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37話 殺戮その後

 男との戦闘の場から数百メートル離れた、とある路地裏。

 表通りの喧騒から遠く離れ、影に包まれた路地裏にはゴミ箱と空き瓶が並ぶのみ。その片隅にうずくまる人影があった。

「やれやれ、危ないところじゃった……」

 グレン/レオドはつぶやいた。

 彼は大きな四角いゴミ箱に背をもたせかけ、足を投げ出して座り込んでいる。

 魂食獣(ソウルイーター)の男の強さは想定を超えていた。まさかあらゆる物質を粉砕する「裁きの光柱」をその身に受けながら反撃してくるとは。しかもあれほど強力な魔術で。もし「空間転位(テレポート)の秘法」の発動が0.5秒でも遅れていたら……あの鉄塊に押し潰され、この少年(グレン)の肉体は完全に破壊され死に至っただろう。依代の死は憑依しているレオドの精神にも計り知れないダメージを与える。


 ここはいったん退き、体勢を整える必要がある。もはや彼奴を場当たり的な攻撃で葬り去るのは不可能だ。その段階は過ぎてしまった。彼奴の生活を継続的に監視し、その弱点を探り出すのだ。そのためにはこの地に住まう町エルフたちの協力を取りつけなければ。さらには、聖地の森から上級戦士たちを何人か派遣する必要もあるだろう。


 しかし、と、レオドは男の目を思い出していた。内心の弱さを映し出すかのようなあの目。あれは悪魔の目などでない。それどころか戦士の目ですらなかった。心の奥に怒りや戸惑い、怯え、孤独感を抱えた人間の見せる、弱い目だった。


 今回出現した魂食獣(ソウルイーター)は人間の姿をしているが、それはあくまで表面的な擬態に過ぎない。その本質は本能のおもむくまま魂を捕食し続ける、心なき野獣。これまでレオドはそう考えていた。しかしあの目を見て考えを改めた。あの目の裏側には間違いなく心がある。それも弱さを抱えた人間の心が。

 伝説によると、かつて存在した魂食獣(ソウルイーター)は、捕食した魂からその生命力や魔力、知識だけを搾り取り、人の心などは顧みなかったという。今回の獣は人の心をも吸収するのだろうか。それとも、なにか我らの想像を超えた事態が起きているのか。

 恐るべき怪物であると同時に、卑小な人間の心を持った存在。とにかく、心にこそ攻略の鍵があるに違いない。


 その前に、まずは手当だ。グレン/レオドは投げ出した両足に目を向けた。

 グレンの両足はグニャグニャに折れ曲がっていた。膝から下の骨が粉々に砕け、さらに足の肉は内出血でどす黒く変色し腫れ上がっていた。痛覚を遮断していなかったら激痛にのたうち回っていただろう。

 グレン/レオドは治癒の魔術を使い始めた。負傷した両足が見る間に修復されていく。

 依代は大切に使わぬとな。傷を癒した後、ひとまずこの肉体を持ち(グレン)に返し、ゆっくりと休息を取らせるとしよう。




 男とグレン/レオドの戦闘開始と時を同じくして、マイロン街中心部に王都警備隊が到着した。

 軍用飛行車数十台で駆けつけた彼らが見たもの、それは通りの端から端まで、雪のように降り積もった真っ白な灰と、通りのあちこちで茫然自失する人々の姿だった。現場に残された遺体は完全に灰化しており、被害者の身元どころか、正確な人数さえ把握するのが困難な状況であった。そのため、魔術犯罪特別捜査班への出動要請がなされた。

 

 近代魔術の普及に伴い、魔術を悪用した犯罪は後を絶たなかった。通常の捜査手段では対処不能なこれら魔法犯罪に対応するため設立されたのが魔術犯罪特別捜査班、通称「魔捜班」だった。


 事件現場の異常な状況および目撃者の証言から、犯行に魔術が使用されたのは間違いなかった。目撃者の情報を総合すると、空間の歪み、または高密度の気流の渦のようなものが人々を殺傷したようであった。証言と現場に残ったわずかな痕跡を手掛かりに、魔捜班所属の魔道士は短時間で凶器となった魔術を特定した。


「ええ、ほぼ間違いなく、旋風の呪法ですね」魔道士は言った。

「人体の破裂を引き起こす魔術にはいくつかありますが、この遺骨の断片を見ると爆発または潮汐力ではなく遠心力による破壊であることがわかります。ほら、ここの部分です。わかります?」

「さらに、微弱ですが現場の気流にまだ乱れが残っていました。風魔術を使用した時に残る痕跡です。以上を総合すると旋風の呪法である可能性が非常に高い。これはエルフ魔法に属する、旋風を自在に操る魔術です。普通はつむじ風を起こす程度の魔術ですが、回転速度および渦の安定性、密度を調整すれば人を殺傷する事も十分に可能でしょう」

 魔道士は早口で説明した。明らかに、特異な事件に遭遇した興奮を隠しきれていない。


「いっぽう、旋風の呪法で殺された人たちの遺体ですが、完全に灰化していることから、八百度以上のかなりの高温で焼かれたと思われます。犯人が証拠隠滅を図ったのでしょう。しかし御覧の通り、建物や生存者への延焼はゼロ。焦げ目さえついてない。まだ未確定ですが、発火呪法の一種「火葬の呪法」の可能性が高い。ちなみにそれもエルフ魔法です」

「いやしかし、すごい技術ですよこれは。数百名分の肉体を瞬時に焼き尽くす膨大な火力と、延焼を防ぐ繊細な制御を兼ね備えている。まさに神業だ……」


「考えられる犯人像としては、魔術の高等教育を受けたエルフですね。事件の規模を考えると複数人による無差別殺傷テロとしか考えられません。殺害実行班と証拠隠滅班それぞれ数名程度の。おそらく何らかの過激思想集団またはカルト教団なのかもしれませんね」

 そう言うと彼は捜査に戻って行った。



 魔捜班の調査により、さらに異様な事実が判明した。

 犯罪現場に漂う被害者の霊魂から事件の情報を入手するのは、魔術犯罪捜査の常道だ。死者の霊魂は時間が経つにつれて急速に揮発していくため、捜査はまさに時間との勝負になる。マイロン街に急行した魔捜班所属の霊媒師たちは現場にまだ浮遊している被害者たちの霊魂と交感しようとした。


「しかし奇妙なことに、私たちの誰も、いかなる霊の存在も感じ取ることができなかったのです」

 戸惑い気味にそう語るのは、魔捜班の霊媒師だ。まだ二十代半ばの黒髪の女性だった。

「事件現場は魂の空白地帯でした。まるで事件から百年以上が経過したかのように、通りからは完全に死者の魂が消滅していたのです。あらゆる証言、証拠から、私たちが到着するほんの数十分前に大量虐殺が行われたのは間違いありません。本来なら膨大な数の死者の霊たちがまだあたりを彷徨っているはずでした」

 まるで拭い去られたかのように通りから霊魂が消滅していた現象に対して、彼らは筋の通った説明をすることができなかった。ある捜査員は、霊魂を消滅させる未知の魔術が使われた可能性を示唆した。



 現場から姿を消した犯人を捜索するため、事件直後から王都全域の道路および飛行空路には非常線が張られ、検問が開始された。しかし初動捜査の遅れのせいか、結局、犯人と思われる人物は見つからなかった。

 事件との関連は不明であるが、その夜、マイロン街から五百メートルほど離れた一角で、浮揚車両十台が絡む事故が発生していた。この件に関しては浮揚魔法の暴発事故と、魔法犯罪の可能性の両面から捜査が開始された。


 こうして、マイロン街大量殺戮事件の夜は更けていった。

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