15話 ザイイラール一家
オークのザイイラール家の頭領、ザイイラ・コルドバヴ・イは一家全員を招集した。
やがて城塞のあちこちから、崩れ落ちた礼拝堂跡に仲間たちが集まった。
全員、男も女も腕自慢の荒くれ者だ。
ガゼイル・ザイラ・バ。隻腕の男。当主ザイイラの従兄弟にして当主の右腕。一家でも特に気性が荒く、暴れ出すと手が付けられなくなる。得物はまるで板切れのように幅広い巨大な斧。これを片手で軽々と扱い、敵を真っ二つに両断する。
ゾイラ・ザイイラ・ゲミ。ザイイラの妹。二児の母。はだけた胸の両方に、まるでヒルのように食欲旺盛な二人の赤子が吸い付いている。母親もこれまた食欲旺盛で、当主そっくりのしかめ面で犬の頭の丸焼きにかぶりついている。得物は戦槌。赤子を抱えたまま敵中に躍り込む豪胆な女。
バゾイル・ザイイラ・グミ。ザイイラの姉。無口な寡婦。氏族間抗争で夫を失い、自身も負傷しそれが原因で口がきけなくなった女。巨大な鎌を振り回し、敵の首を収穫する戦場の死神。
ドルゾマ・ガイゾ・ザイイラ・ヌ。ザイイラの四男(長男~三男はすでに死亡)。ザイイラよりも身長が低いが全身が筋肉の塊。怪力の持ち主で己が肉体のみを武器として戦う……
上記メンバーを筆頭として一家総勢三十九名が勢ぞろいした。
彼らを前に、当主ザイイラが話し始めた。
「たった今、エルフの御方から指令が来た。
今度の仕事はある男の捜索だ。
数日前、チサ川に転落し行方不明になったらしい。種族は人間。詳しい人相、風体は不明。
何か知ってる奴はいるか?」
「……」
「知らんね」
「ドザエモンを拾った奴はいないか?食っちまった奴は怒らねぇから正直に言え」
全員の視線が赤子を抱えたゾイラに注がれた。人や動物の死体を拾ってきては焼いて食うのが彼女の嗜好なのだ。
「…いや、今回はホントに知らねぇよ」
「そうか……。大方川底で岩の隙間にでも挟まってるか、海まで流されちまったか…厄介だな」
「チッ、川さらえして死体探しとは。全くしけた仕事だぜ。
また襲撃の依頼かと思ってワクワクしたんだがな」ガゼイルが吐き捨てた。
他の者も同意見らしく、一同の間に白けた空気が漂った。
その時、それまで黙って話を聞いていたある男が口を開いた。
「海と言えば、水卑族の連中が何か知ってるかもしれないぜ…」
崩れた壁際に佇むこの男、一家の他の者とは明らかに雰囲気が違う。派手な模様の布で全身をすっぽりと包み込み、金色に輝く両目だけが布の隙間から覗いている。
「カシェラ…」
カシェラと呼ばれたこの男、もとはザイイラール一家のオークではなかった。故あって一家の世話になっている食客だった。種族も明らかにオークではなく、異様な存在感を放っていた。
当主ザイイラが言った。
「水卑族……チサ川河口のデルタ地帯にそんな連中がいたというのは親父から聞いた事があるが。もう随分昔に滅んだはずじゃなかったのか?」
「いや、まだいる。もう数はかなり少ないが、今でも湿原の奥地に隠れ潜んで生きている」。カシェラが答えた。
「ねー、サハギン?それっていったい何なの?」ゾイラが聞いた。表情からして一家の他のメンバーも疑問に思っているようだった。当主ザイイラがそれに答えた。
「まったくどいつもこいつも物を知らねぇ馬鹿共だな。頭の中に糞が詰まってんのか。仕方ねぇ俺が教えてやろう」
「いいか、サハギンってのは海や水辺で暮らす種族だ。肌がヌメヌメしてて、カエルと人間と魚が入り混じったような奴らだ。泳ぎが得意で水の中ではめっぽう強くて敵なしだが、乾燥に弱く水から離れて生きられないっていう、強いんだが弱いんだかよくわからん、とにかく変な連中だ。
昔はもっと数が多くて、そこら中の海岸や大きな河にうじゃうじゃいたんだと。そういった所は全部奴らの勢力圏で、オークも人間もエルフの御方でさえも手出しできねぇ程だったらしい。だが、いつからか数が減りはじめ、やがてどこにもいなくなっちまった。
親父の話では、爺さんが子供の頃はチサ川河口の沼地にも百人ほどが住む村があって、付近の集落に魚を売ったりしてたらしい。それも数十年前にはなくなったと言う事だったんだが……本当にまだいるのか?」
「ああ、実はここに来る前、奴らの集落にも寄った。今では見る影もなく衰退していたがな」
「マジかよ」
「そもそも沼地の奥に隠れてんだろ?人嫌いそうだぞ。会ってくれるのか?」四男のドルゾマが疑問を呈した。
「…たしかに連中は世捨て人だ。だが集落の場所は俺が知ってる」カシェラが答えた。
「まぁ何にしろ面白そうじゃね?行ってみようぜ。
仮に男のことを何も知らなくても構わねぇ。水に強い奴を俺らの勢力に取り込めたら、これから何かと便利そうだしな」ガゼイルが言った。
「そうだな。よし!行ってみるか。
カシェラ、案内を頼む。ガゼイルとバゾイルも来てくれ。ゾイラとドルゾマは留守を頼む」
「よしきた!」とガゼイル。
「あいよ。カエルみたいな気色悪い連中なんて聞くだけでゾッとする。あたいは喜んで居残りさせてもらうよ」赤子を抱えたゾイラは背を向けると城内の持ち場に戻って行った。
城塞の門扉が開き、巨大な犬のような動物に跨った八人の人影が飛び出した。当主ザイイラを先頭に、そのすぐ後ろを腹心のガゼイルが走り、オークの戦士たち四人とカシェラが続く。しんがりを務めるのは大鎌を背負うバゾイルだ。
オークたちを背に乗せて走る醜い動物はハイエナイヌだ。オークが長年かけて品種改良を繰り返してきた犬とハイエナの混血種で、乗り物としてだけでなく、戦闘においてもその獰猛な性質が非常に役に立つ。こいつを乗りこなせる種族はオークだけだった。
移動中と言えども油断は禁物だ。どこに敵対氏族の待ち伏せがいるかわからない。ザイイラール一家は現在、五つの一家と交戦中だった。同盟を結んでいる三つの一家もいつ寝返ってもおかしくない。彼らは常に死と隣り合わせの生活を送っていた。
「オラちんたらすんじゃねぇ!走れぇ!」
二度、三度、ハイエナイヌの頭を鞭打つ。皮が割け血が流れた。ぐるる…と低く唸ると犬たちは土埃を巻き上げ猛然と加速し始めた。
「……行ったわね」
オークの城塞近くの丘、その頂上にそびえる大木の梢。
イスコスはオークの出撃を見届けると、ひらりと地上に飛び降りた。そこにはセギラが寝そべっていた。
「水卑族ねぇ……とっくに絶滅したと思ってたよ」
「にわかには信じがたい話ね」
オーク側のやりとりはすべて二人に筒抜けだった。もちろん、念話のリングによって。オークたちは知る由もなかったが、あの指輪は魔力が高い者が使用すれば盗聴/盗撮装置としても機能するのだ。
「…俺らも行ってみるか?」
「そうね」
丘の上を一陣の風が吹き抜けると、そこにはもう二人の姿はなかった。