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21話 報復者

 突如飛来した矢に心臓と頭を貫かれ、男はよろめいた。

 しかし、男は倒れなかった。頭と胸を貫いた矢に手をかけると、二本同時に引き抜いた。

 男は矢が来た方向に目を向けた。そこにいたのはエルフの男女だった。痩せた中年女と、肩まで伸びた長髪の男。その姿には見覚えがあった。かつてエルフの森で戦い、男を死の寸前にまで追いやった敵。


「何てこと、さらに生命力が強くなっているわ」

「やれやれ、頭と心臓を射られて死なないとは。さらに厄介な相手になっちまったようだ」

「やはり導師のおっしゃられた事は正しかったわね」

「ああ。今度こそ、完全に奴の息の根を止めないとな」

「セギラ!行くわよ!」

「おう!」


 イスコスは銀の矢をつがえると続けざまに連射した。破魔の力を秘めた矢が神速で飛来する。狙いは極めて正確だった。しかし男は人間離れした反射速度でことごとくかわし続けた。ようやく一本の矢が膝を射抜いたものの、男が矢を引き抜くと傷は即座に完治した。

「もはや矢では足止めにもならないか。ならば!」

 気が付くと男のすぐそばにセギラが迫っていた。その手に握られた小さな杖には見覚えがあった。戒めの杖。その杖から放たれる束縛の呪法は、激痛を与え四肢の筋肉を麻痺させる。あれにはかつて煮え湯を飲まされたのだ。

 男は怒りを込めて掌に火炎を呼び出すと、セギラめがけて叩きつけた。業火は小枝のような杖を瞬時に焼き尽くした。

「うおぉっ熱ぃ!」

 セギラは魔法の繊維を編み込んだエルフの外套で体を覆い、何とか炎を防いだ。

 

「物騒なもんを使えるようになりやがって…」

 セギラは男の成長に驚いていた。この短期間のうちに火炎の呪法まで操れるようになっているとは。通常の修行では到底不可能な魔術習得の早さだった。やはり導師レオドの言った通り、この男は食った魂から力や技術を吸収して我が物とする魂食獣(ソウルイーター)に違いない。もしここで奴を止めることができなければ、さらに魂を喰らい続けた男の力は指数関数的に成長し……この世界に未曾有の大災厄をもたらすことになる。


 セギラは腰の鞘から細身の剣を抜き放った。その刀身が不気味な青白い光を放つ。魔法の金属で鍛造されたその剣には恐るべき力が秘められていた。そして怖ろしい代償も。

 セギラは頭上に剣を振りかざした。剣の放つ青白い輝きが一段と強まった。青白い輝きはオーラとなって剣を這い降り、剣を握るセギラの腕を伝い、そしてその全身を包み込んだ。

 男は興味深げにその光景を眺めていた。

 次の瞬間、青白いオーラに包み込まれたセギラの姿が消えた。

 ガキィーン! 

 金属と金属のぶつかり合う鋭い音が湿原に響き渡った。

「やるねぇ。この速度に反応するとは」

 男はかろうじてセギラの高速斬撃を受け止めた。攻撃を防いだのはバゾイルが遺した大鎌だった。たまたまこれが男の足元に転がっていたおかげで命拾いしたのだ。でなければ今頃、首をはねられていたに違いない。

「だが次はどうかな」

 再びセギラの姿が消えた。男は急いで周囲を見回したがどこにもいない。

「馬鹿めこっちだ!」

 男は大腿部に風を感じた。見ると、左太ももが深々と切断されていた。血液が噴出する直前、男は再生能力をフルに機能させて止血しつつ、セギラがいると思われる後方へ大鎌を振った。手ごたえがあった。

「ぐっ…」

 青白い光に包まれたセギラは苦しげに胸を押さえていた。その胸は真一文字に切り裂かれ血が流れ出していた。

 男も切断された左大腿部を完全に止血することはできず、傷口からダラダラと血が流れ出していた。


 セギラは血を流しながらも、再び剣を構えた。霊剣テスタニア。使用者に超絶的な高速移動能力を付与する力を秘めた剣。しかしその代償として使用者の生命力を著しく消耗する。信じがたい事に男は加速攻撃に二度までも対応した。セギラは霊剣の加速をフルに引き出すことにした。その場合、消耗もより激しくなる。あと一撃。それが限界だ。セギラはその一撃にすべてを賭けることにした。


 セギラは三度跳んだ。時間の流れが極度に引き伸ばされ、周囲の全てがスローモーションで流れていく。視野の中心にいる男は沼地に片膝をついたまま大鎌を振った。セギラはゆっくりと迫る大鎌の刃を安々とかいくぐり、男の懐に入り込んだ。これで終わりだ。セギラは男の首を叩き落とそうと霊剣を振り上げた。

 その時、セギラは見た。男の手、大鎌の柄を握っていないほうの手に、何かが握られている。

 矢じりだった。

 それはエルフ族の上級戦士、森の番人のみが用いる追尾能力を備えた魔法の矢じりだった。おかしい。今回の戦闘ではこのタイプの矢は使っていない。あれを使ったのは、聖地の森ではじめて男と遭遇した時…。まさかあの時に男に撃ち込んだ矢か!

 しかし気付いた時には遅かった。矢じりを握る男の手がセギラの胸に深々と開いた傷口に突き入れられた。矢じりは切り裂かれた胸筋の間を進み、胸骨を砕き、そして激しく鼓動する心臓に達した。

「が…はが…馬鹿な…」

(…お前らにさんざん射られた矢を体からほじくり出すのは、大層痛かったぞ…)

 セギラは霊剣を取り落した。その体から急速に青白いオーラが失われていく。


「…イ、イスコス……準備はできたか…」


「…よくやったぞセギラ。おかげで十分だ」

 二人から離れた位置で、イスコスは地面に屈みこんでいた。

 湿原では特異な現象が発生していた。周囲一帯の葦の先端がぼんやりと青白く発光していたのだ。それは先程までセギラの体を包み込んでいたオーラに似ていたが、シューシューという音を伴う点が違っていた。それはセントエルモの火だった。

(…何だ?)

 男はようやく異変に気付いた。男の足元に横たわるセギラが痙攣しながら笑った。

「ヒッ、ヒッ、ヒッ、お、終わりだ」

 男とセギラが戦っている間から、二人を中心とした半径三十メートルの範囲で、地上の物体、沼地や葦や地面を構成する原子から電子が放出され、正電荷が蓄積されていた。一方、その上空には地上から放出された電子が集まり、負電荷が蓄積されていた。地上と上空の電位差は急激に高まり続け、今や八億ボルトに達していた。それを絶縁しているのは見えない魔力の壁のみ。

 雷吼の呪法。

 イスコスはエルフの外套で身を守ると、魔力の絶縁を解除した。

 まばゆい白光がほとばしった。稲妻、いや半径三十メートルの極太の光の柱が天地を結び、五十万アンペアの大電流が流れた。凄まじい轟音と共に衝撃波が発生し、沼地に生い茂る葦を根こそぎ吹き飛ばした。


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