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俺の彼女は…  作者: イスカンダル
3章 来春
31/59

会議的な何かは時間が掛かるのは必然なのだろうか?

 前回の話でも少し出たとは思うが俺達が通うこの学校。藍沢高校は部活動の数が豊富である。その為、部活動紹介という新学期始まって間もない頃に行われる行事というのは学祭などと同じくらいの盛り上がりを見せる。(客観的な視点)

 とは言え、時間も有限ではない。その為、一つの部活に掛ける時間は最大で五分と決まっている。

 

 五分。その短い時間で他の部活より優れている点を発表し、尚且つ、実績などを伝える。更にパフォーマンスも忘れてはならない。

 ゆえ、どの部活も一日だけはその発表をどうするか?その話し合いの時間を作る事となっていた。


  ―


 とまぁ、そんな訳なのだが。我が部活動。アニメ研究部の魅力ってなんぞ??


 「だからぁ。今からアニメ制作会社とかに掛け合って、現場風景とか?そういうの撮ったり、取材しに行こうって。」


 「うん。その考えはいいとは思うけど。さすがに急は無理なんじゃないかな?‥急じゃなくても了承してくれるか分かんないけど‥。」


 見たとおり。我が部室では今、その発表をどうするか?何をするかの話し合いにヒートアップ状態。特に蔓実と波瀬の言語の交差が激しい。そして主に蔓実の無理難題とも言える発言に賛同するよう、時に桜木の声も混じる。その際、波瀬が「いや、それはちょっと‥。」みたいな事を言って宥め、有耶無耶(うやむや)にしている。

 そんな状況の無限ループ。話し合いは一向に進んでいないと思えた。


 そして、かくいう俺はと言うと。その無限ループ状況。略して無況を遠く朗らかに眺めていた。(いや、心的にね。顔は多分、もの凄くつまんなそうな顔してると思う。)

 

 「それより、さっきから黙ってるけどあんたは何も無い訳?部長なんだからあんたも混ざりなさいよ?」


 とかなんとか遠くで眺め、幸運を祈る神様ゴッコをしていたら矛先はこちらへと向いた。ヤバイ。めんどくさい。帰りたい。


 「いや、だがなぁ。別に部員増やしたい訳じゃないだろ?適当にこんな部活ですよ。みたいな事、言って終わりじゃ駄目なのか?大体、文化系のふわふわした所なんかそんな感じだろ?」

 

 あまり覚えてないが名探偵部とかクイズ研究会とか動物愛護団体クラブだとかそんな感じだったと思うし。いや、よく覚えてないんだけどね。‥いや、正直言ったら寝てたんですけどね。


 「は?あんたそれマジで言ってるの?」


 「え?おぉ。まぁ。」


 え?俺、何かおかしなこと言った?蔓実の言葉がいつも以上に刺々しい。


 「それはないよ。新戸君。」


 「え?そうなのか?」


 え?だって、まだ出来て数ヶ月の部活だよ?てか、コレ部活なのか?活動目的とかもよく分かんないんだけど‥?

 それでも波瀬の言葉は真剣だ。

 

 「ほんと、ゆうちゃんは駄目だな。まず、部員増やしたくないとかほんと、何言ってんのさ。」


 「おぉ、何か‥すまん。」


 最後に桜木にも「はぁ~ぁ~」と首を振られれば自分の考えが間違っていたのだと思わずにはいられない。 部活動紹介ってそんなに熱籠めるようなものだっけ?


 「‥だが、一つ訊いていいか?」


「ん?何?」


 「いや‥それはそうと俺達の部活って結局、何する部活何だ?」


 俺がそう言うとそれまで一致団結で否定の意を言い合っていた三人の表情が変わる。視線も下に。もうあからさまだった。


 「‥あのなぁ。紹介内容考えるよりもこの部の活動目的?よう分からんがそういうの考えるのが先なんじゃねぇの?」


 いや、まぁ。そんな目的なくてもふわふわ。ぷかぷか。浮上している部活なんて沢山あるんですけどね。うん。まぁ。名探偵部とか。


 「う、うるさいわね!話し合いにも参加しない分際で偉そうなこと言わないでくれる!大体、そんなこと考えなくても分かるでしょ?アニ研なんだからアニメに関することを研究するんでしょ?」


 「お、おぉ。まぁ。そうなんだが‥」


 え?そんな単純でいいの?そう言ってますけどそんな研究してなくね?調べる機材(PCなど)とか無いし。てか、ほんとアニメポスターとかは増えたけど何なんこの部室?ポスター。ぬいぐるみ。フィギアに机、椅子だけって‥。


 「でも、新戸君の言い分も一理あるかもね。確かに私達、ここで話してるだけだしね。」


 「えー、麗香。コイツの肩持つわけー。」 


 「違う。違う。純粋な感想。こうして部として成り立ってるわけだし何かはしないといけないかなぁ。ってね。」


波瀬は笑顔を顔に片手、ブンブン。物凄く否定している。いや、そんなに否定せんでも。俺の肩、一つや二つ持ったところで何もないよ。


 「でも、そうだね~。確かにそれも重要だよね。分かった。僕、色々調べてくるよ。」


 「いや、待て。お前が調べるって悪い予感しかしないんだが‥。」


 「もう!何、言ってんの?調べものは僕の得意分野だよ?レポートとか先生によく褒められるし。」


 桜木はえっへんと胸を張る。


 「いや‥それはそういう縛りがあるからというか‥カテゴリーが違うというか‥。」 


 前に部活の事だったか?調べてきた桜木は見当違いのものを調べてきた。まぁ、全く違うという訳ではなかったのだが。俺も日常系の部活好きだしね。

 とは言え。コイツに任せたら恐らく一日を無駄にするだけ。明日は膨大な役に立ちそうにない資料と知識をこの部室に持ってくるのが目に見える。となると。


 「じゃぁ、仕方ねぇ。俺も付き合うよ。今日、お前の家とか行っても大丈夫か?」


 思えばあの日以来、桜木の家に来訪した記憶がない。まぁ、コイツの家だし。俺も「今日、お前ん()行ってもいいか?」などと言うキャラではないから自然と言えば自然なのだが。


 「え?うん。多分、大丈夫だけど‥。いいの?」


 俺のその台詞には予想していなかったのだろう。桜木はキョトンとした素振りでクエッションを俺に投げた。


 「あぁ。仕方ねぇ。」 


 別にそれなりに調べられれば誰の家でもいいのだが、話を持ち出したのは桜木だ。必然的に桜木の家に行くことになる。俺の家、PCとかないし。


 「うん。分かった!なら、ちょっと電話してくるね。色々と準備させとくから。」


 「いや、そんな大層な人物じゃねぇから適当で‥って、もういねぇし。」


 たかが俺一人出向くだけだ。手厚い歓迎とかされても反応に困るしかえって迷惑。だが、それを伝えるよりも早く。桜木は部室を出て行ってしまった。


 「ふふ。楽しそうね。」


 「どこがだよ。」


 ただでさえ久方ぶりの学校。気疲れは春休みの倍。そしてコレである。そんな俺の姿を見てどこにそんな感想が生まれるのか?そんな思いを抱き、声を掛けてきた波瀬へ顔を向ける。


 「違う。違う。今からすること。何だか部活っぽいな。って思ってさ。」


 「へ?」


 波瀬が言っている意味がイマイチ理解できない。そんな表情で察したのだろう。蔓実が馬鹿にするような声音で教えてくれる。


 「だから、私達も行くって言ってんの。当たり前でしょ?」


 「あっ‥。おぉ。そうか。」


 まぁ、人数増えて損することはない。だが、そんな当たり前とか言われても。俺の一般常識範囲外だ。

 

 「桜木君の家ってどんな感じなんだろぉ?新戸君、行ったことあるんでしょ?どんな感じ?」


 「いや、まぁ。なんと言うか、すげぇ。」


 その一言しか出てこない。俺のボキャブラリーが乏しいせいもあるのかもしれないが。


 「何よソレ?小学生の感想じゃあるまいし。」


 「うるせぇな。お前も行けば分かるよ。その一言しか出てこねぇから。」


 「ふふ。それは楽しみ。」


 などという会話をしていると不意に部室の扉が横にスライドした。


 「ごめんね。電話終わったから行こっか。」


 桜木は何故か嬉々とした声音で言葉を伝える。と、そんな時だ。ようやく学校から出れると油断でもしたのだろう。俺の腹から壮大な音色が奏でられた。


 『ぎゅるるぅぅぅぅぅ~。』


 「そう言えば昼まだだったな。」


 少しの気恥ずかしさを隠せず、今更だが腹なんかを抑える。そんな姿を三人は微笑で眺め、共々に口を開く。


 「そう言えばそうだね。どこかで食べてく?」


 「ほんと、だらしないわね。あんたの腹もあんたと一緒ね。」


 「はは。ごめんね。こんな時間まで。」


 見れば時刻は昼時をとうに過ぎている。この気持ちは俺だけではない。そう思うも三人の腹は鳴ることはない。断食の修行経験でもあるのでしょうか?


 「あぁ。まぁ。じゃぁ、適当に食べてから向う感じでいいか?」

 

 何か敗北した感じを味わいながら、俺は三人に頼むしかなかった。三人も三人でどこか勝利にも似た表情を浮かべてるし。

 クッ。何なのだこの負けた気落ちは。


 

************


時刻は夕時。正確には三時ちょい過ぎと言ったところ。場所は桜木家のその息子の一室。四・五ヶ月前に訪れた時と何ら変わらない。相変わらずの光景。

 だが、その部屋とは裏腹に響く声。それらは紛れもなく暖かなものだと思えた。


 「へー。あのアニメ、会社のオリジナルだったんだ。」


 「この声優(ひと)最近よく出てるけど凄い!名家のお嬢様だったんだ!」


 「ふん、ふん。世界初のアニメはフランスの風刺画家エミール・コールさんによる作品と‥」


 な‥なんなんだ?この自由感‥。


 やってる事は真面目だ。それぞれがそれぞれの調べ物をしっかりしている。蔓実と波瀬は道中。適当に昼食を済ませた帰り道で立ち寄った書店で購入した雑誌を購読。桜木は自身のPCで何やら思った通りの見当違いな事を調べている。

 そしてかくいう俺はこの悲惨な現状に何をどうすればいいのか‥。そんな状態なのである。


 「あっ、あのだな。」


 この自由空間を持続させても問題はない。本人達、楽しそうだし。

 だが、時は制限というものがあるのだ。一体感。協力。団結‥まぁ。どの言葉も俺はあまり好きではないのだが。この際、それをしなければ前には進まない。

 ので、俺はあまり開きたくはなかったが口を開くことにした。


 「アニメに関して調べ、それを紙面に記す。それは俺も納得だ。だがな。お前らそれぞれが全く別のこと調べてどうするよ?」


 ここに訪れ、ものの数分で決まった事はアニメ関連の事を調べ、それを展示物みたいなものにする。そんなものだった。それはいい。それ以外、俺も浮かばなかったし。

   

 「ちょっ、、何よ。偉そうに。何もしてないあんたにとやかく言われる筋合いなんてないわよ。」


 「うっ‥。」


 早々。痛いところを突かれる。それを言われれば返す言葉もない。


 「まぁ、まぁ。新戸君が言いたいことも分かるけど。別にバラバラでもそれぞれがそれぞれのコーナーとして記せば問題ないんじゃないかな?」


 「お、おぉ。」


 蔓実に続いて波瀬が追い打ちをかける。なんなん?俺を否定する時だけに生まれる謎の一体感。


 「まぁ、そういうことなら文句はねぇよ。悪かったな。」


 「ううん。別に。それより、新戸君もちゃんと調べてね。三人だけじゃ多分、場所埋まんないから。」


 「お、おぉ‥」


 顔こそ笑顔であるがその本心は一人だけサボってんじゃねぇよ。働けよ。この社畜がぁ。みたいなこと言われてるようで寒気がした。 桜木の集中力は凄まじいし。

 何かカオスな作品ができそうだな‥。はは。


 「ところでこの部の活動内容は展示物を作る。それでいいのか?」


 渋々、スマホを取り出し、それなりの事を調べながら俺は確認の言葉を誰とは言わずする。

そんな地味な活動内容でいいのか?というどうでもいい感情を抱きながら。


 「ん~。取り敢えず、そう書いておけば?別にそれが絶対じゃないわけだし。適当でいいと思うけど?」


 「あぁ。まぁ。そうか?」


 波瀬にそう言われればそうなのかな?と思ってしまう。この面子の中で一に常識あるのは波瀬であるのは確かな事実だし。

 

 「なら、まぁ。先にこっち書いとくか。」


 俺は好きなアニメに関するサイトを開いたスマホをその場に置き、鞄の中から一枚の紙を取り出す。いつしか貰った活動報告書だ。

 

 コンコンッ。


 俺は一枚の用紙にシャーペンを走らせ、三人は調べ物に没頭している。そんな中、よく響くノック音が耳に入った。

 

 「いいよ。入って。」


 集中していた筈の桜木であったがその音は聞き逃さなかった。桜木はPCからは顔を上げず、言葉だけをその扉先にいる誰かに伝えた。


 「失礼します。お茶とお菓子の準備が出来ました。こちらにお持ちしますか?」


 桜木から了承の意を貰った人物は静かに扉を開け、頭を一つ下げた後、そんな言葉を伝える。

 何となく気になり、チラリ。視線を向けるとフワリとした黒いドレス。頭にホワイトブリム。と言った姿の無表情メイドさんがそこに立っている。

 思わず数秒。そこから目が離せれない。


 「う~ん。もう数分したらそっち行くから用意だけしておいて。」


 「かしこまりました。では。」


 桜木の言葉を耳にした無表情美女メイドはその場で一礼。音を静かに扉を閉めた。


 「‥ゴホンッ。」


 「え?あっ、あぁ。」


 メイドさんがこの場から去ってから数秒。そんな咳払いがどこからか聞こえた。


 「あんた、メイドとか好きなの?ちょっと、気持ち悪いんですけど。」


 見ると蔓実が変な表情をしてこちらを見ている。


 「いや、いや。待て待て。それはお前、アレだ。お前は今、全国の男子を敵に回したぞ!本物のメイドが現れたんだ。本物だぞ!メイドだぞっ!」


 などと興奮冷めず、勢いよく声を飛ばすと蔓実は俺との距離を更に数メートル遠ざける。


 「うん。まぁ、よく言うよね。メイドは男子の憧れだって。新戸君もその同種だったんだね。」


 いや、そうだよ。何か文句でも?俺も数いる男子(ばか)の一人ですけど。何か?


 「そっか。今度、僕も着てみようかな?メイド服。」

 

 お前は集中しとけ!さっきの集中は形だけか!


 「ねぇ、ねぇ。それ今、やらない?誰がこの馬鹿、落とせるか競うの?休憩がてらにどう?」


 「あぁー。それいいかも!早速、予備の着替え取ってくるね。あっ、二人共サイズ聞いていい?」


 「私はMでいいわ。」


 「私も同じで。ふふ。でも、香澄が新戸君をね‥。」


 「ばっ、麗華!そんなんじゃないわよ!からかってやるだけに決まってんでしょ!」


 「はいはい。」


 「うっ‥。負けないよ。蔓実さん。」


 「だから、そういうんじゃないからぁぁーー!」


 などという感じで会話はあらぬ方向へ進んでいた。

 何?何がどうなったの?

 そして暫く。一人、置いてけぼりの俺は桜木が何か(・・)を持って帰ってくると何故かつまみだされた。

 え?ほんと、俺が何をしたの?閉め出しされるような事したん?


 とか思っていると数分。扉先から「いいよー」と、一声。桜木の声が俺を呼ぶ。

 何がどうなって‥

 そんな思いを頭に扉を開けると‐


 「・・・・・・・・・。」


 言葉が出なかった。いや、何で三人、メイド服着てるん?


 「ふふ。驚いてる。驚いてる。で、誰が一番なのよ?早く決めてよね!」


 黒のメイド服。頭にホワイトブリム。あの時、見たメイドさんと同じ格好の蔓実は両側に備え持つツインテールを揺らす。その格好はどこかおてんばメイドを印象付ける。


 「まぁ、まぁ。急かさないの。新戸君、ゆっくりでいいからね~。」


 同じくメイド姿の波瀬。一縛りにされた髪を肩上に乗せる波瀬は気品に満ちた清楚なメイドだ。


 「ど、どうかな‥?」


 桜木は気恥ずかしそうに俺を見る。

 何?その仕草?練習でもしたの?綺麗な長髪は腰まで流れ、初々しいメイドは俺の理想メイドランキングでも上位に君臨する。

 

 以上、三名。着ている衣服は同じだというのにこの印象の違い。一句、詠みたくなった。


 メイド服 その存在は 偉大かな (季語メイド服)  優一。


 「で、どうなのよ?」


 「新戸君?」


 「ゆ、ゆうちゃん‥?」


 迫る三人。一句詠んでる場合ではなかった。何?このハーレム主人公みたいな状況。全く、シュミレーションしたことないから焦るんですけど。


 「お、落ち着け。急な展開で頭が追いつかん。」


 俺は迫る三人を「まぁ、まぁ」と両手で押し返し、頭をフル回転させた。

 現状。何で三人がこんな格好に身を包んでいるかは置いておこう(あの時の会話は吹く風と同じで全く耳に入っていない)。

 で。今、俺に突きつけられている問題は一つ。誰がメイドとして相応しいかだ。‥と思う。

 うんうん。はいはい。

 一人頷き、三人に視線を向ける。


 おてんばメイド。清楚お嬢様メイド。期待の新人メイド。


 はいはい。整いました。


 「あの人だな。」


 「「「え?」」」


 俺が決めるメイドさん!結果発表!ドンドン。パフパフ。を伝えると三人の声。表情は統一した。


 「いや、だから。さっき来ただろ?あの人。感情を表に出さない。気品に満ちている。何か謎な感じ。主人に絶対を誓ってそうな感じ。正に百点満点のメイドだろ。」


 うんうん。素晴らしい。この三人では敵う筈ない。

 と、頷いていると。荒い声音が三つ。鼓膜内によく響いた。

 

 「バッカじゃない!誰があの人を入れていいって言ったのよ!せっかくこんな格好までしたのに!馬鹿じゃない!」


 「新戸君。後で二人だけで話合おっか?」


 「ゆうちゃんの浮気者!最低だよっ!」


 「‥は?え?」


 何?正当な結果だよね?何か間違ってた?何か間違ってること、言ったの? 

 そんな三人の激怒を正面から浴び、混乱の渦に呑まれている時、タイミングがいいのか。悪いのか。扉を叩く音が参入した。


 「雲雀様。只今、ご用意の方が致しました。お茶のお代わりの方は私めをお呼び下さい。」


 以上の光景を目にしても全く動じないメイドさん。俺の評価は上がる一方だ。


 「松野!ちょっと、ゆうちゃんに気に入られたからっていい気になってんじゃないよ!僕にも今度、メイドのいろはとか教えてよ!」


 「おい。何言ってんだ?」


 そりゃぁ、本職にしている者にニワカ素人が敵う筈がないだろ。てか、そういうルールだったんだよね?誰がこのメイドさんよりもメイドでいるか?そういう感じのルールだったんだよね?


 「はて?何の事でしょう?よく分かりませんが、雲雀様がそれをお望みならば今度、お教え致しますが?」


 松野と呼ばれたメイドさんは首をキョトンと傾ける。


 「わ、私にも教えてよ!こんな屈辱は初めて。絶対、見返してやるわ!」


 「お、おぉ。」


 何でか鋭い目線を飛ばされる。吊り目に更なる鋭さが増し、そこいらのヘタレではそれだけで死んでしまうレベル。なので俺も死にかけである。


 「それなら私も。」


 何故か波瀬までメラメラ。ゴウゴウ。見えない炎を背後に燃え散らかしている。


 「ちょっ、お前ら。お前らがメイド目指してたとか初耳なんだが‥」


 それはそれで中々にスペック高いメイドが出来上がりそうなのだけど‥。


 「「「うるさいっ!!!」」」


 おいおい。ほんと、何がなんなんだ?


 荒事を嫌う俺は早々にこの状況をどうにかしたかった。だが、いくら考えても突破口が見えない。

 と、そこに。


 「余計な物言いかと思われますが新戸様はお三方をご覧になってどうお思いになられましたか?」


 不意の耳打ち。吐息に心臓が跳ね上がり、緊張で手汗が湿る。

 って、そんなことどうでもいい。


 「え?別に普通に似合って、皆 可愛いと思いましたけど‥。」


 「「「え?」」」


 「え?」


 気付けば三人。それまでピリピリしていた雰囲気を収め、驚いたような表情を顔に見せている。


 「問題は解決なされたようですね。では、私めはこれで。」


 松野さんは一礼、静かに扉を閉める。残されたのは何とも言えぬ空気。俺達は数分、そんな時を過ごした。

 まさかあんな小っ恥ずかしい台詞を声に出してしまうとは‥。

 メイドのいろは今度、俺も習おうか? 俺の場合はメイドじゃなくて執事だな。って、そんなこと言ったら桜木もじゃねぇか!

 今更ながら一人、先刻行われたメイド選抜戦にエントリーできない事に気付いてしまった。

 はは。とんだ茶番だ。


 *************


 「すっかり厄介になったわ。ありがとね。楽しかったわ。」


 空に、点々と星星が夜空を彩る頃。俺達はようやく桜木家を出ることとなった。


 「ううん。僕の方こそ。何だか学生って感じで楽しかったよ。また来てくれると嬉しいな。」


 「桜木君。何、言ってんの?私達、学生でしょ?」


 「はは。そうだね。」


 玄関先。桜木の出迎えに俺達は「じゃぁ、また明日。」と言葉を残してその場を去った。

 

 「じゃぁ、私達はこっちだから。」


 「お、おぉ。本当に送らなくて大丈夫なのか?」


 「いいわよ。そんなことして私達のポイント稼ごうなんてしても無駄だから。」


 「いや、そういう意味で言ったわけじゃ‥。」


 俺も一応は男なわけだし。それは義務だと思ったんですけどね。ポイントって‥。貯まったら値引きでもしてくれるんでしょうか?何のかは知らんが。


 「ふふ。気にしないで。香澄のコレは照れ隠しだから。」


 「ちょっ、麗華!あんた、余計なこと‥」


 「まぁ、そういうことだから。駅も直ぐだしその気遣いだけ貰っておくよ。じゃぁね。新戸君も気を付けてね。このご時世だからね。男の子でも危険だよ。」


 「はいはい。じゃぁ、お前らも気を付けろよ。何かあったら連絡しろよ。」


 「うん。じゃぁ、また明日。」


 「おう。」


 蔓実のギャーギャー煩い声は無視。別れを告げ、俺は自前の自転車の方向を返る。春特有の肌寒さを身に感じ、どこかで漏れる夕飯の匂いを鼻に吸い込む。


 結局、部活動紹介の内容はコレというものは何も決まらなかった。メイド選抜を終えた後はお茶会を開催。そこでも下らないことで時間を無駄にした。その後、桜木の部屋で続きをしたが進展は無し。気付けば夕時。桜木のお父さんも帰宅して夕飯を誘われ、ご一緒することに。そんで今。

 

 「はー。疲れたな。」


 自転車を引くタイヤ音に霞む程度の声音で小さく息を吐く。


 本当に疲れた。充実した日々はこんなにも疲れる。


 結局、今日一日は部活メンバーで遊んだ。それだけなのだ。それだけ。その辺の学生と何ら変わらない日常。それを今日、体験しただけなのだ。

 それが不覚にも楽しいと思ってしまった。

 生きることは疲れる。今まで疲れることを避けてきた俺は生きていなかったのかもしれない。そんな考えが頭に浮かぶ。


「後、二年か‥」


 今は生きている。ようやくそう思えた。だが、その時は永遠ではない。少なくとも後二年。その年が過ぎれば今の日常は崩れる。 そして全てが終わっている。いや、そうでなくちゃいけない。


 生きることは疲れる。今は楽しい。青春をしている。


 …だが、駄目なのだ。ただ生き、疲れ、楽しむだけじゃ。俺が。俺が選んだ選択はもっと疲れなければ終われない。 俺の‥。いや、俺達の青春はそんな普通とは程遠いものになってしまったのだから。


 考える問題は目前だけじゃない。


 頭痛を抱きながらも、動かす自転車は我が家へ到着していた。

    

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