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59話 秘史③

「……ここから、二人の英雄による奇跡の逆転劇が始まる。

 ハザーとイロイに率いられたエルフと人間の軍勢は、まず闇の眷属に挑んだ。


 闇の眷属たちが「暗黒の獣」に創造されてから三百年以上が経過していた。

 彼らは古代エルフ文明が滅び去った空白を埋めるように、繁殖を繰り返し急速に数を増やした。彼らはそれぞれの種族的特性に応じた環境に拠点都市を築き、領域支配を行った。ときおり軍勢を繰り出しては、山間の隠れ里などに逃げ延びたエルフ族残党を執拗に狩り立てた。もはやエルフも人間も、取るに足らぬ存在としか見られていなかった。



 数の上で圧倒的に劣る英雄たちの軍勢は、まずは小さな拠点から各個撃破していった。オークの前哨や、一人で徘徊している巨人族を見つけては先制攻撃を仕掛け、一つずつ潰していった。


 闇の眷属たちは、統一された指揮命令系統に属している訳ではない。「暗黒の獣」は彼らの神として君臨していたが、眷属に対し何らかの具体的な指令を下すことはなかった。基本的に、創り出した後は無関心だったと言える。闇の眷属たちも一枚岩ではなかった。彼らはエルフを滅ぼすという一事においてのみ協力しあうだけで、それ以外では敵対しあってさえいた。その事が有利に働いた。


 英雄たちは少しずつ勝利を積み重ねることで戦闘経験を積み、確実に強くなっていった。隠れ里が解放されるたびに、新たな仲間が軍勢に加わった。


 この状況に、オークが危機感を抱いた。

 オークのリーダーは種族全体に招集をかけると、目障りなエルフ族の残党軍を一思いに殲滅するため大軍を結成した。その数、五十万人。地平線まで平原を埋め尽くすほどの大軍勢だ。対する英雄たちの軍はようやく一万人に達するかどうかという程度。圧倒的に不利な戦いだった。英雄たちを一飲みにせんと、オークの大軍は黒い怒涛となって押し寄せた。

 しかし、三日三晩に及んだ会戦の結果はオーク軍の大敗。オークのリーダーたちは討死。戦の舞台となったタジェスイ平原はオークの死骸で埋め尽くされた。


 タジェスイでの勝利が、風向きを一気に変えた。

 その後もマグブイの戦いでは投石機を用いて巨人族に快勝し、水軍を結成して中海沿岸からサハギンの拠点を一掃するなど、英雄軍の快進撃は留まるところを知らなかった。形勢が変わりつつあるのを見て、オークの一部族は早々とエルフへの恭順を誓い、同盟を結んだ。

 ほんの数年前まで絶望に打ちひしがれ、滅亡の寸前にあったエルフ族はここに至り完全に息を吹き返した。世界各地に細々と生き延びていたエルフ族のコミュニティは、英雄軍に続けとばかり、独自の抵抗組織を立ち上げ、闇の眷属への反撃を開始した。

 そして人間は、英雄軍での活躍を通して存在感を増しつつあった。



 そして数年後、ついに最大の魂食獣(ソウルイーター)、「暗黒の獣」との決戦の時が訪れた。

 決戦の場は諸説あり、イルンとも、ド・コーマとも言われておるが、とにかくそこに全世界から選ばれた精鋭たちが集結した。種族はエルフ、人間、そしてかつて闇の眷属だったオークに、蜥蜴人(リザードマン)、巨人族、それに太古から中立を守ってきたドラゴンたちまでもがその場にいた。彼らはこの星の未来を決するため、死を覚悟の上で戦いに臨んだ。

 対する魂食獣(ソウルイーター)は、醜悪極まりない、膨れ上がった巨大な肉塊だった。それには誇りも、決意も、怒りさえもなかった。ただ底なしの貪欲さをにじませた無数の眼で、精鋭たち一人一人を凝視し、魂も肉もすべて食い尽そうと舌なめずりをしていた。


 夜明け前の静けさの中で、精鋭たちと怪物は対峙を続けた。

 そして昇る太陽が山脈の頂に顔を出した瞬間、最後の戦いの火ぶたが切られた。

 天地を揺るがす強力な魔術が飛び交う、壮絶な戦いだった。戦いの中で、これまで軍を率いてきた英雄の一人、イロイが討死し、精鋭たちも次々と打ち倒されていった。

 しかし、ついに戦士たちの剣は魂食獣(ソウルイーター)の核を捉えた。あまりにも膨大な量の魂を吸収し、霊的質量がいびつに増大しすぎていた怪物は、核を傷つけられて均衡を失い自壊し始めた。崩れゆく巨獣に向けて、生き残った全員が最後の力を振り絞り、とどめの一撃を放った。

 数百年にわたり、この惑星を苦しめ続けてきた魂食獣(ソウルイーター)最終体(オメガ)、「暗黒の獣」はここに滅び去った。戦士たちは数百年におよぶ戦いが今ここに終結したことが信じられず、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。


 夕日に染まる決戦の場には、丁重に埋葬されるのを待つ戦士たちの亡骸、そして崩壊し続ける巨獣の肉塊、そしてその中から姿を現しつつある巨大な魂の結晶体だけが残された。



 世界には再び平和が戻った。

 しかし、ひとつ大きな問題があった。結晶体の処置だ。「暗黒の獣」は死の間際、自らの魂を結晶化したのだ。もしあの結晶体の破片が別の生物に取り込まれたら、再び魂食獣は復活し、災厄は繰り返されるだろう。結晶体の破壊が試みられたが、まったく効果がなかった。

 未来永劫、どんな生物の手にも触れない所に隔離し、封印する必要がある。しかしどこに。海洋投棄は問題外だ。地中深くに埋めても地殻変動でいつの日か地上に露出する可能性がある。宇宙に打ち上げても軌道がずれて落下してくるかもしれない……。

 残された唯一の解答、それは世界の外側だった。

 かくして、時空魔術により、異世界への一方通行の大穴が開けられた。穴はその結晶体をすっぽりと飲み込んだ後、瞬時に閉ざされた。これで魂食獣が復活する恐れはないはずだった。

 しかし、心の底から安心できた者は誰もいなかった。

 予言の書は、いつしか必ず「暗黒の獣」が戻ってくると伝えていた。

 そして事実、それは戻ってきた……」



 グレン/レオドの長広舌はようやく終わった。

 導師が話し終えた後も、一同の間には水を打った様な沈黙が続いていた。咳払いした後、導師は続けた。


「さて、魂食獣とはどんな相手なのか、ご理解いただけたかな。本題はこれからじゃ」

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