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1話 梅田無差別殺傷事件①

 大阪地方裁判所。

 法廷内に居並ぶ裁判員、弁護人、検察官、傍聴人、そして被告人を前に、裁判長が判決を読み上げる。

 「被告人、藤田辰也は、平成27年5月17日…」



 平成27年5月17日。

 日本犯罪史上に残る、その日…


 大阪梅田。関西の経済と交通の中心地。百貨店やオフィスビルが林立し、JRをはじめ複数の私鉄、市営地下鉄の駅が集中するエリア。

 そんな梅田でも特に交通量の多い地点のひとつ、JR大阪駅と某百貨店の間を結ぶ横断歩道が惨劇の舞台となった。いつもと同じく、事件当日も横断歩道周辺はビジネスマン、学生、中年主婦、若い女、老人など大勢の人で混雑していた。


 午後2時13分34秒、日常は唐突に断ち切られた。

 横断歩道に1台のダンプカーが突っ込んだ。

 瓦礫を積んだ薄汚れた10トンダンプが歩行者を次々とはね飛ばし、ひき潰した。多くの人は何が起きたのか気付く間もなく犠牲となった。 

 はじめ、周囲の人々は事故だと思った。しかし、周囲が騒然とする中、ダンプは黒煙を吐きながら重々しく方向転換すると再び加速し始めた。それを目にした人々はようやく目の前の現実を認識した。これは事故ではない。明確な殺意を持った事件だ。

 周囲の通行人たちは悲鳴を上げて逃げ出した。ダンプは再び歩行者の群れに突っ込んだ。逃げまどう人々を追って歩道に乗り上げ、執拗に蛇行運転を繰り返した。ダンプはまるで悪意に満ちた巨大な獣のようであった。

 しかし、それはまだ、惨劇の始まりに過ぎなかった。



 水を打った様に静まり返る法廷内に、裁判長の声だけが響く。

 白髪の裁判長は無表情に読み上げる。

「…被告人は、○○建設株式会社の駐車場より盗難したトラックにて大阪市北区まで走行し、当時多数の歩行者がいたJR大阪駅東口横断歩道に明確な殺意を持って侵入し、死者11名、負傷者33名の被害者を出した。続けて被告は、同トラックを車両進入が禁止された阪急梅田ビルコンコース内に強引に乗り入れて暴走、死者27名、負傷者64名の被害を出した…」



 血に汚れた10トンダンプはコンコース内を暴走し続けた。人々の悲鳴にかき消され、咆哮するエンジン音は聞こえない。ダンプカーのフロントガラス全体にはクモの巣状の亀裂が走り、車体の下には引きずられた犠牲者の足が覗いていた。ダンプカーはショーウインドウに斜めに衝突してガラスを粉砕し、ようやく止まった。周囲では相変わらず悲鳴と怒号が渦巻いていた。


 パニックの最中、ダンプカーのドアが静かに開いた。

 運転席から、一人の男がゆっくりと降り立った。

 巨漢であった。身長190センチはある。分厚い筋肉に覆われた身体を薄汚れたワイシャツとスラックスに包んでいる。歳は20代後半か。

 乱雑に伸びた黒髪に半ば隠された顔は、意外にも端正なものであった。切れ長な眼は貴族的とさえ言えるかもしれない。しかし表情は異様だった。その場の誰もが恐怖と驚愕、あるいは茫然自失の表情を浮かべている中で、ただ一人、男だけが静かに笑みを浮かべていた。

 その頭部が、まるで機械仕掛けのような滑らかさで左右に動き、あたりを睥睨した。どちらを向いても、恐怖にかられて駆け回る人々、そして倒れて動かない人々で満ちていた。男の笑みがいっそう大きくなった。

 いつの間にか、男の手にはある物体が握られていた。くの字型に曲がった、刃渡り30センチ程度の奇妙な刃物。


ククリナイフ。ネパールの山岳民族の傭兵たちが使用する大型のナイフ。刃先にウェイトがあるため、軽く振っただけで人体など容易く切断できる、きわめて殺傷力の高い武器である。

 惨劇の第2幕が始まろうとしていた。

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