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60話 作戦会議

「本題に入ろう。我々はいかにして魂食獣(ソウルイーター)の男を攻略すべきか?」

 グレン/レオドはそう問うと、一同を見回した。


 町エルフのコジルは挙手して発言した。

「古代の戦いでは、核にダメージを与えたことが倒すきっかけになっていましたね。やはり核を狙うべきでしょう。あの男にも核があるのでしょうか?たとえば頭や心臓とか、その辺に」


 それに対しグレン/レオドが答えた。

 「ふむ。あの男にもおそらく何らかの核はあるに違いない。

 他者の魂を食らうというのは、己のうちに外来の異質な要素をまるごと抱え込むことだ。互いに相矛盾することもある他者の能力や特性、感情を上手く調整できないと、まともに力を使いこなす事はできぬ。それどころか矛盾しあう要素は奴自身を内側からバラバラに引き裂いてしまうであろう。必ず他者から取り込んだ魂を制御する核はあるはずじゃ。

 しかしこれまでの戦いで、あの男はすでに頭や心臓を含め、全身に攻撃を受けておる。それなのに絶命しなかったところを見ると、核は奴の肉体ではなく、どこか他の場所にある可能性が高い……」


「それではいったいどこに?まさか体外にあって、どこかに安全な場所にでも隠してでもいるのですかね?」


「その可能性もある。しかし、わしが考えているのは全く別の可能性じゃ……それは、奴の心の中」




「……心の中、ですか?」


「うむ。近衛軍の火力でも本質的なダメージを被らなかった事を考えると、奴の核は物理的実体を持たぬ可能性が高い」

「しかし導師、それはまた……雲をつかむような話ですな。心の中にある核をどうやって破壊するのです?」



「方法はあります」甲高い声が室内に響き渡った。

 会議が始まる前から沈黙を守ってきた見知らぬ男女の内のひとりの女の声だった。グレン/レオドを除く全員が一斉に女の方を向いた。

 黒に近い、濃い灰色の髪の女だった。まだほんの小娘のようにも見えるし、かなりの年齢のようにも見える。背の低さや幼い顔つきは修練者くらいの歳の少女のようだが、その表情と態度には経験に裏打ちされた自信がにじみ出ている。とらえどころのない不思議な雰囲気の女だとコジルは思った。女は話を続けた。


「失礼。自己紹介がまだでしたね。わたしの名はティレス。このたびハイチャフ・ギルフから来ました上級念師です。以後お見知り置きを。

 では、話を続けます。導師、よろしいでしょうか?」

「うむ。続けれくれ」

魂食獣(ソウルイーター)の心の中にある核を破壊するにはどうするか?……答えは簡単です。その心の中に侵入するのです。そして心の中のどこかに秘匿されていると思われる核を破壊する」



 町エルフたちはざわめいた。

「心の中に侵入する?」

「おいおい、そんなことができるのか?」

 しかし、一部の者は得心がいった表情でうなずいている。コジルもその一人だった。あごひげをしごきながらコジルは言った。


「念師様、つまり強力な念話か何かで奴の心の中に入り込むということか?」


「その通り。念話をはじめとした交感魔術の一種である「潜心の呪法」で、あの男の心の世界に入り込む。そのために私は呼ばれたのです」



 グレン/レオドが重ねて言った。

「そうだ。「潜心の呪法」は専門的な修行を積んだ上級念師にしか使いこなせぬ魔術じゃ。

 しかし、他者の心に入り込むのは非常に危険な行為だ。相手の心の迷宮に迷い込めば脱出できなくなる恐れがあるし、心の中に凶暴な怪物を飼っている者もいる。狂った心の世界に入り込んだだけで精神が汚染される危険もある。しかも、相手はかの魂食獣(ソウルイーター)。どんないびつで異常な心の世界が広がっているか想像もつかん。……彼女一人ではあまりに無謀すぎると言わざるを得ん。


 そこでだ、諸君らの協力が是非とも必要になる。

 念師ティレスとともに魂食獣(ソウルイーター)の心の世界に入り込み、核を探し出して破壊する手助けをしてほしい。念話が使える者であれば、彼女の精神とリンクすることで共に心の世界へおもむく事ができる。

 勿論、生きて帰れぬおそれもある非常に危険な任務だ。わしが行ければ良いのだが、あいにく、わしの本体はここから遠く離れた聖地の森。彼女とともに潜心することはできぬ。

 それで、危険を承知で諸君らに行ってもらうしかないのだ」


「あの狂人の心に、入るだと?」嫌悪感も露わに、誰かが吐き捨てた。


 それには答えず、グレン/レオドは続けた。

「それに、課題がもう一つある。「潜心の呪法」の発動条件は厳しい。術者と対象者とが、至近距離から互いの目を見つめ合う必要がある。……1メートル以内の距離から」



「……無理だ」「近づいただけで殺されるぞ」「絶望的だな」

 町エルフたちは口々に言った。それに対し導師が静かに言った。

「しかし、やらねば王都デリオンは確実に消える……そしてこの世界そのものも」

 それを聞いて、一同は押し黙った。


「困難な作戦ではある。無謀でさえある。しかし、これしか方法はないのだ。いかに火力、魔力を揃えたところで奴を滅することができぬのは、このたび近衛軍が身をもって証明した事ではないか。物理的な破壊力で奴を滅ぼすことはできぬ。しかし、奴の弱点は心にある、それは間違いない。

 それに、奴に接近する方法はある。戦師デウルー、戦師マグサ、ここへ」



 グレン/レオドは見慣れぬ男女のうち、残る二人を呼び寄せた。

 一人は濃いグリーンのマントをまとった巨漢だった。男はマントを跳ね上げ、顔を表に晒した。禿頭で、灰色の口ひげを生やした中年男だ。その油断のない表情と鋭い射抜くような眼光は、歴戦の戦士であることを物語っている。それに、背負った大剣からは異様な気配が放たれている。明らかに普通の剣ではない。

 もう一人は白髪の老女だった。しかし、背筋を真っ直ぐに伸ばした姿勢と張り詰めた雰囲気は、いささかも老いを感じさせない。彼女は身体にぴったりとした濃紺のドレスを身に着けている。体型はスリムだが、それは無駄をすべてそぎ落とし極限まで鋭く研いだ細身の剣を思わせた。コジルたちは伺い知らぬことだが、彼女こそ聖地の森でグレンを導師レオドの部屋まで先導した人物だった。



「紹介しよう。こちらの男が戦師デウルー、そしてこちらの女性が戦師マグサだ。この二人もハイチャフ・ギルフから来てもらった。現代のエルフ族において、戦闘ではこの二人が最強と言ってもよい」

「俺がデウルーだ。よろしく頼む!」デウルーは野太い声で挨拶した。

「マグサです……」老女マグサはにこりともせず言った。

 グレン/レオドは続ける。

「この二人と私とで、男を攪乱し、何とか接近する隙を作る。そして、念師ティレスと諸君が心の中に侵入して、無事に核を破壊できたなら、制御不能に陥った奴の肉体を完全に消滅させる。

 これが作戦の概略だ。決行は五日後の予定。詳細はそれまでに諸君らに詰めてもらいたい」



「……古代エルフ社会においては、魔術は一部の階級の者に独占されていた。しかし、今日の人間社会では、近代魔術が普及したおかげで、ほぼすべての人間が何らかの魔術を使えると言ってもよい。魔法を使える者の数では、現代の方が桁違いに多いのだ。もし、魂食獣(ソウルイーター)がこの王都の人間をすべて殺戮して魂を吸収したなら、奴の魔力は古代において出現した「暗黒の獣」をはるかに凌ぐ強力なものになるであろう。そうなれば、もはや誰も奴を止めることはできない……。

 世界が救われるか否かは、我々の活躍にかかっている。話は以上だ。」


 こうして、エルフ族の一同は解散した。

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