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33話 マイロン街の殺戮①

 夕刻。

 ひときわ高くそびえる中央産業タワーの影が、日時計の針のように長々と東に伸びる頃。

 王都の通りは仕事を終えて帰宅する人々で混雑していた。地上だけではない。空中も種々様々な飛行車、飛行艇、浮揚船で渋滞していた。

 そんな中でも特に人の多い街区があった。

 マイロン街。様々な商店が軒を連ねる、王都デリオンでも特ににぎやかな界隈だった。商店には世界各地から送られてきた多様な物産が並び、この街で手に入らない物は何もないと言えた。帰宅者たちは商店に立ち寄って買い物したり、商店に混ざって点在するレストランで夕食を取ったりしていた。

 そんなマイロン街の一角に、うっそりと立ちつくす人影があった。


 男はにぎやかな街の風景を眺めていた。

 夕闇迫る街角に、つい先ほど街灯が点灯し始めた。街灯は昼光色のやわらかな光を周囲に投げかけている。商店の店先では色とりどりのディスプレイが光を放ち、通りの上空では魔法の光が明滅して広告を描き出している。

 まるで梅田か、三ノ宮の繁華街だな。男は前世の町の風景を思い出した。

 買い物客の流れが男を通り過ぎていく。

 華やかな町の中で、男の雰囲気だけが浮いていた。黒っぽいコートを着込み、目深にフードを被った男の姿は、着飾った人々の中で異様だった。人々は男から距離を置き、男の周囲だけぽっかりと空間ができていた。まるで男の体が強烈な悪臭を放っているかのようだった。

 男はこの街に買い物に訪れたわけではなかった。



 その日の昼間、自室(と言っても人を殺して奪ったものだが)で魔術百科を読んでいた男は、とある魔法の記述に目を引かれた。

 読んですぐ、自分がこの魔術を使える事がわかった。

 そして男が使える魔術の中では、最も大量殺人向きだという事も。

 長く求めていた物をようやく手に入れたような気分だった。部屋の中で威力を最小限に抑えて、ダミー人形に試し撃ちしてみたが、効果は申し分なかった。

「くくく……これはいい」

 ズタズタに引き千切れ、内容物を飛び散らせたダミー人形を見ながら、男は笑った。

 これでようやく、この都市に来てから温めていた計画を実行に移せる。


 男は王都デリオンに来てからは殺人は最小限にひかえていた。ホームレスだった頃に身を守るためごろつき一人を殺し、金や物を手に入れるために、この部屋の元住人リオを含めさらに三人を殺害しただけだった。初めからあまり派手にやりすぎるのは自重していた。この大都市の警察/軍事能力を警戒したからであった。

 手持ちの魔術と武器だけでも、前世の大阪無差別大量殺人程度の事なら簡単にできただろう。しかし男の究極の目的はさらに高いところにあった。

 世界有数の大都市、この王都デリオンを滅ぼす。


 大阪での事件を経て男は学んだ。たかだか数十名殺しただけでは、所詮ワイドショーのネタに過ぎないという事を。

 獄中にいた男は、事件後の世間の動きを弁護士から聞かされた。男の事件はマスコミの話題を独占したが、それもせいぜい一ヶ月が限度だった。次々に起きる新たな事件、事故のニュースに取って代わられ、大阪の事件は間もなくテレビや新聞から消えていった。被害者の遺族は深い悲しみや怒りを抱き続けたが、それ以外の世間の大半の人間は事件の事などすっかり忘れ去ってしまった。ネットにうごめく社会に鬱憤を抱えた連中にとっては、男の事件はいっときの娯楽でさえあった。自分はピエロでしかなかったのか。男は絶望した。

 自分の一生をかけた大事も結局、世界全体から見れば取るに足らない些事でしかなかったのだ。


 あれと同じ愚は二度と繰り返さない。

 死刑執行の直前、男は誓った。来世か何か知らないが、この先に自分を待つであろう世界では、もっと大勢の人間を殺す。そして、世界そのものに回復不能な傷を残すと。



 そして現在。男はにぎわう街角に立っていた。

 もちろん、新しく見出したこの魔法で都市をまるごと吹き飛ばせるわけではない。

 今回の目的は二つあった。

 まず一つは大量の人間の魂の確保。男は魂に飢えていた。その飢えは普通の食物では癒せないものだった。この都市に来てからは殺人を強く自制していたので、魂への飢餓感は限界に達していた。それに多くの魂を吸収できれば、それだけ沢山の魔術や知識、能力も吸収できる。その中には男の究極の目的に役立つものもあるかもしれない。

 もう一つは、都市の警察、防衛の能力を計ることだった。男がここで大量殺人を働けば、警察または軍隊に相当する組織が動き出すに違いない。組織がどれほどの捜査能力を持っているのか。究極の目的を達する上で、どれほどの障害となるのか。今後、男はそれらの組織と戦っていく事になるだろう。敵の能力は是非とも知っておかなければならなかった。

 しかし、と男は思った。ここは魔法のある異世界なのだ。事態は男の予想をはるかに上回っている可能性だって十分ありうる。

 たとえば、都市全体が魔法のバリアで包まれていて、人を殺傷する危険な魔術はそもそも使う事さえできないかもしれない。あるいは、瞬間的に魔法のセンサーに探知されて即座に完全武装のコマンド部隊が駆けつけてくるのかもしれない。それどころか、男の危険思想はすでに警察の魔道士に把握され、モニターされているかもしれない……考えればきりがなかった。

 用心のため、男は霊剣テスタニアを握っていた。エルフの上級戦士、森の番人の男から奪った、使用者に加速能力を与える細身の短剣だ。剣を握る右手はコートの胸元に隠していた。

 

 何が起きるかは、やってみなければわからない。

 緊張に、男の胸が高鳴り始めた。ごくりと唾を飲み込む。殺人に緊張するなんて、ずいぶん久しぶりだ。

 こうしていると、あの時を思い出す。

 ダンプカーを駆り、大阪梅田のあの場所へ向かっていた時のことを。緊張と高揚と歓喜と恐怖が入り混じった、複雑な気分だった。


 男はコートのポケットから左手を抜き出すと、高く掲げた。そして、口中で呪文をつぶやくと共に打ち下ろした。

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