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44話 急襲

 男は料理を作っていた。

 夕方に市場で買い込んだ数々の野菜、肉、魚介類をふんだんに使い、手塩にかけて調理していた。今手がけているのはチャード鶏のナビオリ風炒め物と、クリム海老の香草入りスープだ。

 チャード鶏の皮がパリパリになるまで魔力コンロで炒め、そこに香辛料を効かせ塩少々を加えて味付をする。厨房に食欲をそそる香ばしい匂いが充満する。続けてクリム海老のスープに取り掛かる。この海老は見た目こそフナムシのようでグロテスクだが、身は濃厚な甘みがあり実に美味なのだ。男は鼻歌を口ずさみながら殻をむいた海老を煮立った鍋に投じていく。


 男はこれまで料理など作ったことがなかった。

 過去の男の食生活は荒涼としたものだった。現世ではだいたいコンビニ弁当かカップ麺で、たまに全国チェーンの定食屋やファストフード店などで外食して済ませていた。異世界に来てからも屋台で買ったパンや油っこいジャンクフードなどを口にする程度だった。

 そもそも食事というものに感心がなく、胃を満たせればそれでいいとしか思っていなかった。


 しかし、マイロン街のあの日以降、男は変わった。

 急にグルメに目覚め、美味い物が食べたくなったのだ。都市のあちこちの飲食店へ出向き、色々な料理を試した。唐辛子をふんだんに使ったチョイ料理、ナッツやキノコ、鹿肉主体のエルフ料理、砂漠地方由来の甘いスクジリー料理等々。間もなく、食べるだけでは飽き足らず、自分自身で調理まではじめた。

 間違いなく、マイロン街で吸収した魂の影響だった。

 男が殺戮を行い犠牲者の魂を吸収したマイロン街のあの場所は、王都でも有数のレストランが並ぶ界隈だった。それらのレストランに来店していた食通や、店で働いていた料理人の魂を知らぬうちにいくつも取り込んだのだろう。しかし、意外にも男は今の自分の状態を気に入っていた。

 

 男はスープを掬うと、味見をした。うん、中々いい出来だ。

 湯気の上がる出来立ての料理を配膳し食卓へ運ぼうとした、その時だった。


 男は気配を感じた。

 大勢の訓練を受けた人間が足音を忍ばせて動き回っている。廊下を接近する人数は合わせて数十名。それだけではない。窓の外の夜空には浮揚艇が数機ほど飛んでいる気配もある。

 ようやく来たか。男の顔に肉食獣のような獰猛な笑みが広がった。



 三日前に街で見かけた張り紙で、男はついに自分の顔が割れた事を知った。しかし男は逃げるつもりも隠れるつもりもなかった。その全く逆だった。男はそれまでと何一つ変わらぬ生活を続けながら、今か今かと期待に胸を躍らせて、この瞬間を待ち続けていたのだ。

 さぁ、久しぶりに殺戮を楽しませてもらおうか。

 来るがいい。




(…無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/…) 


「ぐ……何だこれは…」

 突然、男の頭の中が騒々しい思念でいっぱいになった。それは最大強度で集中的に発信された念話の洪水だった。(…無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/…)


 頭の中で鳴り響き続けるけたたましいメッセージは、(……無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/……)男の思考を妨害した(……無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/……)。激しい頭痛を覚えて、(……無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/……)男はよろめいた。なるほど、(……無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/……)こういう使い方をすれば、(……無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/無駄な抵抗は止めなさい/……)念話も立派な(……止めなさい/止めなさい/止めなさい/止めなさい/止めなさい/止めなさい/止めなさい/止めなさい/止めなさい/止めなさい/止めなさい/止めなさい/……)武器に(……止めなさい/止めなさい/止めなさい/止めなさい/止めなさい/止めなさい/止めなさい/止めなさい/止めなさい/止めなさい/止めなさい/止めなさい/……)なるのだな。


 男は窓の外に浮かぶ装甲浮揚艇に「圧縮の呪法」を放った。巨大な万力で挟みつけるような凄まじい圧縮力が浮揚艇を襲った。魔法防御場が起動し浮揚艇を守ったが、強まり続ける圧力に防御場はすぐに過負荷に陥り、艇体がギギギ…と悲鳴を上げはじめた。そして次の瞬間、浮揚艇は搭乗員もろともペシャンコに圧潰して一握りの鉄塊となり、落下していった。それと共に男を悩ませていた念話の騒音はピタリと止んだ。


 突然、廊下側のドアが弾け飛び、完全武装した突撃部隊が室内になだれ込んできた。全員、右手に両刃剣(グラディウス)、左前腕に円盤型の盾を装備している。その俊敏な動作から判断して、身体能力と感覚を「肉体強化の呪法」で極限まで増強しているに違いない。


 男は兵士たちに向けて「旋風の呪法」を五発同時に放った。その速度や吸引力はマイロン街の殺戮の時よりはるかに向上している。気流の渦は音もなく兵士たちに襲いかかった。たちまち兵士の一人が渦に引き込まれた。しかし次の瞬間。旋風は急激に回転速度を落として減衰した。その隙に兵士は体をひねって危険な渦から抜け出した。

「チッ!」男は舌打ちした。抗魔術防御(アンチマジック)か。特定の魔術を相殺する機能を持った防具を装備している。旋風の呪法への対策は万全ということか。ならばこれならどうだ。


 男は灼熱の火球を召喚し、兵士たちに向けて撃ちだした。直撃を避けられないと踏んだ兵士たちは、左前腕の盾を前に突き出して防御姿勢をとった。瞬時に盾から魔法のシールドが展伸して兵士の全身を包み込む。しかし、火球は兵士たちを丸呑みにし、そのまま壁を貫通して向かいの部屋をもぶち破り、建物の外壁に大穴を開けて飛び出して、隣接する高層アパートに激突して爆発炎上した。

 火球が通過した跡は真っ黒に焼き尽くされ、兵士の姿は影も形も残っていなかった。

 

 今の火球の一撃で大半の兵士は葬ったようだった。あとは廊下の端まで退却した後詰の兵士が数名、空中に浮揚艇が何機か残っている程度か。しかし、と男は今の戦闘で破壊された部屋を見回して思った。もうここには住めないな。それどころか、火球の一撃で建物の構造材まで破壊してしまったようだ。まもなく、この高層アパートは倒壊するだろう。


 さて、残りを片付けてしまうか。

 男は霊剣テスタニアを握った。その刀身が青白い不気味な輝きを放ち男の全身を包み込む。生命力を得た霊剣の力で男は一気に加速時間に突入した。

 生き残っていたわずかな兵士たちはその目に恐怖と絶望の色を浮かべながら、死にもの狂いの勢いで向かってきた。彼らはよく戦った。だが、霊剣テスタニアに無尽蔵の生命力を注ぎ込んで得られた超高速の前には敵ではなかった。男は無慈悲に霊剣を振るって兵士たちの首を次々と切断していった。切り離された頭部が床に落下してドンッと音を立てるまでに、男はすべての兵士を片づけていた。


 武装浮揚艇が機銃掃射を開始した。窓が砕け散り、室内に破片が降り注ぐ中、男は高加速で銃弾をかいくぐり、窓に開いた穴から浮揚艇めがけて跳躍した。驚愕の表情を浮かべるパイロットの顔面をフロントガラスごしに霊剣で刺し貫いた。絶命した直後のパイロットの死体に屍霊術(ネクロマンシー)で指令を送り込むと、男は浮揚艇から飛び降りて部屋に戻った。残る浮揚艇の始末はこいつに任せよう。


 早くも倒壊が始まったらしく、建物全体がグラグラと揺れ、建材が落下し始めていた。高層アパートの倒壊に巻き込まれたら、男と言えども無事では済むまい。早く離れたほうが良さそうだ。男は結晶化の呪法で殺害した兵士たちの魂の結晶を回収すると、慌ただしく頬張った。部屋の外の空中では屍霊術で操られたパイロットの死体が、僚機にミサイルを発射して次々と撃ち落としていた。


 男は飛翔の呪法で夜空に飛び去った。この都市に来てから一年の平穏な生活もこれで終わりか。男は少し残念に感じていた。しかし、と男は自嘲気味に思った。お前は平穏な生活がしたくてこの街に来たのか?違うだろう?

 俺はこれだけの力を手に入れたのだ。もう待つべき時は過ぎ去った。俺を止められる者は誰もいない。飛び去る男の背後から、高層アパートが倒壊する轟音が聞こえた。

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