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6話 闇の道

 何者かが、聖なる森に侵入していた。

 森の動物でもエルフ族でもない。距離約500メートル。北の尾根伝いに密生した藪をかきわけて下ってくる。荒い呼吸。汗の臭い。二本足。…人間だ。

 しかしここはエルフ族以外の立ち入りが禁じられた聖地の森。最寄りの人間の村からも50キロ以上離れている。猟師が迷い込んだのか?しかも、そのオーラはどこかおかしかった。周囲に放たれたむき出しの殺意はまるで飢えた肉食獣のようだ。正気の人間のそれではない。

 どうする?

 修練者たちに危害が及ぶ可能性は見過ごせない。それに一族の聖地を侵した相手を捨て置く訳にもいかなかった。

 決断は一瞬だった。野営地に接近する前にこちらから仕掛けて捕縛する。ロレムは身を翻し、森の奥の闇へと姿を消した。チームのメンバーは彼女が去った事に誰も気付かなかった。



 風と化して闇の中を疾走する。枝が幹が周囲を飛び去っていく。もしそこに傍観者がいたとしても、夜の森を吹く一陣の突風にしか見えなかったであろう。

 もうすぐだ。この辺りのはずだが。いた。


 真っ暗闇の中を、もがくようにして斜面を下ってくる人影を目視で確認した。

 念のため距離を置いて観察を続ける。大男だ。一目見て猟師でないことはわかった。動作は不器用で明らかに山歩きに慣れていない。身にまとうのは見たことのない奇妙な服だった。一体何者だ?

 その時、男が左手に握った物体が目に入った。くの字型に屈曲した奇妙な刃物だった。南方の戦士の使う曲刀に少し似ている。

 おそらく正気をなくしている上に武器まで所持しているとは。予想以上に危険な相手だ。可能なかぎり距離を置き、魔力で動きを封じよう。

「……!」

 口に出さずに呪文を発動させる。束縛の呪法。激痛と共に四肢の筋肉を麻痺させる力がある。狂った人間の捕獲にはこれで十分だろう。

 たちまち魔力が効果を発揮した。男はよろめき、斜面を転がり落ちた。

 男は藪の中に横たわったまま動かない。ロレムは枝から地上にひらりと舞い降りて男のすぐそばに立った。男は目だけをギラギラと輝かせ、凄まじい怒りの形相で睨み付けてきた。まるで罠にかかった猛獣そのもののだ。殺気のオーラに空気が揺らいでいる。

 しかし、いくら怒りと殺意に満ちていようが、ただの狂った人間。造作ないものだ。狂った人間が途中で野垂れ死にもせずこんな奥地まで侵入するとは驚きではあるが…

 突然、男がバネ仕掛けのように飛び出し、ロレムの足首に噛みついた。アキレス腱を切断され倒れたロレムの上に、男は芋虫のように這い上がり、体重をかけて押し倒した。口をカッと開くと、白く曝け出された喉元に深々と食らい付き、食い千切った。

 彼女は知る由もなかったが、死刑囚藤田は半身不随でありながら、獄中でも同様の方法で刑務管を襲い重傷を負わせていたのだ。たとえ手足が麻痺していても決して油断してはならない相手だった。

 噛み跡に直接口を付け、男は噴き出す血液をぐびぐびと喉を鳴らして飲み干した。男が異世界にたどり着いて初めて口にしたもの、それはエルフ族の鮮血だった。

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