1-3 魔力のコントロール
魔力のコントロールは私の部屋で教えてくれるということになった。
私が使わせてもらっている部屋はベッドと小さい椅子と衣類を入れるかごしかないので、リュネートの本がたくさんある部屋より魔力の練習に適しているだろうという判断だった。室内で大丈夫かと気になったが、魔術具を使うための魔力は少量のため問題ないとリュネートが言っていた。
「魔力は多い少ないの個人差はありますが、すべての生き物が持って生まれてくる力です。普段は魔力は体を巡り、一部は体外に自然と放出されています。その魔力を意図的に集めて行使することが魔術の根本です。魔術を使うにはたくさんの魔力と鍛錬が必要ですが、魔術具は少量の魔力で扱えるため、誰でも利用することができます。
では、最初に自分の体を巡る魔力に意識を向けてみましょう。」
私はそう言われたので目を閉じて自分の体を巡っているという魔力に意識を向けた。体を巡る血液をイメージした。にわかに、体の内側少しの熱を感じた。熱というのは私の感覚であって、体の中の魔力が温度を持っているわけではないということはなんとなくわかった。
「どうですか?わかりますか?」
「うん。」
「よろしい。では、その魔力を指先に集めてみてください。」
私は体の内側の熱を指に集めるようにイメージした。
「水鏡にその手で触れてみてください。慣れれば触れなくても手をかざせば使えるようになりますが最初は触れて魔力を伝えるといいでしょう。」
私は言われた通りに水鏡の淵にそっと触れた。触れるとさっと水が張り、鏡が私の顔を写した。リュネートの言うように少量の魔力のせいか、力を使ったという気が全くしない。ちょっと拍子抜けしてしまった。
「……これでおわり?」
「はい。終わりです。普通は自分の中の魔力に意識を向けるところで時間がかかるのですが、リンはなかなか優秀なようですね。魔術の素質があるのかもしれません」
「ほんとう?じゃあ次はコンロを使ってみてもいい?」
「……コンロはもう少し後です。次はこの部屋のランプをつけてみましょう。意識をそちらに向けて『 灯火』と唱えてください。」
私は部屋にあるランプの一つに意識を向けて唱えた。
『 灯火』
毎晩リュネートがするのと同じようにランプに明かりが灯った。電球の光に似ている。
「よくできました。魔術具には魔力を直接伝えて使うものと、決まった呪文で使うものがあります。」
「どういうつくりになっているの?」
「魔術具はそれ自体に魔法陣が組み込まれています。それに魔力を流すことによって術が発動します。呪文で使う魔術具にはそれに加えて音の術式も組み込まれているのです。」
よくわからないけど、音声認識のようなものかな。
「予定よりかなり早く終わってしまいましたね…リン、何か他に質問はありませんか?」
「はいはーい!いつもリュネートが洗い物とかのときにつかっている水の魔法はどうやるの?」
「やってみますか?リンは覚えが良いようなので出来るかもしれません。」
「やりたいです!」
「部屋が濡れるといけませんから外でやってみましょうか。」
私はリュネートについて外に出た。魔術具に魔力を込めるだけではいまいち魔法を使った気にはなれなかったので、今から教えててもらえる水の魔法には期待が膨らむ。
「先ほどの魔術具を使った時と同じように魔力を手に集めます。この集めた魔力の量によって使える魔術の大きさが決まります。水の大きさをイメージして…そうですね、最初は小さめで練習するのがいいでしょう。そして『水球』と唱えます。」
リュネートがお手本に直径三〇センチ程の水球を作って見せてくれた。
次は私の番だ。
魔力の流れを手に集めて…水をイメージ…三〇センチくらい……私は片手の手のひらを前にかざした。
『水球』
そう私が唱えると手のひらに集めた魔力を吸い上げられるような感覚がして、想像したものと同様の水球が浮かび上がった。
「リュネート、みて!できた!」
「さすが…ですね……」
「?」
「あ、いいえ。本当によく出来ました。初めてでこれだけ出来れば上出来です。しばらくは体の中の魔力の流れに意識を向け、魔力を集める練習をするといいでしょう。」
「水球は?洗うときつかってもいい?」
「そうですね、危険の少ない魔法ですしいいでしょう。あまり大きな物をイメージしてはいけませんよ。」
「はい!」
魔力コントロールの練習を終え、お茶をすることになった。リュネートには三時のおやつなんていう習慣はないのでこちらに来て初めてのティータイムだ。リュネートはキッチンに行くと手早く何かを作り始めた。出されたのは素朴なパンケーキだ。朝作った手作りバターとはちみつがかかっている。
「わあ!すごい!おいしそう!」
こちらの世界で目覚めて初の甘味!感激だ。
「どうぞ。召し上がれ。魔力を使うと疲れるので甘いものがいいと言われています。」
「いただきます!」
私はパンケーキを一口頬張った。甘さ控えめで優しい味がした。夢中で気づかなかったが、パンケーキは私の分だけでリュネートは飲み物だけ口にしていた。
「リュネート、はい。」
私はパンケーキを半分切り分けて差し出した。
「私は疲れていないのでいいのです。」
「私もつかれていないよ。二人でたべるほうがおいしいよ。」
そう言うとリュネートはそうですね、と珍しく微笑んだ。二人で食べたパンケーキは大変美味しかった。
「本当に疲れていないのですか?」
「うん。」
「リンは魔力量が多いようですね…」
リュネートは感心した顔でそう言っていたが、疲れていなくても今日は晩御飯を食べたら早く寝るようにと言われた。毎日の体力作りのための家の周りの散歩も今日は禁止された。
リュネートは過保護な気がする。
----------
日が暮れるとリンは早々にベッドに追い立てられた。
まだ眠くはないので今日の魔術コントロールの練習のことを思い出していた。
リンが感じたのは魔術と化学が似ているのではないかということだ。
魔術具に魔力を込めて道具を動かすことは、どこか電気機器に似ていると感じた。魔力が電流のような役割なのではないだろうか、と思った。
水球を作る魔法に関しても、何もないところから水球を作り出したというのはどうも現代日本の記憶があると納得できない。だが、空気中の酸素と水素が魔力のエネルギーによって化合したと考えることができるのではないか…とそう考えた。考えるだけで根拠はないのだが。
魔術の原理がどうなっているかはともかく、魔術はイメージが大事らしいので化学の知識は魔術を使う上で大いに役に立ちそうだと思った。
言葉、今いるこの国のこと、そして魔術…リュネートにこの数ヶ月で教えてもらったことはたくさんある。
しかし、気になるけれど聞かなかったことも一つだけある。
それは自分の出生について、自分の親のことだ。
リュネートはこの世界で出会った唯一の人だ。無愛想ながらも何も知らない私のことを献身的に面倒を見てくれている。私はリュネートに母親を慕うのと似た感情を持っていた。安易に自分の出生のことを聞いて今の関係を崩すのは躊躇われた。それくらいリンはここ数ヶ月の生活に満足していた。食事は味気ないけどそれはこれから改善していくのだ。
リンはもっとたくさんの事をリュネートから学びたい、そう思っていた。