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62話 デリオン劫略

 その夜、王都警備隊仮設本部は大混乱に陥った。


「オートン南地区隊より本部へ、至急増援頼む!数百名の獣人どもに完全に包囲されている!」

「本部よりオートン南地区隊。現在王都各方面で襲撃が相次いでいる!悪いがそちらに人手は割けない!」

「……マイロン街分遣隊、応答せよ!マイロン街分遣隊、応答せよ!」

「本部、こちらデリオン港湾地区。約五十名の獣人どもが食糧倉庫に放火しています!」

「こちらオートン南地区。了解した……。これより生存者全員で突撃を敢行。血路を開く」

「本部よりオートン南地区隊へ。ご武運を」

「くそっ!奴らうじゃうじゃ湧いてきやがる!いったい何匹いるんだ!クソッたれが!」

「……浮揚艇部隊より本部へ、現在マイロン街上空。街中にやつらがひしめいている。マイロン街分遣隊の生存は絶望的と考える。市内での中級破壊魔法および重火器使用の許可を求める!どうぞ!」

「こちら本部、中級破壊魔法および重火器の使用を許可する。奴らを皆殺しにしろ!」

「了解した。ただちに掃討を開始する!」



 王都警備隊に第一の通報が寄せられたのは午後六時頃だった。それ以降、夜が更けるにつれて獣人の襲撃は増加の一途を辿った。各地から続々と伝えられる被害状況は深刻なものだった。

 しかし、これほど大量の獣人が一体どこに潜んでいたのだろう。警備隊員たちは対応に追われつつ疑問に思った。

 

 かつて、デリオンの地下には地下鉄が走っていた。しかし浮揚魔術の普及により浮揚艇や飛行車が主な交通手段となると、地下鉄は放棄され、地下迷宮のごときその跡地は、地上から追い出されたアウトサイダーたちの格好の住処と化した。獣人、捨てられた媚獣たちは、地下鉄跡の闇の中で繁殖を繰り返し、著しく増殖した。その数はデリオン政府の推定値を大きく上回り、三万五千匹以上にも達していた。そのすべてが都市上層部へと一気になだれ込んだのだ。



「ウォウゥウゥ~~~」

 長く尾を引く不気味な吠え声を発しながら、醜い獣人どもは街の人々に襲いかかった。集団で通行人たちを取り囲むと、鉤爪と鋭い牙で八つ裂きにした。店舗はことごとく略奪され商品は道路にぶちまけられた。人々は悲鳴をあげて逃げ惑った。



 族長ヴァルゴに率いられた獣人族本隊はデリオンメガモノリスを蹂躙し尽した。この部隊に所属しているのはヴァルゴの側近たちで、比較的知能が高い者が多い。彼らは族長の命令に従い、軍隊のように徹底的にシステマチックに破壊活動を行った。抵抗した者も、抵抗しなかった者も等しく皆殺しにされた。殺戮と強奪を心ゆくまで繰り広げた後、獣人どもは油をまき、建物に火を放った。巨大複合商業施設は猛火に包まれた。


 マイロン街および娼館通りは別働隊の獣人族により破壊された。

 マイロン街事件から立ち直りつつあったその地区に、突如大量の獣人族が黒い津波のごとく押し寄せ、すべてを奪い去った。こちらは本隊のメンバーに比べて知能は低く獣同然だったが、圧倒的に数が多かった。マイロン街に駐留していた王都警備隊の分遣隊は鎮圧を試みたが、毛皮の群れに押し潰されて消えた。


 一時間後、上空に飛来した武装浮揚艇は通りを埋める獣人族に爆撃を開始した。しかし獣人どもは地下の穴倉からどんどん湧き出し、殺しても殺しても尽きることがなかった。そうこうするうち、隣接する高層建築から武装浮揚艇めがけて爆弾が投げ込まれた。爆発炎上して墜落する浮揚艇めがけて周囲から獣人どもが殺到した……。



 緒戦において、獣人族は数を武器にした奇襲攻撃で圧倒的な勝利を収めた。

 しかし、いくら多いとはいえ戦闘経験のない者が大半であり、おまけに集団の統率も取れていないため、時間が経つにつれ獣人側の攻撃の勢いは急激に衰えていった。

 対して、王都警備隊は武器/魔術の使用制限を全面解除し、体勢を立て直すことに成功した。さらに、民間人の中から自警団を結成して王都警備隊に協力する者たちが続々と現れ始めた。


 こうして、深夜から早朝にかけて、人間たちの大反撃が始まった。朝日を背に地下へ撤退しはじめた獣人どもに人間たちが襲いかかった。怒りに燃える彼らはいっさい容赦しなかった。魔術や武器を存分に振るい、逃げる獣人たちを片っ端から打ち倒していった。

 午前中には各地で鎮圧される獣人部隊が続出し、正午の時点で、いまだ頑強に抵抗を続けているのはヴァルゴ率いる本隊のみという状況になり、そのまま事態は収束に向かうかに見えた。




 スラム街の雑居ビルのとある一室。

 すえた臭いの立ち込めたその部屋で、オークたちの議論は続いていた。

「……今、目の前にお宝の山がある。とびきりデカい宝の山だ。おめぇはそれをむざむざ見逃すってのか?正気とは思えねぇぞ」

 紫色の顔をした肥満の巨漢、バルモ・ウルトングが小柄なオーク、ザイイラに指を突きつけながら言った。


「俺はな、こんな事をしにデリオンに来たんじゃねぇ。新しい生き方がしたかったんだ。いつまでも殺したり奪ったり、そんな殺伐とした暮らしを延々くりかえすのにうんざりしたんだよ。

 お前らもそうだったんじゃねぇのか?なぁバルモよ」ザイイラは言い返した。


「……人間どもの一人勝ちが確定した世の中でオークが生き残るには、大人しく人間と共生するしかねぇ。確かにあの時は俺もそう思ったぜ。

 だが、状況は変わった!あの暗黒の獣の御方が、世界最強の国家にあっさり勝っちまった。これからは人間に怯える必要なんてもうねぇんだ。

 もはや近衛軍も王府もありゃしねぇ。残る王都警備隊も獣人どもとやり合って疲れ果ててる。俺たちを止められる者は誰もいねぇんだ!今ならこの街全部がぶんどり放題なんだぜ!

 なあ、一緒に行こうぜ、ザイイラよ。暗黒の獣の御方のもとで、存分に殺して奪う。これぞオークらしい生き方ってもんだ!」

 バルモ・ウルトングは一気にまくし立てた。


「……だからこそ俺は行かねぇよ。あいつに、あの男に付く気はない。従兄弟と姉貴をやった奴の足元にひれ伏すなんざまっぴら御免だね!」ザイイラは吐き捨てた。


「……そうか、それは残念だな」バルモはため息交じりに言った。

「……俺もな」

「こんな流れになっちまったのは、お互い不幸としか言いようがないな」

「だな、もうちょっと平和的に、友好的にやれそうだったのによ」


 ザイイラは部屋の出口に向かった。

 その背に向けて、バルモが言った「あばよ、達者でな」

「……じゃあな」一言つぶやくと、ザイイラは扉の外へ姿を消した。

 部屋の外には蜥蜴人(リザードマン)のカシェラが待っていた。

「待たせたな、カシェラ。行くか」




 獣王ヴァルゴ率いる獣人族本隊は王都警備隊に包囲されていた。

 巨大複合商業施設デリオンメガモノリスを破壊し尽した後、ヴァルゴたちは隣接する市街地を荒らし回っていたが、日が昇る頃には形勢が逆転しつつあることを知った。

 怒り狂う人間たちはもはや理性をかなぐり捨てていた。周囲に巻き添えが出るのも構わず、「爆炎の呪法」や「毒煙の呪法」などの強殺傷魔術を乱発し、獣人族をひとり残らず皆殺しにする決意を固めていた。その前に同胞たちは次々と倒されていった。今では側近の五十名ほどを残すのみだった。

 一夜の殺戮で返り血に汚れたヴァルゴの顔に、高層建築の隙間から午後の陽ざしが降り注ぐ。側近たちも疲労の色が濃い。彼らを取り巻くのは、王都警備隊の灰色の包囲網。人間たちの顔には間近に迫った復讐の瞬間への喜びがにじみ出ている。


 いずれこうなることはわかっていた。後戻りのできない戦いだと。しかし、人間どもに一矢報いる事ができただけでもヴァルゴは満足だった。

 もはやこれまで。最後に残る全軍で突撃し、散華して有終の美を飾ろう。

 そう思った時だった。

 ヴァルゴの鋭い聴覚は遠雷のようなとどろきを捕えた。仲間の獣人たちも気付いたようだ。包囲する人間たちは気付いていない。とどろきはますます大きくなっていく。


 王都警備隊たちも異変に気付いた。しかし、遅すぎた。

 怒涛のごとく押し寄せた大軍が王都警備隊の包囲網を粉砕した。完全に不意を突かれた王都警備隊は反撃する間もなかった。手に手に様々な武器を握った戦士たちに一方的に屠られていくのみだ。ある者は巨大な鉄球で、ある者はトマホークで、曲刀で、槍で、戦槌で、あるいは拳で、それぞれの得意とする技で人間たちを血祭りにあげていった。

 戦いが終わると、一人の肥満の巨漢がヴァルゴに歩み寄ってきた。紫色がかった肌の、凶悪な面相をした禿頭の男だ。戦いの興奮も冷めやらぬ今、頭には太い血管がどくどくと脈打っている。


「まさか、貴兄らが来てくれるとは……」ヴァルゴは言った。

「水くせぇ事言うなよ、ヴァルゴ。俺たちゃ『闇の眷属』の仲間だろ。これから一緒に奪いに行こうぜ。なぁに、祭りはまだ始まったばかりなんだからよ」


 当然、獣人側に付いたのはバルモ・ウルトングだけではなかった。

 ザイイラを除くデリオン在住のオークのほぼ全員、四十六万九千八百七十三名が獣人に同調し、デリオン中で破壊と略奪を開始した。ここに至り、まもなく事態が沈静化するだろうという人間側の甘い見通しは、完全に潰えた。


 数千年、いや数万年にわたり、細分化した氏族闘争とケチな盗賊行為にのみ空費されてきたオークという種族の全能力が、いまや一つに結集され、無防備な王都に牙をむいたのだ。その破壊の規模と徹底ぶりは、とうてい獣人族などが及びもつかないものだった。すべてを奪い、邪魔する者は殺し尽した。金目のものは片っ端から剥ぎ取り、その跡には仕上げとばかり糞便や汚物をまき散らした。殺し、奪い、犯し、穢す。それはオークという種族をあげての十万年ぶりの大祝祭だった。オークどもの巻き起こす狂乱と歓喜の巨大な渦の中で、最後まで王都を支えるべく孤軍奮闘してきた王都警備隊は一瞬にして壊滅した。

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