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41話 生贄の儀式

獣人族(ライカンスロープ)!獣人族!獣人族!ウオオオオオ!!」

 場内は獣たちの熱狂の渦に満たされた。そんな中、篝火の燃え盛る舞台上では粛々と儀式が進行していった。


「これより、生贄の儀式を行う。生贄を前へ」


 舞台中央に立つ巨漢の獣人が言った。それと同時に場内の獣どもの興奮が一段と激しさを増した。

「ウオオオオオオオ!!」

「獣王!獣王!獣王!獣王ヴァルゴ!!」

「ヴァルゴ様ーっ!!」


 グレンと娼館の店長と店員レギスは、監禁者たちに腰縄を引かれて舞台中央へと引きずり出され、それぞれ二人がかりで強引に床の上に押し倒された。三人の前の床には大きな鉄の盃が三つ並んでいた。その用途は明らかだった。舞台中央の演壇では、醜い巨漢、獣王ヴァルゴと呼ばれた男が巨大なナイフを手にしていた。ナイフの刃が篝火を反射してギラリと赤く輝く。


「…やめて……やめてくれ。たのむ」レギスが泣きながら命乞いをした。


 グレンも必死に身を振りほどこうと抵抗しているが、背中と肩を押し付ける獣どもをはねのける事ができない。グレンの全身に脂汗がにじむ。横目で監禁者たちの方を見る。いつの間にか彼らは頭巾を脱ぎ素顔を晒していた。彼らも全員、媚獣だった。ただしオスの媚獣だ。いずれも精悍な顔つきの若い男で、顔には深い傷跡が走り、耳のどちらかが欠けている。群衆の熱狂とは対照的に、グレーの瞳はあくまで無表情だ。


 群衆を前に獣王ヴァルゴが語り始めた。

「この者どもは今回の作戦で生捕った捕虜である……。我らが同胞たちに汚らわしい行為を強要し、それで私腹を肥やしてきた外道どもだ。同胞たちの体で稼いだ金で自分たちだけは贅沢三昧な暮らしを送り、その一方で同胞たちは劣悪な環境に監禁し、稼ぎの分け前どころか、行動の自由さえいっさい与えなかったのだっ!……我々の救助部隊が突入した時、同胞たちは汚物にまみれ、ゴキブリの這いまわる狭苦しい地下牢にまとめて押し込められていたのだっ!!」

 はじめは穏やかであったヴァルゴの口調は次第に熱を帯び、最後には怒りの絶叫に変わっていた。その目、人間のような左側の眼には涙がにじんでいた。会場の群衆は水を打った様に静まり返っていた。聴衆の瞳の怒りの炎は一段と激しさを増した。


「万死に値する外道どもよ。その罪は汝自身の血で(あがな)われる……」

 ヴァルゴは床に押し付けられた店長に歩み寄った。そしてナイフを高々と振り上げると、一刀のもとにその首を叩き落とした。舞台の上を頭部が転がり、首の切断面から真っ赤な動脈血が噴き出した。すかさず手下の獣が盃をあてがう。鮮血が盃をなみなみと満たしていく。


「ひぃぃぃ」

 レギスは悲鳴をあげ、文字通り死にもの狂いで抵抗した。そのあまりの勢いに拘束者がはねとばされそうになった。しかし、それもヴァルゴ自身の屈強な腕で取り押さえられるまでだった。床の上で眼を血走らせたレギスの喉にナイフの切っ先が滑りこむ。たちまち傷口から溢れ出した鮮血が第二の盃を満たしていった。



 床に押し付けられたグレンの視野の中を、ヴァルゴの大きな足が近づいてきた。強い毛で覆われたつま先からは鋭い鉤爪が突き出している。このままでは殺される。やるなら今しかない。


 バチッ!

 後ろ手に縛られたグレンの両手の間で、青白い電光が走った。背中からのしかかるようにしてグレンを押さえ付けていた拘束者の体が後方に弾き飛ばされた。「気絶(スタン)の呪法」。おもに森の猛獣から身を守ることを目的とした魔術。両掌の間に電圧を発生させ、触れた対象に電撃ショックを与える。グレンが知っている唯一の攻撃魔術だった。

 これまで全く使用したことがなかったので、どれほどの威力が出るのかはグレンにとっても完全に未知数だった。しかし、効果は予想以上に絶大だったようだ。グレンの拘束者は二人とも気絶し床の上に伸びていた。直接グレンの手が触れた方の拘束者の服は焦げ、煙が立ち上っている。あの様子では死んでいるかもしれない。


 突然の事態にヴァルゴやその手下たちはひるんでいた。

「フーシェ!来るんだ!」グレンは叫んだ。

 フーシェは他の媚獣と一緒にステージの端で一塊になって怯えていた。グレンの呼びかけにもおろおろと戸惑うばかりでその場から動こうとしなかった。

「何をしてる!早く!一緒に逃げるぞ!」

 再度急かされて、ようやくフーシェは他の媚獣たちから離れてグレンのもとに走り寄った。

 しかし、それで貴重な数秒が無駄になってしまった。その間にヴァルゴや手下たちはすっかり気を取り直してしまった。気が付けばすでに二人は退路を断たれていた。



「奴に直接触れるな!棒を使え!木の棒だ!」ヴァルゴが命じた。

 ヴァルゴの手下の獣たち十名ほどが長い棒を手にグレンとフーシェを取り囲んだ。フーシェはグレンをかばうように包囲する獣どもとの間に立ち塞がり、髪を逆立て歯をむき出しにして「フーッ!」と相手を威嚇した。

「我が同胞よ。なぜこいつをかばう。こいつはお前の敵なのだぞ」

「フーッ!」フーシェは威嚇を続ける。

「愚かな。構わん、こいつもろとも捕えよ!」


 四方八方からいっせいに棒が突き出され、振り下ろされた。グレンは必死にフーシェをかばいながら抗戦しようとした。しかし、触れるだけで電撃を放てる魔術があるとは言え、後ろ手に縛られたままではあまりに分が悪かった。グレンは袋叩きにされ、ついには鳩尾を突かれて床の崩れ落ちた。そこにフーシェが寄り添う。彼女も全身を打たれ、アザだらけになっている。


 ヴァルゴはフーシェを荒々しく払いのけた。そしてグレンの体に手をかけて、床から高々と持ち上げた。グレンの両手には触れないよう細心の注意を払っている。グレンは腫れ上がったまぶたの間からヴァルゴの表情を見た。彼は怒り狂っていた。

「いらぬ手間をかけさせおって。儀式が台無しだ。貴様には斬首のような殺し方は手ぬるい。我が鉤爪で腹をかっさばき、生きたまま血塗れのはらわたを引きずり出してくれるわ!」

 もうダメなのか。自分はこんな所で訳も分からず殺されるのか。媚獣を助けに行って、媚獣に殺されるとは何という皮肉だ。グレンの内心を絶望が満たし始めた。

 しかし、グレンの意識が薄れゆくとともに、何か別の存在が心の奥底から立ち上がり始めた。腫れて塞がりかけた目に異様な深い緑の輝きが宿り、顔つきが齢数百歳を経て老成した人物のように変わっていく……。



「手を離せヴァルゴ。その辺にしておくのだ」

 その声は意外な人物から放たれた。ヴァルゴのすぐ後ろに控える手下からだ。その声は穏やかでありながら相手に有無を言わせぬ迫力を持っていた。その口調はまるでヴァルゴに命じるようで、とても手下のものとは思えない。他の手下たちが全員頭巾を脱ぎ捨て素顔を晒している中、この男だけがまだ黒い覆面を目深に被っている。覆面にあいた穴からは、大きな金色の両目だけが覗いていた。

 ヴァルゴは憤然と振り返ったものの、やがてその人物の言った通りに、渋々といった感じでグレンの体を床に下ろした。


「こいつは解放してやるのだ。あの娘と一緒に」頭巾の人物が言った。

 ヴァルゴはなおも納得いかない様子ではあったが、結局その言葉に従った。

「……行け!我が前から去れ!俺の気が変わらぬうちにな!」ヴァルゴはグレンに言い捨てた。

 グレンは意外な成り行きに戸惑いつつも、この機会を逃さなかった。よろめきつつもフーシェと手を取り合い、異様な空気の渦巻く廃棄された劇場から逃げ出した。




「どういうつもりだ!俺の顔に泥を塗りおって!釈明してもらおうか!」

 儀式が終わった後、ヴァルゴは凄まじい剣幕で覆面の男に詰め寄った。

 場所はヴァルゴの私室。室内には豪華な装飾品や絵画が所狭しと並んでいる。すべて略奪品だ。

「お前は命拾いをしたのだ、ヴァルゴ」

「命拾い?」

「気付かなかったのか。あの若者の内に潜む異様な気配に。あの劇場内にいる者全員を一瞬で皆殺しにできるほどの存在に。お前は不用意にも、もう少しでそいつを目覚めさせるところだったのだぞ」

「馬鹿な。気のせい、思い過ごしだ……」そう反論しつつも、ヴァルゴは少し自信なさげだった。

「俺の勘に外れはない。この勘のおかげで、俺はこれまでいくつもの修羅場を潜り抜け、生き延びてこれたのだ。さっきは本当に危ないところだったのだぞ」

 そう言うと、男は覆面をはぎ取り、素顔を晒した。

 その顔は赤い硬質の鱗で覆われていた。蜥蜴人(リザードマン)だ。


「わかったよ。あんたがそこまで言うのなら、そうだったんだろう。つい熱くなってしまった。済まぬ、同士カシェラよ」

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