表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/74

5話 修練者たち

「よし、今日はこの辺でいいだろう」

 リーダーの指示に従い、修練者たちの一団は立ち止まり、背負った袋を地面に下ろした。

 きつい行程だった。今朝は日が昇る前に野営地を撤収し、まもなく降り始めた雨の中、外套の中までずぶぬれになりながら、延々と足場の悪い山道を歩いてきたのだ。ようやく次の野営が可能そうな場所が見つかったのは日没直前だった。

 一行は疲労困ぱいし、次々に地面にへたりこむ。木々の間に夕焼け空が覗く。修練者たちは目深に被っていた外套のフードをはねあげた。彼らの頭部があらわになった。くせのある灰色の髪、そして先が尖った長い耳。

 エルフ族の特徴だ。

 町や農村で育ったエルフ族の少年少女たちが、風のささやき、森のざわめきの音から精霊の声を聴くことができるようになるには、修練者として長く厳しい訓練が必要だ。



 12歳から17歳までの33人の若者たちは、森の中の空き地で思い思いの場所に散り、今夜の夜営と夕食の支度に取り掛かりはじめた。

 個人用のコンパクトなテントの設営、薪集めと火起こし、調理。全てを一人でこなしていく。修練では、はじめはチームでの集団行動を通して自然の中で生きるノウハウを学ぶ。しかしその段階はまもなく終わろうとしていた。一通りの基本的技術を習得した彼らを待つのは、山中での孤独な単独修行だ。人里遠く離れた深い山奥で、約一年間誰とも会わず、自然と向き合い、精霊と対話する技法を体得する。

 これまでの数ヶ月の集団行動で、チームには連帯感が芽生え、間近に迫った別れを惜しむ雰囲気が漂っていた。


 食事が済むと皆で焚き火を囲み、雑談に花を咲かせた。

 しばらくすると、一組、また一組と、二人だけで暗い森の中に消えていく者が出始めた。今回の集団行動中に恋仲になった者達だ。人目の届かない木陰で、二人だけで愛を囁きあうのだろう。櫛の歯が欠けるように、焚き火の周囲から人がいなくなっていく。

 ついにはたった一人だけが消えかけた火の前に残された。


「…なんだよ」

 孤独なエルフ族の少年は呟いた。やせぎすで長身の身体を丸めた様は、まるで蜘蛛が手足を縮こめたようだ。面長で陰気な顔が下から焚き火に照らされ、不気味な仮面のように闇の中に浮かび上がっている。決して魅力的とは言えない外見。

 木の枝で炭化した薪をいじると、細かな火の粉が舞い上がった。火の粉は空中で螺旋を描いて一点に集まったかと思うとロケットのように一直線に飛び上がり、上空で弾けて消えた。

 火の粉にダンスを踊らせたのは少年の魔力だった。あぶれ者の少年グレンはこと魔力に関しては秀でた才能を持っていた。しかし魔力など恋愛対象として魅力的な要素とは言いがたかった。

「寝るか」

 グレンは残り火を消すと、縮めた手足を伸ばし、蜘蛛のようにギクシャクと自分のテントに向かった。


 テントに潜り込んだ後も、眠りは訪れなかった。外の夜の闇のあちこちから、甘い吐息や押し殺したうめき声、切なげな息遣いが聞こえてきて、とてもじゃないが眠れなかった。

 しかも今の甲高い声はリウィに違いない。集団訓練の間じゅう、ずっと気になってた女の子だったのに。自分が振られたのは兎も角、まさかチーム最年少のあんなガキに取られてしまうとは。グレンは耳を押さえ、狭苦しいテントの中でのた打ち回った。



 グレンが一人、悶々とした夜を過ごしている時、野営地の外れの大樹の枝の上に人影があった。月光にシルエットを浮かび上がらせたその姿は、チームのリーダーである教導者ロレムだった。

 手にした竹笛をを低く吹きならす。その旋律は風の音とハーモニーを奏でる。夜風に乗って、修練者たちが好いた相手と睦み合う気配が漂ってくる。集団訓練中のメンバー間の恋愛はいわば伝統だ。未成年者の「不純異性交遊」を禁止するのは人間の価値観であり、エルフ族はその点じつに大らかであった。自分も若い頃もこうだったな。ロレムは自らの経験を思い出して微笑んだ。

 おや、あそこに一人、余り物がいるぞ。どのチームでも大抵一人二人、パートナーが見つからす寂しい思いをする者が出る。仕方がない。自分が相手をしてやるとするか。彼女は枝からひらりと飛び降りようとした。

 その瞬間だった。森の精霊の囁きを聞いたのは。ロレムは森の声に意識を重ね合わせた。

 異質な…存在が、来る。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ