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俺の彼女は…  作者: イスカンダル
 1章 [寒い春]
7/59

そして世間はクリスマスへと

 朝起きて始めに感じたのは「うわっ、さっむ。」の一言である。

閉ざされたカーテンを開放。窓には無数の水滴が付着しておりその先の光景がぼやけて見える。肌身をそれとなく擦ってまずは暖房を。仄かな暖かな風が俺の髪を揺らす。それに「はぁ~。」とかやってるのも数秒。直ぐに洗面所へと。


 バシャバシャ顔を洗って一日の始まりスイッチは完璧。冬の水道水は本当に冷たくてビビる。

顔を拭いて何が不満なのか自分でも分からない自身の顔を鏡で確認。今日の寝癖もあっちこっちで大暴走。軽くセットするが全ては戻らない。妥協して朝食へと移行。

 リビングは早くも仄かに暖かい。さすがは人類が誇る発明。その仕事の速さに思わず感服。

と、ゴーゴー音を発てる機械への感謝もそこそこに朝食の準備。


 トースターに安いパンを一切れセット。紅茶の入ったティーポットをガスコンロの上へ乗せてと火を点火。


 「ふゃぁ~ぁ。」


欠伸を一つ。机の上に放って置いたリモコンを手に取り、その電源を押す。ちょうど今日の天気予報が最近よく見るアナウンサーによって伝えられている。

 ふむ。今日も寒いと。

などと改めて思い、着ていた衣服を脱ぐ。今日も学校。だから着る服は制服。寒いと着替えるのにも時間が掛かる。


ちんっ。


勢いよくパンが跳ねて焼きあがった事を俺へと知らせてくれる。火に掛けていた紅茶ももう大分温まっているだろう。というよりも掛けすぎた。これでは何回ふーふーすれば飲めるのか分かったもんじゃない。


 着替えもそこそこ。後は上のブレザーを羽織るだけといった姿で頂く朝食。

 と、そんな和な朝の一時を過ごしていると枕元に置いてあった携帯電話が喧しく音を鳴らした。


「あー、はい。はい。起きてるよ。」


 別に急ぐこともなく電話に出ると驚いた声がまず先に耳に響く。


「えぇー。ゆうちゃんが起きてる?嘘っ!やった今日は雪だ。ホワイトクリスマスだ!」


「おい。人を何だと思ってる?後、朝からうるせぇ。」


電話に耳を当てながらパンをかじる。全く俺が少し早起きしたくらいで大袈裟であり失礼である。


「で、どうせお前はもう家の前だろ?寒いだろ?中入れよ?」


毎朝恒例。電話よりもベルを鳴らせと前々から言っているのだが聞こうともしない。電話代だってタダじゃないんだよ?


 「うん。じゃぁ、おじゃまするね。」


携帯電話が切れると共に軋むドアの音。直ぐに桜木の制服姿が目に映る。今日はちゃんと男の制服。まぁ、冬だからスカートは寒いんだろう。こういう時、制服を変えれるのは便利だなとか思ってしまう。

てか、学校はなんで何も言わないわけ?桜木家の権力か?調べたら確かに誰もが知るブランド会社の経営者らしいし。金持ちの権力とか俺には知るわけのない世界。


 「あぁー、またパンしか食べてない!それじゃぁ、駄目だって言ってるじゃん!朝の栄養は一日の活動源なんだよ?」


入って早々、桜木の声が煩い。


「お前こそいい加減、理解しろ。俺の朝はカリカリに焼きあがったパンと熱々に温められた紅茶で始まるんだっての。」


「そんな事、言っても栄養バランスは大切だよ。台所借りるね…ってゆうちゃんが買い置きとかしてるわけないか。」


 サラダでも作ろうとしたのだろう。前もそうだったし。だが、生憎。俺の生き方はその時だけを生きる生き方。残念。冷蔵庫の中は野菜はおろか卵すら入ってるかどうか怪しいもんだ。もう電源ofにしてもいいとさえ思う。


「まぁ、どうでもいいが少し待ってろ。今日は直ぐに準備できるから。」


言って俺はパンを囓る。今日の焼き具合も完璧。トースターは今日もいい仕事をしてくれたようだ。


「うん。分かった。そう言えば何で今日はゆうちゃん早起きなの?ようやく僕の苦労を分かってくれたの?」


 桜木は渋々と頷くと始め抱いていた疑問だろうを俺に問いてくる。


「あ?別に偶々だっての。昨日は早くに寝たからな。目が覚めたんだよ。」


「ふ~ん。」


俺は適当な言葉を。桜木もつまらなそうに頷く。それ以上は言わない。俺も何も言わない。今日という日を知っていてもなお。俺達は何も言わない。

 寒く長い一日。そして面倒な一日が始まるのだ。俺達のはじめのイベント。


クリスマスが。


 *************


学校は相変わらずのつまらなさで早くも終わりを迎えた。明るさとしては今朝からの曇天なる空模様の為に大して変わりはない。囁かれる陰口も地味な嫌がらせももうどこか慣れてしまっていた。

 だから今日もいたって普通。普通の日が終わりを迎えた。


「ゆうちゃん、ごめんね。」


今日もいつも通りの下らない話を口にしながら歩いていた帰り道。そんな話題も尽きた頃、唐突に桜木がしゅんとした声で謝りの言葉を俺に聞かせた。


「は?何が?」


当然、俺はそう言う。言うしかない。別に惚けたとかそんな事ではなく単純に分からなかった。何で、コイツはいきなり謝ったのだ?


 「いや、だから…その今日の事。」


相変わらずの言いにくそうな声音と仕草。そんなものを見せられても逆に困る。


「あぁ。別に気にしてねぇし。逆に誘ってくれてありがとなって感じだ。」


誘った直後は楽しそうな表情を見せていたコイツだったのだが何を感じてかその時が近付いてくると同時に怯えたような感じを見せている。妃那さんとの話を聞かれたわけではなさそうだし。理由が正直、全く分からない。


 「なぁ、なんかあったか?…家で?」


あまりプライベートの事は訊きたくはなかったのだがコイツのこの状態は正直に気になった。言うかどうかは迷ったが俺は最後の言葉を付け加えた。


 「え?ううん。何でもないよ。じゃぁ、僕はこっちだから。」


「あっ、おい。待てよ。」


逃げるように去ろうとする桜木の腕を掴む。ここで逃せば後悔すると思った。


「・・・・・・・。」


動きを封じられた桜木は黙秘権を行使していた。喋りたくないのだろう。それはどんな鈍い奴でも気付く事だと思えるが。俺は思った。


「話さないなら悪いが俺は今日パスする。お前ん家の事情に巻き込まれたくはないからな。」


敢えて冷たく言い放つ。巻き込まれたくないと言うよりも家の事情が関わっているのなら逆に俺が行く事でグチャグチャになると思った。


「・・・妹。」


「は?」


行かないという言葉に観念してかようやく口を動かした桜木だったがその口から出た言葉に俺は反応。


「僕の妹がね。ゆうちゃんの事、嫌ってるんだ。だからその…」


何とも焦れったい。俺は口調を荒く桜木へと声を飛ばす。


「何が言いたい?結論だけを言えよ。」


「だから、その…」


泣きそうな桜木。そんな姿に少しの罪悪感を感じる。


「だから、僕の妹がゆうちゃんを嫌ってて今日、ゆうちゃんが来るって言ったら殺してやるって言ってたんだよ!」


「は?」


勢いのある言葉。その内容ともども驚きを隠せれない。思わず掴んでいた手を離してしまった。


「悪いが俺はお前に妹がいるいること事態、初めて知った。それで殺す?何で?へ?」


理解が追いつかない。めちゃくちゃ過ぎるだろコレは?


「うん。でも、僕も百合ちゃんには避けられてるみたいだから詳しくは分からないんだ。」


「避けられてる?なのにそんな事をお前に言ったのか?すげぇな。」


凄いというより怖いな。


 「で、俺はどうしたらいいんだ?やっぱ行くの止めるか?」


 諸に俺が絡んでるとなると潔く撤退するに限る。妃那さんに桜木を頼むと言われたがそれは命を懸ける程のものじゃない。命は大切だ。


「うん。ゆうちゃんがそうしたいならそうして。話すって言ってた話は今度するから。」


「あぁ。うん。悪いな。」


話すと言っていた話。コイツはそれを罪と言ったそれであり、桜木雲雀という人物がこうなった種たる原因。俺はその事を正直、忘れていたのだがコイツはその事を律儀にも覚えていたらしい。


 「じゃぁ、僕はもう行くね。遅れるとパパに煩く言われるから。」


笑顔を見せてはいるがその笑顔は本物ではない。だから俺は言った。言ってしまう。


 「一応、訊いておくがそのパーティーって何時からだ?」


 **************


 桜木雲雀。その人物を俺は本当に何も知らなかったのだと改めて思わされる。招かれた部屋はうちの学校の体育館なんて比べ物にならないくらいのただっぴろさ。そして上に輝く光輝たる飾り物にシャンデリア。一番前の舞台上では大きなピアノをどこぞやの雑誌。TVで観たようなピアニストが指を動かし、弾いている。

 そんな光景。現実にもあったのだなともう言葉も出ない。


「あっ。ゆうちゃん。本当に来てくれたんだ!」


嬉々とした声を上げながら小走りに来たのは言うまでもなく桜木雲雀。その人物である。


「おっ、おぉ。暇だったからな。てか、今日はちゃんとしてんだな?」


「もう、僕はいつもちゃんとしてるよ。ちゃんとしてないのはゆうちゃんの方じゃん。」


全くその通り。返す言葉もない。


「まぁ、それはそれとして今のお前なら男に見えるぞ。」


「あっ、うん。」


ダークスーツというのは男でも女でも着ても違和感のないもの。桜木がそれを着れば普通にイケメンホストみたいな感じになていた。


「あ、悪りぃ。」


男と聞いた瞬間に反応が薄くなった。気持ちを理解出来た為に俺は謝りの言葉を伝えた。


「ううん。大丈夫。それよりご飯食べよっ。あっちのとか僕のおすすめ。」


赤い絨毯の上には人の足だけではない。長机がズラーーーっと本当に長く列を作っている。そして当然、その上には数々の光を帯びるような料理が並んでいる。


「おいっ、ちょっ。その前にお前の親に挨拶をだな。てか、妹は?お前の妹に会わないようにエスコートしろよ?」


 「うん。大丈夫。大丈夫。だから、まずはご飯食べよっ。」


「何も大丈夫じゃねぇだろ?」


話は耳に通したようだが肝心の理解が頭に入っていない。俺は引っ張られながらも大声で訴える。

 と、そんな声を聞いたのかどうか?歳が若干いったような渋めの声が掛けられる。


「あぁ。君が優一君だね?」


「え?はい。」


短く中分けされてはいるが桜木と同じく赤茶色の髪。皺の寄った肌。細身の体といった紳士的なおっさんに緊張してしまう。


「えっと…あなたは?」


ニコニコ表情を楽しそうにしている紳士に緊張しながらも訊ねる。が、それに応じてくれたのはその人物ではなく俺の腕を引っ張るその人物だった。


「あっ、パパ。」


「パパ?」


桜木の声を聞いて見比べる紳士と桜木。確かにどことなく二人には似ているところがあった。


「はは。楽しそうだね。雲雀。」


「うん。ゆうちゃんが来てくれたから楽しいよ。」


隠す事なく笑う桜木にパパと呼ばれた紳士は笑う。


「そうかい。それはよかった。」


その会話のやり取りは正真正銘の親子のもの。この紳士と桜木は親と子。納得せざるを得ない。


「悪いね優一君。君を巻き込んで。」


「いえ。感謝こそしますが謝られることはないですよ。俺なんかを呼んで頂いてありがとうございます。」


俺は丁重に頭を下げる。だが、その紳士は。桜木のお父さんはそんな俺の行動が気に食わなかったらしい。


 「優一君、違う。私が言いたいのは今日の事ではなくて―」


「おーい。桜木さーん。」


話の途中。言葉の最中。どこからともなくそんな声が邪魔をする。


 「悪いね。その話はまた後でにしよう。とにかく今日はパーティーを楽しんでくれ。」


 紳士改め、桜木のお父さんはそう言ってどこか声の掛けられた方へと移動する。金持ちともなると関係を作ったり、作られたりと大変なのだろう。今日みたいなパーティーでも仕事の一環。金持ちにはなりたくねぇな。


 「ん?パパとのお話しもう終わった?」


 前倒しからの顔。その行動はどきりっとさせられるのであまりやって欲しくはない。


 「あぁ、まぁな。一応は終わった。」


 まだ根本的な話はしていない。だから一応との言葉を付ける。


「ふ~ん。じゃぁ、行こうよ。僕、お腹ペコペコなんだよ。」


言った桜木はその言葉を証明させるようにとお腹を摩る。まぁ、俺も腹は減っていたしあんな高級?珍味?な料理を目に帰るわけにはいかない。桜木の父親には挨拶したのだ。もういいだろう。


 「あぁ。取りに行くか。」


 等と俺はすっかり油断していた。ソイツの存在に。


 「ねぇ、あんた?」


「あ?」


いざ食物へ足を進めん。との時を見越してかソイツは俺に声を後ろから掛けてきた。


「あんたが優一でしょ?」


「あぁ。そうだが。お前は?」


振り返り、見ればそこには年端小学六年生くらいと思える長髪ロング。髪の色は赤色の女の子が不機嫌そうに立っている。


 「あっ、百合ちゃん。」


「は?百合?」


その名は聞いた。確か、通下校の帰り道。その名を俺は耳にした。桜木百合。桜木雲雀の実の妹であり、俺を憎んでる者。


 「お前がお兄ちゃんを。お前が。お前が。」


 「ちょっ、待て。俺は…」


 気付いたのが少し遅れた。便宜の言葉も間に合わない。警戒していたつもりなのだが。こうもあっさりと見付かってしまうとは。


 「煩い。死ね!」


 「おい、待て。話せばわか…」


勢いよくそう言って幼女が取り出したのは…


 「げほっ。げほっ。何だコレ?胡椒?」


そう。幼女が出したのは料理人に馴染みも深い。

いや、料理人だけではなかろうが、とにかく胡椒。確かにこんな多大な量を不意打ちされては死すら思える状態にはなりますけど。


 「はははは。どう?これは我が桜木家が誇るお仕置き道具の一つ。地下で働く科学員の傑作品の一つ、殺人胡椒。一瓶使えばくしゃみと涙の地獄は必須。私のお兄ちゃんを毒牙した罰よ。」


 最後にあはははと幼女には似合わない高笑いを上げる。


 「もう。百合ちゃん。駄目でしょ。コレは護身用にって地下の人たちが作ってくれたんだから。こんなゆうちゃんに使っちゃ。」


 こんなゆうちゃん?さり気に酷い事を言われたような。


 「・・・・・・。ふんっ。どうでもいいでしょ。私の物を誰に使おうが。

じゃぁ、私はもう戻るから。」


 優しく叱る桜木を見ないようにその百合と呼ばれた妹は直ぐにその場から立ち去った。その行動を見るからには本当に俺を殺す。もとい嫌がらせする為だけにここに来たようだ。


 「はは。相変わらず嫌われてんな。僕。」


しゃがんでいた足を伸ばし、立ちながら言う桜木はどこか寂しげだった。その気持ちは十分に分かる。実の妹にこうも冷たくされては兄としては寂しい。俺、一人っ子。一人暮らしだけど。


 「げほっ。ハックションッ。…その、傷心中クションッ…悪いんだがゲホッ、ゲ

ホッ…この効力、いつまで続くんだ?」


 目から涙を。鼻から鼻水を。最低な自身の姿が鏡がなくても分かる。だから、この状態を一刻も早く脱したい。


 「あっ、ゆうちゃん。凄いねその状態。」


「誰が感想を言えと言ったクションッ。」


そんなの言われるまでもなく分かってるつーに。


 「あぁ、効力だね。うん。多分、後三十分は続くかな?」


言いにくそうで何故か疑問形。三十分。今のこの状況で三十分。それは確かに地獄でしかない。


 「あっ、でも大丈夫だよ。料理は無くならないし。そうだ。よかったら今日は泊まってけばいいよ。」


俺の心を読んだ桜木は名案と言うように手と手をポンッと合わせ、音を鳴らす。


 「ゲホッ。それはありがたいがクションッ。それまでどうしたらいいんだ?こんな格好でこの場にいられるメンタルはゲホゲホッ…さすがに俺にもないぞ。」


 「あぁ。そうだね。」


ただでさえ桜木に嫌な視線が送られている。これでは火に油。水と油と言ったものだ。


 「じゃぁ、僕の部屋にでも行く?」


「・・・・・・あぁ、ゲホゲホ…そうだな。」


 これ以上、ここにいても得られるのは最悪な視線と囁かれる気分の悪い小声だけだろう。それらに関しては学校で慣れてる分、どうでもいいが料理にもありつけないのならここにいる意味もない。


 「じゃぁ、行こうか。」


哀れみでも感じているのだろう。そんな声と手が差し出される。俺はその手を迷うことなく握る。

ただの胡椒。いや、ただのではないのか?とは言え、胡椒でこうも地獄を見る羽目になろうとは。一度、その地下にお住まいの科学者たる人物に会いたいものだ。


 「クションッ。…そう言えばサンタ。ゲホゲホ。本当にいたんだな?」


「え?あぁ、サンタさんね。うん。僕が無理言って頼んだんだ。」


「おぉ、そうかよ…」


ここに来るまでの広い庭。その入口。大きな門の前で待っていたのは黒く輝きを放つ高級車だった。

何だこの車は?と、疑問を抱く前に開けられた扉で待っていたのが赤い服着たサンタ。黒い高級車を運転するサンタの姿はとても新鮮で印象深かった。それに比べれば車を使う程の大きな庭などという問題はどうでもいいとさえ思った程だ。


「でも…でも僕、知ってるんだ。」


発せられた声は何故か小さい。さっきまでの元気はどこへ消えたのか?


「は?何をクションッ…知ってるって?」


サンタの話から何でこんな空気になるのやら?分からず俺はその真相を確かめる。だが、桜木は何かに気付いたのかいつも通りの桜木雲雀へと戻った。


「いや、ううん。何でもないよ。それよりも早く行こっ。」


「・・・・。あぁ。」


 追求するかどうか迷ったがそれは止めた。それは諦めたとかその質問をするのはコイツには酷だな。とかそう思ったわけではない。どうせ知るならその時に知ればいいと思ったからだ。今日の夜は長い。世間では騒がれ、明るいその夜も俺達にとっては寒く暗い夜なのだ。


**********


 「じゃぁーん。ここが僕のお部屋だよ。」


と、これまた大きな扉を開けられて見せられたのは想像を絶する大きな部屋。


 「ゲホゲホ。お前…毎日、俺のクションッ…家来る度、笑い堪えてたろ?」


 「へ?何で?」


首を傾げる桜木。本当に分からないのだろう。コイツはそういう奴である。

ともあれこの部屋。少し違和感を感じる。


 「なぁ。ゲホゲホ…何でこの部屋には私物が無いんだ?」


直ぐには気付かなかったがこの部屋には生活に必要最低限の物しかない。中央にどでんと構えるシングルベットはそれもうシングルじゃねぇだろ?って程の大きいい物だが。隅にある机の上にはPCはあれどそれだけ。埃かぶったTVも大きい物だが何て言うのか質素。高級な物だけにその言葉遣いは誤りかもしれないがその言葉が一番この部屋には似合ってると思った。


 「…なぁ?」


咳とクシャミに耐えながら問う言葉に何故か桜木は無言。


 「・・・・まぁ、そこのソファーにでも座って。」


桜木は静かに扉を閉めるとそれに応じてか静かな声音を俺へと聞かせる。その声音の意味。俺は察していた。だから黙って従う。


 ボスッ。と尻を埋め込ませたソファーは思いのほか柔らかく思わず後ろの背もたれに仰け反ってしまう。そんな姿に桜木は少し笑みを見せた。


 「じゃぁ、まぁ。見ての通りこの部屋には何もないからさ。話でもしようか?」


桜木は言う。最後にあまり口は進まないけどという言葉を付け加えて。


 「あぁ。」


出る咳・クシャミを抑えながらも頷き、口を開く俺に桜木は静かにそして寂しそうに頷いた。

桜木とてその話はしたくはないのだ。それは百も承知。知られたくない過去に秘密。そんなものは生きていれば誰にだって出来るものだ。

 だが、それでも。それでも俺は知りたいと思った。だから来た。ここに。桜木雲雀の家に。


 「でも、一つだけ。一つだけ宣言しておくね。」


桜木の声は。体は震えている。言うのを恐れているのか。その後を恐れているのか。多分、それは両方。


「何だ?」


俺はそれしか言えなかった。隣に座る桜木の顔を。声を聞いて、見てもそれしか言えない。


「この話をゆうちゃんに話しても。ゆうちゃんがどんな事を言っても僕はきっとこの姿を止めない。それが僕が抱える罪で覚悟で。責務だから。」


いつになく真剣に。それでいて強い眼光。どこか期待をしていたのだが諦めるしかないと思った。

俺の言葉ではどうやらコイツは動かないらしいと。


 「グフッ…分かった。何もいわねぇ。」


それを聞いて桜木は安心した…ようなものは見せはしなかったが頷きを俺へと見せた。


 「じゃぁ、お茶とかお菓子とかなくて悪いんだけど話すね。」


「こんな状態だ。クションッ。どうせ飲めねぇ。食えねえよ。」


俺の言葉に桜木はそうだねと一言、微笑みを浮かべる。その微笑みもどこか寂しいものだったが。


 「じゃぁ、ちょっと長いけど話すね。僕の罪と過去。その終始を。」


目を閉じて天井を見つめるも数秒。桜木はやはり静かに口を開いた。その上を見つめていた数秒。彼が何を思っていたのかは知らない。けれどきっと何らかの覚悟を決めたのだと思った。それは俺をこの部屋に招いた時点にあったものだろうがそれでも再度の覚悟を入れたのだ。

それ程までに言いたくない話。それほどまでの過去。

 俺はその話に耳を傾けた。咳もクシャミも我慢して彼の昔話に身を投じさせたのだ。 

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