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42話 人外同盟

 王都に林立する摩天楼の足元。

 ひたすら上へ上へと成長を続ける高層都市から取り残された地上は、一日中陽光が届かぬ影の世界だった。摩天楼の重量を支える巨大な基礎や、産業革命以前の旧市街の残骸は、無秩序に増築されたバラックの集合体に覆いつくされている。そこは都市の法の支配の及ばぬスラム街だった。その混沌は、社会の競争から落伍した敗者たちや、行き場を失った地方からの流民、都市から排斥された異端の存在たちを受け入れ、いや、貪欲に飲み込んで成長を続けてきた。



 獣人たちのアジトを出た蜥蜴人(リザードマン)のカシェラは、薄暗いスラムの小道を歩いていた。軒を接するように密集するバラックの隙間からは、頭上にそびえる高層都市が朝の光に白々と照らされているのが見える。バラックから垂れ流された汚水が小川となって、ゴミだらけの道の真ん中を流れている。それを避けながらカシェラは歩いていく。

 


獣人たちに戦い方を教えたのはカシェラだった。

彼がこの王都にやってきた一年前、獣人たちはスラム街の片隅で世間の目を逃れて細々と暮らしていた。都市の人間たちの快楽の玩具として使い捨てられた彼らは、ここで肩寄せ合い、傷をなめ合って余生を送るだけの存在だった。夢もなく、誇りもなく、その人生には目的など何もなかった。いまでは獣王などと名乗っているヴァルゴでさえ、かつてはそうだったのだ。


 ヴァルゴも本来は媚獣であったが、その容姿の醜さのせいで男娼への道は歩まずに済んだ。しかし代わりに歩むことになった人生はさらに過酷なものだった。

 地下闘技場の闘士。

 非合法の地下闘技場ではデスマッチが連日開催され、勝負は賭博の対象となっていた。そして、その収益はマフィアの懐を潤した。

 ヴァルゴはそこで人間の闘士たちを血祭りにあげる猛獣として飼われていた。

 彼は生きるために必死に戦った。闘技場のトレーナーに施された薬物による強引な筋肉増強や厳しい訓練にも耐え、一獲千金のファイトマネーを狙う挑戦者たちを屠り続けてきた。しかしそこに勝利の喜びはなかった。彼は悪役(ヒール)であり、彼が勝っても客席から飛ぶのはブーイングだけだった。それが、カシェラが出会った当初のヴァルゴの姿だった。ある日、カシェラは闘技場に侵入し、ヴァルゴの脱走に手を貸した。


 カシェラは獣人たちに人生とは自らの意志で切り開ける物であることを説いた。そして心の支えとして、「人外の民」の間に広く流布するある神話を教えた。それは次のような内容だった。



 リザードマン、サハギン、巨人族、獣人族、オーク、フェアリー類、トロル、ヴァンパイア、竜族、蟲族……かつて、多種多様な人外の種族が大陸全土を闊歩し、人間を脅かしていた時代があった。彼らは現在の末裔からは想像できないほど力強く、獰猛な存在だった。そしてそんな人外たちの上に君臨していたのが「偉大なる暗黒の獣」またの名を「魂を喰らう王」。しかし王は「敵」との戦いに敗れ、この世界を去った。しかし、いつの日か王はこの世界に戻り、再び人外に繁栄の日々が訪れるであろう。



 カシェラはこの神話を信じてはいない。ただ、自分たち人外の民が一方的に人間に虐げられるだけの存在ではないのだという自信と、救済の希望を与えてくれる。だから利用しているに過ぎない。しかし、種族によっては神話を頑ななまでに盲信している場合もあった。沼地のサハギンがそうだった。あの時は相互の行き違いからオークと戦闘状態に突入してしまい、サハギンの滅亡という悲劇的な結末を招いてしまった。カシェラは苦々しく思い返した。

 今度の獣人たちで同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。

 世界各地で各個撃破され、滅亡の危機に瀕しているすべての人外種族に戦い方を教え、団結させ、人間の一極支配を打破する。それがカシェラの夢だった。そして今、カシェラは夢の実現に最大の貢献をしてくれるだろう種族の元へと向かっていた。




「よう、カシェラ。奴らはどうだったよ」

 とあるバラックの一室。薄暗い部屋の中で、椅子に座った男が言った。両足を机の上に投げ出して座るその男はひどく小柄だった。しわくちゃのしかめっ面は土気色で、歯並びの悪い口からは短い牙がはみ出している。頭に安ぴかの兜を被っているのが滑稽な印象を与える。

 彼はオークだった。その名はザイイラ・コルドバヴ・イ。ザイイラール一家の元当主。

 一年前、サハギンや謎の男との戦いで一家の主力メンバーを失った彼は、生き残った一家を引き連れてカシェラと共に王都デリオンに移住していた。


「勝利の味に酔っていたよ。初めての戦闘を伴う救出作戦での成功だからな」カシェラは言った。

「なんだか危なっかしいなぁ。調子に乗った素人ほど無茶をやりたがるからな」

「そこは釘を刺しておいた」

「本当に大丈夫なんだろうな?今この段階で暴走されれば、俺たち全員に危険が及ぶぜ」


「まったくだ!」その時、別の男の野太い声が上がった。

「何のために俺たちが縄張りと古くからのしがらみを全部捨てて、この街にやってきたと思ってる!」

 それまで部屋の隅のくたびれたソファに寝そべって話を聞いていた男だ。


 この男もオークだった。バルモ・ウルトング。ザイイラール一家と長らく対立関係にあったウルトング一家の元当主だった。ザイイラと正反対の体格の、腹が突き出た肥満の巨漢だ。バルモの紫がかった禿頭には太いミミズのような血管が走っている。血管をひくつかせながらバルモは続けた。


「俺たちオークは人間とドンパチするためにここに来たわけじゃねぇ。この都市に住み着いて少しずつ数を増やし、社会に浸透していって発言力を高める。そういう平和的な方法で世界を変えるのが目標じゃなかったのか?えぇ?

 獣人とか言ったか?やたらと人間にたて突くようなマネをするような無謀な連中と連帯してることが万一人間にばれたら、俺たちオークまでヤバくなるんだぞ!」バルモは一気にまくし立てた。

「くくくくっ……泣く子も黙る武闘派で知られたウルトング一家のバルモ様ともあろうものが、ずいぶん丸くなられたもんだ」ザイイラが、椅子にもたれながら言った。

「黙ってろザイイラ!」バルモが吠えた。

「へいへい……くくくっ」

「二人とも止すんだ。獣人に関しては今後継続して監視を強化する事にしよう。兵力増強を名目に、獣人部隊にオークを何名か送り込むことで対処したいのだが、どうだろうか」

「いいだろう。うちの若いのなら十人ほど送れるぞ」バルモが唸るように言った。

「すまねぇ、うちはちょっと余裕がねぇ。代わりに他の一家にも声をかけておく」ザイイラが言った。

「二人とも、助かる」

 

 そう、オークたちこそが目的実現のカギとなる種族だった。すべての人外種族の中で最大の個体数を誇る彼らは、知能もそこそこ高く、意欲的で、何より適応力が高い。しかし、これまでその潜在能力は細分化された氏族間の果てしない抗争に空費されてきた。

 カシェラはオークたちの空しい抗争を終わらせるため、長年にわたって奔走してきた。多くの一家を食客として渡り歩き、彼らと一緒に戦い、同じ釜の飯を食う事で信頼を勝ち得てきたのだ。


 それでも長年の対立を終わらせるのは容易な事ではなかった。しかし、一年前のあの出来事が決定打となった。サハギンの沼地での謎の男との戦いで、一家の幹部の半数を失ったザイイラール一家の当主ザイイラは決断した。これ以上抗争を続けることは不可能だ。王都デリオンへ行こう。

 しかし、ザイイラが予想外の非凡さを発揮したのはその後だった。対立関係にあった他の一家と粘り強く交渉し、何と周囲一帯の全十八家と講和し、デリオンへの同行の約束を取り付けたのだ。過去に例のない和解は全オーク社会に衝撃をもって受け止められた。そして平和への道は他地域のオークたちにもドミノ倒しのように波及し、今や氏族間抗争は急速に過去の物となりつつあった。


 その過程で明らかになった事実があった。裏で氏族間抗争の引き金を引いていた者の存在だ。言うまでもないが人間、そしてエルフだった。彼らはオークの勢力をそぐために絶えず干渉し、同族間で相争わせていたのだ。それがオークたちの怒りに火をつけた。そして、オークという種族全体の団結力をより強固なものにした。

 この都市からすべてが変わる。それもそう遠くない未来に。カシェラは確信していた。

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