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43話 犯罪捜査

 グレンが獣人たちの襲撃に巻き込まれた日から、(さかのぼ)る事九日。

 

 王都警備隊、魔術犯罪特別捜査班研究所。

 机の上に設置された精緻な金属製の機器の上に、研究員たちが屈み込んでいる。彼らが操作しているのは微視鏡だ。魔力を込めたレンズと光魔術を組み合わせることで、微小な物体を拡大して見ることができる機器だ。サイズにして数ミリから数十ナノメートルの範囲にある物体の立体的な拡大像を得られる。

 

 研究員たちが覗く微視鏡の視野に、ひび割れた荒野のような物が映っていた。数百倍に拡大した人骨の表面だ。それはマイロン街の事件現場から回収された遺骨の一部だった。研究所では、遺骨に残された微細な証拠から、被害者の身元を特定する作業が延々と続けられていた。

 研究員は微視鏡のハンドルを少しずつ調整し、視野をスライドさせて行く。凹凸のある灰白色の平原が延々と広がっている。しかし、その時だった。研究員の視界を何か異質な物体がかすめた。あわててハンドルを戻す。物体が視野の中央に来るように調節し、ピントを合わせる。

 研究員は息を呑んだ。

 不毛な人骨の表面に、鮮やかな青の小片が付着していた。結晶質のそれは、まるで宝石のようだった。様々な色調の青が複雑に入り混じり、実に美しい。サイズを測定すると、長径は約二百マイクロメートルで、短径は約八十マイクロメートル。記録のため写真を撮影した後、研究員は上司に報告した。



 類似の結晶質の小片は遺骨の中から次々に見つかった。その形状や色彩、質感は多様だった。既知の物体の何とも似ておらず、その正体は不明だった。研究員たちは微小操作手でそれらの結晶を注意深く採取した。


 採取された結晶のいくつかは成分分析に回された。

 その結果判明したのは、結晶の異常な強靭さだった。千度近い高熱にも耐え、また酸にもアルカリにも溶解せず、様々な劇薬にも反応しない。しかし、化学的な強さとは裏腹に、物理的な強度は比較的低かった。微小操作手で力を加えると、劈開面(へきかいめん)に沿って簡単に割れた。

 薬品に反応しないことから、成分分析は難航した。

 しかし、手掛かりは意外なところから得られた。毒性を調べるため、細かく砕いた結晶の粉末をミジンコに与えた時だった。ミジンコの体内に取り込まれた結晶が、まるで溶けるようにスッと消えてなくなったのだ。その直後、ミジンコは狂ったように泳ぎ回り、そしてバラバラになって死んだ。実験動物を変え、ショウジョウバエや小魚でも試したが結果は同じだった。結晶は生命体にのみ反応した。明らかに通常の物質ではなかった。



 そしてその三日後、明らかになった結晶の正体は予想外のものだった。

「結晶化した未知のウイルスです」研究員が言った。

「主成分はタンパク質と核酸ですが、魔力を帯びているため異常な耐久性があります」

 ウイルスは生物ではない。細胞構造を持たず、DNAまたはRNAといった核酸がタンパク質の殻で包み込まれた物質に過ぎない。そのため条件を整えれば結晶化して取り出すことも可能だ。

 塩基配列が調べられたが、そのサイズは通常のウイルスゲノムとは比較にならない程巨大で、膨大な情報が含まれていることを暗示していた。しかし、なぜマイロン街の遺骨に未知のウイルスの結晶が付着していたのか、この発見で謎はさらに深まった。




 魔術犯罪特別捜査班ではもう一つ別の進展があった。犯罪捜査の点ではこちらがより重要だった。

 容疑者の顔が判明したのだ。


 魔術捜査班研究所、心理感応研究室。

 昼間からカーテンを閉ざし密閉した部屋の中。アイマスクをした十数名の男女が、机の上に置かれた様々なガラクタに次々と触れている。靴の片方、破れた布地、壊れた人形、ブレスレット……これらはすべてマイロン街の事件現場から回収された遺留物だった。

 彼らは全員、サイコメトリー能力を持った捜査官だった。



 奇妙なことに、マイロン街からは犠牲者の霊魂が消滅していたため、死霊と感応して情報を入手するのは不可能だった。しかし、現場から回収された無数の遺留物には、犠牲者の残留思念が残されていると考えられた。そしてそこには、犠牲者が目撃した犯人の姿の記憶も残されている可能性があった。

 しかし、物に残されたイメージは断片的で、混沌としている。おまけにそのイメージは所有者の死の直前の記憶とは限らない。ずっと以前、場合によっては何十年も昔の、所有者にとって印象深い瞬間が焼きつけられていることも多いのだ。

 捜査官たちは粘り強く遺留品からイメージを読み取り、あの事件の夜の記憶を留めた品だけを選り分けていった。そのような選別を何回も繰り返した後で残されたのが、今、テーブルの上に積まれている数十点の品物だった。どれも、事件の瞬間の記憶が深く刻み付けられているものばかりだ。


 死の瞬間の凄惨なイメージを読み取り続ける作業は、捜査官たちに多大な精神的なストレスをもたらしていた。目の前で恋人の無惨な死を目撃した後に死亡した青年の記憶。子供への土産を手に家路を急いでいて事件に巻き込まれて死んだ中年男性の記憶。母親の腕の中で訳が分からないまま死んでいった赤ん坊の記憶……唐突に人生を断ち切られた犠牲者たちの無念の記憶。思わず目を背けたくなる衝動に抗い、捜査官たちはそれらのイメージの細部に必死に心の眼を凝らし、事件の証拠を集めていった。

 そして、ついにその苦労が報われる時が訪れた。



 死の記憶の片隅に残されていたイメージを総合した結果、浮上してきたのは、群衆の中に立つ怪しげな男の姿だった。

 フードを目深に被った長身の男が一人、混雑した通りの真ん中で何をするでもなくただ突っ立っている。その周囲を買い物客たちが避けるように通り過ぎていく。その直後、男の周囲で買い物客たちの体が次々と破裂し始めた。周囲一帯は騒然となる。しかしその男だけは何事も起きてないかのように平然と立ちつくしている。それどころか、フードの下に覗く口元は明らかに笑みを浮かべている。やがて男は向きを変え、どこかへ歩み去った。その瞬間、空に浮かぶ魔術広告の光を浴びて、男の顔が一瞬だけ照らし出された。

 ほぼ間違いなく、この男が犯人だった。


 捜査官たちは、「念写の呪法」で読み取った男の顔のイメージを写真の上に焼き付けた。

 黒い髪、黒い瞳、釣り上がった切れ長な眼。こけた頬には無精ひげが散っている。顔の作り自体はハンサムと言えるかもしれない。だが、その表情や眼つきから醸し出される禍々しい雰囲気は写真でも見間違いようがなかった。


 男の写真はただちに印刷され、王都守備隊はそれをもとに容疑者の捜索を開始した。また、王都全土に容疑者の顔写真を掲載した手配書が配布され、壁に掲示され、市民への情報提供が呼びかけられた。容疑者の確保は時間の問題であった。

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