ホワイトクリスマスなんて一度でいい
桜木の話を聞いて向かったパーティー会場。そこは相変わらずの表面上だけは楽しそうな空気という居心地最低な場所ではあったが料理にはありつけた。
料理の味?それは言うまでもない。全部を食べ歩きたかったが腹の事情が間に合わないとあっては仕方ない。
午後十時を回った頃くらいに桜木の父親が解散の言葉を伝え、いた人々等は散らばるようにこの会場から足音を遠ざけた。いた人々らが俺と桜木。桜木の父親。後は机前に並ぶ料理人を残した時、前で休むことなく流れていたピアノの音色が止まった。
「じゃぁ、俺も帰るか。」
と、俺が言うと桜木が驚いた声を上げた。
「えっ!ゆうちゃん今日、泊まってくんじゃないの?」
「は?誰がそんな事、言ったよ?明日も学校だろ?」
そうなんです。クリスマスだろうがなんだろうが明日は普通に学校あるんです。冬休みもう少し伸ばして二十三日くらいから休みにすればいいのに。はぁ~。行きたくねぇ~。
「まぁ、そうだけど外、凄いよ?」
「は?何が凄いんだよ?学校以前に俺、他人の布団では寝れねぇ派なんだよ。だから帰る。」
言って扉を開けて外へと繋がるまたまた大きな扉を開放。
「・・・・・・・・。」
はい。頭が冷えました。(本当の意味で)
「ね?」
開けた扉を瞬時に閉めると横に桜木の笑顔が。
「ね?じゃねぇよ。知ってたんなら教えろよ。こんな吹雪いてるなんて誰が思うか!」
体中に雪を付着させた俺はまさに吹雪の勢いで桜木へと声を飛ばす。さっき小窓で外見た時は粉雪程度だったのにな?何でこんな一瞬で雪国に変わってるんだ?
あれ俺、北極にでも転移した?いつの間にそんな能力が。
などと冷えた直後に温めた為に馬鹿な考えが浮かんでしまっている。
「まぁ、というわけだけどどうする?」
俺の起こした吹雪には全く動じずそう首を傾ける桜木。
なっ!コイツに吹雪は効果が無いだと?そんな奴がいたなんて…。
とかいうのは今は本当にどうでもいい。
「…あぁ。悪いが泊めてくれ。」
「うん。」
満面の笑み。その笑顔の光でどうか外の雪も溶かして欲しい。 扉越しから聞こえる吹雪の音を耳に思わずそう思ってしまった。
どうやら今年のクリスマスは休みになりそうだ。
**********
超高級。超でかい浴槽を満喫して歩く廊下は申し分ない快適感だった。これで今日、寝る場所が桜木の部屋じゃなければ大いに喜べた筈だ。
と、憂鬱な気持ちで桜木の部屋へと向かっているとばったり。偶然、桜木のお父さんに遭遇した。
「おぉ。優一君。探していたんだよ。あれ?雲雀は一緒じゃないのかな?」
どうやらここで会ったのは偶然なんかではないらしい。
「はい。俺、一人です。何か用ですか?」
「あぁ。そうか。その格好だからてっきり風呂にでも入っていたのかと。そうか違
うか。ははは。」
何を勘違い。もしくは誤解しているのか。笑う紳士に俺は口を開き事実を伝える。
「いえ、風呂は貸して頂きましたけど。桜木…雲雀はいません。部屋に縛って置いてきました。」
確かに男、二人が一緒に背中流したところで何の問題もないがアイツに限ってはそうは言ってられない。煩く。往生際悪く俺と一緒に来ようとしていたが情け無用。持ってきたロープで縛り(何でかは想像にお任せします)、アイツは今やベットの傍から動けない状態に仕上がっている。
が、油断はならない。ベットの支えにしっかり硬結びしたがあいつならそのベットごと引っ張って部屋から抜け出す可能性もあり得る。
まぁ、もう風呂も上がったのだ。問題はなかろう。
「おぉ。そうか。どうやら君も雲雀の事をそう認識しているようなんだな?すまない。話は止めておくよ。では、いい夢を。」
「は?ちょっ、何を?」
勘違いを正そうと思ったのだが更にそれは悪い方向へと進んでしまった。何か表情も悲しみを帯びているし。絶対に俺と桜木をそうゆう風に見ている。その表情したいのはこっちだつーに。
勘違いをそのまま持って行かせまいと伸ばした手。そんな手が届く前に桜木のお父さんは何を思ってか振り返った。
「あまり羽目を。いや、道を外さないようにな。では、いい夜を。メリークリスマス。」
何がメリークリスマスじゃぁーーーー!
去っていく紳士にそう叫ばずにはいられない。まぁ、心の声なんですけど…
「ちょっ、待って下さい。誤解です。誤解。アイツはどうかは知りませんが俺はアイツを友以外には見ていません。風呂を一緒に入らなかったのはまぁ、アイツと入ると危険というか。何と言うか…」
そう距離もない廊下を駆け、潔く前に躍り出たはいいが後半は自分でも何を言っているのかが分からない。それでも言葉は伝わったらしく桜木のお父さんの顔から悲しみの表情は消えた。
「はは。悪いね。いらん勘違いをしていたようだ。ははは。」
いやあ、笑い事じゃないから。てか、逆にそう言う奴が我が息子に近付いたら追い出すべきなんじゃねぇの?父親としてそれでいいのか?
「てね。冗談だよ。君が本当に普通の人間とは違うのか測ってみたんだ。怒らせたかな?」
「いえ、別に。」
あの表情が演技?素にしか見えなかったのだが本人がそう言うならそうなんだろう。深くは追求しまい。桜木の父親だしそれも十分考えれるし。
だが、何を測っていたのかが分からない。
「で、何を測っていたんですか?」
訊くと紳士はニコリと微笑んだ。
「ここではなんだ。場所を移そう。この廊下の最新部にある右の扉。そこで待っていてくれないか?飲み物を淹れさせて持っていくから。」
「はぁ~。」
そんなのその淹れた執事やらメイドに持っていくように頼めばいいのに。優しいんだなこの人は。
俺はそう思うも首を縦に動かした。
「では、リクエストを聞いておこうかな?何でもあるがなにがいいかい?」
その何でもあるという言葉が本当に何でもありそうで困る。
「じゃぁ、コーヒーで。」
下手に背伸びせずにかといって子供っぽくもない飲み物の名称を口にする。
「分かった。だが、我が家のコーヒーは苦いが平気かい?」
「えっ、はい。それは慣れてます。」
「ん?」
桜木のお父さんは一度、俺の台詞にハテナを浮かべる。
「まぁ、いい。では、待っていてくれ。」
言って紳士は俺の前から足音を遠ざけた。何となくその足音が完全に消えるまで立ち尽くしていた俺は一つ白い息を吐いて踵を返した。
「行くか。」
***********
思った以上に廊下は長く。桜木のお父さんに言われた部屋に到着した頃にはせっかく温めた体はもうすっかり冷めていた。
「悪いね。時間を取ってしまって。」
そう言う桜木のお父さんがここに飲み物持って現れたのは数分前。それまで暖房も点けずに待っていた俺は恐竜絶滅問題はやっぱ寒さが問題なのだと改めて思わされたというもんだ。
とは言え、今は上から降り注ぐ暖かい風。燃える豪快な炎でこの部屋はむしろ暑いくらいになっている。恐竜絶滅問題はやっぱり暑さが原因か?
「そんなことより何ですか?話って?」
「まぁ、座りなさい。急く話でもないのでね。」
言う桜木父は部屋に置いてある木製の椅子を勧める。その前には丸い机。上には持ってきて貰ったコーヒー二個が湯気をたてて置かれてある。
「それにしても何だか感じのいい部屋ですね。」
急ぐ話でもないと言われたのだ。雑談の一つ、二つはしなくちゃ失礼だと思った俺は何気なくを装って口を開いた。
「まぁね。ここは特別だから。」
桜木父の声音は若干と悲しいものだった。その理由は今の俺には何となく分かった。
「奥さんの関係ですか?」
数秒の沈黙を許して吐いた言葉は他人事だった。事実、そうなのだが何となく言って後悔した。
「はは。やっぱ聞いていたか。」
「えぇ。まぁ。」
本心からの笑みではないことは重々に気付いていた。桜木家の人間は本当に作り笑いの演技だけは下手だ。
「昔、咲百合…おっと、悪い。私の奥さんが言っていたんだよ。絵本に出てくるようなそんな部屋で暮らしてみたいって。」
確かにこの部屋は絵本。ファンタジックな物語に出てきそうな部屋構造だ。レンガの暖炉に木製の丸テーブルに二脚の椅子。小さなタンスに小さなランプ。上から風を送る機械を除けば確かにここは現実とはかけ離れたような空間だ。
「…そうですか。」
察していた言葉ではあるがその後の対応は考えてはいなかった。薄暗い明るさに似合った変な空気が俺達二人には流れていた。
「はは。そんな気を遣わなくても大丈夫だよ。もう昔の事だしね。君には関係のない話だ。」
沈んでいた空気を引き上げてくれたのは桜木父。それには大いに感謝したいところだが関係のない。その言葉に少し引っ掛かりを覚えた。
確かに俺は桜木家の身内でもなければ関係者でもない。ただの他人。それだけの存在だ。だが、それでも何か胸を燻られるような。解けない問題に向き合ってるような頭痛を覚えていた。
だが、言えない。それが間違ってる。俺にも関係はあります。などという台詞。言えるわけがない。
「では、そろそろ本題だ。優一君は雲雀の事をどう思っている?」
言える言葉を探しているところではあったが話の続きが再開されたのでそれは一旦、置いてその言葉に答える。
「どうってさっきも言った通りです。友達以上でも以下でもない。…ただ助けたいとは思っています。」
素直な言葉を伝えると桜木父は薄く微笑んだ。
「そうか。やはり君はこれまでの人間とは違うようだ。」
「これまでの人間?」
問うと桜木父は首を動かす。
「あぁ。これまでに雲雀に近付いてきた人間。彼ら彼女らとは君は違う。いい思想。性格。精根を持った人間だ。」
そんな過大評価されても困る。俺は普通だし。いい人間でもない。見捨てる時は平気で見捨てるし。無理だと判断したらそれ以上のことはしない。そういう人間だ。俺自身の事だ。よく知っている。
「俺の事はいいです。それよりもこれまでの人間ってのはどういう意味ですか?アイツには…あの事件以降にも友人がいたと?家に呼ぶような人間がいたというんですか?」
その質問はあまりに失礼だと思った。それでも聞いた。聞きたいと思ったから聞いた。あいつに誰か。俺以外の誰かがいるなら俺はもう要らないのではないか?そう思ったからかもしれないが。とにかく聞いた。
「いいや。友人。そう呼べる人間はいなかった。そう私は思うよ。」
静かに首振る桜木父はそして俺を見る。
「だから私は君もそうではないのか?そう思ったんだ。だけど違ったようだ。すまない。」
「いえ、そんな謝れても困りますよ。」
本当に困る。訳も分からない状態で頭下げられるのは本当に困る。せめて理由くらいは知りたいと言ったところだ。
「他の人間ってなんですか?どういう奴等がアイツに近付いたんですか?」
頭下げる桜木父にそう訊ねるとその頭がゆっくりと上がった。
「あぁ。最低な人間ばかり…いや、人間の本性ってのはむしろあれが普通なのかもしれない。雲雀の外見に惑わされた人間。我が家の財力を狙った人間。そんなような人間だよ。」
それを聞いた俺は「あぁ。」と頷く事しか出来なかった。誰も桜木を想ってはいなかった。目の前に座る紳士はそう言っているのだ。
だが、それが人間。他人がどうあれ自分がよければそれでいい。そう思う人間が殆どだろう。ましてやそれがとても面倒な事なら尚更。
桜木雲雀は一度の快楽を得られんが為、絶対の富を獲らんが為に人間に近づかれた。昔。小学生時代は知らないが中学からここまではそうなのだろう。
「それで俺を測ったと?」
「あぁ。すまない。」
再度、頭を下げる紳士に止めて下さいと伝え、俺は今の気持ちを伝えた。
「今までの人がどうであれ俺は俺ですから。」
その言葉は本物だ。俺は誇れる人間では決してない。だが、向き合った問題はきっちりと解決したいと思える人間だ。第一、これに関しては自分で首を突っ込んだのだ。今までの自分がどうであれこれだけは言えた。
「ですから俺はあいつを元に戻します。時間は掛かるかのしれませんが絶対にアイツを元の桜木雲雀に戻します。」
外の吹雪が窓にもの凄い勢いで当たる音が聞こえた。暖炉で燃える火の音がよく聞こえた。沈黙がこの空間に訪れた。
「…っすまない。」
言葉を伝え、訪れた沈黙。それを破ったのはやはり桜木父であった。そして桜木父は涙を指で拭いながらも更に言葉を繋げた。
「ありがとう。…本当にありがとう。」
またも頭を下げられるが今度はそれを止めなかった。
奥さんを喪って。日常を喪って。更に子まで喪って。それでもこの人は誰にも頼ることなく桜木とその妹を育てた。だが、この人でも出来る事と出来ない事はある。父親という名義は子。それも高校生くらいの年齢にはいささか邪魔なのだ。桜木の性格上、父親を避ける事は考えられなくとも隠す事はするだろう。だから父親では。家族では桜木の問題には挑めないし、解決できない。
それが分かっていても頼らなかった。頼れなかった。だから俺は今、頭を下げるこの人を止めない。しっかりとその心を受け取ってそれで言うのだ。優しく静かに
「任せてください。」
と。
―
桜木父の心が休んだその時の時刻はもう十二時の針を指そうとしていた。ヤバイ、アイツ縛りっぱなしだった。
「では、俺はこれで。」
言って急いで席を立とうとしたところ、ふっとタンス上の写真立てが目に入った。
「これがさくら…雲雀のお母さんですか?」
手に取った写真立ての写真に映るはどこかの花畑での家族写真だった。その時の桜木は普通に少年の格好をしていてなんだか不思議な感じだ。
「あぁ。これはあっちの方で撮った写真だな。」
もうすっかり元に戻った桜木父は写真を一目、そんな情報を俺に教えてくれる。
「あっちって。元々、ここに住んでたわけじゃないんですか?」
そう言えば桜木の話でも引越しがどうとやら聞いたような。そんな事を後から思う。
「あぁ。昔は結構な量を引越してたんだよ。百合の病気に対処できる病院がなかなかなくてね。環境共々、いい場所がないかと引越しを繰り返してたんだよ。」
懐かしそうに写真を眺める桜木父は最後にお陰で転職ばかりで苦労したよ。はは。と最後に笑い声を付け加えた。
「綺麗な人ですね。」
写真に映る人を俺は見た事がない。それでも俺はその人をよく見ていた。
綺麗な人。そう。今の桜木雲雀にこの写真に映る女性はそっくりだった。
「はは。そう見えるだろ?私も出会ったばかりはそう思ったよ。でも、残念。咲百合はこう見えても結構な強気な女性でね。その元気に付いて行けずに喧嘩なんかも結構したよ。」
懐かしむ目。帰らない日常。目に映るこの人はそれを受け止めてはいるが忘れたわけではないのだ。
「桜木…いえ、雲雀のあの女装。あれは自分を咲百合さん。母親に似せるためだと言っていました。実際、外見は完璧です。性格は会った事ありませんからなんとも言えませんが話を聞いた上ではほぼそんな感じなんだろうと思います。」
俺は唐突に話始める。写真の中に映る女性を愛す者に。その影をいつまでも追い求める人間の話を話し始める。
「雲雀…アイツはそれでもこの女性にはなれていない。あいつ自身、無理だって分かっているんです。完全無欠なコピーなんて出来るわけないってことは。それでもアイツは追い求めている。自分が壊してしまったと思っている日常を。母親を取り戻そうと必死で。」
話の最後。俺はその最後に「それだけは知っておいて下さい。」と言って話を終えた。
「・・・・・・・・・。」
唐突に話出したからだろうか。その言葉を伝えた者は無言だった。それでも言葉はちゃんと伝わっていたようで静かに写真立てを元の場所へと戻す。
「大体は予想していたよ。」
写真立てを置いた桜木父はそして俺に目を向ける。
「あの事件から一ヶ月。雲雀は学校にも行かずに部屋に籠っていてね。そんな時だ。開かなかった扉が開いた時、私は驚いた。一ヶ月、姿を見せなかった雲雀が咲百合そっくりな姿で現れたのだからね。」
当時の事を思ってかその言葉はその時の光景を薄らと見えさせるようなものだった。
「当時の私も気が滅入っていてね。それを誤魔化すように仕事、仕事で育児は殆どやっていなかったんだ。皮肉だけどそのお陰で今の暮らしが出来ているのも現実だけどね。喪ったものはには到底及ばないが。はは。」
悲しそうに笑って桜木父は続ける。
「えっと、それで雲雀が咲百合そっくりな姿で現れたのに驚いたてとこなんだが。私はそれを見て。その咲百合そっくりな姿を見て思ってしまったんだよ。あぁ。ごめんって。」
「・・・・・それは―」
言葉を発す前に声が邪魔する。
「忘れようとしていた咲百合を雲雀はずっと想っていた。だから私は悪いと思っ
たんだよ。一人だけ忘れようとしていた自分が間違っていたと。」
・・・・・・。
「だからあの姿を止めてくれとは言えないと?あなたはそう言うんですか?」
「あぁ。そうかもね。確かに雲雀は咲百合ではない。声も性格も実際とは異なる部分は多数ある。でもね。親はそんな子の頑張りを注意できないんだ。」
酷く悲しむその顔はもう自分でもどうしたらいいか分からない。そんな心情が読み取れた。
だが、それは全然違うと俺は思った。あいつがやってる事は決して頑張りなんかではない。
「違います。違いますよ。色々な御託を並べてもあいつがやっているのは逃げです。現実逃避。いない者。無いものを欲っしてが為の結果です。アイツは罪の重さに耐え切れずもう何も見えていないんです。」
正直、それは俺の推測だ。桜木本人、どうかは知らない。けれど話を聞いて。感じて思った事はそれだ。結局は逃げているだけなのだ。子も親も一人の人間の死を認めたくなくて幻想にしがみついているだけなのだ。
「それはそうかもしれない。雲雀…いや、私も。もう前が。進む未来が視えていないのかもしれない。私もその時は仕事で咲百合の死に際は見ていなかったからね。私達は後悔もできないのかもしれない。私達はきっと咲百合の死を受け止めすぎたんだ。」
そう言った桜木父はそっと目を閉じた。
俺は何も言えない。俺は赤の他人だ。関係のない人間だ。そう、それは始めの方に言われた言葉だ。言われた時、胸にざわつきを感じ、何か意味深い感情を抱いた。その言葉。
他人とは何だ。関わりを持たぬ者をそう呼ぶのか?血が繋がらない者をそう呼ぶのか?親しくない者をそう呼ぶのか?
それこそ逃げだ。俺は散々、迷い逃げてきたではないか。過去を振り返って俺はそう思う。他人という言葉を言い訳に友人の助けに耳を貸さなかった事もあった。クラスの決め事にも参加しなかった。
つまらなかったから。関係なかったから。
それでも俺はこの問題には関わりたいと本心で思った。
俺はこの人が言う程の大層な人間ではない。
受け止め過ぎた結果が今の彼らの現状とこの人は言ったけど。それは受け止めなくても多分、同じだ。言葉など言い訳の道具。それこそ何とでも言える。
だが、言葉とは時に人の気持ちを大きく変える。
「間違いはするもんです。ずっと動き続ける歯車なんてないんですから。いつかは歯車は狂い、動きを止めるます。だからその時、それを受け入れるではなく動くんです。忘れろとは言いません。受け入れろとももう言いません。ただ、動かすだけでいいんです。止まった何かを。止めた何かを糧として。人間は動けばいいんです。」
言った台詞はとても恥ずかしいものだった。友人。知人には言えるものではない。それでも俺はその言葉を羞恥に顔を染めずに言い切った。自分自身にもそう言い聞かせた。
「…はは。雲雀が君を選んだ理由が私には分かった気がするよ。」
閉じていた目を開け、口を開いた桜木父の顔にはもう迷いは消えていた。問題は解決していなくてもそれでも何かは変わった。俺はそう思った。
「それは過大評価です。それに自分が正しいという自信もありません。」
「そうかもしれないが私は君を信じるよ。他力本願みたいで申し訳ないが雲雀をどうか頼みたい。」
暖炉の火が弾ける音が聞こえた。時刻は当の昔に十二時を越えていた。日付としてはもうクリスマスだ。
「何回も言わせないで下さい。俺は全力で彼を元に戻します。たとえそれが間違った答えだとしても俺はアイツの人生を動かしたいですから。」
「あぁ。よろしく頼む。きっと、それは咲百合も多く望んでいる。」
これで話は終わった。もう何も言う事はない。ごっこでも付き合っている恋人の事を親にこう頼まれたのだ。男がそれを無下にもできまい。
「では、俺は戻ります。あいつ縛りっぱなしなんで。」
はは。怒ってるだろうなあいつ。
とか思って本当にこの部屋を去ろうとした時、背後から声が掛けられた。
「優一君。少し、待ってくれ。」
「はい?」
せっかくいい感じで話を終えたのに何を言うことがあるのか?
そう思い振り返らせる背中。
「あぁ、少し雲雀に伝えて貰いたくてね。あの時、なんで私ではなく雲雀に電話したのか?それを考えるときっと咲百合は自身の死をあの時、百合に電話するように頼んだ時に覚悟していたんだと思うんだ。だから私ではなく雲雀に電話を掛けさせた。夫よりも子に自分の最後を見届けて欲しかったんだと思う。別にこれは嫉妬とか雲雀を責めているわけでもない。ただ、だから伝えて欲しいんだ。雲雀の本来の姿を亡き母に見せてくれと。」
映る紳士の姿は父親の姿そのものだった。俺は親の気持ちなんてまだ分からないし愛する者がいたためしもない。だが、そんなこと言われて首を横に振るう人間はよっぽどのクズしかいないだろう。 生憎、俺はそのクズにはまだなってはいない。
「分かりました。必ず咲百合さんの墓の前にあいつの男姿を見せます。では、おやすみなさい。」
「あぁ。おやすみ。」
言葉を残して俺は静かに扉を閉めた。今度こそ桜木の部屋に足を運ばせる。今年のクリスマスはとても面倒臭い贈り物を貰ってしまった。
外の吹雪はもうすっかりその勢いを弱めていた。