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11話 生存者

「なんてことだ!逃げられたぞ」

「油断したわね」

「まぁ案ずるな。この高さではどのみち助かるまい」

「しかし何という生命力だ。やつはアンデッドだったのか?」

「いや…オーラと思念を感じた。あれは生者だ」

「そう、あれはたしかに人間だったわ」

「何者なのだあれは」「わからん…」

「だが、もう終わったことだ」

「本当にそうか?まだ生きてるかもしれん」

「確かに気になる…」


 崖の縁に立ったエルフ族の四人は下を見下ろしながら興奮した様子で口々に話していた。だが、やがて森の方に振り返った。四人の内の一人、長髪の男が言った。


「おい、少年、もう隠れてなくても大丈夫だぞ」


 呼ばれて、少年ことグレンは偽装を解いて木の影から姿を現した。

 

 

 昨晩、もうはるか昔の事に思えるが、グレンは独りテントの中で眠ろうとしていた。しかし眠れなかった。周り中の夜の森から聞こえてくる愛し合うカップルの甘い囁きや押し殺した呻き声で、とてもじゃないが眠れなかった。

 嫉妬と劣等感と孤独感に七転八倒するうちに数時間が過ぎた頃、異変を感じた。聞こえてくる声の様子がおかしい。それまでのような切ない喘ぎ声ではなく、はっきりと苦痛の響きが感じられる呻き。ある時は小さな悲鳴まで聞こえた。しかしそれらは聞こえたと思った途端、断ち切られたように消えた。後には不穏な沈黙が残った。


 気になったグレンはテントからのっそりと抜け出し、森の様子を見に行った。

 そこで彼が見たのは惨殺されたチームメンバーたちの遺体だった。彼らは背後から刺されたり、喉を真一文字に切り裂かれたりして無惨に殺されていた。遺体は次から次に見つかった。中にはつながったまま殺されたカップルもいた。

 魅せられたように死体を探して森を歩いていたグレンだったが、遅ればせながら、まだ殺人者がすぐそばにいる可能性に思い当たった。自分も餌食になるかもしれないのだ。焦りながら「擬態の呪法」を発動させた。グレンの体の上の光と影のパターンが変化し、夜の森の背景に完全に溶け込んで見分けがつかなくなった。そして木の幹に虫のように張り付いて息を殺した。

 その直後、体格のがっしりした大男がグレンのすぐそばを通りかかった。男は手にした曲刀だけでなく、全身から血をしたたらせていた。濃厚な血の臭いにむせ返りそうになった。周囲に放たれた凄まじい殺気と禍々しいオーラに似合わず、足音一つ立てず歩く様はさながら獲物に忍び寄る肉食獣だ。あるいは森で修練を積んだエルフ族のようでもあった。男はグレンには気付かずそのまま通り過ぎていった。

 その時、近くの藪の中に隠れていた二人が野営地に向けて一目散に駆け出した。しかし彼らは悲鳴を発する間もなく、男に追いつかれ首を切断されてしまった。続いて男は野営地でテントを襲撃し始めた。事を終えてテントに戻って眠っていたメンバーたちは逃げる事もできず次々と血祭りにあげられていった。


 グレンは森に潜んだまま、殺戮の光景に見入っていた。今やすっかり魅了されていた。

 男のおもむくところ鮮血が飛び散り、切断された人体のパーツが宙を舞った。圧倒的な暴力で他者を蹂躙し、全存在を否定することの快感。これが、人を殺すという事なのか。

 グレンの心の奥底の暗い片隅で、何かが目覚めようとしていた。


 いくつものテントを血で染め上げた後、森はしばし再び静けさを取り戻した。皆、殺されてしまったのか。そう思った時だった。突然森の中で白光が閃いたかと思うと、誰かが逃げて来た。リウィだった。パステムも一緒だ。その後ろから男が追っていた。グレンは夜の森に溶け込み、すべてを朝まで見続けた…。



 長髪の男が言った。

「もう安心したまえ。あの…賊は、我々が倒した」

「本当に?」

「ああ。何十本も矢を浴びて、あの崖から落ちて死んだ」

「…助かったのは、僕だけなのですか?」

「その通りよ。お友達のことはお気の毒だったわね」中年の痩せた女が答えた。

「そんな……何てこと…ぐっ、うぐっ」

 グレンは顔をくしゃくしゃにして泣き崩れた、ふりをした。

 あいつらが殺された事など実際は少しも悲しくなかった。むしろ馬鹿な猿どもが死んでくれて清々していた。ただリウィだけは少し残念だった。殺される前に一度くらいは犯してやりたかった。

「うわぁ―っ!」

 さすがに今の号泣は演技過剰だったか。少し心配になったが、幸い、森の番人たちにはばれなかったようだ。一夜にして仲間を失って泣き叫ぶ哀れな少年を前に、一様に沈痛な表情を浮かべている。森の番人とはこの程度のものか。やれやれ。グレンは内心で失笑した。


「今、修練者たちは私たちの仲間が丁重に葬っているわ」

「君も大きな怪我がないとはいえ、こんな酷い経験をしたんだ。ゆっくりと休息を取り、心と体の傷を癒す必要がある。我々と来なさい。運んであげよう」

 実際、極限状況で一夜を過ごした後で憔悴していたので、グレンは大人しく彼らの申し出に従った。



 グレンは森の番人たちの背に運ばれて、聖地の森のさらに奥深く、上位のエルフたちの住まう領域へと向かった。修練者たちの旅の目的地だった場所だ。

 今回の殺戮の場は、広大な聖地の森のはずれに過ぎない。聖地の森の奥へと進むにつれて、周囲の様相は厳めしく、不気味なものに変わっていった。大人が何人も手を繋がなければ一周できない程の大樹。ねじ曲がった枝が絡み合い密生した葉が陽光を閉ざす。昼なお暗い森の中で、わずかな木漏れ日が緑の苔や妖しい菌類を照らし出す。あたりは静寂に包まれ、鳥のさえずり一つ聞こえない。濃密な空気の中を一行は押し黙って進んでいった。


 やがて、ひときわ背の高い巨樹が立ち並ぶ場所に着いた。どの木も高さ100メートルは下らないだろう。漂う霧の中、まるで巨大な円柱のような幹が垂直にそびえ立っている。その場に漂う荘厳な雰囲気はまさに神殿そのものだった。一行は巨樹の幹をぐるりと取り巻く木製のらせん階段を上って行った。階段の踏板だけが木の幹に直接取り付けられている。手すりはなかった。グレンは下を見ないよう必死に目を逸らし続けた。

 階段を登り切った先には、枝の上に板敷の廊下が伸びていた。廊下を進み、大枝の間に掛けられた吊り橋を渡ると、枝の上にある一軒の小屋に着いた。まるで鳥の巣のようだった。

 グレンを部屋に案内し、ゆっくり休むように言うと森の番人たちは去って行った。部屋の中にはベッドと机と椅子が置かれていた。こじんまりとしているが中々快適そうだ。疲労困憊していたグレンは柔らかいベッドに倒れ込むと即座に眠りに落ちた。

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