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俺の彼女は…  作者: イスカンダル
4章 夏の前の嵐
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悪友との思い出 後編

 時は早く、十二月も半ばとなった。あれから一週間。俺は優一の姿を見ていない。

 あの廃墟で例の設計図を見付けた優一は一人、俺達の言葉にも耳を貸さず作業に没頭しているのだ。それは学校にも来ない程に。


 「ねぇ、かっちゃん。今日もあいつらに挑むの?」


 「あ?あぁ。そうだな。」


 一人、帰り支度をしていると友人である英智が声を掛けてきた。ここ最近の英智は少しだけ頼もしい顔つきとなり、今もこうして俺の事をかっちゃんなどと呼ぶようになった。


 「先に行っていてくれ。俺も直ぐに後を追うから。」


 「あ‥うん。分かった。じゃぁ、いつもの所で待ってるから。」


 「おうよ。」


 俺は英智に笑顔を返し、それでいて手なんかを振ってやった。


 「さてと。」


 ランドセルの中に物という物をひとしきりに詰め、俺はそれを背負う。そして例の人物を大声で呼んでやった。


 「おーい。桜木ー。」


前の方に座る女みたいな顔立ちをした少年。その美少年は数ヶ月前。夏頃に転校してきた転校生だ。彼は引っ込み思案なところもあって中々クラスに馴染めないでいる感じだったが運動神経。頭の良さ。その他諸々の才能がずば抜けている事は知っていた。

 

 「何?」


 桜木の顔がこちらへと振り返る。いきなり声を掛けられ、怯えている風にも見て取れたがそんなのお構いなし。俺はいつも通り。明るく元気に声を通した。



 ここ最近。優一と離れた俺達は俄然、面白味に欠けていた。流利なんかは優一に協力して爆弾を作ろうなどと言っていた。

だがそれがどれ程の事なのか?俺と英智は知っていたから彼を全力で説得した。


 流利は優一とは異なる人種でまだ言葉が通じた。それが何よりも救いで何よりも歯痒かった。結局、優一、一人をあの場に滞在させるという事になるのだから。


 そんな陰気な雰囲気に耐え切れず、俺は気分転換にと、あるスポーツを流利。英智。後は、その辺にいたクラスメート等を誘ってとりおこなった。

 始めは本当に気分転換程度に皆を誘っただけだった。だが、次第にソレが楽しいものだと感じるようになり、最後には夢中になっていた。

 

 「え、まぁ。いいけど。」


 ロクに説明もせずに頼むと桜木は乗り気ではなかったが了承の言葉を伝えてくれた。桜木のことは転校してきた初日から気になっていた。それは勿論、友人になれないかという点だ。

 だがしかし。優一の方が彼を毛嫌いしていた。大人しく。女子にちやほやされ、完全無欠のスーパー超人。

 優一にも似たようなところは無くもなかった。優一は基本、大人しい。顔もそこまで悪くないから女子からは影で噂されているのを俺は知っている。

 それに桜木程ではないにしても優一もそれこそ桜木を抜けばその才能は群を抜くものがあった。

 つまりは同族嫌悪みたいなものだ。

 そして優一がいない今、俺はそういった人物を求めていたのかもしれない。一緒に馬鹿やれなくてもそういった面白い奴を隣にいさせたかったのかもしれない。

 だからだろう。その時から。桜木と仲良くなった時から。俺の中から優一という存在が薄くなっていたのは。今もなお、寒い空間で色々なパーツを床面に広げ、設計図とにらめっこしている友人。そんな彼の非行に気付いてやれなく、救ってやれなかったのは。


 それから数日後。時としては十二月二十四日。優一の問題とは別で桜木の母親が事故により命をおとした。桜木とは殆ど会うことなく彼は学校を転校。別れの言葉もロクに言えず、せっかく仲良くなった友人を見送った。

 サッカーなどやれる気も起きず、クラス内にもドヨンとした空気が漂っていた。せっかく和気あいあいと楽しく、明るい空間が生まれていたというのにソレが壊れ、無くなるのは簡単で。それでいて失った時に始めてソレがどれ程のものなのかを思い知る。

 

 楽しくない日々は実に冬休みを迎えるその日まで続いた。俺と英智。流利と共に行動する時間は次第に短くなった。冬休みの間も殆ど会わず、遊ぶことなんてなかった。


 降る雪は日を増すごとに多くなり、量も増えた。桜木が遠のいた今、俺の中にはある人物の姿が浮かんでいたのは当然と思えた。


 彼はこの寒空の中、まだ一人で黙々と作業をしているのだろうか?


 そんな想いが俺の足をソコへと向かわせる。

 その日、テレビでは天気は過去にないほどに荒れるとかどうとか言っていたような気がした。

 だが、親は不在。祖父母だけが家にはいたが居間の炬燵で寝息をたてている状態。だから、止める者などいなかった。

 まぁ、止められても行ったかもしれないが‥。


 そしてその日、俺は外に赴く。あの廃墟へ赴く。途中、英智。流利の家に寄って何とか二人を引っ張り出すことに成功。


 俺同様、親が不在の流利はともかくとして英智の方は少し骨が折れたがどうにかこっそり抜け出すという形で連れ出すことに成功した。

 久々の顔ぶれ。言いたいことは少なからずあったにしろ俺達は殆ど会話を交わすことなく廃墟へ足を急がせた。


 道中、冷風と雪に音を上げてコンビニなんかで体を温める時間は体よりも胸を温めた。気づかぬ間に俺は望んでいたのだ。またこのメンバーで行動をすること。それに。


 そしてその中には欠かせない人材がいること。それにも気付いた。

 長らく放置していたが何とか説得して馬鹿な事は止めさせよう。馬鹿でも安全。成功した後に笑えるような。そんな馬鹿をした方が何倍もいいと気付かせよう。


 そう思って。また戻るメンバーに頬を緩ませ。凍てつく風。下がる気温も気にせず雪を踏んでいた。


 だが、その考えは甘かった。

 ‥いや、遅かったというべきだ。


 俺達が廃墟へ到着した直ぐ。大きな音が響き渡り、そこは見るのも恐ろしい火の海に包まれたのだから。


 *************


 何が起きたのか?

 目の前で起きている現実に頭がついていきそうになかった。


 「あ‥あ。」


 口から溢れる声は出そうと思って出たものではなく、反射的に出たものだった。

 それは隣に立つ英智も同様。流利に至っては彼にしては珍しく、その場で腰を抜かしている。


 「ど‥どうして?」


 ここに辿り着いて十分くらいの時間が経過。ようやく言葉という言葉が口から出た。

 だが、混乱が解けたという訳では勿論なく、それもただ自然に溢れた言葉なのかもしれない。

 そして目の前の光景はそんな台詞に答えるように激しさを増し、火を盛んに上がらす。

 

 「け‥警察。あ、あとは消防車!」


 「‥あ、あぁ。そうだ‥そうだな。」


 一足早く、その解答に辿り着いた英智は声を上がらす。だが、俺達は携帯電話など持っちゃいない。電話をしようにも公衆電話も見当たらない。コンビニまで行けば電話を貸して貰えるだろうが近くでさえ数十分は掛かる。その間に全てが終わっていたら意味がない。

 だが、打つ手はそれしかないのも事実だ。

 ‥いや、待て。


 「ゆういち‥。優一が中にいるとは限らないじゃないか。そうだ。あいつがいなかったらこんな建物無くなっても問題ない。そうだ。そうだ。」


 第一、こんな建物があるから優一はあんな事をしていたのだ。こんな建物があったから‥。


 そんな想いが頭に浮かぶと建物を睨まずにはいられない。気温が低い為か上がる煙も尋常じゃない。

 と、そこに。


 「‥え?」


 誰かの足音。雪上を踏む音が耳に届く。そして何かを落とした。そんな音が燃え盛る炎の音に混じって微かに聞こえた。


 「あ‥優一のお母さん?」


 そこに目を向けると前に優一の家にお邪魔した際、見た彼の母親が立っていた。栗色の髪は短いボブヘアー。クシャり。ふんわり整髪剤か何かで上に盛られている。自分の母親とは比べ物にならない美人の母さん。

 そんな優一の母親は今では口に手を当て、目の前の光景に震えていた。


 「あ、あの‥」


 言い掛けた瞬間。即座にその考えが脳内に駆け巡った。


 「‥ま、まさか」


俺も震えた。そしてその考えを即座に否定したくて焦った声を響かす。


 「嘘ですよね?優一はあの中になんかいるわけない?そうですよね?」


 聞くが返答は何もない。それがどれほどの解答なのか?俺は認めたくない答えにそれでも認めざるを得なかった。


 「‥はやく。」


 どうすればいいのか?

 そんな事、小学生である自分に考えられる筈がない。だが、このままここで呆然と突っ立てるわけにもいかない。

 頭に浮かんだ言葉を言葉に。考える時間さえ。その余裕さえ。今の俺にはない。


 「早く。早く。優一が‥。優一が死んじゃう!!」


 実際そうなのだが俺は子供のように縋った。ここで唯一の大人。優一のお母さんの胸下をドンドン拳で叩く。

 

 「あ‥。そ、そうね。まずは警察に」


 心ここにあらずといった様子ではあったが、叩いた衝撃のお陰か優一のお母さんは行動をし始める。

 けれど震えは治まっておらず、落ちた鞄の中から携帯電話を取り出すも何回も雪上に落とす光景を目に見せた。

 それでもようやく携帯を手に握ることができ、短い操作の後、優一のお母さんは携帯電話を耳に当てた。


 「あっ‥警察ですか。放火です。目の前で燃えてるんです。中には息子が!どうか、助けてください‥お願いします‥」


 はじめこそ呟くような声量であったにしろ、それは言葉を重ねる度に感情的になっていた。そして俺の考えも確信へと変わったわけだ。


 優一はこの中にいる。


 「え?どういうことですか?警察は市民を護る為に存在する機関なのでしょ?それが‥」


 すっかり感情を取り戻した優一の母さんはだが、何かもめている。ただならぬ悪い予感がしてならない。


 「分かりました!では!」


 優一のお母さんは激しい動作で通話を終了した。持っていた携帯電話も勢い早く投げられ、積もる雪上にポスリ埋まった。


 「ど‥どうして‥。あぁ‥」


 両手を顔に泣き顔を隠すような仕草を見せる。とてもじゃないが声を掛けていい雰囲気ではなかった。

 が、それでも聞かずにはいられない。なんせ、まだあの中には優一がいる。時間だって無いのだ。


 「あ‥あの?何が?」


「あっ‥君は優一の?」


 声を掛けると目頭に涙の粒を浸らす泣き顔がこちらに向けられた。


 「電話で何を言われたんですか?」


 言葉には答えず、自分の疑問だけを一方的に伝えた。それほどまで、俺は焦っていたのだ。


 「あ‥あぁ」


 優一のお母さんはそんな俺の失礼な物言いに何かを感じた訳ではなかろうが、またも両手で顔を覆い隠した。


 「あの!」


 時間がない。その事実は幼いながらも感じていた。俺は声を荒立たせ、強く言い寄る。

 すると優一のお母さんはビクリッと一瞬、肩を揺らすと俺と同じように叫ぶような大声を聞かせた。


 「無理だって言うのよ!この吹雪のせいで警察も救急隊も遅れるって!」

 

 俺なんかにこうも大きな声で感情をぶつける。その意味が分からないほどに自分も鈍くはなかった。優一のお母さんも必死なのだ。それは考えたら分かる事だった。自分の息子が死の局面にいるというのに自分は何もできない。その事実は俺なんかよりもよっぽどだ。そんな事を怒るように言われた台詞の後に遅れて思った。


 「‥ごめんなさい。」


 「あっ‥こちらこそごめんね。怒ってはいないのよ。」


 俺が謝ると優一のお母さんも正気を取り戻したようで申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にしてくれた。

 

 「で、ちなみに来る時間ってのは‥」


 恐る恐るそう訊ねると優一のお母さんはポツリ。小さく口を開き、教えてくれた。


 「‥一時間が最速らしいわ。」


 「一時間‥」


 その時間で間に合うかどうかは正直、分からないでいた。だが、一時間もこのまま放置していれば状況は絶望的な未来を作り上げるだろう。

 天候は行きこそまばらに降っていた雪は今では突風によって確かに前を歩くことさえ困難な悪天候と成り代わっていた。

 突如きたこの光景に気を取られてあまり意識していなかったが降る雪は激流が如く空に流れている。

 そしてそれが燃え盛る炎の激しさを増す原因となっていたのは言うまでもない。

 頭の悪い俺でもそれくらいは分かった。高熱に水を加えればどうなるかなど‥。


 「‥俺が」


 警察も消防隊も期待はできない。

 となればもう自分がこの中に行くしかなかった。


 呟くような台詞を溢し、俺はゆらりと足を前にふらつかせた。

 が、それは長い腕と手に遮られる。


 「何をしようとしてるの?」


 正気を取り戻した優一のお母さんが心真剣な眼差しで俺を見ていた。そのせいで自分が何をしようとしていたのか?その考えの馬鹿さが思い知らされる。

 けれど‐


 「‥仕方がない。」


 遮られた腕を。手を強引に振り払う。


 「仕方がないんだよ!このままじゃ優一は死んじゃう!誰かがあいつを助けなきゃ!だから俺が‥」


 瞬間。熱い感覚と痛覚が頬に走った。

 目を丸くしていると直ぐ、荒立たしい声音が吹雪にも負けぬ勢いで放たれた。


 「馬鹿言ってんじゃないわよ!あんたにはあんたの家族がいる。あんたの両親がいるのよ!少しは考えなさい!!」


 憤怒した表情。だが、真剣で悲壮に顔を染めるそんな優一のお母さんの顔が見える。それでようやく自分が叩かれ、怒られているという事に気付いた。


 「‥ごめんなさい。」


 少しだけ冷静になれた。確かに自分が行ったところで何ができるかといえば黙るしかなかった。優一の場所に運良くたどり着いたとしてもそこからどうするかなど考えてもいなかった。ましてや優一が倒れていたら彼を背負って運べもしない。考えが軽率すぎた。これでは死ににいくも同然だ。


 「いいえ。和明君だったかしら?和明君は何も悪くはないわ。」


 自分の行動に深く反省していると今度はさっきとは比較的な優しい声音が掛かった。


 「それよりもありがとう。息子の事をそんなに想ってくれて。おばさん、嬉しいわ。」 

 

 頭を撫でられ、美人の顔に笑顔が刻まれる。

 不覚にもその笑顔にドキリとさせられたのは気付かれただろうか?


 「けど‥このままじゃ」


 言い分は理解した。状況も幼い頭なりには分かった。ただ、肝心な解答が分からない。

 不運に不運を重ねたような境遇に言い淀んでいるとふっと頭から手が離れた。


 「和明君。それと英智君?流利君だったかしらね?」


 優一のお母さんはしゃがんでいた足を立ち上がらせ、頭の隅にぼんやりと刻んでいたであろう俺達の名前を口にした。


 「三人の事は優一からよく聞いていたわ。仲良くしてくれてたんですってね。ありがとう。」


 「あっ‥いえ。」


 それには英智が答えた。流利は流利でまだ現状に頭が付いていってないようだ。無理もない。


 「あなた達はこの吹雪が弱まったら帰りなさい。警察が来てからだと面倒な事になるわよ。事情聴取だとか。それこそあなた達が容疑者になるかもしれない。」


 「えっと‥おばさんは」


 悪い予感がさっきから消えない。何とか言葉に出すも俺にはその先、優一のお母さんが何を言うのかが分かっていた。そして案の定。


 「私は息子を助けに行くわ。親が子を助けるのは当然。和明君にはああ言ったけどあなたと私とでは関係が。背負ってるものが違うのよ。」


 にっこり微笑むその顔は母親そのものの顔をしていると思った。だから何も言えない。その先、どうなるか知っていても俺は目の前の人物を止めることはできないでいた。


 「あぁ。そうそう。コレ。優一に今朝、頼まれたのよ。何かパーティーでもするつもりだったのかしらね?多分、もう必要にならないと思うからあなた達で食べてくれる?」


 そう言って差し出されたのは始め、雪上に落とされた大きなレジ袋だった。見るからにそこには沢山のお菓子だかジュースだかが入っていた。


 「あとコレ。おばさんの手作りなんかで悪いんだけど。」


 今度は鞄の中をゴソゴソ。取り出されたものはリボンが縛られる大きな袋。中には色彩豊富なマカロンが散らばっていた。


 「コレ、優一が美味しいって言ってくれたものでどうしても作れって言われたの。よかったらコレも食べてくれる。」


 両手でレジ袋を握っていた俺はそれを一度地面に置いてソレを受け取った。

 

 「ありがとう。」


 優一のお母さんはまた笑顔を顔に浮かべる。そして今度は意を決した表情になり、その場に立ち上がる。 


 「じゃぁね。」


 と、手が振られたその時。更なる声がこの場になおも収まらない吹雪と共に駆け巡った。


 「おーい。明穂(あきほ)ー。」


 声から察するに男性のもの。そしてその存在は確かなものとして現れた。


 「和翔(かずと)君。何で?」


 優一のお母さんは出していた足を止め、声のした方へと顔を振り向かせた。


 「悪い予感がしてね。急遽、会社を早退したんだ。家に帰ったら誰もいないからもしやと思ってね。前に優一を尾行してここにあいつが出入りしていたのは知っていたから。だが、これはどういった‥」


 息を切らして現れた男性は優一の家にお邪魔した時、数回見掛けた程度だったが直ぐに分かった。優一と同じで目つきが悪い。

 

 「私にも分からないの。けど、警察も救急隊もこの天気のせいで来てくれないって。だから‥」


 そこまで言って優一のお父さんは全てを理解したようだ。


 「そうか。分かった。そういうことなら俺が行く。明穂はここにいてくれ。クソッ。こうなると分かっていたらもっと強く叱っておくべきだった。」


 膝頭を叩く優一のお父さんの顔には後悔。怒り。悲観。そんなものが入り混じった顔をしていた。


 「じゃぁ、行ってくる。」


 「待って。」


 建物は既に半分が崩壊していた。時間がないことは現れて直ぐの優一のお父さんも理解していたことだろう。だからこそ急いで行動に移ろうとしていた。

 が、その腕をその妻である優一のお母さんに掴まれた。


 「私も行く。」


 「いけない。明穂はここに‥」


 言い掛け、優一のお父さんはそれがどんなに無駄なことかを悟った。


 「分かった。二人で行こう。」


 それからの会話はよく聞き取れなかったし、何も交わしていなかったのかもしれない。直ぐに二人は燃え盛る廃墟の扉を開け、中に入っていった。

 吹雪は相変わらずで勢いを殺すことはなかった。残されたのは三人。呆然とした表情でその場に座り込む流利。体の震えが激しい英智。そしてどうすることもできないがままに立ち尽くす俺。


 時間が経とうと廃墟の中からは誰も現れない。

 見える景色は壮大で。考える頭はもうなく。体の疲労も限界に達していた。

 段々と、意識が遠のいていく。それに抗う力も残されておらず、俺はその場に倒れた。そんな俺に残りの二人は気付いていなかった。

 二人も二人。何がどうしていいのか分からず、自分の事で手いっぱいだったのだ。


 それから間もなくして警察。消防車。救急車がやってきて俺の意識はようやく蘇った。救急車に乗るか?と言われたが俺は意識朦朧とだが首を横に振った。


 それから暫くして何故か俺達は警察署本部の会議室だかどこだかの大きな部屋にいた。そこで温かな飲み物と一緒に聞いた話では警察が駆けつけた時には既に遅かったらしいとのこと。だが、奇跡もあったとのこと。消防隊員が中に優一を救助しに行った際、そこで驚くべき光景を見たと。

 優一の両親が優一の体を包むようにして火から。一酸化炭素から息子を護っていたらしい。

 その行動理由は開かなくなった扉によるものと推測されるだとかなんだとか警察は言っていたが俺にはどうでもよかった。ただ一言。その言葉だけ聞ければそれでよかったのだ。


 優一君は今さっき意識を取り戻したようだ。と。


 が、喜んでばかりもいられなかった。その代償というか、犠牲というか、そういった大きなものがあったからだ。

 優一は助かったがその両親は駄目だったと。


 勇ましくも炎の中に飛び込んだ優一の両親は子を護る為に自身の命を犠牲とした。警察も複雑な表情をしてその事実を俺達に伝えてくれていた。

そして代償はまだ更に続いた。優一は一酸化炭素を多く吸ってしまった為、脳に少々の記憶障害が生じてしまったと。


 詳しく言えば今日の記憶。そしてそれまでの記憶。範囲はどこまでか予想できないものだったがそれらを喪ってると。


 続報のように鳴り響いた携帯電話。電話口から声を通す警察もそれを聞いて、更に眉間に皺を寄せていた。当然、俺達にそれを伝える顔も芳しくはなかった。


 そして俺は。だからこそ俺は警察にも流利。英智にも。この事件を知っている皆に頼んだのだ。


 優一には何も言わないでおいて欲しいと。


 仮に目を覚ました優一が全くの別人だったとしてもそれに乗っかろうと。自分のせいで両親が死んだなんて事実。伝えても誰も得はしない。


 それは転校してしまったが、前にクラスメートの一人が抱えていた問題だ。それを無くせれるならたとえ友を騙す形になろうと構わなかった。


 警察は渋々、了承してくれた。二人は即答で返事を返してくれた。そして皆も。

 

 目が覚めた優一はやはり別人のようだった。前みたいに悪戯をしようなんて言わないし、リーダーシップなところも無くなっていた。

 それだからだろう。流利が離れ。英智も離れていったのは。言葉では言っても全くの別人になってしまった優一が怖かったのだ。


 それでも俺だけは裏切らなかった。変わらず、優一の友でい続けた。その先、どんなことになろうと。どんな事があろうと。それでも俺だけは友でい続けた。

 何がどうであれ俺と優一は友達で。全てが変わってもそれだけは変わらない。変えられない。

 なぜならば‐


 独りでいるのは何よりも辛いから。


 そんな単純な理由が俺と優一を友達として括りつけた確かな理由だった。

 だが、それは時が経った今、変わった。単純な事には変わらないが。


 どんな人間になろうと優一といるのは楽しい。


 俺はいつしかそう思っていたのだ。

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