終結
じっとりとした嫌な冷や汗が首筋を伝うのが分かった。頭は真っ白。直ぐ近くで誰かが俺の名前を呼んでいる。
混乱はしていない。ただ、今から俺がするべき事が分からなかった。どっちを取っても選択肢としては間違ってなくて。だが、どっちかを取ったらどっちかが終わる。
だから、俺はここを動けない。
目下では幾数もの生徒等がそろそろ野次を飛ばすような。そんな雰囲気だった。時間はない。だが、ここでソレを続けてしまったら俺はここから動けなくなる。八方塞がりの現状に奥歯を噛み締めている自分に気付く。
「ゆうちゃん‥」
小さな囁き声が耳に届くが返す言葉などない。返す言葉などある筈がないのだ。桜木は俺に全てを託して自身の仕事を成し遂げた。だというのに俺は‥。
深く考えず、安易な結論を結びつけて何と言っただろう。何が問題は解決しただ。何も‥何も解決などしていない。楓香ちゃんを危険に晒している可能性は大。根拠も理由もないが桜木の勘はよく当たるのだ。協力した生徒は恐らくいて。その生徒は今、楓香ちゃんの元へ向かっている。
再入試を受けている彼女の元に。その誰かも分からない生徒は向かい、邪魔しようとしている。
「ゆうちゃん、まだ協力者がいるって決まったわけじゃないから‥。僕も少し焦っちゃったけど。ね?今は目の前の事に集中しようよ。ね?」
優しい声音。不安。焦りを和らげるようなそんな声。隣の叫ぶように大声を上げている波瀬とは対照。どっちの方がいいかなど格付けする気はないが桜木は人の心を本当によく読める奴だと改めて思わされる。
始めにあった心境は薄らぎ、ようやく波瀬の声も耳に入ってきた。
「新戸君!」
「あぁ、悪い。聞こえてる。二人共ありがとな。」
何とか平静を装った声を出すが上手くできたかは別問題。ただ、波瀬は変わることない声音を俺に聞かせてきた。
「そんなことより早く。皆、もう限界だよ。とにかく何か話して!」
こうも取り乱している波瀬は本当に珍しい。そのことからも現状、危険なのは十分に伝わった。
「あぁ。」
波瀬に押されて、マイクを口元に近付ける。 が、頭ではまだ先程の事が気になっていた。
本当に俺はここにいていのか?万が一が起きてからでは遅いのだ。万が一が起きたらここを掌握できたとしても何の意味も持たなくなる。全ての成功の鍵は実は今現在、別室で再入試を受けている楓香ちゃんに掛かっているのだ。楓香ちゃんが入試を合格。晴れてここの生徒となれば彼女は何も言われることはない。
「・・・・・ッ。」
計画通り進んでいた目前の問題。それとも降り掛かった不確定な問題。どっちを取るべきかが本当に分からない。そんな想いがつい舌打ちとなって表に出る。
それでも考えている時間などない事も十分理解していた。隣で不安そうな表情を浮かべている二人。苛立ちと疑念を抱き始めている目下の生徒等。早く‥。早く、行動を示すしかないのは一目瞭然。
「みな‥」
目前の圧力につい言葉が出る。が、その言葉は蚊の鳴くようなもので誰の耳にも届いてはいなかったようだ。
「何で途中で止めたの!!」
波瀬の怒るような声音。その気持ちは十分に分かる。だが、駄目なのだ。ここで言葉を繋げる。それはもう俺がここを動けない事を意味する。
さっき言葉を出そうとした瞬間、頭にチラついたのは楓香ちゃんの顔。悪い予感がする。こんな時に限って、そんな感覚を抱く自分に心底嫌気がさす。
「‥ごめん。波瀬に桜木。お前らにここは‥」
予感を打ち払わんとマイクを桜木。波瀬のどちからに渡そうとした。と、その時。
『あ~。聞こえてるか~。刈谷んとこの妹の方に空手部のあー‥誰だったけな。とにかく空手部の生徒らしき人物が接近~。』
「なっ‥」
台詞とは裏腹。緊張感を感じさせない、のほほ~んとした声音が耳元に囁かれる。最悪な事に予感は的中したようだ。
「聞いた通りだ。俺は楓香ちゃんのとこに‥」
今度は自信を持った台詞が口から出る。情報が確実なら取るべき行動は一つ。 が、俺がその先の行動を取る事はなかった。
『あぁ~。だが、お前らはお前らの役割から離れるな~。その生徒に関しては大丈夫だ~。』
「大丈夫って‥」
こっちから生徒会に声を発する事はできない。その事を知っていたが俺は自身の焦りを呟かずにはいられない。
それでも会長は俺の言葉に応えるよう、声を続ける。
『彼女には彼女専属のナイトが付いてるからな~。武は悪いかもしれんが信用してやれ~。まぁ~、危ないようだったら微力ながら私も加勢するから安心しろ~。だから、いいなぁ~。間違ってもお前らはお前らの役職を放棄するな~。これ、生徒会長の命令だかんなぁ~。』
と、生徒会長は最後まで気の抜けた声を俺達に聞かせた。それは俺達に緊張を持たせまいと。そんな意味合いも含んでいたのだろうか?
という考えが頭に浮かんだが即、その考えを否定した。
まぁ、なんにせよ。生徒会長直々の申し出なら仕方あるまい。任務続行。まだ手元に握っているマイクを握り直すのに躊躇はいらない。
「あー。静かにしてください。皆様にはいらぬ心配をお掛けしたかもしれませんがもう大丈夫です。それでは続きと参りましょう。刈谷楓香の裏口入学を支援したその教師の名を今、ここで言います。」
声は上々。さっきの情けない声よりかはよく通ったと思う。若干、まだゴソゴソ。ガヤガヤしている館内。それは俺が言った言葉によるものなのか、さっきの延長上に引かれたものなのか。答えは半々と言ったところか?
「時間も押してるし、早く言った方がいいよ。」
下の音が止むのを待っていると怒りから焦りに代わっていた波瀬の声が囁かれる。
「あ、あぁ。そうだな。」
確かに先程の件もあり時間としては危うい。教師がここに上がってくるという可能性は、もうほぼ無いとはいえチャイム音が鳴り響けば話は変わってこよう。
そして、そのリミットは五分を切っている。本来なら生徒会への勧誘。紹介などに設けられた時間。それを俺達が使ってしまっているのだからこれ以上の上乗せもできまい。
スー。ハー。
大きく息を吸って、吐き出す。周りの雑音をシャット・アウト。心を無にしてその名だけを言う。
「刈谷楓香の裏口入学を認めた人物。その教師の名は宮永 照之。」
ざわ‥ざわざわ。
ギャンブル漫画のその音ではない。第一、音はざわざわ。だけでなくガヤガヤと言ったものもある。
その光景は予め予測してた。それは宮永 照之。その男性教師は二年の生徒指導部の部長であったからだ。
「宮永先生‥?それは本当ですか‥?」
隣に立つ女教師は疑惑の目で宮永に問いを投げた。
「はは。まさか。そんなこと有り得ないでしょ?仮にも生徒指導を担ってる存在なんですよ?早くあの子達を引き下ろしましょう。」
宮永は顔に微笑を浮かべると足を動かし始める。 と、そこに。
「ねぇ。」
掛かった声音に宮永の足は止まり、首はそこに向かった。
「なんだね、君は?いつからそこにいたんだ?自分のクラスに戻りなさい。」
向いたそこには金髪ツインテールの吊り目の女子生徒が。
「宮永照之先生。証拠ならあるわよ。」
教師と生徒。その関係を知っておきながら、その女子生徒。蔓実は強気な声を響き聞かせる。
「何?」
それまで微笑みを顔に定着させていた宮永。だが、蔓実の台詞で顔からソレは消えた。
「だから証拠ならあるって言ってんの。まぁ、物的証拠じゃないってのが弱いけど‥。」
さすがは生徒指導部の部長。その睨んだ目は粗相を犯した生徒等を黙らすに十分だった。
だが、目力なら蔓実とて負けていない。
「先生。あんた。借金を抱えていたらしいわね。」
「なっ‥」
唐突すぎる蔓実の台詞。初めて宮永の表情に変化が表れた。
「ちょっと、貴女。教師をからかうもんではありません。」
同じ教師として。大人として肩を持たれる方は当然、宮永である。隣に立つ女教師は蔓実に鋭い声を突きつける。
だが、蔓実とてそんなことは予測済み。足を引くことなく。それよか足を前に踏み出しさえして言葉を繋げる。
「抱えていた借金は五百万。息子さんの手術費だそうですね。確か海外の名医しかできない手術だったとか‥。」
「くだらん。何の話をしてるんだ?お前等、こんなことしてどうなるか分かってるんだろうな?ただの指導だけで済むと思うなよ!」
蔓実の言葉を耳にした宮永は声を荒らげ、今にでも手を上げる勢いだった。
が、しかし。そんなもので怖気付く蔓実ではない。
「先生。そしてあんたは運悪くも質の悪い金融会社からお金を借りてしまった。はじめは三百万程度の額が三年過ぎただけで五百万。あんたに返す目処はない。そこで舞い降りたのがソノ話だった。」
「だまれ‥だまれ‥」
「提示された額は丁度、五百万。即決だったでしょうね。」
「だまれ‥だまれ‥だまれ」
「証拠なら近くのコンビニの監視カメラを見れば分かるわ。楓香ちゃんの証言で入試問題をコピーしたであろう日は把握できたから。案の定、コピー機に立つあんたの姿が映っていたわ。念のためカメラをズームして手に持つそれが入試問題だった事も調査済み。」
何事かを呟く宮永に臆せず蔓実は止めと言わんばかりに最後の言葉を言い放つ。
「家庭があるあんたは家で入試問題のコピーなんかできない。学校でそんな事をしたら証拠が残ってしまう。目撃される恐れがある。実はもう、確証済みなんだけどね。」
「だまれ‥だまれ‥だまれぇぇぇぇ!!」
証拠の話が出て逃げられないと察したのだろう。ついに宮永は声を荒らげ、蔓実へ鬼の形相で迫った。
どこかで女教師の声が。ステージ上に目を奪われていた生徒もその一件に気付く。殆どの生徒。教師が目撃しているというのに宮永の動きは止まらない。
「はい。チェックメイト。」
生徒指導部部長。柔道部の顧問。昔、高校でもやっていたそう。帯は黒。体の作りからそれが嘘でないことも分かる。
のだが。蔓実は相変わらず。臆せず。引くこと無くそんな事を呟いたのだ。そして次の瞬間。
「は?」
前のめり。蔓実の胸ぐらを掴もうとしたその時。宮永はその手を蔓実に掴まれる。そしてそれは一瞬だった。一瞬で宮永の体は宙を舞い、背中から落下。咄嗟のことだったが受身を取れていたのは柔道部の賜物だろう。
「・・・・・・・・・・・。」
騒がしかった館内も今では誰一人、口を開く者はいない状況となっていた。生徒指導部の汚職。そんな真実を知らされた直ぐ、その教師がとある女子生徒に投げ飛ばされた。その事実を。光景を。誰もが理解するのに時間を要した。
「証拠なんてなくてもあんたは終わりね。それともまだ言い訳するつもり?」
静かになった館内に蔓実の声が響く。目下で地面に手を付いている宮永はまだ自分に何が起きたのか分からない状態。だが、蔓実の言葉は分かった。降り注がれる幾数もの目線。言い逃れができないのは明白だ。
それでも宮永には家庭がある。ここで自分が罪を認めれば家族はどうなる?そんな思いが頭に浮かんだ宮永の口は勝手に動いていた。
「おい。冗談だろ?俺は教師であいつらは生徒。どっちの言葉を信じるかなんて考えなくても分かるだろ?そうでしょ?普段、厳しく指導してるからといってこの仕打ちはあんまりだ。先生方も何か言ってやってくださいよ。」
さっきまでの雰囲気を一気に無くした宮永の言葉。教師と生徒。しかも自分の地位まで使ってきたその言葉は生徒。教師の思想を傾けるに十分な材料となっていた。
静かだった場に声が混同する。時間も押している。ここにチャイムが鳴れば状況うんぬん関係なしに俺達はステージから降ろされる。それはゲームセット。負けを意味する。そしてこの状況下。退学は免れまい。
だから、俺は柄でもない事を。これまで培って作り上げてきたキャラを崩壊させる。それ即ち、二人のように感情的になること。
「ふざけるな!!!」
大声を上げるとマイク特有のキーンとした音が館内に響く。そう。それがはっきりと聞こえる程、館内は静けさに覆われていた。
そしてその視線もさることながら。
「宮永。お前の気持ちが分かると言ったら嘘になる。家庭を持っていない俺なんかがその気持ちを理解できるわけねぇ。ただ、俺がその息子だったら父親にそんな事をされてまで命を救って貰いたいとは思わない。仕方がなかった。追い込まれていた。そんなのは言い訳だ。この世は結果。真実が全て。今のあんたは見苦しい。」
「・・・・・・・。」
沈黙が場を支配する。ここで何かを言う者は勇者か、よっぽど空気の読めない奴のどちらかだろう。
「‥詭弁を。先生方。そして生徒の皆。これ以上、奴らの言葉に耳を貸す必要なんてない。大体、今はこんな事をしている場合ではない。部活動紹介だったろ?あいつら逆恨みか何か知らんが勝手に俺を陥れようとこんな時間を勝手に作った。妄言。捏造。コレは指導なんてレベルじゃない。即刻、奴らを退学にしましょう!ねぇ、校長?」
「あ、いや‥それは。」
気の弱い校長はいきなり話を振られ、戸惑いの言葉を口にする。それを好機と捉えた宮永はもうひと押し、言葉を加えようと口を開く。
が、その先は出なかった。
「退学ねぇ?それはそれで面白いかもしれません。」
「あ‥あなたは?」
威勢良く口を動かしていた宮永の肩を叩いた人物は七三に分けられた髪型に眼鏡を掛けた人の良さそうな中年男性。俺はつい眼鏡の中に所持されるタレ目から娘の姿を連想してしまった。
そう。その人物とは即ち。
「これはこれは理事長。今日はこのような会に出席とは、どうかなされました?」
見るからに校長は怯えている。まぁ、それも無理ないと言えるだろうが。作った本人が言うのもなんだが。
「いやいや。些か、いらぬ噂を耳に挟みましてね。何やらお金などという汚い物で買収された教員がいるとかいないとか。ねぇ、宮永先生。そんな教師、うちにはいないですよね?」
「…は、はい。」
顔に浮かぶ笑顔とは裏の感情を読み取った宮永は目を合わせる事ができないでいた。さっきまでの威勢はどこにいったのやら。その姿はまるで大蛇に出くわした蛙のように情けない。
「ふー。そうですか。なら、うちの生徒が嘘を言っていると?」
「‥あっ、いえ‥それは‥」
もはや勝負にすらなっていない。宮永とて理解しているのだ。理事長は全てを知っておきながらも自分にそんな質問をしていると。
そして理事長もそれを知っている。
「宮永先生。後で理事長室に来てください。お話があります。」
「…はい。」
最後まで床下に目線をやっていた宮永はそう頷くしかなかった。ここで言い訳をしようと何をしようとそれは理事長という権力者に揉み消される。
それよか、自身にとってはマイナス。それほどまで、学校の頂点となる存在は大きいのだ。
「さて。校長先生。すみません。マイクをお借りしても?」
「あっ。はい。勿論ですとも。誰か早くマイクを。」
校長の掛け声の元、一人の教師が素早く動き、マイクを持ってくる。
「ありがとう。」
理事長は律儀にも礼の言葉を言ってからマイクへ口を近付けた。
「まずはじめに壇上に上がる生徒三名。そしてこちらに立つ蔓実さんでしたっけ?大変な役回りを買って出てくれたことに感謝の言葉とお疲れ様でした。とお伝えします。」
マイクで補正された理事長の声は俺達の耳にしっかりと聞こえる。
聞こえたのだが、どういった心境を抱けばいいのか分からない。分からず立ち呆けているしかない。
それは館内の皆も同じだ。予期せぬ人物の突然の登場。誰もがこの状況下に付いていけていない。
というのに理事長の言葉は待ってはくれなかった。
「して、彼ら彼女らが話した事はただの戯言などではない。その事に関してはここにいる皆、薄々勘付いていたことでしょう?私も胸を痛める限りです。」
チラリ。理事長の目線が宮永の方へ向く。
「宮永先生の対処としては私が一任します。ので、皆様には何の心配もございません。ただ、今後このような事がないように生徒の皆。それに生徒の見本である教師。共々、胸に焼き付け、誓って欲しい。いいね?」
「・・・・・・。」
誰も何も言えない。だが、それは理事長の言葉への反逆などでは決してない。むしろその逆。
生徒も教員もまだどこかでコレは冗談。何かの間違いだと思っていた。
のに、それは紛れもない真実だと確定された。だから、ようやく皆も知ったのだ。宮永照之が裏口入学の確信犯でそれが真実なのだと。
「ふふ。では、この時間ももう終わろうか。邪魔して悪かったね。では、どうぞ。部長さん?」
「え?‥あぁ。」
いきなりバトンを渡されて声が漏れる。だが、その後の理事長の目配せ。それを見てやっと理解した。
全てはあの会長によるもの。そしてコレは全て作戦のうちだと。
「では、皆さん。長い間、自分達の言葉に耳を傾けて頂きありがとうございました。僕達の話は以上です。ただ、話した通り刈谷楓香は被害者なのです。ですから、皆さん彼女を非難しないで欲しい。それが僕達が伝えたかった事。そして行動目的です。では、本当に最後まで静聴頂きありがとうございました。以上、アニメ研究‥」
と、全てを終わらす為に頭を下げようとしたその時。一人の生徒の言葉が囁かれた。
「でもさ、裏口入学したのは事実なんだろ?その事実は変わんなくね?」
「それは‥」
言い掛けて、しまったと口を押さえる。だが、それは遅かった。一人の生徒の言葉で生徒等には波紋が生まれた。それまで良い雰囲気だった空気は徐々に塗り染められていく。あのまま生徒の言葉に対抗しようと考えなければ。時間を作らなければ無事に終われた筈だ。
一人の思想は幾数もの思想には勝てない。一人、無視したところでそれはどうってことない。だが、その思想が広まれば話は逆になる。幾数もの思想は単体では打ち消せない。これでは俺達がやってきた意味が全くない。楓香ちゃんが再入試を合格したとしてもコレでは彼女は独りぼっちだ。
チャイム音が鳴り響く。だが、その音を気に掛ける者はいない。刈谷楓香は善か悪か。それを決める為の口論で埋め尽くされている。
「ゆうちゃん‥?」
「何?‥これ?」
桜木と波瀬の声が列なって届く。確かにこのままでは終われない。かと言ってこんな事態、予想などしていなかったのも事実。
第一だ。その生徒が言ったことは的を射ている。やったのは本人。誰が何を言おうと。その後、何をしようとも事実は変わらない。過去は変えれない。だから、便宜の言葉は無いし、対応などできない。
それでも俺は彼女を救う為にこんな事をした。それは絶対で。しなくてはならない義務みたいなもの。だったら他は何もいらない。元よりそのつもりでここに立った筈。だが、それは一人では心もとない。
「‥悪い。桜木、お前を頼る。」
「えっ‥それって?」
返答を訊かれたが言葉は返さない。時間が惜しいし、そんなこと言わなくても分かる筈だから。
「ちょっと、君達。静かにしなさい。いい加減にしないと君達‥」
「理事長。大丈夫です。これ以上、貴方のイメージを下げるような事はしたくない。」
「だが‥」
俺は数メートル先に立つ理事長へ真剣な眼差しを向けた。その為か理事長は一つの溜息の元、首を縦に動かしてくれる。
「分かった。好きにしなさい。宮永先生。私達は行きますよ。」
「あっ‥はい。」
慌てた様子で去る理事長を追い掛ける宮永。どうやら理事長は俺がこの先どうするかを理解したようだ。何をどう見てそう判断したのかは理解しかねるが、やはり理事長ともなると只者ではないようだ。
「うっし。やるか。」
理事長が去ったのを確認。俺は拳を握り、小さな声を呟かせる。そして握るマイクに再度と口を近付けた。
「そうだ。」
一声。そう言うと、それまであったざわめきは姿を消したかのように無くなった。
「そうだよ。その事実は変わならない。刈谷楓香はどう言おうと裏口入学をした。だがだ。お前らも同じだろ?良い事だけして生きていたとでも?これから模倣のような生き方をするとでも?違うだろ?俺達は人間だ。良い事すれば悪い事もする。ただ、その後ができるかできないかだ。彼女は後悔していた。涙も流していた。そして、今はどうしても皆に認めてもらいたいと一人頑張ってテストを受けている。それでも彼女は責められるとでも?」
言っていて分かる。目下の奴らは俺に怒りのような感情を抱いている。そりゃぁ、その筈だ。たかだか一人の生徒に現に上から物を言われてるんだ。いい気はしないだろう。それでもそれで彼女が救われるというなら俺は言葉を紡ごうと思う。それで彼女から俺達へと矛先がズレるなら。
「俺はそう思わない。彼女は立派とは言わないが被害者だと言うのに後悔して、努力した。どうせ、お前らは間違いを犯しても後悔するだけでその先はしないだろ?間違いを犯し、反省して生きるのが人間だ。なのに彼女だけを責める?理不尽だろ?自分らを棚に上げすぎだ。」
目下ではもう既に俺への罵声が後を絶たない状況となっていた。これではこの先、俺がこの世界で生きていけるかどうか?正直に告白すれば動かす口とは逆の感情が流れている。
だからというもののもう無理。選手交代を要請する。
「桜木後は頼む。」
罵声が煩い中、俺は桜木へマイクを渡す。桜木はそれを一つの頷きと共に受け取った。そして一声。
「黙って。」
決して大きな声ではない。あの日。不良に絡まれた時に聞かせたものとも違う。だが、その声は芯があり、殺伐としたものだった。
「これ以上何か言うならここにいる生徒・職員の秘密。なんなら全部バラすよ?」
ゾクリッ。
その瞬間。皆の背筋に悪寒のようなモノが走った。
誰も何も言えない。静かな空間が成り立った理由。誰も彼に逆らってはならない。そう本能で察したのだ。それは頼んだ俺とて予想外だった。まさか、こんなやり方で皆を支配するとは。
全員の秘密。仮に桜木がそれを知っていなくともとそんなのはどうでもいい。何故なら彼の言った言葉に間違いなく嘘はなかったからだ。
味方だと心強い。だが、絶対に敵に回したくない人間。俺は桜木雲雀という人物を改めてそう判断した。
その後、何の騒ぎも起きずに俺たちは言葉を適当に残して壇上を降りた。張り詰めた空気。緊張に声震わせた校長の言葉が流れ、麻凛さんの解散の言葉で長い部活動紹介は終わりを告げた。
そしてその日、俺達の日常も間違いなく終わりを告げた。少なくとも俺は‥。俺と桜木はこの学校の生徒。職員等を敵に回したのだ。




