんです。リンが独り立ちする日が来たら、貴方のその魔力はきっと貴方を大いに助けてくれますよ。」
「なるほど。」
魔法使いはどうやら儲かるらしい。目が覚めてからまだ数ヶ月の私が独り立ちする未来はまだ先だと思うのだが、私は俄然やる気が湧いてきた。
リュネートが質素ながらも生活に困る様子がないのも十分な蓄えがあるからだろう。悠々自適な隠居生活というやつだろうか。羨ましい。
「私もリュネートのようなりっぱな魔法使いになるためにがんばります!」
リュネートはちょっとツンっとした感じで「そうですか、頑張ってください」と言った。私はわかってるぞ。これは照れている顔だ。