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39話 不法侵入

 午前二時。店先に灯されていた照明がフッと消えた。

 しばらくして、店の裏口のあたりに動きがあった。三人の男たちが姿を現した。店員だ。一人が何か冗談を飛ばしたらしく、あとの二人がゲラゲラと野卑な笑い声を上げた。その声が深夜の静まり勝った街角に響く。そうやって彼らは談笑しながら、路地の入口に向かって歩き去った。

 その後もしばらくじっとしたまま、グレンは店を見張り続けた。



 グレンがその店、ウールト・ミッチェ (おしゃまな子猫)の監視を始めて一週間が経った。

 工場での仕事を終えた後、夜な夜なその店の前に潜み、店員たちの動きを調べた。

 毎晩、午前一時に閉店。店員たちは後片付けや売上金の集計や管理などを済ませた後、午前二時に施錠し店を離れる。その後、翌朝まで店は無人になる。それが基本的なパターンだった。店員の数は計五名で、日替わりで三名ずつが通いで勤務している。媚獣(びじゅう)たちが店の外に連れ出されている様子はなかった。ずっと店内で監禁されているようだ。そして、店の施錠は物理鍵だけで、魔術鍵は施されていない。

 以上が、グレンが一週間の監視でつかんだ情報だった。



 グレンはあくびを噛み殺した。ここ一週間、寝不足が続いている。

 彼は「擬態の呪法」で体の表面の明暗のパターンを変化させ、夜の路地に完璧に溶け込んでいた。この一週間、彼の存在に気付く者は誰もいなかった。彼の姿は路上に放置されたガラクタかボロ布のようにしか見えていなかっただろう。


 グレンは偽装を続けたまま、道を横切って店に近づいた。建物の横手に回り込み、影に包まれた通路を店の裏口へと進む。裏口の扉は外から頑丈な(かんぬき)をかけられ、錠前で施錠されていた。

 明らかに、外からの侵入より、中からの脱走を防ぐ事を目的としている。

 グレンは錠前に触れて思念を集中した。「透視の呪法」を使い錠前の内部構造を透かし見ながら、針金を探り入れる。内部のピンを動かすと錠前は簡単に外れた。

 重い閂を抜き取り、扉を開けて店内に踏み込んだ。


 目の前には暗い廊下が伸びていた。廊下にそって個室の扉が並んでいる。媚獣の娘たちが客の相手をする部屋だ。個室の扉には鍵がついていない。念のため個室の扉の一つを開けてみたが、中はやはり無人だった。少女たちは店内の別の場所に監禁されているようだ。

 事務所、炊事場、シャワー室を通り過ぎる。そのどこにもいない。階段を登り、二階を確認する。ここは客相手の個室が並んでいるだけだったので一階に戻った。

 やがて、廊下の突当りに目立たない扉を見つけた。扉は外から錠前で施錠されていた。ここに違いない。裏口の扉と同じように針金を使い開けた。その先は階段だった。下りの階段が地下室に向けて伸びていた。地下から漂ってくる甘い匂いは、まぎれもなく少女たちの匂いだった。この先にフーシェがいる。

「……今行くからな。待ってろよ」

 グレンは階段へと一歩を踏み出した。


 突然、グレンは背中に一撃を受けた。倒れそうになりとっさに壁に手をついて体を支えたが、さらに脇腹に重い蹴りを食らって吹っ飛び、床の上に転がった。


(あん)ちゃんよぉ、困るなあ」店員の一人だった。さっき裏口から出ていった男だ。

「うちの商売道具を泥棒されちゃあなぁ」

 男は床に横たわるグレンの背中の上に馬乗りになり、のぞき込むように顔を近づける。そしてグレンの顔面に二発、拳を叩きこんだ。鼻が折れ、右の鼻から血が流れ出した。

「ぐ……」

 なぜだ、なぜ侵入がばれたのだ。警報魔術のたぐいは何もかけられていなかったはずだ。


 その時、もう一人の男が現れた。金のネックレスをした太った男だ。その男が言った。

「勘だよ。プロの勘ってやつさ。店で見かけた時から、お前はいつかやると思ってたよ。俺もこの商売長いからわかんだよね。

 結構いるんだよ、お前みたいのがさ。足しげく店に通った挙句、暴走しちゃうのが。今から俺らがちょっとお灸をすえてやるから、頭冷やすんだな」

「……この豚野郎どもが」グレンは吐き捨てた。

 すかさずグレンの顔面に太った男の蹴りが飛んだ。

「やる事やっといて粋がってんじゃねーぞエルフのガキが。いい事教えてやろう。お前の入れあげてる娘、フーシェな、お前とやった後、次の客にもまったく同じように尻尾振ってうれしそうに股開いてるぜ。お前のことなんかこれっぽっちも覚えちゃいねぇ。媚獣(あれ)はそういう習性の動物なの。ドーブツ。人間じゃない。わかる?」

「違う……彼女は動物じゃない……」

「やれやれ、こりゃ重症だな。おいレギス、ちょっときつめに痛めつけてやれ」

「へい店長」

 レギスと呼ばれた男はグレンの腕をつかむとねじり上げた。グレンの腕に激痛が走った。

 グレンは迷っていた。魔術を使えば反撃することは可能だった。しかし少し加減を間違えれば相手を殺してしまうだろう。そうなれば自分は追われる身となってしまう。二人を殺してでもフーシェを救い出し、都市の外へ逃げるしかないのか。その可能性まで覚悟した上で行動を起こすべきだったのだ。甘すぎた。

 グレンの腕に加えられる力が増した。このままでは腕を折られてしまう。



 その時だった。爆発音が轟いた。店の表玄関の方向だった。

 店員たちはギョッとして顔を見合わせている。グレンを締め上げる男の力が緩んだ。その機会を逃さず、グレンは男の下からもがき出た。

 爆発で発生したもうもうたる粉塵の雲があたりを包み込む中、玄関の方向から複数の人物がこちらに走ってくる足音がした。店内は照明が消えている上、煙のせいで真っ暗で様子が見えない。闇の中で呻き声が上がった。店員の男二人の声だ。と、思う間もなく、グレンは後頭部を殴られ、意識のない暗黒の中へと真っ逆さまに落ちていった……。

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