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23話 平成十年 姫路市①

 朝。雲一つない晴れ渡った空に、白鷺のごとく美しい城が映える。

 国宝、姫路城。

 朝日を浴びて輝くその城の下で、今朝も人々の一日が始まった。


 あわただしく朝食を詰め込んだ人々は徒歩で、自転車で、バスで、あるいはマイカーで、学校や職場へと向かっていく。いまだに交通整備が進まない市街地はバスがすれ違うのもやっとの細い道が多い。その朝も道路は渋滞した自動車でぎっしり埋まっていた。その路肩を高校生たちの乗る自転車が猛スピードで走り抜けていく。中学生や小学生たちは車や自転車を避けるため、細い裏道を選んで通学した。



 その子供たちも住宅地の道を歩いていた。小学五年生の彼らは、友達同士でふざけて叩きあったり、追っかけっこをしたりしながら、ランドセルを弾ませていた。

 その時、彼らは道路の真ん中に、見慣れぬ物体が転がっているのを見つけた。

 それは赤と白の小さな物体だった。一見、それは衣類に見えた。どこかの家から風で飛ばされた洗濯物か何かだろうか。まさか女物の下着?好奇心を覚えた子供たちは物体へと近づいていった。


 それは猫だった。

 しかし、その猫は半分しかなかった。頭部と両前足を残し、それより後ろの部分は切断されていた。断面からは骨と内臓の断片が覗いている。

「うえぇ、キモ~」「オエ~」

子供たちはわざとらしい呻き声を上げながら猫の死骸を取り巻いた。しかしその時、一人があるものに気付いた。

「おい…あれも猫ちゃうか?」

 少し離れた場所に、また別の猫の死骸が転がっていた。今度の死骸には四本の足と尻尾がちゃんとそろっていた。しかし頭部は叩き潰され、飛び出た眼球と歯と毛がぐちゃぐちゃに入り混じった肉塊と化していた。

「げ……」

 本気で気分が悪くなりはじめた子供たちが死骸から後ずさった時だった。

 グニャリ…。

 一人の靴が柔らかい物体を踏みつけた。ピンク色の細長い紐状のもの。辿った先にはまたもや猫が落ちていた。三体目の死骸は胴体の真ん中を切り裂かれ、そこから引きずり出された(はらわた)が路上にぶちまけられていた。内臓を踏んでしまった子供はたまらずその場で嘔吐した。他の子供たちも真っ青になり、悲鳴をあげて逃げ出した。



 市内ではこの半年ほど、小動物の不審死が相次いでいた。これまで発見された、猫、犬、ウサギ、鳩の刃物で切断された死骸は数十件にのぼっていた。その朝見つかった合計五匹の猫の死骸が新たにそこに加わることになった。折しも世間を震撼させた連続殺人事件の直後であり、県警もこの事態を重く見ていた。小動物に飽き足らなくなった犯人はいずれ人を狙う。県警は市内だけでなく近隣市町村においても目撃証言の聞き込み、不審人物への聴取など徹底した捜査を行っていたが、いまだ犯人は見つかっていなかった……。



 始業チャイム五分前。

 ○○中学校、三年二組の教室は騒然としていた。

「ふぅ、間に合った」内野が教室に駆けこんで来た。

「うっす」

「おいっす」席でしゃべっていた高岡と山田が振り返ってあいさつした。

「お前ら深刻な顔してしゃべっとったけど、何かあったんか?」内野が聞いた。

「…今朝またあったんや」高岡が言った。

「え~何がよ?」

「また猫が殺されとったらしい」

「マジで。またかよ…」

「中村と武井が来る途中で見たんやけど、むっちゃエグかったらしいで」

「え~どんなんやったって?」

「なんか…内臓とかまき散らされて、バラバラにされとったらしいわ」

「うわぁ。かわいそうやな…」

「それですぐに警察が来て、いろいろ調べてるらしい」

「そういえば俺が来るとき、やけにパトカーがおるなぁとは思ったけど、それやったんか」


「ところで、犯人って誰なんやろうな」

「やっぱり、この近所に住んでる奴なんやろうか」

「怖いなぁ」

「意外とこの学校の生徒やったりしてな」

「お前ちゃうん?」「ちゃうわボケ」

「でも冗談抜きで、このクラスにおる奴かもしれんで」

「たとえば?」

「ほら、あいつとか」山田が視線で示した。

「あいつか…あいつならあり得るよな…」

 内野、高岡もそちらを見て、声をひそめて囁き合った。

「なんか…キモイ本読んでるで」


 三人が見るその先。窓際の列の前から五番目の席。

 そこではひとりの男子生徒が読書をしていた。

 中学三年にしてすでに百七十センチ台後半に達した長身を折り曲げて小さな机についた姿は、見る者にいかにも窮屈そうな印象を与えた。教室内の喧騒や、級友たちの噂話も耳に入らぬ様子で、少年はひたすら手にした本に視線を落としている。

 彼が手にした本の表紙には、黒を背景に座る裸体の人物像が描かれている。その姿は異様だった。頭部の向かって右側からは鳥の顔が、左側からはゾウの顔が生えている。数多くの猟奇殺人鬼のプロファイルを手掛けたFBI捜査官が記したその書物は、彼の愛読書のひとつだった。

「……」

 窓から差し込む清々しい朝日を浴びながら、少年はシリアルキラーたちの凄惨な殺人について読み進めていた。その穏やかな表情にはどこか貴族的な雰囲気さえ漂っている。まるで悪人たちの残虐非道な行為の記録ではなく、美しい詩集でも楽しんでいるかのようだ。その切れ長な目が澄んだ朝の光にきらめいていた。


「おい席に就け!」

 担任の森本先生が教室に入ってきた。

 しばし教室内が騒然とし、全員が各々の席に戻った。少年も本をカバンにしまい込んだ。

「えーっと、今日の日直は?」

「……」

「…藤田です」一人の男子生徒がぼそっと言った。

「おい藤田!」

「…起立!」「礼!」「着席!」

 名前を呼ばれた少年、藤田辰夫が号令をかけると、生徒一同はそれに従った。

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